―――[トーラス・シルバー]。
魔法師社会、とりわけ魔工技師の中において知らぬ者は恥、と言っても過言ではないほどの天才魔工技師(魔工技師:魔法工学技術師とは魔法関係の技術者)とされている。
北米のマクシミリアン・デバイスや欧州のローゼン・マギクラフトなどといった世界の名だたるメーカーでさえも、彼の動向を注目するほどに挙げた業績は計り知れない。
[トーラス・シルバー]の功績の一例を挙げればこのようなものだ。
―――『ループ・キャスト・システム』の実現。
―――特化型CADの起動式展開速度の20%向上。
―――非接触型スイッチの誤差認識率の低下。
高速化が進む現代魔法において、同一魔法の連射化だけでなく特化型の起動式展開速度を2割も速くし、更には高速化で起こりやすい誤作動のレベルを下げる。
このいずれかの技術だけでも一生遊んで暮らせるほどのレベルだが、[トーラス・シルバー]はこれらをたった1年で成し遂げている。魔法関連の技術者としてだけではなく、各方面からしても喉から手が出るほど欲しくなる逸材なのは間違いない。
[トーラス・シルバー]は登場して間もなく数々の業績を成しておきながら、当の本人は顔出しNGという形で取材を拒否。人類史に名を残しながらもそのミステリアスさに、各種メディアでは一時期特集記事まで組まれるほどだった。
出身、年齢、性別、姿、経歴といった個人情報全てが謎に包まれていて、唯一判明していることといえば、日本の魔工メーカーであるFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)専属技師ということだけ。その[トーラス・シルバー]が実際にCADの開発・研究を行っているのがFLT・CAD開発第三課。
「お久しぶりです、若大将。いえ、主任!」
「いや、主任は貴方ですよね、牛山さん」
一般的に見れば、年上の職人が年下の少年に謙るという異名な光景……ある意味、この二人にとってお約束ともいえるやり取りであった。
◇ ◇ ◇
九校戦に向けた『シルバー・ブロッサム』シリーズもそうだが、飛行魔法の段取りも並行して進めていた。学業的には期末考査も近く、雫の家で勉強会ということが決まった次の日、悠元は達也や深雪と一緒にFLT社を訪れていた。
実を言うと、FLTの株式を取得しているというか深夜からの押し切りで2年前に取得させられた(現状未成年なので、元が代わりに保持している)。
調達資金はというと、父親である元が『お前のおかげで儲けた分』から出したらしい(取得金額は聞いていないが、大半が譲与という形になっているのは聞き及んだ)。結果として深夜に次ぐFLTの次席株主という形となっている。なので、来社する表向きの理由は『株主である父からの視察依頼』で通している形だ。
ハードウェア設計や改善の提案自体は部署にある端末とのやり取りで十分なのだが、『シルバー・ブロッサム』シリーズは今までにないシルバーシリーズともいえるため、態々出向くことになった。それと、さっき話した飛行魔法のデバイスのこともあった。
先々日の司波家。悠元は地下室で作業していると、達也から声をかけられた。
「悠元、少しいいか?」
「ん? って、それは例の術式が入ったデバイスか?」
「ああ。常駐型重力制御術式がようやく形になったんでな」
常駐型重力制御術式―――加重系統魔法三大難問の一つである[汎用型飛行魔法]。それがようやく形となったらしく、テストを頼みたいということだった。デバイスのハード自体はまだ大きな改良を加えておらず、ひとまずソフトウェア部分での仮組というものだった。
「深雪にも試してもらうんだが、まずはほぼ同じ重力制御の記述を使っている悠元に試してもらいたくてな」
「まあ、理には適っているな。それじゃ、いくぞ」
