魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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最果てにて輝ける槍の一端

(正直、悠元も加わると“しくじる”という未来が見えないのだがな)

 

 簡単な打ち合わせの後、達也は[イントレピッド]に跨って収容所へ走らせる。今回悠元は[ドレッドノート]を持ってきていないが、飛行魔法であっさり[イントレピッド]に追随する辺り“埒外の天才”だと達也は内心でそう感じていた。

 お互いワンマンアーミーの気質が強い上、司波家での生活を通して互いの手の内を知っている為、連携に関しては特に問題はない。互いの領分を弁えているからこそ、達也は悠元を気にすることなく行動に移れる。

 ここまでは法定速度を遵守して走ってきたバイクだが、目的地が見えたところでスロットルを全開にし、監獄の壁を飛び越えた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 十山つかさが軽井沢の洋館に詩奈と部隊を置いて房総半島の秘密収容所に来たのは、ここに捕らえられている米軍の魔法師を利用するためではなく、単に詩奈や事情を知らない同僚に問い詰められるのを避けるためであった。

 

(今頃どうなっているのでしょうか。警察が動いていたのは確認できましたが……)

 

 詩奈を洋館に連れて来た時点で、地元の警察だけでなく警察省の魔法師も動いているのが報告された。そうなると真っ先に動いたのは千葉家ということになる。だが、第一高校に在籍している千葉家の娘と詩奈の間には“彼”の存在がある。そうなると、詩奈の異変を感じて真っ先に動いた可能性が高いのはその人物だろう、とつかさは推察した。

 余計な詮索をされないために通信手段を遮断したのが仇となっている形だが、つかさはこの時点で軽井沢に残した部隊が違法行為という罪状で逮捕されていることなど知る由もない。

 

 それよりも、つかさの意識はここに収容されている米軍の兵士の扱いに移っていた。拘束時につかさは「捕虜として扱う」と彼らに説明していたが、この時点で彼らを生かしてUSNAに返すという選択肢を抱いていなかった。

 

 つかさにとって、同盟国と言えども敵軍の兵士は人ではなく()として……洗脳が効かない相手となれば尚更その傾向が強かった。だからこそ、解放すれば生存者から洗脳によって人形として利用したことが明るみになれば、不利益を被る公算が非常に高くなる。

 その不利益とはつかさ個人のものならばまだしも、国防軍ひいては日本にまで波及するのは避けなければならない。()()()()()の十山家、十山家あっての『遠山つかさ』という思考に基づいて、彼女が虜囚の処分を進言しようと立ち上がったところで警報が鳴り響いた。

 何が起こったのか、というつかさの独り言に応えるかのように、つかさがいた看守の控室に一人の兵士が駆け込んできた。

 

「遠山曹長、侵入者です!」

 

 駆け込んできたのは軍曹の階級を有する下士官。つかさは階級を確認した上で彼に問いかけた。

 

「侵入者の規模は? 警備兵で対処できないのですか?」

「数は四名ですが、いずれも強力な魔法師です! 警備兵だけでは対処できません!」

 

 四人という数の時点で、つかさは一体誰がこのような場所に乗り込んで来たのかを考えた。真っ先に考えられるのは[スターズ]の隊長・副隊長クラスだが、それに該当し得る人物は東京に居ることが確認出来ている。

 そうなると、国防軍で対処できない魔法師となれば自ずと絞られるが、四葉家もしくは神楽坂家、あるいは上泉家がここを襲撃しても何のメリットもない筈だと考えつつ、兵士に問いかける。

 

「分かりました。私の装備は何処に?」

「こちらにお持ちしました」

 

 つかさは軍曹が差し出す情報端末機能付きのワンレンズサングラスを掛け、片耳だけを覆うマイク付きのヘッドセットを装着した。サングラスのモニターには味方兵士の座標が表示されているが、肝心の侵入者の座標が表示されていない。

 これにはつかさも訝しんだが、兵士の座標からある程度を割り出すことは可能だと判断した。

 

「援護を開始します」

 

