悠元が達也に扮してUSNA軍の対処をすることになったのは、単純に国防軍絡みの因縁だけではなかった。最近は鳴りを潜めている『プラスワン』の要素がいつ出てくるか分かったものではないから。
加えて、昨日の放課後に星見経由で渡された情報を確認するべく九重寺を訪れ、対面した八雲が申し訳なさそうに頭を掻きながら話した中身はというと、こんな内容だ。
「―――自分が四葉と情報部の争いに介入しろ、ですか?」
「そうなるね。察しが付くと思うけれど依頼主は東道閣下で、先代である千姫様も了承されている。ただし、情報部を無力化するまではいいとしても、十山つかさを捕縛しないで欲しいそうだ」
「何故です?」
「今の時点で事を起こせば面倒事になる、とだけ閣下はそう仰っていた。その点は先代も同意見だったからね」
ようは、原作で起きたリーナとスターダストによる達也への襲撃でリーナを置き去りにした状況をつかさに置き換える形で無力化してほしい、というものだ。別に面倒な注文ではないし、八雲が達也に教えている体術も十分に再現可能な範囲。
傍から見れば、東道が日和ったと見ることもできる。だが、彼とて父親の件もあって愚かと言えるわけではない。十山つかさがUSNA軍の兵士を拘束した時点で因縁が発生した形だが、互いの利害が一致すれば敵対の因縁など簡単に引っ繰り返ることなんて容易に起こり得る可能性もある。
最悪、国防軍情報部とUSNA軍が合従される事態は避けたいとみるのが妥当だろう。
「面倒事ですか……まあ、察しは付くので深く追及しませんし、先生もそこまで伺っているわけではないのでしょう?」
「申し訳ないことにね。本当ならば、多少無茶をしてでも調べた方がいいのかもしれないけど、先代からも無茶はせぬように釘を刺されたから」
青波が十山つかさに関しての拘束をしないよう注文を付けたことについて、感情の起伏が欠けている彼女に対して軍人の面子を潰せということなのだろうと思う。このことで彼女の面子がどこまで傷つくかなど不透明過ぎるが、彼が“面倒事”と称した内容については恐らく四大老が大きく関与しているものとみられる。
「どうせ魔法で推察されるでしょうが、ちょっと相手を騙してみようと思います。その為の魔法も完成しましたので」
「あの魔法のことだね。僕も初見で見た時は自分に自信が無くなり掛けたよ」
八雲がそう零した魔法は古式魔法[纏衣の逃げ水]をベースに悠元が改良したもので、固有名称は[
「でも、やり過ごせていたじゃないですか」
「それはホラ、君が僕のレベルに合わせてくれていたからね。御師匠のレベルを出されたら、いくら僕でも死を覚悟してしまうよ」
この魔法のデメリットとしては、魔法行使時に対象が認識できる視界内にいることと、対象の癖まではコピーできないため対象の技巧も当然写し取れない。事実、八雲相手の検証では彼の技巧ではなく悠元本人の技巧に依存するため、同じ忍術を用いても威力や術の強度に差が生じていたほどであった。どちらの強度が上になったのかは……察してほしいと思う。
「あの力をフルに開放なんかしたら、あちこちにクレーターが出来て役人や政治家が泡を吹きかねませんから。なお、新ソ連を旅行した時は加減を忘れずに使った結果として、モスクワ周辺がクレーターまみれになりましたが」
「……君も大概人間を辞めているね」
「もう諦めたことです」
顧傑の一件で剛三が使っていた魔法も一応相手に化けることは可能だが、あれは顧傑が表にあまり出てきていなかった人物であったからこそ、あの魔法で事足りた。相手に成りすますという必要性が出てくるのかは疑問であったが、作った以上は中途半端にするわけにもいかず完成させた。
今後使う必要性があるのかは甚だ疑問でしかないわけだが。
「そういえば、その絡みで君の妹さんを情報部が利用しようとしている件だけど、達也君のように妹に甘い君のことだから、とっくに事情を話しているものかと思ったけど……何故話さなかったのかな?」
「やっぱりですか……理由は大きく分けて二つあります」
若手会議があった日、十山つかさが第三研を訪れていたことは別の知り合いの軍人魔法師から聞き及んでいた。その日は詩奈が第三研に行っていたということを侍郎経由で聞いていたため、つかさが何かしら動いているのは既に把握していた。
八雲の発言によってその考察が現実のものとなった事には頭を抱えたくなったが。
「一つは、俺への襲撃で受けた十山家に対する処遇は爺さん―――上泉家による手打ちで既に決着した形だということ。もし、仮に詩奈に伝えれば、彼女は間違いなく十山つかさを嫌うどころか一発じゃ済まなくなるぐらい殴り倒すでしょう。これでは師族二十八家による“私闘”になってしまいますし、現時点の社会的地位の都合で樫和氏が首を突っ込みかねません」
