USNA軍による[グレート・ボム(達也の[マテリアル・バースト]の仮称)]および[シャイニング・バスター(悠元の[スターライトブレイカー]の仮称)]の無力化、あるいは当該人物の暗殺任務。
スターズ総隊長にして[十三使徒]アンジー・シリウスのみならず、スターズでも“規格外”と評されたセリア・ポラリスを動員しても失敗したのが昨年の初め頃。そして、その最重要被疑者とされた司波達也が四葉家次期当主として、神楽坂悠元が神楽坂家当主となった後、再び二つの戦略級魔法に関する事案が議題として挙がった。
北アメリカ合衆国―――USNAの
だが、対外的な面で彼らを好意的に見る人間もいれば、日本の潜在的脅威を恐怖として感じ取る者や、現代魔法の先進国としてのプライドが日本の台頭を許さない者もいるのが実情であった。
先日のジード・ヘイグを唆して人間主義者の矛先を日本に向けさせようとしたケイン・ロウズ氏を始めとした政界の一派もその一つと言える。尤も、そのテロ事件に関連した旧型兵器の紛失事件はUSNA全体でも大きな波紋を呼び、その一派は国家における重要なアクシデントとして大規模な“粛清”の憂き目に遭った。この一件が回りまわってメキシコにおける大規模の暴動の遠因になった。
それでも、軍の中には日本に対する潜在的な敵意を見せるものが少なくない。昨年は二件の重要な案件が日本によって潰された形となるが、元々はUSNA側が自分勝手な癇癪を起こした結果として生じたものだというのに、それを認めようとしなかった。
そんな国内事情を抱えつつも、ホワイトハウスの大統領執務室ではUSNAの現国家元首ことジョーリッジ・D・トランプ大統領、そしてリアム・スペンサー国防長官が執務机を挟む形で相対していた。
「……どうするのかね、国防長官」
「すでに外交チャンネルを通じて、彼らの速やかな引き渡しを求めてはおりますが、今のところは……」
日本に潜入したUSNA軍が日本の国防軍に捕らえられたという情報は直ぐに伝わっていた。大統領も国防長官も正規の外交チャンネルを通して彼らの即時引き渡しを求めてはいるが、魔法師に関する案件となれば政治家や役人の及ぶ範囲に無い部分が当然生じている。
「大佐のほうはどうだ?」
「個人的な誼で既に連絡はしておりますが、その引き換えとしてアンジー・シリウスの戦略級魔法[ヘビィ・メタル・バースト]と[ブリオネイク]をUSNAに返す、と申し出ております」
「何と、戦略級魔法を手放すと!?」
大統領の傍に控えていたヴァージニア・バランス大佐兼大統領直属魔法軍事顧問は、彼の問いかけに対して“四葉家からの回答”を述べた。これに驚いたのはスペンサーだが、ジョーリッジはその意図を察して深い溜息を吐いた。
「そうか、ならばその申し出を受けることで今回のことは手打ちとせねばなるまい。ところで、スペンサー長官。最近ペンタゴンで宇宙開発に関する噂が出てきていると報告を受けたが、其方は何か聞いているか?」
「その噂ですか? 現状はこちらにまで話が来ていない以上、単なる噂の範疇でしかありませんが……大統領は実現の可能性があるとお思いなのですか?」
「実現の可能性があるから尚悪い、というのが率直なところだ」
日本の方で対処してくれると言うならば、それを信じて手打ちとすることで今回の騒動を決着させることで議論をまとめたが、ジョーリッジはスペンサーに対して最近起きている噂―――魔法技術によるテラフォーミング計画―――の真偽の確認も含めた問いかけをし、スペンサーは「単なる噂の範疇だ」と述べつつ問い返すと、ジョーリッジは一つ息を吐いて眉間に自らの拳を置いた。
「人間主義を含めた反魔法主義の火種は未だに根強い。欧米では特に顕著で、新ソ連では反体制派を大々的に支援しているという風の噂もあるほどだ。その状況で魔法の平和利用といえども宇宙開発の話なんか出せばどうなる?」
「悪魔の術である魔法は地球に要らない。故に魔法師は宇宙に出ていくべきだ、と騒ぎ立てる様子が目に浮かびますな」
「無責任に軽々しく宣うことなど、とりわけ私が許さん……と言えればどれだけ楽なことだと思うよ」
日本の場合は財閥グループの一角が大々的なメディア買収工作を行ったことで、反魔法主義を擁護するような言論が一気に抑えられた。それは、この国と日本のメディアの気質が違うからこそ成し得られた側面もある。
政府が言論統制を行うなど以ての外であり、いくら現代魔法の先進国としても、それが国策だとしても反魔法主義に対する弾圧など出来ない。その意味で軍上層部や国防総省の一部に日本を妬むような主張があるのも大統領は把握していた。
「相手を妬むということは、自分にそれが出来ていないと証明させられたようなものだ。私も若い頃は大物議員相手に経験したものだが、いい歳の人間がみっともないという神経は我が国の上層部に存在しないのかね? 大佐の率直な意見を聞きたいが」