 つかさはそう言って、十山家の魔法を発動した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元はFLTの技術者としてだけではなく、国防陸軍の兵器開発部に一時期所属していた。その時に十山家が使っている端末の開発にも関与したことがあった。なので、十山つかさが使っている端末を誤魔化す術など、天神魔法を使わなくても問題が無かった。

 敵兵が対魔法師ということでハイパワーライフルを持ち出しているが、悠元はそれを意に介することなく[叢雲]を抜き、[抜き足]で兵士に近付くとたった一太刀でライフルの銃身を斬り落とした。動揺する兵士に対して目にも止まらぬ刺突で手足の付け根を穿つ。

 これを5秒も掛からずに実行し、次々と兵士の意識を奪っていく。

 

 悠元の技量ならば人体を切断するのも容易いが、今回はあくまでも米軍兵士の救出であって秘密収容所を壊滅させるために出向いたのではない。尤も、そのついでに十山つかさを叩きのめすという一仕事が待っているわけだが。

 立ちはだかる兵士の前には魔法障壁が展開するが、十文字家の[ファランクス]すら破る悠元の前には障子の紙が一枚置かれているに等しい所業。今頃別の場所で襲撃している達也や修司、由夢は現代魔法の領域を逸脱した技量を有しているだけに、心配はしていない。

 

 飛んでくるライフル弾は[叢雲]に[鳳凰]を纏わせることで、超高温状態による空気の刃で蒸発させていく。仮に斬られなかったとしても、[鳳凰]の副次効果によって燃焼により酸素が燃やされ、疑似的な二酸化炭素中毒に陥って気絶する。悠元自身は魔法的な“音”―――温度上昇によって生じる空気の振動を遮断する壁によって守られている為、その被害を受けることはない。

 

(今の展開速度からして、十山家の魔法障壁だな。間違いなく十山つかさがいる)

 

 別に[術式解散(グラム・ディスパージョン)]でも問題は無かったし、達也と二人で事を済ませることも可能だった。だが、相手が三矢家に喧嘩を売った以上、舐められたままでは十師族の一角を担う者としての矜持に関わる。人様の約束を守らない人間に道理などない、と判断して悠元は修司と由夢にも救出作戦に参加するよう命令した。

 その代償として秘密収容所の存在が明るみになってしまうことは避けられないにしても、ここの構造からして毒ガスでも流し込まれれば忽ち死に至ってしまう。万が一そうなったとしても対処法があるというのは救いなのだが。

 

  ◇ ◇ ◇

 

(私の……十山家の魔法が通用しないなんて!?)

 

 味方の兵士を支援するつかさは、心の中で悲鳴を上げていた。

 魔法障壁を始めとした防御系魔法に特化した旧第十研出身―――十文字家の[ファランクス]、十神家(現在の遠上家)の[リアクティブ・アーマー]が挙げられる。十山家は彼らのように固有の名称を持たないが、個人もとい保護対象への魔法障壁の同時多数投射を有する。

 魔法のターゲットが予め設定されている為に座標固定や直接視認の必要がなく、術者のキャパシティが許す限り何度も展開可能な魔法の鎧。その目的は、中央政府の要人を銃弾や爆発から保護するためのもの。十山家が“中央政府の最終防壁”として開発された魔法師の一族という理由がこれにあたる。

 

 十山家が守るのは政府要人のみであり、市民はその対象に含まれない。無論、十山家が属する師族会議のメンバーも“政府要人ではない”という扱いとなる。だからこそ、十山家が他の二十七家に対して平気で同士討ちを画策できたりしてしまうという側面も生まれる。

 

 本来は逃げるための消極的な目的で開発された十山家の魔法障壁だが、魔法と軍事が結びつくにつれて積極的な使用法も生まれた。それは、味方の兵士や魔法師に防御能力を与えることで、本来兵士が防御に割く分の労力を攻撃に回せるという積極的な発想。

 つかさが着けているバイザーはその為のものであり、これによって十山家は「逃げ出す為だけの魔法師」から脱却できた。

 

