FLTツインタワーマンション北棟のリビングで、姫梨の口から述べられた襲撃の事実に対し、セリアは自らの経歴を隠すことなく言い放った上で言葉を続ける。
「正直に言ってね、
セリアの脳裏にあったのは、過去の歴史上大国として成立しつつも崩壊した国家たち。主だったところで言えば、ローマ帝国や元、それにオスマン帝国などが最たるものだろう。現状の国土の広さで言えば新ソ連がトップクラスとなるが、それに見合った経済規模を有していない点は旧ソ連時代と何ら変わりないぐらいだ。
いくら現代魔法の先進国を標榜していても、いつか限界が来る。その兆候の一端はまだ十代のリーナやセリアを採用したUSNA軍に他ならない。長い将来において安泰という意味合いもあるのだろうが、若さゆえの反発ということも生じる。
「率直に仰いますね」
「だってさ、達也だけでも十二分に反則級なのに、お兄ちゃんという超特大の核爆弾級なんて敵に回したくないもの」
達也の場合は特異的な能力故に出来る範囲が極端に狭まってしまっているが、悠元の場合はそうもいかない。魔法を前面に押し出すことなく、あらゆる分野から盤面を操って勝負を確定させる。魔法の力押しでも勝つことが極めて難しい相手なのに、一体どうやって勝負しろと言うのか……と、セリアはその意を込めながら呟いた。
「尤も、元祖国にいる愛国者の一派は何かやろうとしてるみたいだけれど」
「何か? もしや、悠元に喧嘩を売ろうとしておるのか?」
「……喧嘩を売れたら、ほんの少しは感心したいと思うんだけどね」
セリアは自らの持つ[フリズスキャルヴ]でエドワード・クラーク主導の計画が進行していることに気付いた。どうやら原作通り[ディオーネー計画]を実行するようだが、問題は[トーラス・シルバー]が原作と異なって達也と悠元の二人が関与している。
戦略級魔法師という名目では駆り出せないにしろ、仮に[トーラス・シルバー]を引っ張り出すとしても色々問題が生じる。何せ、かたや師族会議現議長にして神楽坂家現当主、かたや四葉家次期当主という日本魔法界の中核に据えられるべき人間を海外ひいては宇宙に引っ張り出すというのだ。
そもそもの前提として、[トーラス・シルバー]の素性を知るのはFLTだけでもかなり限定されており、勤務先のCAD開発第三課を除くと、代表取締役と達也の“戸籍上の”父親である龍郎、それとその愛人である小百合しかいない。
この状況でバレるとなれば、相手の諜報能力が四葉家よりも上であるか、あるいは達也を妬む者による内部告発の二択。後者の場合は真っ先に龍郎と小百合が該当する案件となるため、彼らが割を食う可能性は決して低くない。
仮に達也だけを狙い撃ったとしても、深雪からのお願い如何に関わらず、悠元も親友の誼として達也に協力するのが目に見えている。こうなると師族会議内で統一した見解を出すのはほぼ不可能と言っていいだろう。
「何か、宇宙開発の一環で魔法によるテラフォーミングを進めてるみたいだけれど、仮にお兄ちゃんを名指しで指名したところで、USNAは対価を支払えるのか甚だ疑問だよ」
「ううむ、竹取物語のかぐや姫ですら引くような無理難題になりそうな気がするのはわしだけかのう?」
「大丈夫ですよ、沓子。私も同意見ですから。尤も、うちの祖母や剛三さんがお認めにならないでしょうし」
今上天皇より国家守護の任を与えられた人物を国際的なプロジェクト参加の為に引き抜く。これがいかに無理難題だというのは、四人の統一見解であった。何せ、金銭面でも魔法師社会の立場でも頭角を見せている彼に対する代償―――強大な抑止力を有する人物を引き抜くことで生じる空白の補填を計算したとしても、確実に国家予算クラスを超過しかねない。