スイッチを押すと想子が吸い取られ、起動式が読み込まれて魔法式が展開する。感覚として制御魔法自体は0.5秒で終了条件を組み、魔法式の位置を記録するタイムレコーダー機能を取り付けた形だろう。特に吐き気などの精神に対する影響はない。連続処理による負荷も殆ど感じない。
「成程、ごく短時間で終了条件を組むことによって事象干渉力の影響を排除したのか。それと断続的な魔法式展開ならそれほど負荷にもならない。あとは想子保有量次第ってところかな」
「仕組みを解いたのは流石だと言いたいが、なぜ胡坐をかいて横回転しているんだ?」
「気分の問題ってやつかな、っと。全く違和感を覚えなかったな。これなら明日からでも飛行魔法で飛んでいけそうだ」
「お前の場合、飛行どころか宇宙に行けそうだがな」
『
「お二人とも、コーヒーをお持ちしました」
「丁度よかった…って、ミラージ・バットのコスチュームか」
正直な話、達也は九校戦のことを碌に知らなかった。まあ、FLTと独立魔装大隊の訓練、それと深雪の家庭教師で長期休みが丸々潰れていたのは言うまでもなく、それは仕方ないだろうなと思う。
自分の場合は独立魔装大隊の特別技術顧問と新陰流剣武術の関係で訓練は免除されていたが、FLTの仕事に加えて長野佑都としての社交界への顔出し、加えて詩奈の家庭教師で夏休みが潰れていた。それでも九校戦のことを知っていたのは単純に転生特典の一端である『前世の記憶保持』が生きていたし、九校戦の競技の練習相手ぐらいは兄や姉たちに頼まれてこなしていた。
結局、九校戦に詳しい深雪が達也に録画していた映像を交えてレクチャーしていたのだった。
「いかがでしょうか?」
「可愛いよ。とてもよく似合ってる」
「まるでお伽噺に出てくる妖精みたいだな」
「も、もう、悠元さんってば……?」
深雪の着るコスチュームに対して、達也は率直に誉め、悠元は例えつつも深雪を褒めた。後者の言葉に少し照れたような表情を見せた深雪だったが、ここで何かしらの違和感を覚える。
座っているはずの達也が見上げるような形になっているのだ。そこで視野を広げると、達也が座っていたはずの椅子から浮いていた。それを見て深雪は何であるのかを口にした。
「飛行術式……常駐型重力制御魔法が完成したのですね! お兄様はまたしても、不可能を可能にされました。私はお兄様の妹であることを誇りに思います!」
「ありがとう深雪。だが、これは俺一人の功績じゃない。悠元が使っていた重力制御の起動式がなければ、ここまで早く完成しなかっただろう」
「自分が提供した時にはほぼ6割が完成していたし、誤差の範囲だよ、誤差」
「4割は誤差といえるレベルじゃないと思うのですが……でも、さすがは悠元さんです」
その後、深雪による飛行魔法テストは無事終了。その週末にFLTへ行くことになった。実際のところ、偶には兄妹水入らずでいいのではと思ったのだが、深雪の懇願により同行することになった。上目遣いに勝てたら……いや、勝ったら別の疑惑を掛けられそうだから仕方ないと諦めた。
「そういえば、二人と一緒にFLTへ行くのはこれが初めてか」
「お前の場合は大概メールでのやり取りだからな」
「風間少佐との約定もあったが、沖縄の後は本気で忙しかったんだよ。爺さんの親戚の子というだけで全国行脚だぞ……九校戦の観戦にも行けず、残りは妹の家庭教師。中学生の長期休みが綺麗に潰れたわ」
「ま、まるで著名なアーティストの全国ツアーみたいな響きですね……」
深雪の言葉はある意味間違ってない。何せ、独立魔装大隊関連で北海道と沖縄方面への挨拶。長野佑都関連で四葉家以外の十師族本家、その全部に行く羽目となった(四葉家の人間とは伊豆で面会した)。
さながら有名なアーティストの全国ツアーばり……いや、それ以上の過密スケジュールだ(3Dアバターによる形式が通例化している昨今のアイドル事情でも、実際に顔を出して活動しているアーティストがいて、昔ながらの全国行脚が続いている)。