 十山家にも、前向きに国家に貢献したいという欲があった。

 他人を起点として魔法を発動するという性質上、自己と他人を同一視してしまうという自己価値観(アイデンティティ)の境界が曖昧になるという先天的な欠陥を“植え付けられて”いる。故に、個我のものというよりも組織単位での貢献に対する欲が強いのだろう。

 その為に国防軍情報部と取引した結果、「遠山」の名を持つ魔法師という立場を得た。つかさはその二代目となるが、最早情報部に必要不可欠な存在となっている。

 

 魔法が技術として浸透している為、工作部隊には当然魔法師が含まれる。当然、それを阻止する側にも魔法の力が求められる。魔法師でなくとも魔法の恩恵を受けられるという点で、十山家は国防軍情報部内に大きなプレゼンスを得た。

 だが、それが通用するのはあくまでも十山家の常識が及ぶ範囲までの話。現代魔法は確かに発動・展開速度という点で古式魔法よりも優位に立つが、それは現代魔法が世界群発戦争を経る形で軍事的に“単純化されてしまった”からこそ。

 

 遠山つかさは気付いていない。同じ師族二十八家でありながらも、既に現代魔法の領域を逸脱して新たな道を描き始めている者たちの存在を。自らの理解の範疇を超えるが故に、それを無くそうとして、怒らせてはならない者の逆鱗に触れた意味を。

 その証明として、自らの守りが通用しないという事実を突きつけられることも。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 収容所の独房に通じる箇所周辺の掃討を終え、悠元は[叢雲]を解除する。次々と展開される魔法障壁に辟易していたところはあったが、それでも[ファランクス]よりはたかが知れているレベルでしかなく、容赦なく斬った。

 兵士は全員気絶しており、銃器類は無論のこと、自爆に繋がりそうな装備を所持していないことは確認済み。顧傑のように兵士を中継点として攻撃魔法を放つこともなければ、昨夏で遭遇した岬寛が行った他人の魔法演算領域を利用して魔法を放つことも起こらない。

 そもそも、政府要人の護りを主とする十山家に攻撃手段を持たせなかったのは政府や国防軍情報部であり、十山家を支援する黒幕のせいでもあるが。

 

 すると、通信機から達也の声が聞こえる。

 

『悠元、こちらは米軍の兵士を全員解放した。修司が手伝ってくれた』

『先に言われたが、こっちは大丈夫だ。これから達也の援護に入る』

「了解。由夢の方はどうだ?」

『指揮指令室を掌握したけど、十山つかさの姿は確認できていない。逃げたにしてはお粗末すぎるけど』

 

 悠元が兵士を惹き付ける遊撃の役割を担い、達也と修司が兵士の救出と護衛、由夢が収容所の指揮系統の掌握という形で動いていた。現状の最大戦力である悠元自ら動くというのはどうかという意見もなくは無かったが、天刃霊装も含めた天神魔法の威力を鑑みての役割分担のため、納得した上で作戦に移っていた。

 

「……分かった。念の為に俺が探索するから、由夢は二人の援護を」

『了解』

 

 通信を終え、改めて[天神の眼(オシリス・サイト)]で確認をすると、屋根伝いに動いている存在を確認。近くにいる由夢にしてはあまりに“遅すぎる”ため、これが十山つかさで間違いないだろう。

 予測される行き先は駐車場。恐らく時間稼ぎを狙ってのものだとみるのが妥当だ……問題は国防軍でも一握りの人間しか知らないこの場所に援軍が来るのか甚だ疑問だが。

 

(今駐車場に行かれるのはマズい。最悪鉢合わせになるのだけは避けなければならん)

 

 そして悠元が弾き出した答えは、[ラグナロク]を取り出して[雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)]で壁に円形の穴を開けて外に出た。そして、屋根の上に素早く登ることでつかさの進路上に割り込むことが出来た。

 つかさはポーカーフェイスを貫いていた(先天的な精神的機能の欠陥のせいで不安を覚える部分も鈍化している)が、仮面を着けて髪の色も変えている謎の人物を見てそれが誰なのかを悟った。