国家資産に匹敵する個人資産を有し、世界に名立たる英雄から全ての技術を継承した将来有望の少年をUSNA(正確にはエドワード・クラーク)の身勝手で引き抜くのだから、それに見合う対価を支払おうとしたところで問題が生じる。確実に連邦銀行ひいてはUSNA政府まで波及する話になる為、最悪USNA国内で大規模な政治闘争が起こり得てしまう。
「そうなったら学校側にも手が回りそうだけれど……確か、お兄ちゃんのお姉さんが退学の一歩手前まで行ったって話は聞いたけど、これでお兄ちゃんを怒らせて、校長と教頭が病院送りになってもおかしくない」
「セリアさん……周りからしたら、寧ろ死なないだけマシだと停学処分で済むかもしれませんね」
「そもそも処分すら下るのかが疑わしく思えるぞ」
「そうですね」
仮に学校が説得しようとしても、三矢家の一件と国会議員の件で百山は悠元に借りを作ってしまっている形だ。その清算を学校の単位保証という形でやってしまえば、確実に本人だけでなく周囲からの反発も生みかねない。
尤も、悠元の立場を鑑みれば『現部活連会頭を学校から追い出そうとする校長』という図式の時点でもマズいし、ここで悠元が神楽坂家当主としての立場を出せば百山とて口を出すことすらできなくなる。
現代・古式の双方を統率するに相応しい実力と実績を有している以上、学校の単位保証など悠元からすれば“箔付けの後付け”に等しい。
◇ ◇ ◇
千葉家での最終確認を終え、悠元が魔法で長距離移動を行うための場所として選んだのは九重寺の敷地内であった。これは八雲が善意として敷地を貸し出してくれた形となるわけだが、それ以外にも理由があった。
「―――USNAの軍人救出ですか」
「そうだね。尤も、君の出る幕がない様に手配は済ませているから安心していいよ」
「成程、誰に頼んだのかは理解いたしました」
本来、悠元と八雲に神楽坂の主従関係が発生しているが、普段はあくまでも一介の和尚と少年という括りで話している。これは誰の目から見ても違和感がないように努める意味合いが大きい。
それはさておいて、八雲がそう発言したことからして、達也がその役目を担うと考えていいのだろう。十山家の障壁魔法を軽々突破できる技量を持つ魔法師となると、逆に数えた方が早いのが悲しい現実である。
「にしても、君が魔法を主軸かつ積極的に使うのは珍しいね。君でも妹さんが利用されるのは許せないという訳かな?」
「自分の責任でもありますし、情報部は既に自分の技量を見抜かれています。ここで魔法を使って移動したとしても証拠の後付け程度にしかなりませんし、本当の魔法を隠す意味でも使用しない理由がありませんので」
悠元が一番念頭に置いたのは[
仮にバレたとしても、肝心の術式は自身の固有魔法[
「現地に到着後、館に魔法を掛けて強度を上げてから突入します。警察の人には周囲の監視をお願いしました。お偉いさんがたへの手筈は問題ありませんか?」
「東道殿も珍しいぐらい快く引き受けてくださったよ……何かしたのかい?」
「四大老の椅子にただ座することは許さない、とだけ述べました。まあ、この件が終わるともう一つ柵が増えますが」
先日というか4月初めの春休み中に四葉の復讐劇の後始末を終えた後、千姫から『遅くともゴールデンウィーク前に元老院四大老の座を渡す』と明言された。元老院四大老の癇癪が引き起こした一件を後世に引き摺るのは宜しくない、というのが最大の理由。
先代の東道が上泉と神楽坂によって抹殺され、同じく先代の樫和も千姫の手によって謀殺された。その因縁を後世に継がせることこそ国家の利益にならないと判断しただけでなく、高齢という理由で引退をするようだ。