「そんな性根が備わっていれば、我が軍において最高峰の実力を有するシリウスやポラリスを国外に派遣するという事態には至らなかったと思われます」
「尤もな意見だな」
ジョーリッジとて非魔法師である以前に、政治家として様々な感情を覚えてきた。その彼がこうやって自制しているというのに、政府の人間には自制できない輩が多すぎるのではないか、という疑問を端的に答えたバランスの回答で納得した。
「話を戻すが、かの[トーラス・シルバー]がテラフォーミングの実現可能性を見出してしまった。別にその存在を妬む気など無いし、[恒星炉]は世界のエネルギー事情を大幅に改革し得るポテンシャルを秘めている以上、それに繋がるコネクションを得るのが重要課題だ。それだというのに、あの連中は日本の新たな戦略級魔法を奪うことに躍起で、経済活動の
「それは……」
国の防衛費ひいては国家予算とて打ち出の小槌の如く無限に出てくるわけではない。とりわけ魔法技術の出現によって国内総生産(GDP)に対する防衛費の比率も大きく変化してしまった。対日強硬路線の一派は軍事的な行動によって魔法技術を奪うことに躍起だが、その代償として生じる貿易損失などの経済活動に対する影響を全く考慮していない。
ジョーリッジが一番危惧しているのはまさにその部分であった。
「仮に日本の戦略級魔法を無力化出来たとして、今度は我々や欧州、大亜連合が新ソ連の戦略級魔法に備えなければならないリスクを負うだけでなく、民間の経済活動にも大きな支障を来たすことに繋がる。彼らの領土的野心が旧ソ連時代から変わりないことは重々承知の筈だ」
仮にUSNAが日本の戦略級魔法を奪ったとして、日本政府がその報復として大洋南部経済連携協定(SEPA)を根拠に非加盟国の領海における船舶航行権を剥奪するよう加盟国に打診する可能性がある。
もしそれが実現すると、欧米諸国が紅海やインド洋、東南アジア方面やスエズ運河はおろかパナマ運河(現状は南アメリカ連邦共和国の管轄下)までも航行不可となり、経済活動に多大な影響を与えかねない。さらに厳格化するとなれば、領空はおろか加盟国上空全てが通過不可能という事態に陥る可能性まで波及する。
今や国の抑止力たる戦略級魔法を奪うということは、それだけのリスクを背負っているということに他ならない。国の長としてそこまで読み切っているジョーリッジの言葉に対し、スペンサーは言い返すことが出来なかった。
「FRBの議長や副議長だけではないぞ。国務長官や財務長官をはじめとした現閣僚のほとんどが『日本に対する潜在的な敵視を止めるべきだ』と私に対して公言している。なのに、軍の連中は……先代の“彼女”がこれを聞いたら、きっと嘆き悲しむだろう。『我が国はここまで落ちぶれてしまったのか』の言葉と共にな」
ジョーリッジは先代の“シリウス”―――ウィリアム・シリウスを良く知っていた。正確には彼女の父親と親友であったことから家族ぐるみで知り合った。娘同然のように思っていたウィリアムの為人はよく理解していたし、政治家になっても付き合いを変えなかった。その彼女は、8年前に帰らぬ人となった。彼女と親しかった“先代のポラリス”と共に、新ソ連によって殺された。
個人的に報復したいという衝動に駆られたが、政治家として歯を食いしばった。だからこそ、新ソ連に対する抑止力を日本が有するというのならば、それも一つの復讐の形となるだろう。現に、一昨年秋―――[灼熱と極光のハロウィン]の時は新ソ連の戦略級魔法を無力化したという情報も上がってきている。
日本に対する親近感と新ソ連に対する憎悪。剛三に対して親密に接したのは、彼が昔新ソ連相手に無双したというその力をジョーリッジは無意識的に抑止力として求めた。
その際にセリアを婚約させようとして悠元に締め上げられたのは己の失策であったが、結局二人が婚約したことについては、祖国でも手綱が掴めない彼女を御しきれる貰い手が出たことに祖父として思わず涙が出た。
「閣下……」
「すまない、思わず耽ってしまったな。ともあれ、政府として統一した意見を以て事に当たる必要がある。差し当たって大佐。彼には事前に打診したが、万が一彼女が帰国するような事態になった場合、彼を表向き日本の大使館職員として派遣し、アンジー・シリウス少佐をその護衛として宛がうように手配してくれ」
「……彼女は今日本におります。一体どういう命令で彼女を帰国させるというのですか?」
ジョーリッジが述べた人物を察しつつ、その真意をバランスが問いかけるとジョーリッジはスペンサーに視線を向けた。向けられた側のスペンサーが僅かに頷くと、ジョーリッジが話し始めた。