「成程、元老院の四大老による内ゲバが
「元治兄さんの妻―――穂波さんが“四葉家の関係者”という点にあります」
単に詩奈だけが狙われるというのであれば、自分が襲撃されたことを話すつもりでいた。だが、詩奈の協力を得られなかった場合、元治の妻である三矢穂波(旧姓:桜井穂波)が四葉家と情報部のゴタゴタに巻き込まれる可能性が浮上する。
更に付け加えると、詩奈の妹となったラウラはUSNAの関係者だし、アリサは十文字家の血筋を引いている。付け加えるとリーナも今は三矢の関係者だ。情報部がどこまでを対象とするかによって、対処やその後の処分も大きく異なってくる。
三矢と十山の関係の上で、利用する可能性が高い選択肢を排除して別の危険性を増やしたくなかった。その為、悠元は元に対して詩奈に自分の襲撃の件は秘匿するようお願いした。
「学校では水波が穂波さんの姪という形で在籍しています。水波が狙われる可能性もあるのでしょうが、身重の状態になりつつある穂波さんを危険に晒すのはもっとマズいと考え、十山つかさが最も利用しやすい選択肢を敢えて残す形を取りました」
正直、詩奈を危険に晒すリスクを無視したくは無かった。だが、一番の安心材料として情報部が詩奈を利用することはあっても、詩奈を害するようなことは出来ない。何故ならば、聴覚制御は単に物理的な音の制御だけではなく、魔法的な音の制御にまで影響するからだ。仮に兵士が悪意を見せれば、今の詩奈ならば即座に気付く。
「情報部を排除する方向に舵は切らなかったのかな?」
「現状、新ソ連やイギリスがちょっかいを掛けているこの状況で、ここにきてUSNAに国防軍ですよ。利害関係で合従されて厄介な面倒事になるのは避けたかったんです。手を出すことはあろうとも、国防軍の膿を出し切る役目は
「……ははあ、成程。大方の考えは読めたよ。君もやはり神楽坂の人間だね」
師族会議と政府、国防軍に関わる約定は全て護人の二家が引き継いでいる。今回の案件を師族二十八家同士の“私闘”とみるか、あるいは師族会議に属する十師族の一角と国防軍の“紛争”とみるか。九島烈が国防軍を含めた政府の要職に就かないような文言は、この解釈の違いによって生じる内戦を避けるためのものだということは明白だ。
今回の一件は国防陸軍情報部自体が主体となって行っている為、その対処は国防軍の自浄作用によって責任を負ってもらうのが筋だ。それを成せるだけの戦力は現在新ソ連への対処として北海道に出動している為、彼らには然るべき時に動いてもらわなければならない。
尤も、最初の肘鉄を撃ち込む役目を担うことになるのは確定事項となるが。
「誉め言葉だと思って受け取っておきます。それで、九重先生。情報部が襲撃する対象は達也ですか? それとも、深雪ですか?」
「多分“両方”だと僕は思うね。USNA軍を使おうとしているあたり、多分達也君にリーナ君が襲撃した状況を作り出すんじゃないかな、と僕が調べた限りではこう推察した」
「その時は深雪が襲われる状況などなかったんですがね……分かりました、引き受けましょう」
九重寺でのこんなやりとりがあったため、達也の姿に扮した悠元は喫茶店で時間を潰しつつも[
(周囲に気配は無し……監視の目が向いているということは、彼らが自分を達也だと認識しているのは間違いない)
とはいえ、このまま時間を潰して達也が居座れる場所を減らすという選択肢などなく、悠元はカップに入ったコーヒーをきちんと空にした上で自動機で会計を済ませて外に出た。本来ならもう少し人通りの多い場所の筈なのに、意図的に人通りが疎らになるようにされている。大方魔法のせいなのは間違いなかった。
このまま人通りの多い所に出ていくのも一つの手だが、悠元はここで敢えて人通りが逆に少ない場所―――原作で達也とリーナが対峙した公園に向けて歩を進めていく。
◇ ◇ ◇
『
「モニターを続行。民間人の誘導に抜かりはないな?」
『作戦エリア内に民間人の姿は確認できません』
現場と上司の会話を聞きながら、遠山つかさは静かに微笑んでいた。今のところ順調に作戦は進んでいる。
([人形]のコントロールも今のところは問題なし。衛星級に傀儡法が掛からなかったのは残念でしたが、結果的に
この作戦を立案したのはつかさだった。この場で指揮を執っている上司の階級は少尉であり、軍人の階級序列であれば部下でしかないつかさが実質的な指揮権を握っているのは、偏に十山家と国防軍の密約によるものが大きく、情報部の部長クラスにまで及ぶ。
彼女は意図的に、昨年2月、達也がブリオネイクを携えたリーナに襲撃された状況を再現した。達也にあの時の状況の焼き直しだと誤認させるためだ。それは今のところ、上手く行っているように見えた。