「別に家業や家督などを継ぎたいなどと口にした覚えはなかったんだがな。爺さんからすれば、俺のように無茶振りされてもついていける人は貴重だったようだし」
「そうか……叔母上や母上から聞いては見たものの、現実味がなかったとしか感想が出てこなかった」
「それが真っ当な感想だよ、達也。今にして思えば、よく生きていられてると思うよ」
東北の
……こうやって振り返ると、普通の中学生からかなり乖離したものだと思う。
「それに、爺さんもあくどいっつーか……在籍してる中学への学力証明で、魔法科高校入試の模試とか言っといて実際は国立魔法大学入試の模試受けさせやがって……それでも7割は何とか取ったけど」
「待て、悠元。中学の時点で国立魔法大学の模試が7割取れるのは、既に高校生のレベルじゃないんだが?」
「達也、それはブーメランかましているようにしか聞こえないんだが?」
「それはお二人とも、と仰りたいところです」
「酷いな、深雪は」
これ以上は水掛け論というよりも氷のぶつけ合いみたいなものになりかねない、と判断したところで目的地となるFLT・CAD開発第三課へと入っていく。すると、職員の一人が気付き、ほかの職員やその部署で働く魔工技師たちも声を掛けてくる。『御曹司』と呼ばれる達也もそうだが、『若大将』と呼ばれる悠元に深雪は思わず笑みを零していた。
「お邪魔します。牛山主任はいらっしゃいますか?」
「お呼びですかい、ミスター・シルバー。それにお久しぶりです、若大将。いえ、主任!」
「いや、ここの主任は貴方でしょう。牛山さん」
達也の言葉に反応する形で出てきたのはCAD開発第三課主任を務める
実際、シルバーシリーズの作製は彼の手腕あってこそである。その彼から主任と言われたことに悠元はしれっと反論したのだった。
「すみません主任、お呼び立てして」
「いけませんなあ。ここにいるのは貴方方の手下だ。天下の[トーラス・シルバー]ともあろうお方らが、
牛山やここの部署で働いている人たちは、高校入学前から悠元が三矢家の人間であることを知っている。一応FLTの社内的には『上条洸人』で在宅勤務をしている一介の魔工技師という扱いだが、悠元のハードウェア設計能力は家柄を抜きにしても世界トップクラスだと牛山は思っている。
なお、深雪は二人が褒められていることに感動を覚えていたのだった。
「それは御尤もですね。ミスター・トーラスの並外れたハードウェア設計能力がなければ、ループ・キャスト・システムは実現しなかったでしょうし」
しれっと達也は笑みを浮かべて言い放つが、外聞的に[トーラス・シルバー]の功績はソフトウェア面で目立っている。されど、ハードウェアの部分においても[トーラス・シルバー]は今までに比類なき功績を上げている。
ハードウェア部分において一例を挙げると、感応石の相互変換処理装置に関して3割の変換効率上昇、起動式を格納する新型データストレージにより読込速度を約2割短縮、人体との接触部分における想子透過のための新素材開発など。
これらは費用対効果も考えてハイエンドモデルである『フォース・シルバー』に組み込まれているが、この一つだけでも一生遊んで暮らせるレベルの実績である。
そして、これらを改良した技術が『シルバー・ブロッサム』シリーズに組み込まれる形となる。単純な設計能力だけでなく高度な技術をより使いやすくする能力は世界を探しても悠元に比肩する人間はいないと達也は思っている。
「並外れたって……俺は単純にシルバーもとい達也の組み上げるプログラムに見合うだけのハードウェア設計や改善提案をしてるだけで、マクシミリアンやローゼンにだってそれぐらいの連中はいるだろうに。無論、牛山主任もその一人かと」