 

「成程、貴方が出てきましたか。()()悠元君」

 

 その言葉に対する返礼は魔法によって返された。悠元の[術式解散(グラム・ディスパージョン)]とつかさの魔法障壁展開の攻防。互いに複数の魔法を同時に操る部分に長けた魔法師だが、一つの魔法しか扱えない十山家と複数の魔法を扱うことが出来る三矢家では、その差が歴然として出た。

 そして、つかさが膝をついて悠元が追い打ちを掛けようとしたところで、声が響く。

 

「待て!!」

 

 先程の魔法障壁よりも数段上の多重障壁魔法―――十文字家の[ファランクス]だと悠元は直ぐに分かったため、そこで[グラム・ディスパージョン]の発動を停止した。その直後、上空のヘリから克人が降りてきた。

 

「この女性を殺させるわけにはいかん。事情は知らないが、引いていただけないか? 神将会の総長殿」

 

 まったく……と、悠元は悪態をつきたい気分になった。克人の為人からして、この格好で事情を判断するかどうかはさて置くとしても、これでつかさに神将会の総長が自分だと明るみにされた格好になった。そして、それは黒幕の樫和主鷹にも伝わることだろう。

 克人の言葉に悠元は[ラグナロク]を懐に仕舞った。だが、視線は依然克人を見たまま。

 

「なら、殺しはしないが……そこの女狐には“妹”を誑かした責任を取ってもらう」

 

 そう言って悠元が手を上に翳すと、その手を起点として膨大な光の粒子が集まり出した。それは渦を巻き……中心には全長10メートルをゆうに超すであろう黄金色に輝く“光の槍”が形成されていた。

 守護霊(サーヴァント)と契約した人間は、一人の例外もなく彼らの力を具現化して行使する。そして、それは[アリス]と名付けた彼女と契約した悠元も例外ではない。彼が使う伐刀絶技の力の一端を、彼は解放する。

 

「『鉄壁』の異名を継いだ貴公に防ぎ切れるか、十文字克人。食らうがいい」

 

―――[最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

 悠元と契約する[アリス]の伐刀絶技、[最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)]。この世の理法全てを無視して因果律そのものを操作・改変・消滅させる最凶最悪の伐刀絶技。加えて悠元の固有魔法[万華鏡(カレイドスコープ)]により、事象全てを制御してしまう能力まで獲得した。

 悠元が放ったのは“本来の出力”の約一万分の一程度。その気になれば街はおろか国すらも滅ぼしてしまう威力の伐刀絶技を限りなく弱めて対人戦に用いた。悠元が放った光の槍は、克人が展開する[ファランクス]を貫くのではなく、彼の[ファランクス]を利用―――克人と彼の展開した[ファランクス]を相対固定化させて、“一つの物体”として認識する―――して克人とつかさを吹き飛ばした。

 体感的に300メートル以上吹き飛んだが、“眼”で確認する限り生きているのは間違いない。尤も、これで勘違いしてまた襲撃部隊を仕向けた場合、今度は周囲への被害などお構いなしの威力で放つだけだ。

 

「……聞こえちゃいないだろうが、勝手に人の素性をばらすんじゃないよ、十文字先輩」

 

 ここ最近は色々あり過ぎたせいでストレスが溜まっていたのか、別に他の魔法でも良かったところで敢えて[ロンゴミニアド]を使用した。その発散の捌け口が婚約者や愛人たちとの熱い夜に繋がっている節があるのは否定できない事実なのだろう。

 あの様子ではしばらく動けないと判断して、悠元はそのまま屋根伝いに駐車場方面へと駆けて行ったのだった。

 




 ちょっとした戦闘シーンというか、ほぼ蹂躙に近い気はしますが、私は謝らない(ぇ
 今回悠元の伐刀絶技を出しました。なので、[アリス]のモチーフが一体誰なのかは察しが付くと思います。来訪者編とダブルセブン編の間に書いた閑話はこの部分が大きく影響してきます。
 とはいえ、激動の時代編に掛かる部分はまだ終わりませんが。

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