魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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領分に手は出さないが、私闘として手は出す

 軽井沢の館はいかにも“出ます”という雰囲気を醸し出していたが、妖と言った霊的なものは確認できない。館の外を速やかに制圧したところで、悠元はサイオンの流れを察して物陰に隠れた。すると、正面玄関目がけて放たれる“矢”が炸裂し、扉だけを綺麗に吹き飛ばした。

 こんな芸当が出来る人間に心当たりがあるため、真っ先に見解を述べたのは美嘉だった。

 

「あー、詩鶴姉の魔法ね。ありゃ怒ってるわ」

「無理もない。可愛い詩奈を唆したんだもの……元継兄さんもお疲れ様」

「労ってくれて助かる」

 

 すると、悠元たちの背後から姿を見せる形で現れたのは元継で、そのさらに後ろには詩鶴だけでなく新陰流剣武術の門下生数人まで連れてきていた。

 

「元継兄さん、門下生まで連れてきたのは想定外なんだけど」

「仕方がなかったんだ。最初は爺さんが真剣六本持ち出して『儂が詩奈を助けるんじゃ!』と豪語してな。妥協の結果として門下生たちを連れてきた」

 

 仮に剛三が出てきた場合、館が全壊どころか更地になりかねない。そうなると詩奈の救出どころではなくなってしまう。尤も、剛三がビルを更地にして人質だけを生存させた前例があることは知っているが、信憑性の問題で回避する形となった。

 ともあれ、元継は門下生に指示を出し、侍郎がそれについていく形で館の中に先行した。そこに続いて警察の魔法師特殊部隊が突入する形となった。

 

「それで、こんなバカげた茶番劇を仕組んだ十山の女狐はここにいないと見たが、どこに行ったと思う?」

「多分、USNAの兵士を処分するために秘密の収容所へ出向いたと思う。尤も、そっちは達也が受け持つみたいだけど」

「……達也君がか。あの女も哀れなことだ」

 

 つかさの実力では魔法を使った達也に勝つことは出来ない。万が一の場合は[トリリオン・ドライブ]を使っても構わないと許可を出しているし、最悪[瞬速極散(ソニック・アクセラレーション)]でも構わないと伝えてある。仮にそれ抜きでも元継が偶に九重寺で達也を指南しており、簡単に負けないどころかつかさにとっては“悪夢”でしかない。

 

「暢気に話してるけど、いいの? 侍郎だけを行かせちゃって」

「敵の数も知れてるからな。門下生も上段クラスで師範候補生の選りすぐりだから。仮に警察が役に立たなくても、ハイパワーライフル程度なら無力化出来るし」

「それを覚えていてすぐに見抜く悠元も大概だと思うが」

「爺さんほどじゃないよ、兄さん」

 

 剛三の絡みで散々相手にしてきたからこそ面識があったし、悠元に対して律儀に頭を下げた時点でどの程度の力量を持つのかはすぐに理解した。裏を返せば、それだけの実力者たちでないと剛三も安心して居残ることが出来なかったという訳だが。

 館の中では銃声も聞こえるが、明らかに人がピンボールの如くぶつかるような感覚が館に掛けた魔法を通して伝わってくる。

 

「エリカたちもいいぞ、存分に暴れてきて」

「ちなみに、相手が降伏しようとした場合は?」

「遠慮なく吹き飛ばせ。館にいる連中は詩奈以外“法律を破った犯罪者”と思ってくれていい」

「了解。レオにミキ、行くわよ!」

「お、おう」

「まったく、僕の名前は幹比古だよ……」

 

 暴れたいという意欲を見せていたエリカに簡単な注意事項だけ伝えると、レオと幹比古を引き摺る様な形で館の中に入っていった。館の中に入ろうとしない悠元に対し、佳奈が首を傾げていた。

 

「悠元、行かないの?」

「いい加減、侍郎には男としての覚悟を決めてもらわないといけないからな」

「……あー、なんとなく察したかも」

「そういうことか……」

 

 突入していく直前に[天神の眼(オシリス・サイト)]で詩奈の居る場所を探ったところ、二階のとある部屋に隣接したバスルームに存在を確認した。そうなると詩奈が今どういう格好でいるのかも察してしまい、侍郎に先んじて行かせることにした。

 ここにいる五人の中で経験が無いのは美嘉だけだが、悠元を除く三人も大方の事情を察した。

 

「予想よりも戦力が少なかったのは拍子抜けだったが、どうする? このまま達也君の援護に回るか?」

「いや、そっちは既に手が回っているし、万が一の保険は用意されているから……あの二人というのが心配だけれど」

「仕方がないとはいえ、天神魔法でも随一の威力を誇る属性を得意とする二人だからな……」

 

