北山家。国内で指折りともいえる大財閥ホクザングループの大元。
三矢家は国際的な小型兵器ブローカーを家業としているが、その取引先としてホクザングループ傘下のメーカーとも取引をしている。
三矢家が悠元の働きによって
悠元が雫と出会ったのはそれ以前の話になる。3年前、剛三の招きで北山家が上泉家の総本山に呼ばれた時だった。その後の北山家とのパーティーでほのかと面識を持つ形となった……好意を持たれないよう意識操作で上手く逸らすのは大変だったと言っておく。
なんでそんなことをしたのか、というと……彼女に関わるイベントであらぬ疑惑をもたれたり、面倒な奴にちょっかいを掛けられかねないと分かっていたからだ。原作知識ってホント大事。
「うわ、すげえなあ……」
「お屋敷なんて凄いですね……」
そう言葉を漏らすのはレオと美月だった。今回の勉強会に参加する面々は達也と深雪に悠元、レオとエリカに美月、燈也とほのかと英美に加えてこの家に住む雫の10人。かなりの大人数だが、雫曰く『クラス全員じゃないから大丈夫』と言ってのけた。英美とE組の面々は初対面だったが、早くも打ち解けていた。というか、ある意味似た者同士の英美とエリカが意気投合していたことにレオが呆れていたのは言うまでもなかったが。
考えてみれば、自分は三矢家、達也と深雪は隠しているが四葉家、エリカは千葉家、燈也は六塚家、ほのかはエレメントの一族であり、英美は英国でも指折りの名門であるゴールディ家の末裔、そして雫は北山家の令嬢。
その意味で一般家庭という枠組み(レオは厳密にいえば違うが)で育ってきた二人からすれば大きな隔たりがあるのは確かだ。
「いらっしゃい。ま、遠慮せずに上がって」
今回の勉強会は期末考査に向けてのもの。入試の際にペーパーテストで1位から3位に入っている面々―――悠元、達也、深雪がここにいる……そうなると、質問が3人に飛び交うのは予想できていた。なので、受講している科目毎に面倒を見た方がいいだろうということになった。魔法言語学は入試で満点を取っている悠元が教えている。
「ここは、ラテン語で『Fiat Lux』ってなるね」
「す、凄い…教養必須なのに先に言われた」
「そういえば、以前悠元さんが英語で無線を使って呼びかけてましたね」
そういえばそんなこともあったな、と思い返す。深雪だけでなく達也も思い出したようで、少し笑みを零していた。すると、深雪の問いに答えるように達也が言葉を発する。
「そういえば、この前ドイツ語の論文を端末で見ていたな。あれはローゼン・マギクラフトの公式発表論文だったか?」
「ああ、あれか。自動翻訳だと恣意的な解釈もありうるから。原文から落とし込まないと間違って解釈しちゃうし」
「日本語に英語、ラテン語にドイツ語……」
「悠元、通訳でも食っていけるんじゃない?」
「俺が目指してるのは魔法師だよ。そこは通訳を目指す人に任せるさ」
こんなことができるのは『言語理解』のお蔭だろう。というか、エジプト文明とかの古代文字まで解読できてしまうのはどうにかならなかったのだろうか……今更だけどさ。この後、サンスクリット語関連でも盛大にやらかしてしまい、度肝を抜かれた。
次に魔法幾何学。この分野ではフリーハンドで魔法陣を描くのだが、ほのかが練習をしている横で悠元がペンを小刻みに動かしていた。何をしているのかと覗くと、それは1センチぐらいの大きさしかない魔法陣に細かい描写を書き加えていた。これには驚いて声を上げた。
「ちょっと、悠元さん!? 一体何してるんですか!?」
「ああ、これ? 最小規模でできる魔法陣のイメージ練習みたいなものだよ」
「これは流石に小さくないですか? これでどれだけの出力が……」
「これだけなら大型トラックだと1メートルしか吹き飛ばない」
「あの、トラックが吹き飛ぶだけでも十分凄いんじゃ……」
大型トラックは規格において車両総重量が11トン以上のトラックを指す。それで1メートルなら対人相手では空気抵抗を含めても約100倍以上の距離を吹き飛ばすことが可能となる。大型トラックを基準としたのは、悠元が今までに経験した同じ流派の人間相手からの経験だった……この時点で基準が狂っている、といっても過言ではない。
次に魔法工学なのだが……本人たちと深雪以外は知らないが、ここに「トーラス・シルバー」がいる。その意味で世界トップクラスの説明や解説をする形となった。これには解りやすいとレオやエリカも悠元と達也の説明に聞き入っていた。
「…凄い。魔法工学だけでいっても、二人とも高校生離れしてる」
