魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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消えた詩奈

 侍郎が本格的に武術を学んだのは悠元が新陰流剣武術を学び始めた頃からのもので、レオに関しては横浜事変の前から学び始めた程度。

 本来、武術のキャリアの差から言えば侍郎に軍配が上がるが、魔法の技量も含めればレオは悠元から魔法力に関する鍛錬を受けており、悠元から武術の手解きを受けていたことに加えて身体能力の差も相まって侍郎よりも実力が高い結果が、悠元の持っている端末のモニターに映っていた。

 

「レオもえげつなくなったわね……何よ?」

「いや、エリカがそれを言う資格はないと思う」

「同感だね」

「アンタたちがそれを言う!?」

「まあまあ、エリカちゃん」

 

 人のことを言えた義理が無いという意味ではエリカの発言も間違っていないが、悠元と様子を見に来た幹比古に言われて噛み付くエリカを美月が窘めた。

 侍郎は新陰流剣武術の稽古に加えて、子供の頃から第三研で軍人魔法師との戦闘経験を積んでいる。魔法と武術双方の技量は確かに高まったが、悠元という規格外の技量を有する魔法師が直接関与した点でレオはおろか幹比古相手でも苦戦するのは必須だろう。

 

「で、風紀委員長はこんなところで油を売っていていいのか?」

「一応生徒が倒れてるって通報があったからね。見てる感じだと大丈夫そうだけれど」

「ミキ、アンタも大分毒されてきてるんじゃない?」

 

 そんなレオと副部長の燈也の方針で登山部らしい活動が追加された。それまでは美嘉の影響で『体力づくり部』『サバイバル部』『鶴嘴部』などと揶揄されていた(基礎体力を鍛える意味では決して間違っていない)が、「鬼ごっこ」に参加しなかった部員はオーバーハングした岩壁に嬉々として挑んでいた。

 ちなみに、美月は美術部の一環で『躍動する筋肉』という一部の女子生徒が歓喜しそうな題材の為、登山部の岩壁に挑戦する生徒の姿をスケッチしていた。その題材を聞いた瞬間、悠元が率先して「何も聞かなかった」として鍛錬に集中しており、エリカや幹比古もそれに続く形を取ったため、美月は首を傾げた。

 そして、28回のリスタートを挟んだ結果、侍郎は疲労困憊の姿で大の字になって横になっていた。

 

「おーい、生きてるか? 今なら冷たい水が降ってくるぞ」

「……生きてますから、過冷却の水は止めてください」

「ちなみに、この薬缶の中に入ってるのは過冷却した麦茶だが」

「無駄に冷やし過ぎですって」

 

 別に嫌がらせではなく、ここまで長時間の鬼ごっこをしていた彼に対する労いであり、別に過冷却などはしていない。冗談を本気のように述べている悠元に対し、侍郎は疲れながらもツッコミを入れていた。

 

「侍郎がどれだけの鍛錬を積んでいたのかはある程度知っている。実戦経験が豊富な軍人魔法師との戦闘経験の意味では確かに一日の長はあるだろうが、美月を除くここにいる面子で言えば侍郎が一番弱い」

「……」

「まあ、言うだけならいくらでも言えるからな。というわけで、幹比古。お前が相手してやれ」

「僕がかい?」

 

 悠元はもとより、エリカやレオ、幹比古はテロリストや敵国の軍人魔法師、古式の魔法使いと達也絡みとはいえ事欠かない実戦経験を積んでいる。悠元に指名された幹比古は思わず首を傾げていた。

 

「考えても見ろ。レオ相手に苦戦する状況だと、幹比古が相手としては妥当だと思う」

「……魔法は使わなくてもいいよね?」

「風紀委員長が誰かを取り締まるわけじゃないから、そこの裁量は任せる」

 

 悠元は言わずもがなだし、エリカの実力も把握している状況でレオでも苦戦するとなれば、この四人の中だと幹比古が妥当だという判断に、幹比古は異論を唱えることなく確認の問いかけをした。

 そして始まった幹比古と侍郎の手合い。ここにいる三年生組の四人の中では体術の分野において一番実力が低い幹比古だが、精霊魔法を学ぶ過程で鍛えてきた体術と最近東道家で学んでいる古武術で完璧に押さえ込まれていた。