 このまま飛んでいくことは可能だが、詩奈が救出された後の帰り道を確保する意味で悠元は留まっている。達也が苦戦してもいい様に保険は準備済みだが、秘密収容所が全壊してもおかしくない二人が保険というのは如何し難い部分があった。

 背に腹は代えられない、ということで渋々呑むことにしたのは言うまでもないが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 結局、エリカたちも加わって暴れに暴れた結果、館にいた国防陸軍情報部の部隊は壊滅。彼らは『演習』だと主張したが、悠元の口から「国防軍の軍人が人の土地で勝手に行動してよいと誰が決めたんですか?」と“私有地無断侵入”を含めた複数の罪状によって拘束され、魔法師ということで地元の警察ではなく警察省へ護送されることが決まった。そもそもの話、演習という体を取るのであればいくら秘密裏であっても書類が必要になるし、今回の演習内容が末端にまでしっかり伝えられていない時点で違法行為でしかない。

 こんな顛末の中、助けられた側の詩奈は拗ねていた。

 

「……侍郎君のえっち」

「いや、あれは不可抗力だって……」

 

 拗ねてはいるが侍郎の腕にしがみ付くようにしている詩奈と、それに対して引き剥がそうとするも腕に伝わる柔らかさのせいで力強く出来ない侍郎の構図が出来上がっていた。何でこうなったのかと言えば、詩奈の状態を鑑みることなく突入した侍郎の目に、丁度着替えようとして何も着ていなかった詩奈の姿が飛び込んで来た。俗に言う“ラッキースケベ”である。

 詩奈からビンタを食らうということは無く、「とりあえず外に出てて」という言葉に侍郎が大人しく従った。その一件の後、このような結果となった。

 

「侍郎、いくら詩奈の安否が心配だからと言っても、相手の状態を鑑みろと常々言ってきただろうに。ビンタすら飛んでこなかったことにありがたいと思え」

「ゆ、悠元さん……それはそうなんですが」

 

 最近は姫梨の妹や矢車本家の娘の件もあって、詩奈が度々拗ねていたのは知っていた。今回の一件で不可抗力とはいえ詩奈の裸を見た以上、侍郎には責任を取ってもらわなければならない。

 

「三矢本家の方には俺から連絡しておいた。どんな結果になっても甘んじて受けろ。それがお前に対する罰だ」

「……分かりました」

 

 侍郎は内心で『三矢家を追い出されるのでは』とも思っていそうだが、寧ろ逆である。今回の一件を機に詩奈の婿として侍郎に責任を取らせるのだ。なお、三矢本家に千姫が出向く時点でその先に何が起こるのかなど想像は付くが。

 連行(半ば搬送に近いが)されていく国防軍の軍人たちや警察官が行きかう中、スッキリした表情で館から出てきたエリカに疲れたような表情を見せるレオと幹比古が悠元たちに近付く。

 

「いやー、久々に暴れたわ。最近歯ごたえが無くて退屈してたのよね」

「ほう? なら上泉本邸に来るか? 爺さんなら嬉々として相手してくれるぞ」

「いや、あの、どうやっても倒せない相手はちょっと……」

 

 エリカの言葉に反応した元継の台詞に対し、彼女は首を横に振って拒否した。何事も程々が一番だというのが如実に表れている結果だろう。

 

「結局、扉を破壊しただけでしたが……ちなみに、十山家の屋敷に一発撃ちこんでおきました。窓が壊れる程度で済んでいますが」

「何やってるの、詩鶴姉さん……兄さんも止めなかったの?」

「怒った詩鶴は俺でも止められん。母さんの気質を一番継いでいるからな」

 

 なお、細やかな報復として十山家の屋敷に[一極徹甲狙撃(ディフェンス・ブレイカー)]を撃ち込んだことに対してぼやいた悠元に対し、諦め気味に元継が吐露した。いくら権力があろうとも、人の気質には絶対に勝てないものが実在するという証左であった。

 連行する警察官も詩鶴の発言に聞かない振りをしているあたり、三矢家の凄さを身に染みた形だと思う。その祖父に剛三がいるからこそという有名税もあるのだろうが。

 元継は盛大に頭を抱えたが、その件については剛三が動くということで無罪放免の公算が高いのだろう。一昨年の件からして十山家は剛三に盛大な貸しを作っている為、詩鶴が問い詰められる可能性は低いし、寧ろ十山家が更にペナルティを課されることになるだろう。

