魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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損壊の危険性と逆鱗、知る者と知らぬ者の会談

 千葉本家へ集まった時には夜の六時を回っていた。千刃流の道場では夜の稽古が始まる関係で門下生の出入りがあるが、彼らは正面玄関の前にいる悠元とエリカに対して頭を下げながら道場に向かっていく。

 そして、協力すると明言したレオと幹比古、そして強制参加組の侍郎が揃って姿を見せた。

 

「ミキ、美月はちゃんと送り届けたの?」

「それは勿論……何で面白くなさそうな顔をするんだよ」

「べっつにー?」

「やれやれ……」

 

 佐那の影響もある為か、幹比古が真剣な表情を見せていることに対して面白く無さそうに答えるエリカを見て悠元が呆れ気味に零した後で侍郎に視線を向けた。

 

「侍郎、家族に了解は貰えたか?」

「はい。父からは改めて悠元さんの指示に従えと」

「そうか……」

 

 生徒会室で話をまとめた後、元と元治には改めてメールで事の仔細を伝えている。[五芒星(ペンタゴン)]を用いての暗号メールなので、情報部といえども万が一傍受は出来ても解析できないようになっている。

 素直に従ったところからして、つかさに対して何も抵抗できなかったことに対する罪滅ぼしの部分もあるのかもしれないが、侍郎を引き留めなかったところを見るに、それでも詩奈が心配だという裏返しに他ならない。

 

「矢車家の方は?」

「完全に見失っている状態です。ただ、御当主様も元治様も騒ぎにする必要は無いとお考えのようで」

「それはそうなるだろうよ」

 

 詩奈がどういう事情でいなくなったのかを知っているため、下手に動けばボロが出かねないのを危惧しているのだろう。尤も、動かないでいてくれる方が却ってありがたかった。何せ、今回の参加する陣容があれから“増えた”のだ。

 

「下手に増えられても困るし、強襲を掛ける意味でも定員は必要だ。エリカ、警察の方に根回しは?」

「先に現地の前で待機させているわ。兄貴や稲垣さんもそっちに回してるし……悠元のほうこそ、お兄さんやお姉さんたちは大丈夫?」

「大丈夫どころか、むしろ不安に思えてきた」

 

 別に実力的な面で不安視はしていない。何せ、三矢の兄弟姉妹で元継、詩鶴、佳奈、美嘉、悠元は第三研の対人戦闘だけでなく実戦経験もこなしており、パラサイトなどの妖にも対抗できる時点で十分だと思う。

 それでも悠元が不安の言葉を口にしたのは、救出予定の館が全壊しないかどうかに掛かっている。

 

「詩鶴姉さんの[一極徹甲狙撃(ディフェンス・ブレイカー)]や佳奈姉さんの[グラビティ・バレット]、美嘉姉さんの[ブリッツ・ロード]を伴った体術を用いる時点で、館をある程度強化しておかないと一瞬で崩壊する」

「……え? そんなにヤバいの?」

「特に詩鶴姉さんは武術教練のこともあって詩奈を可愛がっているからな。その気になれば一発で高層ビルを破壊できる」

 

 剣術家の生まれであるエリカが驚くということは、それだけ常識外れの状態になっているということだろう……当の彼女もその領域に両足を突っ込んだ側の人間だが。

 

「……俺ら、生き残れるのか?」

「そこは心配しなくても大丈夫だと思う……多分」

「悠元!? 気休めでもせめて安心材料を言ってくれないと!」

「自分の生命に直結しかねない部分で嘘なんて言えるか、阿呆」

「あ、あはは……」

 

 流石に館の中にいるであろう詩奈諸共吹き飛ばすということは決してしないだろうが、詩奈の救出という主題よりも、寧ろこちら側の生存が懸かっているという現実を代弁するかのように侍郎の口から苦笑が漏れたのだった。

 

