魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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どちらにせよ常識外の相手

 第一回の若手会議が事実上の『喧嘩別れ』に終わるような恰好となったのは、あまりにも性急すぎる七草家の策略に反発して四葉家が突っぱねた―――というのが会議の参加者たちの統一した見解だが、師族二十八家の中で“悪名高い”四葉家を排除するような真似は到底看過できるものではない。

 とはいえ、主だった家が動きを見せようとする前に、今年の十師族選定会議後に新しく加わった護人の二家が若手会議の再開催(名目上は第二回の若手会議と位置付けている)を決め、日付は4月27・28日に箱根の神坂グループ系列のホテルで行う。今年二月に起きたテロ事件の反省も踏まえて、表向きは『神坂グループ主催若手交流会』という形で部屋と会議室を押さえている。

 

 だが、いきなり話し合ったところで真っ当な意見が出るとは到底思えない。それは第一回の顛末を聞いた時点で明白であった。

 参加者の大半が、魔法師の一族に生まれながらも非魔法師からの暴力に怯えて結局同調圧力に屈したことを一概に悪いとは言えないが、明確な意見を一切述べようともしなかった側にも問題がある。そのために根回しをすることとした。

 襲撃から四日後、悠元は横浜の日本魔法協会支部に足を運んでいて、モニターには十師族の各当主の姿が映し出されていた。一条家は当主の剛毅が座っているが、十文字家は現当主の克人が負傷して療養中の為、先代当主の和樹が代理として出席している。

 

 悠元は今回の一件―――十山つかさが四葉家をテストしようと目論み、USNA軍の兵士を洗脳して四葉家次期当主である司波達也をテストしようと目論んだことに加え、その繋がりで三矢詩奈も誘拐紛いの状況に巻き込まれたこと。

 既に悠元絡みの案件で離脱一歩手前の状況に追い込まれていたにもかかわらず、その忠告すら無視したので、当初の予定通り十山家を師族二十八家からの除名通告について報告した。

 

「―――以上が今回の会議を開催するに至った経緯だ。最早、十山家は師族二十八家の中に置くべき家ではないと判断して除名通告を実施した。とはいえ、独断では反発を招く可能性があったため、今回の会議に諮った上で改めて処分を行う……皆様方のご意見を忌憚なく述べて頂きたい」

「質問ですが、神楽坂殿。今回の通告は既に政府も了承されていると認識しても宜しいのでしょうか?」

 

 悠元の発言に問いかけたのは七宝家当主・七宝拓巳だ。彼の問いかけに対して悠元は頷いた上で言葉を続ける。

 

「国防陸軍の最高司令部のみならず、統合軍令部および防衛省、ひいては日本政府にも十山家の除名処分についての事情説明はしている。日本魔法界の秩序に罅を入れるような行いを看過していた側には説明しておいた。その件にも関わる話だが、十文字殿。克人殿に対して私の秘密を漏洩した報いとして魔法攻撃を実施した。魔法に関する詳細は秘匿させてもらうが、今後十山家に対する恩情は一切許さない、と心するよう伝えておくように」

「……心得ております、神楽坂殿」

 

 悠元と十文字家には、一昨年の襲撃の看過だけでなくアリサの件で諍いとなってしまっている。加えて自身の息子が悠元の秘密の一端を漏洩したことに対して、あの程度の負傷で済んだのが悠元の恩情によるものだと察し、和樹は神妙な表情を見せた上で深く頭を下げていた。

 未だ十代の人間にいい歳の大人が頭を下げるという光景など非常識極まりないが、悠元は既に誰も異論を唱えることが出来ない実績を有している。分かってはいても前世からすれば非常識に見えてしまうだけに、悠元は心の中で溜息を吐きたくなった。

 そんな事情を察したのか、次に問いかけてきたのは七草家当主・七草弘一だった。

 

「神楽坂殿。十山家についての処分に異存はありませんが、国防軍に対して何らかのアクションを起こす必要は無いとお考えでしょうか?」

「既に国防軍のみならず日本政府まで対処に動いている為、自浄作用が働くならばこちらから介入する必要もないと判断した次第だ。異存はあるか、七草殿?」

「いえ、ございません」

 