 

「……俺も聞かなかったことにする」

「いいの?」

「十山家を庇う義理が無いから」

 

 師族会議議長としては宜しくないだろうが、十山家に迷惑を掛けられた身として十山家を庇い立てする理由がなかった。我儘と言われてしまうと否定できないが、人に迷惑を掛けておいて謝罪の言葉すらも寄越さなかった輩に義理立てする事由も存在しない。

 結局のところ、今回の一件は詩奈が侍郎に対する感情を明確に出来たという点だけは良かったとしか評価できなかった。

 

「さて、皆帰るぞ」

 

 そう言って悠元が[音速瞬動(ソニック・ドライブ)]を発動させるが、悠元だけがその場に残った。そうした理由は、悠元がこれからやることのためでもあった。

 

「……あの二人もいて下手を打つとは思えんが、セリアからも頼まれた案件だからな」

 

 洋館の二階―――詩奈がいた部屋に入ると、扉を閉めた上で[鏡の扉(ミラーゲート)]で[神将会]の戦闘服を取り出し、素早く着替えた上で着ていた服を魔法で司波家の自室に放った。そして、[天神の眼(オシリス・サイト)]で洋館の情報から十山つかさの経路を割り出す。

 魔法力が上がった達也の[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]でも難しい特定人物の経路特定だが、悠元の持つ眼ではその場所に一瞬でも滞在していれば、情報から該当する人物が辿った先の経路まで瞬時に割り出せる。こんな能力が使えるようになったのは、昨年の周公瑾討伐任務において彼の経路を割り出した経験が生きている。

 悠元が映像などの媒体であっても一度でも目にしていれば、該当する人物の辿った道を割り出す。チートじみているために頼り切るのは最終手段としつつも、今回はつかさを叩きのめすために使用を決断した。

 そして、四葉家の依頼を受けて早めに動きたいであろう達也に情報を伝えるためでもあった。

 

「―――見つけた」

 

 つかさが逃げ込んだ先は房総半島の先端にある秘密収容所。時間から逆算すると、詩奈を送り届けた後にそのまま館から逃げ出したとしか思えない。そんな輩が良くも『秩序』を語れるものだ……と思わなくもない。

 とはいえ、そのまま場所を伝えるのは傍受的にも宜しくないため、悠元は特殊な通信端末で四葉家宛てにUSNA軍の工作員が捕まっている場所と相手に察知されない合流地点を連絡した。宛先は葉山に指定したので、彼ならば適切に処理してくれると踏んでのものだ(真夜に連絡すると、その絡みで深雪が拗ねてしまうため)。

 それを送り終えた所で、悠元は[鏡の扉(ミラーゲート)]を発動させて一足先に合流地点へ飛んだ。

 

 四葉家もある程度の動きは予測していたようだが、肝心の場所を掴めなかったのは仕方がない部分もある。何せ、師族二十八家の中で四葉家は国防軍と深い関わりを有していないし、昨年の一件で七草家に情報セクションの割り込みを受けたのが大きく響いた形だ。

 予定された合流地点に簡易的なテント(一式の道具類は魔法で取り寄せている)を張り、結界魔法で周囲と遮断した空間を形成。時間が掛かるだろうと見込んでコーヒーでも入れて寛いでいたところに、最初に姿を見せたのは四葉家から連絡を受けた達也だった。

 

「達也か。流石に見抜かれるとは思ってもいなかった」

「よく言う……俺や関係者以外見えないように細工していたのだろう。それで、詩奈のことは片が付いたのか?」

「既に終わった。ここから先は俺個人の私闘も含んでいる……向こうの手筈に時間が掛かるだろうし、一杯飲むか?」

「そうだな、頂こう」

 

 達也にコーヒーを淹れたカップを差し出すと、達也は丁寧に受け取った上で一口啜った。そうして一息吐いたところで悠元に視線を向けた。

 

「流石に美味しいな。本家で葉山さんがコーヒーを淹れてくれたことはあったが、それに勝るとも劣らない……深雪が嫉妬するわけだ」

「そういったコツの部分は葉山さんのを見て真似ている部分はあるけどな。試しに淹れたら葉山さんも感心していたし」

「仮にそうだとしても、俺には真似できないが」

 

 魔法を真似ることだけは簡単だが、そこから相手と全く同じように写し取るのはいくら自分でも難しい、と言いたげな台詞を達也が呟いた。悠元も少しズルをしているだけだと返した形だが、それでも達也は悠元を素直に評価していた。