 ともかく、こんな人通りの多い所では目立つ(侍郎が動いた時点で既に探りを入れている可能性はあるが)ため、エリカの先導で案内されたのは狭い茶室であった。なお、エリカが「剣術に必要なものとは思えないけどね」と愚痴気味に零したのは言うまでもない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そこから少し遡り、厚木の三矢本家では当主の元と総領の元治が密談を行っていた。元治は使用人である矢車仕郎からの報告をそのまま元に伝えた。

 

「父さん、詩奈が連れていかれたそうです。そして、事態を知った悠元が動きました」

「そうか……悠元は他に何か言っていたか?」

「『母さんや穂波さんたちにも危険が及ぶ可能性を捨てきれない』という理由で、自分と父さんはここから動くな、と」

 

 つかさとの約束では詩奈だけだが、今の三矢家は養子も含めれば三男七女(リーナ、ラウラ、アリサが含まれるため)の大所帯であり、元治の妻である穂波は四葉家の関係者。その線を鑑みれば、元や元治に留守を任せるのは自然の流れとも言える。

 

「それと、侍郎君が悠元の指示で動くそうですが……よろしかったので?」

「この程度で彼に対する償いにはならんよ」

 

 元の“償い”という言葉の真意は、侍郎に詩奈の護衛のことをきちんと説明することなく解除してしまったことに対してのものだ。今まで詩奈の付き人の様な形で傍に居させたのが逆に仇となった。こればかりは矢車家だけの問題ではないと元はそう考えている。

 

「にしても、侍郎君はつかささんを知らなかったか。いや、見覚えが無くても仕方がないのかもしれないが」

「第三研に通っていてもですか? まさか、十山家の魔法特性が関係していると?」

「それもある。だがな、ここまで強硬に事を進めるとは私でも予想していなかったことだ」

 

 いくら十山家に強力なバックがついているとしても、一昨年の二件の失敗で十山家は師族会議から爪弾きにされかかっていた。そのことを考慮すれば、情報部が悠元を巻き込みかねない案件を自ら引き起こすこと自体“自殺行為”でしかない。

 だが、つかさは四葉家―――主に達也が要因であるだろうと元は見ている―――へのテストとして詩奈を駆り出した。この時点で元は忠告の意味も込めて『悠元への説明をしたのか』と問いかけた。そして、つかさから返ってきた言葉は……元ですら呆れ返るに等しいものだった。

 

「真っ当な人間ならば、失敗のリスクを考慮して行動を控えるのが普通だ」

「しかし、現に詩奈は連れていかれました。元継や詩鶴、佳奈や美嘉、そして悠元の逆鱗に触れてしまった」

「……良くも悪くも、義父や父譲りの気質が芽生えてしまったな」

 

 その意味で元治は三矢の次期当主として些か優しすぎるきらいがある。悠元という規格外の傑物の出現によって、元の中に“要らぬ欲”が出ていることに思わず苦笑を漏らした。義父のように有象無象を灰燼に帰すということは詩奈がいる以上しないと思うが、相手にする国防陸軍情報部の精鋭部隊相手でも数分もつか否かだろうと元は予測している。

 

「その絡みで千姫さんから連絡を受けた。『三矢家で軽井沢に別荘を持たないか?』とのことで、後日に土地の権利書を弁護士から受け取ることになった」

「軽井沢ですか? その辺りは四葉家の監視地域に含まれますが……父さん、まさか詩奈の行き先に関係しているのでは?」

「その可能性を拭えないからこそ、向こうの申し出は断れない。悠元の面子を潰すことにも繋がるからな」

 

 どうせ今回の一件で改めて三矢家と国防陸軍情報部が対立関係におかれる以上、断ることは出来ない。これによって、国防陸軍情報部の“私有地の不法占拠”および“住居侵入罪”は確定。いくら関係者である詩奈が自らの意思で現地にいようとも、元を脅した時点で“恐喝”および“誘拐”は既に計上されたも同然。もののついでに国防軍法違反に加えて銃刀法違反も上乗せされる。

 