「自分にできないことはねえでしょうが、天下のミスター・シルバーのプログラム水準を完全に許容できるだけのハードウェア設計やハード目線でのプログラム要求となれば誰にでもできる話じゃねえですぜ。それに、俺たちのようなプロが必死になって組み上げたデバイスを見ただけで問題点と改善案を提示する。それが出来るミスター・トーラスを下手に素人扱いしようものなら、名立たる魔工技師が失業しちまいますよ。さて、早速仕事の話に入りましょうや」
[[トーラス・シルバー]]の名前の由来は牛山と達也の名字である司波から捩ったものだが、ここに悠元の名前は入っていない。これには理由がいくつかある。
一つは、悠元がFLTに出入りする切っ掛けとなった三矢家と四葉家の会談は、表向き『非公式』となっていること。この辺りの調べは七草家で付いているのだろうが、そこから達也ひいては深雪の素性がばれるのは拙いということで提案をし、真夜と深夜もそれを受け入れた。
二つ目は独立魔装大隊絡み。悠元が別の名―――上条達三という名で特別技術顧問に参画していることと関係する。仮の名字を同じにしているのは「兄弟、もしくは親縁の関係者」ではないかと疑いを持たせるため。
民間企業に勤める人間が技術者として軍事に携わるのは少なくないため、その為の綺麗なパーソナルデータも組み上げられている。なお、名前まで同じにしなかったのは軍事作戦に従事する関係上のことであり、独立魔装大隊では『魔法師兼魔工技師』として、FLTでは『魔工技師』としての線引きをしている。
三つめは原作知識絡みに起因する。原作よりも[トーラス・シルバー]に関する情報は厳重に管理しており、先に述べた軍事関連のところからも一切漏れないように、共通する技術は『FLTからの技術供与』という形にしている。
その意味で両方が動けなくなるのは拙い。CAD関連はどうしてもソフトウェアに目が行きがちなので、達也は確実に動けなくなる。そこに悠元まで動けなくなるのは、周囲(厳密には周辺国家)にやりたい放題をさせかねない。
なので、悠元はあくまでも“外部協力者”という立場で参画している。同じCAD開発第三課にいるのに外部協力というのは筋が通らないだろうが、[トーラス・シルバー]のチームを立ち上げる際に立案した『ESCAPES計画』というプロジェクトの中核メンバーに上条洸人の名で記載している。
そのため、名目上は別のプロジェクトである[[トーラス・シルバー]・プロジェクト]には外部協力という体を取っている。『ESCAPES計画』には無論達也の名前も既に入っているため、逃げ道自体はすでに構築準備が完了している。その計画を名だけでなく実も兼ねたものにするのはこれからの話であるが。
そんな事情に加えて悠元と達也は未成年のため、成年である牛山に[トーラス・シルバー]・プロジェクトのチームリーダー兼保護・監督責任者を担ってもらっている。
牛山はいわば表の[ミスター・トーラス]であり、悠元が裏の[ミスター・トーラス]である。尤も、職人気質の牛山は自身を[ミスター・トーラス]とは名乗らないため、その名は基本的に悠元への呼称に使われている。
加えて、先ほど述べた含みも込めて、牛山は悠元のことを“主任”と呼んでいた、というわけだ。
閑話休題。
「こいつは、飛行デバイスですかい……テツ、予備はいくつある?」
「10機です」
「バッカ野郎! 何で補充しとかねえんだ! 急いである分をかき集めさせろ! あとテスターの連中にも連絡しておけ! 飛行魔法のデバイスなんだぞ、世界の常識が変わることになるんだぞ!!」
その言葉も御尤もだろう、ということで達也は先日司波家で試した飛行デバイスを牛山に見せた。同僚の技師に同型デバイスの数を尋ね、その答えを聞くと……叫ぶというかまるで怒鳴るように指示を飛ばし、急いで飛行魔法の実験が組まれることになった。
飛行魔法の実験は成功したのだが、そのテスターである10名が飛べることに嬉しさの余り、空中で鬼ごっこを始めたのだった。その結果、テスター全員が想子切れを起こすまで飛び続け、それを見た牛山が呆れるように言い放った。