 やけに素直な物言いをしている側面は否定できないが、特に悠元は真由美と泉美の二人を婚約者として受け入れている。とはいえ、二人は既に二木家と六塚家の養女となっている為、慮る正当な理由も存在しない。

 人様の生死に関わるような事態を見過ごしたのは許されないことだが、いつまでも引っ張り続けるのも器の小ささを露呈するようなもの。弘一の息子がしでかしたことの裏に彼の存在がいたとしても、最悪彼を当主から引き摺り下ろすことで決着させる。

 すると、ここで六塚家当主・六塚温子が四葉家当主・四葉真夜に問いかけた。

 

「四葉殿は、何か意見がおありでしょうか?」

「そうですわね……今回は神楽坂殿の尽力もありましたし、四葉家として異論はありません」

「四葉殿がそう仰られているというのであれば、こちらとしても異論はありませんな」

 

 真夜の発言に便乗する形で述べたのは三矢家当主・三矢元。三矢家としては十山家の圧力で詩奈を誘拐紛いの一件に巻き込んでしまったが、自分の子らが尽力して相手を嵌めたことについては、最初聞いたときに『そこまでしたのか……』と呆然になったほどだった。

 詩鶴が十山家に一発撃ちこんだと聞いたときは、どうせ動くであろう剛三の姿を想像して深い溜息を洩らした。結果としては詩奈が侍郎に対する感情を明確に出来たという面も出来たので、父親としては複雑だが娘の嫁ぎ先が無事に確保できた、という意味で溜飲が下がった。

 寧ろ、そう思わないと正気を保てなくなりそうだった、というのが一番正しい表現なのかもしれないが。

 

「では、十山家に対する処分に異論が出ないようなので、十師族の総意として日本魔法協会に十山家の師族会議除名を正式に通知する。そして、今までならば師族会議の空いた穴を埋めることは無かったが、今回は遠上家を十神家として師族会議に復帰していただく」

 

 十山家と入れ替わる形で十神家を師族二十八家に復帰させる。他にも“数字落ち(エクストラ)”の家は存在するが、その中で十神家を復帰させた理由を悠元は説明する。

 『能力が足りなかった』とか『反乱を起こした』などという理由で除名された彼らだが、その言い分の主は日本政府や元老院の意向によるもの。結局のところ、彼らが使いやすい魔法師の一族を選定した上で現代魔法の権威として据えたに過ぎない。

 

 だが、師族会議が政府や国防軍のコントロールを外れた今、国防を担う者として日本魔法界の乱れを正すべき時に来ている。その第一歩として十神家を師族会議に復帰させる。無論、十神家に予め事情説明をしており、公の社会で『遠上(とおかみ)』を名乗ることは許可している。これが許されないと、財界で使われているビジネスネームの使用にすら言及せざるを得なくなるためだ。

 

「師族会議はもはやいち民間組織ではなく、今上天皇陛下より国家守護の任を与えられた治安維持機構に他ならない。魔法協会ですら手を広げ切れていない魔法資質者に対する人道的保護や権利の保全も行わなければならない」

「神楽坂殿は、その方策を既に考えておられるということか?」

「その言葉には少し語弊があるな、一条殿。先日小田原に開校された魔法師育成の為の教育機関は自分が働きかけた結果の産物だ。疑問に思うのならば先代の神楽坂や上泉殿に尋ねてみるといい。もしくは文部科学省あたりなら快く回答してくれるだろう」

「すでに実践されていたとは……」

 

 十師族ですら自ら進んで実践しようとしなかった“掬い上げ”の方策。それを悠元は国立魔法医療大学や付属校の開校以前から進めてきた。自身の蓄積していく膨大な資産の一部を使い、魔法資質保持者が犯罪者の道に堕ちないための施策を講じていた。