「先程話したテラフォーミングにも関わる話だ。此方の予測では、イギリスのウィリアム・マクロードに新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフも関与してくることが想定される」
「双方共に[十三使徒]ですか。まさか、その釣り合いを取る為だけにリーナを帰国させる気ですか? そんな馬鹿なことを一体誰が考えているのですか?」
「国家科学局が関与しているのは間違いない。現状は噂の洗い出しを進めているが、彼がその懸念を口にした以上は無視も出来ない」
ジョーリッジはその首謀者も当然把握しているが、現状は可能性の領域を抜け切れていないため、無実の罪を着せることに繋がってしまう。仮に大事になれば、全世界傍受システム[エシェロンⅢ]の存在が白日の下に晒されることに繋がる。宇宙開発の話も現状は噂の範疇を超えていないため、政府として打つ手はかなり限定されてしまっている。
「……分かりました。このことは先方に伝えますか?」
「いや、こちらから伝えずとも既に把握している可能性がある。長官、カーティス議員に渡した親書はきちんと相手に渡っているのだな?」
「はい。議員本人からも確認は取れております」
ワイアット・カーティス上院議員の急な訪日は周囲にあらゆる憶測を撒いた形だが、表向きはジード・ヘイグの身柄を引き渡してくれた日本政府に対して、大統領特使という形での感謝の意を伝えるもの。そして、裏向きは大統領の身内を娶る神楽坂家当主に対して、USNA政府としての統一見解を伝えた。
「そうか。ひとまずこちらの政府としての見解は伝わったとみるべきだな……だが、油断も出来ん」
エドワード・クラークが何を目的として日本を貶めようと目論んでいるのかは知らないが、いち政府機関の人間が政財界を引っ掻き回す様な行動は決して許されるものではない。これが平然と許されてしまうと、法治国家としての体裁が根本から崩壊することに繋がる。
「まったく、面倒な時代になってしまったものだな。核兵器とて扱いが難しいことに変わりはないが……」
核兵器といえども、隔絶した威力と引き換えに様々な“負の遺産”を生み出す諸刃の剣。それが魔法に取って代わったとしても、扱いが難しいという点においては何ら変わりない……と言いたげにジョーリッジがそう零した。
魔法の存在を羨んだことはあったが、その魔法が今度は孫娘にあたる二人の少女に資質があると分かった時、その魔法を根拠として軍に入れることをジョーリッジは彼女たちのもう一人の祖父―――九島健と一緒になって反対した。
人として青春時代を謳歌する権利を奪うことと、魔法師として空席のままとなっている戦略級魔法師の穴埋めという天秤。結果として孫娘が軍に入ることを已む無く許容したが、軍が無理を押してまで行った人事はスターズ内部の“階級の塩漬け”を引き起こしてしまい、本来いるべき大佐や中佐などの佐官クラスが生じないちぐはぐな魔法師部隊の編制が完成してしまった。
そこから生じてしまった歪みは、スターズ内部に不協和音を生み出している。軍の最高指揮官たる大統領としても看過できるレベルをとうに超えてしまったが、軍上層部としてはどうしても[十三使徒]アンジー・シリウスを手放したくないという目論見が見え隠れしてしまっている。
USNA軍の
「ともかく、喫緊の事態は早急に片付けなければなるまい。尤も、事態の解決を全て相手に委ねるというのは腑に落ちないが、今回は仕方があるまいな」
パラサイトの事件を受けてダラスの研究所は一時閉鎖されたが、魔法的な安全が確認できたとして稼働を再開している。ただ、マイクロブラックホールの関連実験は『国家において重大なアクシデントを引き起こす可能性が極めて高い』という有識者会議の報告を受けて凍結状態とされている。
国家の存亡にかかわるとなれば政府関係で手を出すことは忌避される結果となった。だが、政府のコントロールを十全に受けていない軍が暴走して実験を行う可能性は否定できない。
USNA政府の苦難は……まだ始まったばかりであった。
今回は完全にUSNA政府サイドのお話です。
政府側としては日本の戦略的価値を尊重する方向に舵を切っており、戦略級魔法を無理に奪うよりも複数の抑止力を有してもらうことで新ソ連や大亜連合への抑止力として期待する形です。軍がそれを全面的に許容できるのかは別のお話ですが。
先代のシリウスことウィリアム・シリウスは性別が明るみにされていませんのでオリジナル設定です。
正直、未成年のリーナを無理に戦略級魔法師として担ぎ上げたのは、年齢的な理由を棚上げにしたとしても魔法資質だけで選べば他の真っ当な軍人魔法師からの反発を買うことは必至。そうせざるを得なかった理由があるとすれば、ベゾブラゾフの存在もあったのでしょうが“前例”がなければリーナを無理に軍人へ引き込む理由がありませんし、道理が立ちません。