 時間にして30分ほどだが、侍郎がまともに立っていた時間の方が少なかった。

 その手合いが丁度終わった頃に、一人の女子生徒こと香澄が駆け込む様な形で侍郎に近付き、制服に土がつくことも躊躇うことなくしゃがみ込んだ。

 

「侍郎、何で詩奈が急にいなくなったの!?」

「詩奈が……いなくなった?」

「……」

 

 香澄と侍郎のやり取りで大方の事情を察しつつ、空気を貪ることも忘れている侍郎の背中を軽く叩いてやる。すると、その痛みで空気を取り込むことを思い出したのか、侍郎がその場で咳き込んだ。

 

「ケホッ、ケホッ……ちょっと、悠元さん!?」

「窒息するだろうが、馬鹿野郎。とっとと仕郎さんに連絡して確認しろ」

「あ、は、はい!」

 

 まるで他人事のように述べているが、血縁上の関係があっても家としては別の括りにいるため、ここは侍郎が率先して動くように促した。その侍郎は急いで自分の鞄に駆け寄り、携帯情報端末を取り出して連絡を繋げる間、悠元も自分の端末を取り出してメールを打ち込む。

 そして、侍郎は周りの人の視線を気にすることなく叫ぶように話し始めたわけだが、その様子は見えていても周囲に音が広がることは無かった。

 

「あれ? 侍郎の声が……悠元兄の魔法?」

「魔法というか生来の気質を少し使ってるだけだ。とりあえず香澄、分かってる範囲で説明してくれ」

「あ、うん。えっとね……」

 

 香澄の説明では、大体30分前ぐらいに詩奈が面会の為に生徒会室を離れ、なかなか戻ってこないことを心配に思った雫とほのかがピクシーに問いかけたところ、『詩奈が既に下校している』ことを掴んだ。それも、生徒会室に私物を残したままで。

 

「事情は理解した。ピクシーに情報開示を頼む必要はあるが……」

 

 悠元がそう述べると、侍郎の肩を叩いて手のひらを彼に向けて差し出した。その意図を察した侍郎がマイクに向かって断りを入れた上で音声通信用子機を差し出された手のひらに乗せ、悠元はそれを付けた上で話し始めた。

 

「仕郎さん、ご無沙汰しています。悠元です。侍郎の会話はすべて聞いていました」

『これは、悠元様。して、如何様でしょうか?』

「確認しておきますが、三矢の関係者で所在が分からないのは詩奈だけですか?」

『少しお待ちください』

 

 悠元が尋ねたことは、三矢家の関係者―――“三矢”を名乗っている人間やそれに近しい人間の所在。例えば、悠元の母親である詩歩や元治の妻である穂波、養女となったラウラやアリサが国防軍の対象となっているかの確認であった。

 1分ほどの待ち時間の後、仕郎が再び声を発した。

 

『お待たせしました。奥様や穂波様は御在宅で、ラウラ様は千葉殿が送迎しており、アリサ様は上泉家の本邸にいると確認が取れています』

 

 一応、三矢家と十山家の確執から動くことを考慮して寿和と元継に説明しておいた。どちらも人質に成り得る可能性を秘めている要素を持つだけに、双方とも納得してくれた。[天神の眼(オシリス・サイト)]でリソースを振り分けているアリサだけでなく茉莉花も所在の無事が確認出来たところで、悠元は仕郎にこう告げた。

 

「分かりました。父と兄に『今日は家から出ないように』と伝えてください。それと、『後のことはこちらで全て処理をする』とだけ確実にお願いします」

『……畏まりました。侍郎の力が必要ならば、遠慮なくお使いください。その程度ならば旦那様や若様もお許しになるでしょう』

 

 悠元の言葉でその意味を察したのか、仕郎は侍郎の指示を全て悠元に委ねる様な形とした。それを聞いた悠元は「侍郎に返します」とだけ伝えて子機を侍郎に返した。

 

「さて、まずはピクシーに情報開示をしてもらわないと話が進まん。侍郎の鍛錬はここまでにして、生徒会室に行くぞ」

「……やけに冷静すぎない?」

「ここで感情的になっても何も進まん。八つ当たりしても単に面倒事が増えるだけだからな」

「そりゃ確かに」

 

 詩奈に関することは自分の責任も関与しているだけに、率先して動くことに変わりはないが感情的な行動で余計なトラブルを引き起こすのは御免被る。エリカの問いかけに対して冷静に答えた悠元の言葉を聞いたレオは納得したような表情を見せた。