「今回の一件が解決したら、その土地の権利は四葉家に無償提供することを考えている。飛び地など貰っても管理が大変なだけだし、中部・東海を担っている四葉家ならば無碍にすることはないだろう。こちらとしては四葉家から受けたものを少しでも返しておかなければならない」

「発端は全て悠元に起因していますが」

「悠元も別に大きな恩や礼など求めていないだろうが、これまでに成したことを鑑みれば妥当な礼なのだがな」

 

 深夜によるFLTの株式譲渡や、深雪と夕歌、そして水波を嫁がせるという現当主の判断。それらは全て悠元が達也と対等な友人としてありたいという結果から生じたものである。四葉家だけ見ても大盤振る舞いなのに、世界に目を向けるといつの間にか世界有数の大資産家として成り上がってしまった。

 当人としては『一生暮らす分には困らないとかそういうレベルじゃねえよ!』と一時期不貞腐れたことがあったが、これには元も思わず笑いを禁じえなかった。

 

「良かったな、元治。悠元がいたからこそ、複数の妻を持たずに済んでいるのだぞ」

「ええ、そうですね……あれだけの婚約者に囲まれて平然と出来ている弟に感謝しかありません」

 

 なお、三矢家では自重していた(パラサイト事件の時は抑えていた)が、ツインタワーマンションと司波家の往復生活になってからは婚約者だけでなく愛人たちにも囲まれて物理的・心情的に熱い毎日を送る羽目になっている事実は彼らですら知らない事実である。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 真由美が達也と深雪を招いたのは赤坂の料亭であった。達也たちの、少なくとも三倍以上の年齢だけでなく、地位か、名声か、権力か……あるいはそれら全てが備わっている―――そういう人間でないと入ることを許されないような場所であった。ここに来たとき、達也は心なしか親友ならば年齢に関係なくとも似合いそうだ、と思ってしまったほどだった。

 とはいえ、店の者はそういった場違い感の客人を嫌がることなく、笑顔以外の表情を見せることなく案内した。達也たちが着いたのは約束の時間の3分前。そして、案内された席に着いたのは5時丁度。部屋の中には克人が既に来ていた。

 

「お待たせしましたか?」

「いや、時間通りだ」

 

 克人が多少の時間の遅れを咎めることは無かった。達也が先んじて座り、深雪と水波がそれに続いて正座をする。ただ、招いた真由美本人がいないことに少し疑問を持ったが、その疑問は直ぐに解消された。

 

「ごめんなさいー! 待たせちゃったかしら?」

「いえ、自分たちも先程来たばかりですので」

 

 真由美の後ろには摩利がいて、大方真由美に巻き込まれてのものだろう……と達也は内心で今までの関わりからそう推察した。全員が席に着いたところで、真由美が話を切り出した。

 

「さて、深雪さんはおそらく達也君から事情を聞いているのでしょうけど……達也君。先日は兄が無神経な提案をしてしまい、本当に申し訳ありません」

 

 最初の一言目は真由美の謝罪からだった。既に七草家の人間でなくなったとはいえ、自分も間接的に関わってしまった側として無関係とは言えない。本来ならば智一自身が出向いて達也と深雪に謝罪をするべきなのだが、また話が拗れる可能性を勘案してのものだ。

 

「二木先輩が気に病む必要はありません。あの場は四葉家の人間として全ての責任を背負う道理がありませんでしたし、深雪への危険を考慮して強く反対したまでです。自分の方こそ、会議の空気を悪くしてしまったことについては謝罪すべき立場です」

「達也君……それでも、その切っ掛けを作ったのはうちの兄に他ならないもの。だから、謝罪は受け取って欲しいの」

「分かりました、その謝罪を受けましょう」

 

 達也も深雪に対する危険を考慮しての反発であり、親友の心労を鑑みると自分のしたことにも非がある、と口にした。それを聞いた真由美は『達也君は何も悪くない』と言いたげにしつつ、頭を下げて改めて謝罪をした。それを見た達也は頭を下げて受け入れた。頭を上げたところで、達也は視線を克人に向けた。

 