「お前ら、アホか? 常駐型魔法がそんな長時間使えるわけねえだろうが」
「……やはり、起動式の連続処理が負担になっているようですね」
「そりゃあ、御曹司やお嬢様、若大将の想子保有量に比べれば、一般的な魔法師の想子保有量は微々たるもんですから」
確かに牛山の言うとおりである。彼らの前にテストをした悠元と達也、深雪の想子保有量が桁外れているために負担を感じなかったが、それからすれば一般的な魔法師の想子保有量は微々たるもの、と牛山は言い放った。
その間に悠元は端末を操作して飛行デバイスのハード設計を見直していて、このあたりの仕事の速さが[トーラス・シルバー]の片割れたる所以だと思う、と達也は感じた。
「想子の自動吸引スキームを見直しするのは必須だけど、常駐型重力制御魔法専用の回路構成やタイムレコーダー機能のための処理回路を構築することも考えたほうがいいかな……ざっと、これぐらいの改善案は出せましたけど……どうです?」
「いやはや、自分が一つ考える間にミスター・トーラスは10個も考えちまう。ま、こっから先は俺の仕事ってことで、しっかりやらせてもらいますぜ」
「ええ、お願いします」
その後、『シルバー・ブロッサム』シリーズの打ち合わせのために達也と深雪を先に行かせて少し話し込んだ後、二人を追う形で悠元も牛山に挨拶をしてから第三課を後にした。
少し時間を食ってしまったので流石にお詫びの一つでもしようと考えていると……扉一枚で出口、と言うところで達也と深雪の後ろ姿を見つけた。
(あれ、達也に深雪? 何でここに……ああ、成程)
彼らは悠元を待つために立ち止まっていたのではなく、悠元から見て二人の更に奥にいる人物たちで“足止め”を食らっているような形となっていた。それが二人にとって『無視できる存在ではなかった』からこそ、悠元が見えている状況になっているのだと察した。
「―――
「お言葉ですがお嬢様。この青木は四葉家の執事でございますれば、“一介のボディーガード”に礼儀を尽くせなどと申されましても、秩序というものがございますので」
達也と深雪を引き留める形にしていたのは二人の男性。一人は四葉家の執事序列第四位の
「私の兄ですよ」
「畏れながら、深雪お嬢様は四葉家の次期当主を家中の皆より望まれているお方。お嬢様の護衛に過ぎぬそこの者とは立場が違います」
前者は面識を持たないが、後者は悠元がFLTで働くことになってから面識を有した人物で、FLTの開発本部長という重職―――という名の閑職に回されている。[[トーラス・シルバー]]の功績に関して口を出した人物とは愛人関係であり、現在はその愛人と同居している。
戸籍上達也と深雪の父親だが、彼の達也に対する扱いを深雪は快く思っておらず、春の時に司波家が危うく冷凍室に成り掛けた原因を作った人物。当の本人にその自覚など皆無なわけだし、達也も『所詮そんなものだ』と半ば諦めている様なのは言うまでもないが。
「おや、青木さん。口を挟んで失礼だと存じておりますが、ずいぶん穏やかならぬことを仰る。今のご発言は深雪以外の次期当主候補に対して余りに不穏当な言動だと受け取らざるをえません。もしや、叔母上は既に次期当主の指名を成されたと解釈して宜しいのでしょうか?」
「っ……真夜様はまだ何も仰せになられていない」
(聞こえてしまっているが、今のところは四葉家に関することだからな……もう少し様子を見るか)
青木はあくまで四葉家の執事として話しているわけだが、達也に対する扱いは深雪の逆鱗に触れるものでしかなく、怒りの感情が見え始めたところで達也がフォローという形で二人の会話に割って入った。
四葉家―――達也に関する秘密のこともあってある程度は存じているが、今のところは『四葉』の中でのお話なので、いくら十師族とはいえ他の家の事情ともなれば下手に首を突っ込めない。なので、悠元も暫く様子を見ることにした。