 

「でも、ピクシーが情報開示してくれるのかい?」

「忘れたのか? 所有の権限自体は神楽坂家―――俺がその一端を担っているから」

「あー、生徒会室にあるせいで達也君だけが管理してるのかと思ってたわ」

 

 ぶっちゃけ、ピクシーの情動形成の関係で達也が所属する生徒会の部屋に置いているだけであり、書面上の管理は神楽坂家が行っているし、ハード的なメンテナンスは全て悠元が関わっている。なのでピクシーからすれば悠元はもう一人の管理者なのだ。

 ともあれ、ピクシーから詳細を聞き出すために悠元たちは生徒会室に向かうのだった……香澄の制服の汚れを魔法で直し、混乱している侍郎の首根っこを掴んだ上で。

 

  ◇ ◇ ◇

 

「ピクシー、俺はお前の管理者(アドミニストレーター)権限を行使する。三矢詩奈に面会を申し出た相手を開示してくれ」

「畏まりました。面会者は・三矢家の・使者と・名乗りました」

「話がスムーズに進んでる……」

「ほのか、ドンマイ」

 

 ほのかがピクシーの情念に寄与しているとはいっても、ピクシーが仕えたい主は達也であり、彼女が恩義を感じているのは悠元。とはいえ、機械的な手続きに基づくものは正当な手段であり、ほのかがこれに対してショックを受ける必要などない訳だが。

 

「その使者は誰だ?」

「こちらになります」

 

 大型ディスプレイに映し出されるのは、それを名乗った一組の男女。女性は二十代前半、男性は三十歳前後の容姿をしていた。

 

「この方……どこかでお顔を拝見したことがあるような……」

「身のこなしからして軍人なのは間違いないわね」

 

 泉美が映像から記憶を辿るような仕草を向ける一方、エリカは数秒間の映像から読み取れた身のこなし方で軍人であることを見抜いた。侍郎がその映像を見てもピンとこない辺り、“彼女”と面識がないということなのは間違いなかった。

 

「確か、三矢家が管理している第三研には多くの軍人魔法師が出入りしているよね?」

「そうですが……」

「三矢家の皆様には、国防軍に奉職されている方はいらっしゃらなかったと記憶しております」

「え、でも」

「おおっと、手が滑ったー」

「ぐふぉっ!?」

 

 幹比古の疑問に香澄が口ごもり、泉美がフォローする形で幹比古の推測を否定した。これに対してレオが何かを言おうとしたところでエリカの肘鉄が入った。ここにいる面子の中では悠元が国防軍の軍人として所属している秘密を知るのが七草姉妹と侍郎以外全員なためだ。

 エリカの咄嗟のフォローに内心で感謝しつつ、呆れ気味な口調で悠元が呟く。

 

「何で夫婦(めおと)漫才をやってるんだ、お前らは……それはそれとして、彼女(コイツ)に“懲りる”って言葉が辞書の中に無いようだな」

「コイツ? 悠元、男性の軍人を知ってるの?」

「いや、雫。俺がコイツ呼ばわりしたのは女性の方だ。なんせ、一昨年の正月に襲撃してきた部隊の首謀者なんだからな」

 

 その言葉で真っ先に反応したのはエリカと泉美。前者は身内が部隊を退治し、後者はその関係で一度婚約破棄されたために気付いた。

 

「一昨年って……(かず)兄貴と(つぐ)兄が関わったっていうあの件よね?」

「ああ。その件で泉美との婚約が一旦解消されたことに繋がる」

「そうでしたか…この人が…」

「い、泉美? 笑顔が怖いよ?」

 

 多種多様な反応を見せてはいるが、彼女の名をまだ口にしていないからこそ驚きは少ないだろう。すると、ここで問いかけてきたのは幹比古だった。

 

「それで悠元、どうするの? もしかしたら悠元の襲撃が失敗したことに対する報復の可能性も出てくるんだけど」

「相手が誰であれ、三矢に喧嘩を売ったのは純然たる事実。父と元治兄さんは家に残ってもらうことにした。元継兄さんと詩鶴姉さん、佳奈姉さんに美嘉姉さん、そして俺が主体となって動く」

「うへぇ……ご愁傷様ね」

 