見た目こそ若いが、剛三はもうじき90歳の大台。千姫も80歳代半ばともう若くはない。ならばこそ、次に至る道筋を付けたいという道理は通る。東道家も幹比古が養子兼東道家次期当主になることで、東道直系の血筋を引く佐那が四大老の座を継ぐことになる。
尤も、佐那曰く「幹比古さんが四大老の椅子に座ってくれれば、子作りや子育てに邁進できますのに」と冗談に聞こえない台詞が飛んだことには苦笑しか出なかった。
「元継兄さんも今年中には爺さんから四大老の座を渡されるようですし、色々忙しくなりそうです」
「そうなると、樫和氏はどうするつもりなのかな?」
「何もしません。いえ、何もさせません。彼には“然るべき後継者”の立場が整うまでただ座する存在に成り下がってもらいます」
今まで述べていたことと矛盾する部分が出てしまっているが、元々樫和家は欠員の出た護人の穴埋め的なものでしかなかった。悠元に対して明確な悪意を見せたも同義の行為をした以上、悠元が四大老に就任して最初にするべきことは樫和家を元老院から完全に排除する仕事。
「ふむ、然るべき後継者か……その言いぶりからすると、当てはあるようだね」
「ええ。少し悪辣な手段にはなりますし、彼女からしたら厄介ごとだと思うでしょうが、自分と知り合ったのを運の尽きだと思って諦めてもらいますよ。言い方を変えれば道連れとも言いますが」
元々実家にそこまでの執着を持っていないというのは出自の関係で理解していたし、幸いにして彼女の繋がりで伝手も作れたので道筋はついた。これで元老院の全面的な改革に目途がついたわけだが、これでも日本魔法界の全面的な改革には程遠い。
「十山家については、どうせ第十研の誼で十文字家に泣きつくのが目に見えています。なので、この際十文字家に十山家の処遇を任せます」
「甘い裁定を下すかもしれないのに、君も甘いね」
こんな裁定にしたのは、過去にあった一花家や七倉家などの
もとを正せば、政府が自らの都合のいいように選んだ結果として彼らが犯罪者に身を窶すことになったわけだが、同じ穴の狢は勘弁願いたいのが本音。それに、十山家をわざと残すのは樫和家を縛り付けて動けなくするための駒として利用するためだ。
「甘いことは否定しません。ですが、相手が痺れを切らして動く際に判断しやすいという意味で生かすのも一つの手段として考えた結果です。尤も、敵意を見せたら自分が責任を持って殺しますが」
「云わば、十山家は樫和家の“鈴”としての役目という訳か。そうなれば飼い殺しもしやすくなるのは道理だね」
樫和家などの後始末をするのは、それこそエドワード・クラークやイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフを合理的に世界から排除した後となる。今は『相手に隙がある』と思わせる状態を敢えて続けることで、最後の最後に卓袱台返しで相手の思惑を全て破綻させる計画を成功させるために。
十山家を処分するのは樫和主鷹と言う後ろ盾を排除した後。彼らの役目が政府要人の盾というのなら、その役目を全うさせることで彼らの溜飲を下げさせる。秩序といったものは思考の欠陥を有する人間に任せてはおけないのも理由の一つ。
「正直に言えば、いくら現師族会議議長とはいえまだ十代の人間が大人達の不始末を片付けなければならないことについて疑問を呈したいです」
「いやはや、立場のある人間が聞いたら耳が痛くなりそうな言葉だね……他の子たちも来たようだから、話はここまでにしようか」
「そうですね」
悠元は九重寺の敷地を借りる関係で先行してきており、エリカたちが姿を見せたので八雲との会話を切り上げて彼女らに近付いた。
現地に直接飛ぶ組は悠元、エリカ、レオ、幹比古と侍郎に加えて、悠元の連絡を受けて加勢した面々が同行していた。
「悠元、お待たせ」
「佳奈姉さんに美嘉姉さん。詩鶴姉さんと元継兄さんは?」
