魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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苦労性の未来予想図

 第二回の若手会議に関する招待状は、一部を除いて4月21日に師族二十八家の関係者に一斉送付された。とはいえ、今度は先日欠席した護人の二家の関係者まで出てくる。かの英雄を輩出した二家の当主―――それも、三矢家現当主の息子たちということで、今度の会議は三矢家が主導するのではないかという憶測が飛び交うことは予想された。

 三矢家現当主・三矢元は師族会議の場で二人を血の繋がった息子として扱いつつも一線を引いた上で振舞っており、それは他の現十師族当主が目の当たりにしている。そして、新たに十師族として加わる様な形となった護人の現当主達も元に対して場を弁えた振る舞いをしている。

 それが他の師族に伝わらない筈など無いが……臨時師族会議の後、魔法協会内の応接室に足を運んだ悠元は、先に待っていた人物に頭を下げた。

 

「お待たせしました、九島閣下」

「いや、君が忙しいことは理解しているからな。寧ろ、こんな老輩を頼ってくれたこともそうだが、多方面で迷惑を掛けた君に“閣下”と呼ばれるのは何だかむず痒い気分だよ」

 

 そこにいたのは九島烈その人。悠元は今度の会議を開くにあたり、十師族の各当主だけでなく目の前にいる人物にも協力を願うつもりだった。その最大の理由は、彼が未だに日本魔法界や国防軍への強い影響力を有していることとシンパの存在であった。

 

「神楽坂家と九島家の因縁はともかくとして、私個人として九島閣下に含むところはございません。今回閣下をお呼びしたのは、来週末に箱根で開催する若手会議のオブザーバーとしてご出席願いたいと考えている次第です」

 

 それに、悠元と烈の因縁は光宣の治療とリーナやセリアの教師役という対価を以て一区切りついている。パラサイト関連は既に烈の手元を離れた案件であるし、九島家の“格落ち”は烈が希望して実施されたもの。この後の九島家の没落は既に悠元の目の前にいる御仁自身が強く感じているであろう。

 

「ほう……その狙いは聞かせていただけるのかな?」

「勿論です」

 

 そもそも、この世界で四葉の次期当主として選ばれた達也の存在が軽視されているのは、彼の功績が師族会議の当主クラスに留め置かれている話が多いためだ。とりわけその最たるものは戦略級魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]による大亜連合軍の軍港消滅―――[灼熱と極光のハロウィン]の当事者。加えて、悠元も神楽坂家当主とはなったが、中世・近代ならばいざ知らず今の時世において十代の当主という前例は殆ど存在しない。

 つまるところ、真っ当な社会人として溶け込んでいる師族会議の若手世代からすれば、悠元や達也と言った存在は“異質”でしかないわけだ。

 

「閣下や師族会議の現当主、もしくは次期当主の地位にいれば自分や達也の功績や素性はある程度明るみになっております。ですが、先日の会議に出た若手世代では信用できない部分も多々出てくることでしょう」

「それは確かにな。私も自分の子や孫に話はしているが、とりわけ君の祖父の存在はどうにも異質だと受け取る者が多くてな」

「アレは例外中の例外です」

「そうだな。あれは魔法師としても、武闘家としても異質でしかない」

 

 [トリックスター]の名で馳せた烈ですらも常識外と言わしめた剛三の存在。彼の成したことを鑑みれば“21世紀史上最強最悪の魔法師”という称号を送られることは避けられない。それに匹敵するのが悠元や達也だが、世界各地において膨大な数の弟子を持つ剣術家・武闘家のカテゴリでいえば剛三に敵わない。

 元々かの魔王(ルーデル)に引けを取らないとまで言われたほどの功績を叩き出した挙句、その功績が現在進行形で積み上がっているのが一番性質が悪い話かもしれない。

 

「なので、閣下には会議の口出しこそ控えて頂きますが、必要ならばオブザーバーとして達也の信憑性を説き伏せて頂きたいのです」

「成程……分かった、引き受けよう。私も真夜や深夜の教師として彼女たちの未来を守らなければならなかった身であるからな」

 

 若かりし頃の四葉家関係者(主に真夜や深夜)を知るからこそ、烈の言葉はより信用性を増す。烈自身も二人に魔法を教えた身として、弟子の未来を悲観させないものにするべきだったという後悔が少なからず存在していた。光宣の未来という一番の問題が解消されたからこそ、烈は悠元の要請を承諾した。

 

「尤も、私のような大罪人にどこまでの信憑性を持たせられるかは不明だがね。そういえば、光宣は第一高校に転入したのだったか。さぞや大変だったのではないか?」

「自分はそこまでではありませんよ。光宣自身は大変そうでしたけど」

 

 何せ、深雪のように周りの女性の視線を惹き付けるだけの容姿を持っているのだ。転入初日、休み時間は早速多くの女子生徒に取り囲まれて大変な目に遭っていた。曰く『病弱だったころはそこまで気にしていませんでしたが、健康になったらなったで大変ですね。精神的に参ってしまいそうです』とのこと。

 一方、婚約者である理璃が拗ねてそれを水波や香澄、泉美までが諫めるという事態になっていた。嫉妬で[ファランクス]を暴発させない辺りは流石と言えるかもしれないが、この辺は光宣と理璃の問題なので口を出す気はない。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて地獄に墜ちるのが相場だから。

 