 現状はまだ始まったばかりだが、それでも魔法犯罪の抑止という意味で少しずつ効果が出てきているのも事実。その反動で国内外のアンダーグラウンドが彼らを狙う様な動きも見せていたが、時には悠元自らが組織ごと潰した挙句、繋がりのある国内外の組織まで“根切り”とした。

 

「今は沈静化している反魔法主義の論調の再燃防止という意味で、将来の日本魔法界の為にあらゆる視野からの見解を育成したい。その為の“若手会議”を今月末に開催する。各当主の方々には協力をお願いしたい。無論、新ソ連の情勢も予断を許さない故に可能な範囲で構わない」

 

 意見を集約する場ではなく、各々の思考をこれからの師族会議を担うために必要な能力に作り変えていく。これまで長年続いてきた“九島烈一強体制”を完全に脱却し、“神楽坂・上泉の護人による統治システム”を主軸とした日本魔法界を担えるだけの人材を育てるために。

 

「神楽坂殿は新ソ連が再びアクションを起こす、と見ているのか?」

「ええ、上泉殿。実を言いますと、自分が魔法師であることを偽って長野佑都を名乗っていた時に祖父と新ソ連を旅行中、正規軍の特殊部隊や諜報機関に狙われまして。その際にクレムリン宮殿を襲撃して首相に覚書を書かせましたが、連中は結果として日本に対するアクションを行いました。この時点で新ソ連に対する信頼は地に落ちました」

 

 数年前―――悠元がまだ長野佑都の名を使っていた時、剛三との鍛錬旅行で新ソ連に足を踏み入れた。別に不法な方法ではなく正規の手続きで入国したが、その日の夜から正規軍の特殊部隊に宿泊先を襲われ、三日後に正規軍の三個師団と戦闘を繰り広げる羽目となった(相手が剛三ということで“世界群発戦争で喪った同胞の敵討ち”が主だった理由であった)。その時点でレオニード・コントラチェンコの戦略級魔法を修得するに至った。

 『埒が明かん』という剛三との共通認識のもと、クレムリン宮殿を襲撃して首相に覚書を書かせたが、宮殿を出ようとしたところで待ち構えていた部隊を見て、悠元は珍しくキレた。

 

『―――そんなに死に急ぎたいんなら、死なせてやるよ。黄泉の国で旧時代の書記長(ロクデナシ)どもに会わせてやろうじゃねえか!!』

 

 銃火器を構えた部隊の頭上をあっさりと飛び越えて、執務室にいる首相ごとほぼ一直線上に捉え、悠元は新陰流剣武術奥義―――超高密度に圧縮した空気の層を幾重にも重ねることで、空気の層同士の摩擦による高速加熱で如何なる物質すら溶かしてしまう蹴り技[朱雀天翔(すざくてんしょう)]を炸裂。

 部隊の肉壁に守られる形で首相は一命を取り留めたらしいが、剛三と悠元を狙った結果として総計四個師団が壊滅状態に陥った。この戦果の半分を担った剛三も『よくやった』と褒めちぎっていた。

 なお、欧州のメディアでは『クレムリン宮殿、謎の半壊!? 魔法師による反乱か!?』という記事で連日話題となっていた。未確認の情報筋などから欧州方面の魔法師による仕業なのではないかという噂もあったほどだった。

 

 閑話休題。

 

「神楽坂殿は、相応に苦労されてきたのですね。私たちよりも強い理由が納得出来ました」

「ありがとうございます、二木殿。まあ、大体祖父のせいだと片付けられるのが非常に悩ましいことですが」

「……(茜を送り出す意味で頼もしいことだが、複雑だな……あのバカ息子が)」

 

 二木家当主・二木舞衣が悠元を労い、悠元が素直に受け取りつつ愚痴を零す様に述べると、それに対して神妙な表情を浮かべていたのは一条家当主・一条剛毅であった。自身の娘である茜が嫁ぐ相手がこれほどに強いというのは、茜の父親として安心できる反面、将輝の父親としては複雑であった。