「二人は群馬にいるから、直接軽井沢に乗り込むって……悠元の件で懲りたかと思ったら、今度は詩奈を誑かすっていい度胸してるわよ、ホント」
詩奈を騙したという点で間違っていないため、美嘉の発言に対して悠元は思わず苦笑を漏らした。二人とも最新鋭のCADを身に付けているが、服装は何処からどう見ても女子大生の私服。普通なら武装している相手にとって格好の的だろうが、三矢家直系の人間にそれが該当しない(現状元治を除く)。
「あの、お二人さん。戦闘しに行くのにその恰好でいいんですか?」
「大丈夫だよエリっち。うちは一切銃弾に当たったことがないし、佳奈姉は銃弾を沈めちゃうし」
「そういうことだから、私たちは大丈夫」
(……ねえ、悠元。この人たちの常識がバグってる気がするんだけれど)
(言うな、幹比古……)
現役の軍人魔法師を相手にした戦闘経験に加えて、悠元発案の魔法力訓練を続けてきた結果として並の相手では歯が立たない。魔法だけでも十二分に凄いのに、武術も身に付けている人間を相手に生き残れたら手放しで賞賛できるだろう。
一般的な魔法師の常識すら超えている現状に幹比古が疑問を呈すると、悠元は当事者の側としても頭を抱えたくなるような心境を覚えた。
「何はともあれ、早速現地に飛ぶぞ。姉さんたちも大丈夫?」
「うん、問題ない」
「いっそ一思いにやっちゃって!」
「……[
無駄に多すぎる信頼感を覚えつつも、悠元は淡々と魔法を発動させた。[
「銃を持ってるって……いくら国防軍の軍人と言っても、厳重過ぎるでしょうに。あたしには国防軍の軍人に扮したテロリストにも見えちゃうんだけれど」
「そうぼやくな。さて、始めるか。幹比古」
「任せて」
悠元が合図を出すと、幹比古は精霊魔法で館の周囲に濃霧を発生させる。単なる霧ではなく、事象干渉によって方向感覚を狂わす方術[鬼門遁甲]の要素を取り入れた幹比古専用の魔法[
その混乱に乗じて、悠元たちが一気に距離を詰める。
「そおらっ!!」
「……悪いけど、眠っててもらうわよ」
レオが[ドラグーン・ブレス]で兵士の一人を吹き飛ばして館の壁にぶつける形で気絶させる。エリカは別の兵士の死角に潜り込んで、手に持ったCADで強引に意識を刈り取った。
それを横目で見つつ、悠元は別の兵士に一瞬で距離を詰め、兵士の手に持っているライフルを蹴り飛ばした上で蹴り上げた足を兵士の頭に引っ掛けると、地面に勢いよく降ろす要領で兵士を地に伏せた。
佳奈は[グラビティ・ブリット]で兵士を地面にめり込ませ、美嘉は[ブリッツ・ロード]で接敵して兵士を一撃で沈めた。簡単にやってのけていることは否定しないが、相手が弱いというわけではない。
「……館の中に十山つかさの気配はないな」
「え? 詩奈も連れ去られたってこと?」
「それはないな。詩奈の存在が館の中から感じるのは間違いない」
人の気配を誤魔化す術はあるが、人の存在を隠し切るのは極めて難しい。殊更この世界の魔法技術レベルでは古式魔法ですらも難しい部類の所業になってしまう。
先行する形で警察の包囲をしていたため、空間認識に長けたつかさがその異変に気付いたのだろう。それで割を食う国防軍情報部が哀れと言う他ないが。
正直、十山家を潰すのだけは簡単ですが、手駒を喪って樫和家に下手に暴れられるのも面倒ということで、合理的な方法を模索した結果としてこうなりました。最終的に数字落ちはさせますが、彼らに与えられた役割以上のことを禁じる方向に今のところは終着点を置いている形です。
これでも族滅にさせないあたりは甘いのでしょうが、利用できる価値があるのならばそれを生かすのも一つの手段ということでお願いします。それと、樫和家を合理的に潰す方法として“ある方法”を思いついたため、性急な行動を取らない形としました。