 そうして一杯を飲み干したところで、バンボディのトラックが一台近付いてきた。達也にはそのトラックに乗っている青年に心当たりがあるようで、悠元は直ぐに判断してトラックを結界の中に“入れた”。

 そして、トラックの運転席から一人の青年が降りてきた。四葉家の執事というには若い風貌の持ち主だが、達也のことを「達也様」と呼称する辺り、四葉家の関係者というのがすぐに理解できた。

 

「花菱さん、予定よりも早かったようですが」

「はい、手筈は既に整っておりましたので。初めまして、神楽坂様。四葉家執事が序列第二位、花菱の長男であります花菱兵庫と申します。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧に。神楽坂家現当主・神楽坂悠元です。四葉家も将来有望な執事をお持ちのようで羨ましい限りです」

「御過分な評価を頂き、感謝いたします」

 

 達也の補佐として兵庫を付けるということは、将来達也の右腕として働かせることも見込んでのものとみられる。単独行動が多い達也を支えるに相応しい人材なのは、感じられる雰囲気だけでも確かであった。

 自己紹介もそこそこに、兵庫に案内される形で荷台の中に足を踏み入れる。中はちょっとした研究室となっており、そこには達也に譲渡された電動式自動二輪[イントレピッド]と達也用にチューンされた次世代型ムーバル・スーツ―――[フリード・スーツ]が置かれていた。

 

「神楽坂様がどちらも手掛けられた装備とあって、四葉の技術者たちも目を輝かせておりました。神楽坂様、これだけの装備を達也様に提供して頂いて本当に宜しかったのでしょうか?」

 

 兵庫が疑問に思う理由も分からなくはない。何せ、ここにある達也の[イントレピッド]もそうだが、[フリード・スーツ]は原作において[ムーバル・スーツ]を解析して設計された代物に仮名として名づけられたもの。その名を貰う形で悠元が達也専用のワンオフ仕様に仕上げた。

 達也に渡すということは四葉家に国防軍の技術が漏れる懸念も生じる。疑念を抱くのは無理もないが、それに対して悠元は冷静に言葉を返した。

 

「構いません。[アンティナイト]すら管理できなかった組織に渡す方が不利益を被る危険も出て来るでしょうし、大体[ムーバル・スーツ]の時点で自分と達也以外パワーアシストが無ければロクに使いこなせない代物です」

「……一つ聞いておきたいが、悠元。このスーツに見慣れない機能が追加されているようだが、一体どんな機能だ?」

 

 このまま悠元に話させると国防軍への愚痴が続いて話が進まなくなると判断したのか、達也が[フリード・スーツ]の機能を“視た”上で尋ねた。それを聞いた悠元も「コホン」と態と咳払いをした上で説明を始める。

 

「今までスーツとCADがリアルタイムでリンクしていなかったからな。達也の能力に最適化させたもので、仮想モニターを通す形で敵の姿を可視化するためのものだ」

 

 敵味方の位置や武器の所有・健康状態なども瞬時に把握するだけでなく、施設の構造を可視化することで達也が必要な最適化された情報を処理し、CADにフィードバックする。思考操作型CADの機能を利用して情報の送受信を起動式で送り出しているが、必要な変数入力などは事前に済んでいる形であり、魔法師はただ必要な事象干渉力を消費するだけで済む。

 ただ、桁外れた想子保有量を有さないとまともに使えない為、悠元は次世代型ムーバル・スーツからオミットした機能をフリード・スーツに組み込んだ。

 

「達也ならぶっつけ本番で使えるように説明書も付けたから、安心して使ってくれ」

「そうか……分担はどうする?」

「達也は依頼通りに米軍の軍人魔法師を救出してくれ。俺も手伝うが、その後は収容所を制圧する。達也はそのまま引き上げてくれて構わない」

 

 あくまでも、達也が担当する領分は米軍の兵士を救出すること。その後の始末を全て引き受けるという悠元の言葉に対し、達也も邪魔をしてはいけないと感じたのか、静かに頷いたのだった。

 




戦闘シーンが省略化されましたが、第一ドイツの魔法師を一撃で沈めるレオとエリカ、それに[竜神]まで喚起できる幹比古相手だと、いくら国防軍情報部でも分が悪いです。その気になれば装甲車や戦車すら相手に出来ますので。
十山家への報復は普通なら犯罪(器物損壊)になりますが、超遠距離からの魔法攻撃という時点で察知できませんし、そもそも先に喧嘩を売ったのはつかさの方なので警察も聞かない振りをしています。

そして……何時から野放しにすると錯覚していた?

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