「なに、深雪のCADを調整できるように齧った程度だ」
「趣味の範囲で学んでただけだよ。幸いうちの家業で世界各国のメーカーからCADを取り寄せて試してたし」
二人の技量は既に齧ったとか趣味とかのレベルではない。その辺を理解している深雪はニコニコと笑みを見せていた。
「流石三矢家の御曹司……」
「御曹司はやめてくれ。三矢家はまだ普通の部類だよ」
「いや、六塚家の人間から言わせたら三矢家も十分におかしいですよ」
「……」
おかしいのは解っているが、面と向かって言われると堪えるものがあるな、と悠元は思った。とはいえ、長期休み中に富士山への登山をジョギング感覚でやっている燈也が言えたセリフではないと思う。
そして共通科目である基礎魔法学。ここに関しては魔法というよりも原理的に総合理科や数学といえばいいだろう。
魔法は基本的にイメージが強く反映される。そのイメージがしっかりしていればいるほどその効力は強くなる。ようは術者の精神力が魔法行使や魔法抵抗に強く依存する……この辺は創作物でもよくあることだ。
「例えば、硬化魔法だとその本質は『構成分子の相対位置固定』。基本的な用途として武器や防具強化で使われているが、これもイメージ次第では近接戦闘や遠距離での戦闘にも応用できる」
「硬化魔法で遠距離戦? そんなことできるのか?」
「端的に言えば紐を括り付けた石を振り回して硬化魔法を発動させる。これで即席の長射程用鋼鉄製ハンマーだ。……で、殆どの人はやらないが、硬化魔法には『想子粒子で構成分子を意図的に特定の構造へと変化させたうえで固定すること』ができる」
この魔法を発展させたものが新陰流剣武術で使われている物理無効化技能『
この構造変化の技能は、構成変化前後の分子構成をしっかりとイメージしておかないと武器や防具が使い捨てとなってしまう欠点もある。なので、この魔法技術を会得するために竹刀や木刀が頻繁に使われている。最初構造変化を間違えて木刀をカーボンナノチューブの塊にして、周囲に驚かれた経験は今でも忘れない。
悠元の言葉に周囲は驚きを見せているが、その中でも達也は『そんなことが可能だったのか』と驚くような素振りを見せていた。
「魔法、と難しく考えるからこんがらがる。世の中にはそういったエネルギーを用いて現象を意図的に起こせる機械だったり触媒があるんだし、調べようと思えば情報端末もあるわけだからな」
「うーん、わかってはいるんだけどね……」
口には出さないが、『
だがまあ、仕方がない部分もある。この世界は西暦1995年から分岐して今に至っている。その過程で娯楽に関しては前世よりも規模が小さい。それに、第三次大戦による人口の急減と魔法という分野の体系化によって前世のような娯楽に割ける余力がない状態だ。
その意味で多くの娯楽に触れ続けてきた上で転生したというのはかなりの強みなのだろう。
勉強も一段落というところで休憩にした。すると、英美が話しかけてきた。
「そういえばさ、魔法実技といえば、この点数が九校戦のメンバー選出に考慮されるんだよね」
「あたしらは関係ないでしょうけどね。無論アンタも」
「余計なお世話だっつーの」
「まあまあ……雫ちゃん?」
九校戦の代表メンバーは実力順―――つまりは一科生から選出される。この手の話題は二科生の面々に縁の無い話となってしまうため、エリカ、レオ、美月の反応はやや薄い。だが、英美の言葉を聞いて待ってました、と言わんばかりに雫が言葉を発した。
「そう! だから特に今回の試験結果は重要なんだよ……!」
「お、おう……あんなに燃えてる雫、初めて見たよ」
「雫は、九校戦のことになると目の色が変わるから」
普段はクールな雫が強めの口調を発したことに英美は驚きを隠せなかったが、ほのかの説明で何とか納得した。これには深雪も思わず口に出すほどだった。
「成程。ちょっと意外だったわ……私も九校戦は見に行ってるけど、雫の熱意には負けるわね」
「……深雪が珍しいことを言ってる」
「あら、ほのか。私にだってできないことぐらいあるわよ?」
その言葉が揶揄なのか謙遜なのか掴み辛く、ほのかと英美は揃って『あ、うん』と頷くことしかできなかった。
一度火のついた雫はここ10年の九校戦データを表示した。そこには本戦・新人戦の一高代表メンバーが載っているのだが、その中の数名のパラメーターグラフが測定不能を示す『
「ねえ、雫。代表メンバーの中にパラメーターが出ていないのがいるんだけど……どういうこと?」