(今回はアンジー・シリウスという大物の駒が存在しませんので、結果は見えているも同然ですが……期待していますよ、四葉の若様)
つかさは貼り付けたような微笑を見せつつ、事態の進展を凪いだ面持ちで見つめていた。
◇ ◇ ◇
(敵は12人。銃は持っていないのか……魔法があるとはいえ、実質丸腰のようなものだろう)
達也に扮した悠元は既に敵意を感じ、相手の武装や状態を既に把握している。加えて、達也と異なって古式魔法に精通している故に、相手に掛けられた魔法の正体にもすぐに気付いた。敵はスターダストのようだが、強化措置によって生じたサイオンの乱れだけでなく、彼らを操るコマンドが掛けられていることにも気付く。
(この感じは[傀儡法]か。対象に
因果を辿る達也の[
そして、こちらを監視している情報部の居場所も突き止めた。
(まずは『スターダスト』の対処だな。気絶させた後の後片付けは九重先生にお願いしたから、それを隠す意味でも市街地は些か
この近辺で彼らの監視を欺く意味でも、街中は目立ってしまう。原作の達也ならば人通りの多い居場所に向かうのだろうが、悠元は敢えて人影が少なくなる街中の公園を選択し、そこに向かって歩を進めた。
◇ ◇ ◇
「ターゲットA、街中の公園に向かうようです。如何いたしますか?」
「……パペットを公園に配置。ターゲットの動きが止まったところで仕掛けさせろ」
現場からの報告を受け取ったスタッフが上司の指示を仰ぎ、指揮官の少尉はターゲットの動きに疑問を抱きつつも、公園ならば民間人への被害を最小限に抑えられるため、少しの考察の後、指示を飛ばした。
これには作戦の推移を見守っていたつかさも疑問を浮かべていた。本来の予定ならば街中で仕掛ける予定だったが、ターゲットである達也の行動は明らかに周囲への被害を避けるような印象を強く受けた。
こちらの動きを読まれているのでは、という疑問は当然生じる。だが、だからこそ試してみる価値がある、という思いも同時に生まれていた。少なくとも、達也が理想主義者の一面もあるという推測を立てることには至った。
「パペットがターゲットAに接触。作戦をフェーズ2に移行します」
計画的に脱走させた兵士がターゲットA、即ち達也(正確には達也に扮した悠元)に仕掛けた。
◇ ◇ ◇
別に達也をそういう風に思わせるためではなく、単純にスターダストを回収する上での“後始末”を容易にするため、公園を相手の襲撃場所に選んだだけだ。それと、情報部が監視している以上は下手に遠隔魔法を使うよりも近接戦闘の方が誤魔化せると踏んだ。
脱走兵の兵士が魔法を駆使した上でナイフを振り翳し、悠元の腕の腱を狙う。それを見た悠元が取った行動は、相手の懐に飛び込んで拳を鳩尾に撃ち込み、触れた箇所から想子の情報を変化させることで[傀儡法]による強制力よりも兵士自身の生命維持機能―――睡眠欲が勝るようにすることで、相手を瞬時に無力化した。
想子を体外に放出するわけではなく、霊子の干渉力を相手に転写することで無力化する技術は現代魔法のみならず古式魔法にも存在しない。とはいえ、年齢からすれば武術面よりも魔法師―――“四葉”の色眼鏡で見るのは容易に予想が付く。
(全く、
沖縄侵攻の件だって原作からの変化はあれども、達也抜きでは間違いなく占領されていても可笑しくは無かった。本腰を入れる様な部隊は自分が粗方消し去ったので大亜連合側も一気にトーンダウンした形となった。その反面に得たものが[
考え事はしているが、向かってくる兵士を瞬時に無力化しつつ、念のために武装も取り上げている。そうして3分も経たない内に向かってきた兵士全員を無力化せしめた。
(深雪と水波がやり過ぎないか心配だが、万が一の保険として達也が控えているし、文弥と亜夜子ちゃんもいる)
今回はいくら試しとはいえ、無関係の人間まで危険を晒す以上は情報部もお咎めなしとは言えない。深雪や水波にはアンティナイトを含めた[キャスト・ジャミング]対策の術式を予め渡しているし、達也に至っては言わずもがなだ。
徐に端末を取り出し、通話が繋がった時点で悠元はこう一言だけ告げた。
「―――“後片付け”はお願いします」
そう一言だけ呟き、通話相手の返事を聞く暇もなく通話を切って端末を懐に仕舞うと、悠元は一歩を力強く踏み出して駆け出していった。
リアル事情でドタバタしてて書くスピードが落ちていました。
今回詩奈へつかさがやらかしたことを事前に伝えなかったことについて、言い訳がましくなっている部分は否定しませんが、非人道的な方法を平気で取っている人間が妊婦を人質にするということを躊躇うはずがないと判断してのものです。
操られた兵士の活躍シーン? そんなものはリアルチートの前に無力同然(ぇ