「それで、十文字先輩、と呼ばせていただきますが。二木先輩からは先日の会議についての話がある、とだけ伺ってはいますが、それ以上のことは聞かされておりません。その辺についてお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

 この場はあくまでも四葉家次期当主・司波達也と十文字家現当主・十文字克人としてのもの。それを踏まえての言葉遣いに対して、克人は少し頷いてから話し始めた。

 

「今回来てもらったのは先日の会議についてだ。その後の懇親会のことは司波も何らかの形で聞き及んでいると思うが、物別れという形で終わってしまったのは憂慮すべきだと思っている」

 

 会議の提唱者として、克人は四葉家を爪弾きにするような形で終わってしまったことを憂慮していた。これから神楽坂家と上泉家が加わった際にこの状況が続いたままでは極めて芳しくない。下手をすれば、参加者全員に対して何らかのアクションを起こすことも想定した。

 

「あの会議では具体的な方策に至らずとも、一定の方向性を見出せればよかった。流石にいきなり次期当主クラスの人間で集まったとしても、今まで交流がなかったに等しい間柄でいきなり話を詰めろと言われても土台無理な話だ。それは司波も理解してくれるな?」

「それは理解いたします。ならば、何故あの場で七草殿を止めなかったのでしょうか。会議の提唱者としての体裁がそこまで大事だったと?」

「……それは否定しない。こればかりは自分の不徳と認めている」

 

 若手会議で魔法師の容姿を生かした方策が持ち上がるという可能性を光宣から聞いていたにもかかわらず、会議の発起人として自ら会議を壊すということを躊躇った結果、四葉家の不興を買った。こればかりは自分にも責があると克人は認めた。

 

「だが、勘違いはしないで欲しい。少なくとも自分は四葉家にも反魔法主義の対策に協力してほしいと願っているが、全ての責を四葉家に背負わせたくはない。それだけは信じて欲しい」

「……そうですね。分かりました、受け入れましょう。それで、自分は何をすれば宜しいのでしょうか?」

 

 達也から見れば、智一はまだしも克人の為人からして嘘を吐ける様な性分ではない。先日の会議だけを見ても、当主になったからといって大々的に変わったわけではない。達也は克人の言葉を受け入れた上で尋ねると、克人は改めて真剣な表情をした上で達也を見た。

 

「今度、改めて若手による会議を開こうと考えている。単に場を改めるだけではないかと疑われても仕方がないことは承知の上だ」

「それは構いませんが、先日の会議で出た七草殿の案は完全に棄却していただけますか?」

「無論だ。最悪、自分が七草殿に対して説得する」

 

 克人の表情からして、ここでの内容を履行してくれることは確定だろう。達也は深雪に視線を向けると、それに気付いた深雪は僅かに頷いて肯定の意を示した。それを確認してから達也は再び克人に視線を移した。

 

「こちらとしては、十文字殿の謝罪を受け入れます」

「そうか。次の会議についてはまだ日程が決定していないが、近いうちに行う」

「……やれやれ、結局自分は必要だったのか?」

「まあまあ、摩利ってば」

 

 これで克人と達也の会議が一区切りついたところで、愚痴を零すように呟いたのは摩利であった。これには真由美が宥める格好となったが、会談の雰囲気が緩んだのは確かだ。

 

「ともかく、明日の野外演習に際して懸念事項は取り除かれたわけだから、良しとしようか」

「防衛大は忙しそうですね。とりわけ渡辺先輩については」

「なんだ司波、心配してくれるのか?」

「いえ、先輩ならば大丈夫だと思っての言葉です」

 

 元は同じ風紀委員会に所属していたからというのもあるが、達也から珍しく摩利を気遣うような言葉が出たことに深雪は無論のこと、真由美も笑いを禁じえなかった。尤も、この裏側では詩奈が国防陸軍情報部に連れ去られて、悠元がその対処に動いているという事実を克人と真由美、摩利はまだ知らない。

 




 流れは少し鈍足気味ですが、準備に時間が掛かるのは致し方がないことです。

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