 しかも、将輝はまだ深雪を諦めていない節が見られた。恐らく悠元に複数の婚約者がいることから、まだ挽回できると見込んでのものだろう。尤も、彼の親友曰く『将輝に勝機があるとは思えないのですが』と溜息交じりに零した台詞を聞いたとき、剛毅は息子の意固地さに頭を抱えたくなった。

 

「一条殿、如何なされましたか? もしや先日の後遺症ですか?」

「大丈夫ですよ、五輪殿。神楽坂殿の話を聞いて、少し身内のことを思い出していただけです」

(一条殿の息子か……悠元も苦労しているな)

 

 剛毅の様子からしてまだ回復し切っていないのかと訝しんだ五輪家当主・五輪勇海の問いかけに対し、ぼかしながらもそう返した。それが剛毅の息子である将輝であることと、そこから考え得る可能性に思い当たりがあった元は深い溜息を吐いた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 師族会議での議決により、十山家は師族二十八家から除名。遠山家となった彼らは国防軍に奉じる魔法師の一家として北海道に移住を余儀なくされることとなった。つかさは悠元との戦闘で魔法演算領域の過負荷を起こしたが、三日の休養で済んだのは偏に悠元の恩情によるものが大きい。

 襲撃から四日後、そんな彼女が十文字家を訪れたと聞いたとき、克人は訝しみながらもつかさとの対談に臨んだ。元々父親の強い要望を条件付きで助けた以上、最早十山家に恩情を与えることは許されない。応接室に姿を見せたつかさは、克人の姿を見て深く頭を下げた。

 

「克人さん、先日は本当に申し訳ありませんでした」

「既に済んでしまったことですので、今更どうこう申し上げることは致しません。ですが、貴方は逆鱗に触れた。故に知ったことは誰にも漏らしてはなりません」

 

 秘密収容所で克人が悠元の存在を仄めかす発言をしたことも含め、克人はつかさに対して余計な推測を述べることも禁じるように言い放った。これにはつかさも『妥当な処置ですね』と述べて、それ以上言いかけた言葉を呑み込んだ。

 

「そして、今後十文字家は()()()を庇いません。それがいくら旧第十研の誼であったとしてもです。貴方方の失陥は自身の手で償ってください……手厳しいかもしれませんが、家諸共潰されなかったのは“不幸中の幸い”であると」

 

 この先、いくら第十研の誼と言えども十文字家が遠山家を庇うことはない。今回の一件は今後関東地方を担う三矢家との信頼関係にも大きな影を落としただけに、ここから先はいくら私闘と言えども自己責任で解決すべき、と。

 

「……助けられた立場ですので、大人しく従いましょう。ただ、一つだけ申し上げても宜しいでしょうか」

「何でしょう」

 

 何の表情も込められていないつかさの表情を見つつ、克人は言葉の続きを促した。

 

「今回の一件で確信しました。克人さん、貴方なら彼に勝てます」

「……(それはどちらのことだ、と問いかけるべきではないのだろうな)」

 

 つかさが思い浮かべた相手が悠元か達也の二人だとして、前者は間違いなく論外。何せ一昨年の模擬戦がそれを証明しているし、先日の戦闘についても圧倒された。ただ、後者にしても克人は達也の魔法を知らない。魔法を無効化する技術に長けているとは聞いているが、それが彼の全てを示しているとは思えない。

 彼女としては、克人を唆して四葉家もしくは神楽坂家の力を削ぎたいのだろうが、それが確実に成功する方法があるのならば知りたい、と克人は心の中でつかさの言葉を反復するように考え込んだのだった。

 

 いずれにせよ、常識的な魔法師を相手にするとは到底思えない―――つかさの台詞を聞いた克人が唯一認識できた事実であった。

 




 前半は若手会議への伏線も兼ねてのものです。正直どういう展開を持ち込むか決めかねている部分があるので。ただ、七草智一は精神的にボコられるのが確定していますが(ぇ
 後半部分は克人とつかさの話。つかさのあの発言は、つかさの魔法は破られたが克人の魔法は相手の攻撃を防ぎ切ったという事実から述べられたものです。尤も、克人はそんな気など微塵も思っていませんが。

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