「これは驚いた。四葉の執事序列第四位にいる貴方が、次期当主候補である深雪に憶測を吹き込んだという訳ですか。さて、秩序を乱しているのは……一体何方なのやら」
「憶測ではない。心同じくする者同士、思いは通じる。心を持たぬエセ魔法師に理解できるとは思わないが……っ!?」
青木の言動が最早深雪を苛立たせるだけでしかないことは明白。その証拠に深雪の足元が凍り付き、下手すると通路はおろかFLTの建物全体にまで悪影響を及ぼしかねない。
このまま二次被害を被る前に……と、悠元は自前の事象干渉力で深雪の魔法を抑え込みつつ近付いた。突如元に戻る深雪の足元に驚きを見せるものがいる中、達也は深雪の魔法を抑え込んだ相手をすぐに理解し、視線を後ろに向けた。
「悠元。すまない、世話を掛けたようだ」
「別にいい。話し声で家内のことだと判断して少し様子を見てたら、深雪の魔法が漏れたから何事かと思って対処しただけだよ」
達也と悠元の会話で、深雪も悠元の姿に苛立ちを抑えて表情を綻ばせ、青木と龍郎は呆然としている様な様子を見せていた。
通路の奥側から悠元が近づいていることに気付いていなかったようで、しかも他の十師族の前で四葉家の家内の事情まで話していたことには青木も己の迂闊さを恥じているような素振りを見せていた。
「お久しぶりです、龍郎さん」
「あ、ああ。久しぶりだね悠元君。君がどうしてここに?」
「個人的な用事もありましたし、達也と深雪に誘われまして同行していただけです。それで、隣の方は先程の会話を聞くに四葉家の執事の方とお見受けいたしますが」
「……お初にお目に掛かります、三矢悠元殿。四葉家執事の青木と申します」
龍郎に深雪を怒らせることはあっても、深雪が龍郎に敵意を向けることはない。そんなことをしても無駄だと理解しているからだ。だが、青木は深雪の心情を理解もせずに達也を詰った。
大体、今の達也となったのは四葉家当主とその姉が達也に行ったことが原因であることを多かれ少なかれ聞いている筈なのに、それすらも棚に上げて侮辱した。ここまで事情を理解しているのは原作知識のお陰でもあるわけだが。
悠元は深雪の肩に手を置き、強い口調でハッキリと述べる。
「……自分は
「!? 何故、三矢の者が……」
「そこまで知っている……ですか? 四葉家現当主であらせられる四葉真夜殿、そして二人の実の母親である司波深夜殿から直接聞かされただけのことです。青木さんがお気になさるようでしたら、実際にご確認されれば宜しいだけのこと。今のは独り言みたいなものですので。失礼します」
そう言って深雪の肩を自分の方に引き寄せつつ、彼らの横を通り過ぎた。それを見た達也も軽く礼だけをして反対側の横を通り過ぎ、扉の向こうへと消えていったのであった。扉が閉まったところで悠元は深雪の肩から手を放そうとしたのだが、深雪は悠元の服を掴んで離そうとしなかった。彼女の表情は今にも泣きそうな状態だった。
「悠元さん……その、ありがとうございます。ですが……」
「どの道四葉に関わった時点で遅かれ早かれだよ。しっかし、葉山さんと違って何も知らなさそうだったが…対応がえらく違ったな。俺が十師族じゃなかったらもっと酷かったかもしれん」
「何にせよ、下手なことも言われずに済んだのはお前のお蔭だな……感謝する」
「まあ、気にすんな」
こういう時って無駄に体を張ってしまうのが悪い癖なんだろうな、と思ってしまった。
ちなみに、強引に深雪の肩を抱き寄せてしまった件についてだが、本人からは『べ、別に気にしてませんから! そ、それに……やっぱりなんでもないです!』と顔を真っ赤にしながら弁解され、達也からは『お前はやっぱり天然のジゴロだな』と言われた。
こちらとしては、『誠に遺憾である』と言わざるを得ない。
別に深雪が劣っているというわけではなく、自分から遜った形だが、深雪は不満げな表情を浮かべて納得してくれなかった。何故だ。