「何でも計測しようとしたら機械が変な数値を示したって聞いたことはある」
「えっと、この人の名前が
ここで三矢という名字を聞いて部屋にいる全員の視線が悠元に向けられる。その視線に観念したように、悠元は一息吐いた上で呟く。
「三矢元継は次男、三矢詩鶴は長女、三矢佳奈は次女、三矢美嘉は三女……全員俺と血が繋がった兄と姉たちだよ」
「……パラメータに出ないって、どんな強さなんだよ」
「というか、同じ意味で悠元も計り知れないわね……これだけ情報を集めてるなら雫は毎年見に行ってるんでしょ? 何か知ってる?」
パラメータは各々の魔法適性を数値化したもの。それが全く出ないということは対戦相手にとって得意分野や苦手分野が読めない、ということだ。エリカは思い切って雫に尋ねてみた。
「5年前の九校戦……悠元のお兄さんが出ていた試合は全部見たけど、正直圧巻だった。あれは今でもハッキリと覚えてる」
5年前―――それは一高が初めて総合優勝した時。この時、当時3年の元継と1年の詩鶴という三矢兄妹が際立った。加えて七草家の次男も当時一高に在籍していたが、そのネームバリューすらも凌駕するほどの活躍だった。
元継はたった一人で対戦相手全員を魔法で気絶させ、味方に損害を出すことなく勝利。敵曰く『正面にいたはずなのに魔法が当たらず、気が付けば気絶していた』と口をそろえて零すほどだった。
元継の特性はBS魔法(先天的特異魔法)―――微弱な認識障害魔法が常に彼の体を覆っている。この特性は想子を消費しないものだが、元継はこの魔法を意図的に制御したり想子で増幅させる技術を確立。これには悠元も一枚噛んでいる。
詩鶴の特性は驚異的な空間認識能力と演算能力。悠元から教わった訓練法で四方1キロメートルまでの物体を瞬時に認識できるようになった。加えて詩鶴専用に特化した「ナインローダー」によって、1年ながら本戦女子クラウド・ボールで全試合無失点勝利を達成している。
「悠元のお姉さんたちも凄いなんてものじゃなかった。ハッキリ言って高校生レベルじゃない。今の3年生でも勝てないと思う」
「美嘉姉さんは実際に女子クラウド・ボール決勝で七草会長を破ってるからな。あと、九校戦女子バトル・ボードの最速記録を未だに保持してる」
「現3年の最強世代が霞むって凄いですね……そういえば、悠元。既に代表入りの声を掛けられたと聞いてますが」
「ええっ!? って、そりゃ悠元は三矢の人間だからね」
燈也の問いかけに驚いたのは英美だが、十師族の直系だということで一人納得していた。それを見つつも一息吐いた上で呟いた。
「俺も吃驚したけどな。何せ、新人戦だけという括りなしで十文字会頭から提示されたからな」
「それは本当ですか!?」
「ああ。なので、本戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクと新人戦モノリス・コードでお願いはしたが、正式決定は考査結果が出てからだろうな」
正式決定云々とは言ったが、どうせ出るのは既定路線だろう。なお、深雪は新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイクと新人戦ミラージ・バット、燈也は新人戦男子スピード・シューティングと新人戦男子クラウド・ボールに出場することもその場で聞くことになり、まだメンバー打診を受けていない一科生の面々は羨ましがっていた。
すると、ここで達也は悠元に言葉を投げかけるように尋ねた。
「しかし、お前がモノリス・コードに出るとは……体術は使えないと思うが?」
「格闘術に付与する魔法は既に決めてあるし、ちょっと思いついたこともあるからな。大会運営に予め確認はしたけど」
モノリス・コードにおいては、殺傷性ランクの高い魔法は禁止。魔法攻撃以外の相手への直接戦闘行為も禁止されている。なので格闘術は使えない……普通の考え方ならそうだろう。だが、使えないわけじゃない。相手に直接触れなければ格闘術も使用可能になる―――つまりは魔法を付与した格闘術という形だ。
「まあ、三高は『クリムゾン・プリンス』とか『カーディナル』も出てくるだろうな……(勝てない相手じゃないが、負けないとは言えないな)」
直接攻撃ありなら関節技で片を付けるのだが、モノリス・コードは直接戦闘行為自体禁止だ。そもそも、想定される選出メンバーからして三高を倒せるメンバーとは言い難い。となれば他の選出メンバーには悪いと思うが、何らかの形でリタイアしてもらうほかないだろうと考えるのであった。