 悠元の答えを聞いてゲッソリとした様子を見せたのはエリカだった。何せ、その一人である元継の実力を“身を以て”味わっており、加えて悠元だけでなく歴代の生徒会長を務めた三姉妹も揃い踏みとなると、相手が悲惨としか思えなくなってくるほどだった。

 三矢家・神楽坂家・上泉家の三家だけでも十分な戦力だが、相手を完膚なきまでに嵌めるため、悠元はエリカに視線を向けた。

 

「エリカ、寿和さんに声を掛けて戦力を集めといて。戦力というより“犯罪者の護送”の意味合いが強くなるけど」

「あー、了解したわ。嫁さんの一言があればバカ兄貴も喜び勇んで動いてくれるわね。悠元から声を掛けなくていいの?」

「千葉家に借りを作りたくない」

「あ、うん、そうね」

 

 悠元が寿和に声を掛けない理由が最近起きていたことだと理解したため、エリカもすぐに納得して端末を弄り始めた。すると、悠元のもとに泉美が近付いた。

 

「あの、悠元兄様。私の方で何かお手伝いできることはありますでしょうか?」

「そうだな……俺の他の婚約者に事情説明のメールをお願いできるか?」

「畏まりました」

 

 原作とは異なり、既に七草家の人間ではない泉美は無力に等しい。なので、悠元は自分の他の婚約者に事情説明のメールを送るように指示した上で雫に視線を向けた。

 

「雫は深雪に、ほのかは達也に事の詳細をメールで送ってくれ。その際、『この件はこちらで処理するため、関与しなくていい』と一言付け加えて欲しい」

 

 先日の四葉家に対する襲撃の件からして、つかさは可能性を残す様な形にしたのだろう。だが、こちらの戦力が十全に揃う以上、達也と深雪には料亭での話し合いに専念してもらう。人がいい先輩方なら会談を中止することもあり得るだろうが、会談がどう転んでもいいように対処することは可能。

 

「悠元兄、うちの家にも動いてもらう?」

「いや、要らない。俺の時にそうしておいて詩奈の時は親切にしたら、今度は父を怒らせる案件になる。大体、当主は今京都にいるんだろう?」

「え、あ、うん……(正直、悠元兄の情報力に脱帽だよ……)」

 

 つかさが作戦決行をこの日を選んだ理由は、七草弘一が今京都にいるという理由も大きい。その事実を口にした悠元の情報力に香澄は上手く言い返せなかった。

 気が付けば事の主体を進めているのが自分という有様だが、このことに関して一々目くじらを立てることは諦めた。

 

「そういえば、悠元。何でその軍人を悠元は知っていて侍郎が知らないの?」

 

 ここでふと出たエリカの疑問。第三研に通っている以上、どんな形であれ面識を有していない筈がない。それこそ『侍郎の存在を空間認識で把握していない』限り。

 

「簡単なことだ。彼女は身に付けている魔法の特性で、意図的に侍郎と会わないように仕向けていた。そういう曲芸じみた工作が得意なんだよ、()()()は」

「え? 十山家って、確か師族二十八家の」

「ああ。彼女の名は十山つかさ。師補十八家・十山家の人間にして、国防陸軍情報部首都方面防諜部に所属する軍人魔法師。そして、一昨年に俺を排除せしめようと動いた実行犯だ」

 

 犯罪者めいた言い方だが、現実を知ってもらうという意味も含めて悠元はつかさの素性を明かした。これを聞いた人間の反応はというと、殆どが絶句に近かった。その唯一の例外はというと、[神将会]に所属している雫であった。

 

「雫は驚かないんだな」

「これでも十分に驚いてる。正直、ここに達也さんや深雪がいなかったことが幸運だった」

「それは否定しない」

 

 正直、古めかしい“秩序”の杓子定規をいつまで持ち出し続ける気なのかが理解に苦しむ。魔法技術はまだ100年も経ってない技術なのに、既に存在する線引きで納得している方が後でロクでもない事態に陥りやすい。既存の技術だって進歩するというのに、魔法がそうならない理由など存在しない。聖遺物(レリック)の再現が出来ていない時点で既存の知識などまだ成熟しきっていないに等しい。

 人間、歳を取ると考え方が固定化されやすくなって頑固になるとは言うが、ここいらで新陳代謝のリセットをするべき時に来ているのかもしれない。

 




ある程度シーンを端折りながら、独自要素を入れています。国防軍情報部の未来は私にも分からん(何

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