「魔法師として十全に動ける嬉しさの反面、病弱だった時に噴出しなかった問題が一気に噴き出した形ですから。光宣なら大丈夫だと思っていますが、偶に話ぐらいは聞いてやろうと思います」

「……ありがとう、悠元君。光宣が道を踏み外さなかったのは君のお陰だろう」

「大したことはしていませんよ」

 

 原作においてキーパーソンとなる光宣と水波。この二人との関わりで今後の原作知識が通用しなくなったのは確かだが、別の形で影響を及ぼすのは確かだろう。その証拠に足り得るかは不明だが、ディオーネー計画が水面下で進行しているのは確かであった。

 

「何にせよ、今度の会議は宜しくお願いします」

「確かに承った。正直、本家に居ても居場所が殆どなかったからね」

 

 今まで九島家の仕事を担ってきた功労者に対しての扱いでいえば“妥当ではない”だろうが、もうじき90歳の高齢となれば酷使させる側にも罪悪感が伴ってくる。リーナとセリアへ九島の魔法を教えることについて躊躇わなかったのは、実の弟に対しての罪滅ぼしも含まれているのかもしれない。

 悠元は会談を終え、深く頭を下げた上で立ち上がり、その場を後にした。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 平日はFLTツインタワーマンションで、週末は司波家で過ごすというルーティンになってから幾分か余裕は出来ていた。その理由は単純なもので、安全面の確保という点に加えて婚約者や愛人とのスケジュール調整という意味で、あちこちに忍んで出掛ける必要が無くなったからである。

 その反面、一部の婚約者からこれまで以上に甘えられて熱い夜が加速している事実もあるが、それでも自堕落な生活を送る気など悠元にはない。寧ろ、人に注目される立場になったからこそ気を引き締めなければならない。

 そう思いながら司波家に帰ってくると、玄関で待ち構えていたように出迎えたのは笑みを浮かべた深雪だった。その後ろにいる水波が苦笑しているのを見ると、悠元が帰ってくることを察知して待ち構えていたのだと解釈するにそう時間は掛からなかった。

 

「おかえりなさいませ、悠元さん」

「ああ、ただいま深雪。水波もご苦労様」

「いえ、お気遣いなく」

 

 帰ってきたのが丁度昼前だったので、昼食の用意が丁度できた所。リビングには既に座っている達也の姿があった。

 

「おかえり、悠元。お偉いさんとの話は済んだか?」

「まあね。まずは冷めないうちに昼食にしようか」

 

 何時もなら発言も遠慮しない性分の達也が敢えて仄めかす様な言葉を使ったことに内心で感謝しつつ、まずは既に準備された昼食を頂くこととした。食後、後片付けを深雪と水波に任せたところで、達也は近くの棚の上に置いていた封筒をテーブルの上に置いた。

 それは悠元が直筆で書いた会議の招待状であった。

 

「内容は既に読んだが、まさか母上まで関与しているとは驚きだった。今度のこの会議だが、お前の狙いは何処にある?」

「端的に言えば、師族二十八家の“責任感”と“義務の履行”。この所在をハッキリさせることにある」

 

 先日の若手会議の場合だと、提唱人・十文字克人で発起人・七草智一であるわけだが、この会議の正当性を保証できる人間が皆無であった。何故かと言われると、会議の体裁を整えたのは主に克人だが、会議中で発言にブレがみられたことは元治や達也を始めとした近親者や知己に確認している。

 克人が十文字家当主となったことで思考のスタンスが現実寄りになってしまったことも影響しているだろうが、変に意固地になったのはアリサの一件も大きく影響していると思われる。何せ、自分の父親の不祥事を息子の克人自身が尻拭いするようなもので、一家の当主としてテロ対策の次に来た仕事が身内の恥だとやる気も失せると思う。

 

「先日の会議は出席した兄や愛梨、燈也からも聞いているが、非魔法師に対するアピールに終始し過ぎて魔法資質保有者という本来守るべきはずの同胞を見捨てるような動きにも見えてしまった。その意味で達也の指摘は的を射ていると思った」

「結果的に俺が場の空気を悪くしたことは事実だがな」

「七草智一が深雪の名を口にした時点で、四葉家がどういうスタンスを取るのかなんて“過去の事例”から分かるだろうに。ましてや、その最たる人物が現当主なら猶更だろう」

 

 四葉家を襲った悲劇と大漢への復讐劇。それは日本魔法界―――とりわけ十師族にいる人間ならば知らない筈は無いとも言われるもの。辛うじてあと一歩のところで四葉家を引き戻せたからよかったものの、七草家には人の心がないのかと疑ってしまうほどだった。

 

「過ぎたことに“if(もしも)”は無いが、俺や元継兄さんが会議に出ていたら周りの非難も承知の上で七草智一を糾弾していたのは間違いない。ましてや深雪は俺の婚約者だ。アバター化したアイドルでもリスクが高いというのに、実際にアイドルとして活動させることへのデメリットを鑑みれば、大切な人間を神輿に担がせるのは許容できない」

 

 アイドル絡みはレオの婚約者の一人である宇佐美夕姫の一件で実感していた。彼女の場合はアバターを介してのアイドル活動だったにもかかわらず人身売買絡みでマフィアに狙われたのだ。それが実際に顔を出しての活動となると、要らぬところから妬みややっかみを抱かれることになる。それが深雪ならば尚更であった。

 なので、今度の会議で反魔法主義に対する具体的な方策について考えさせるつもりなどない。大体、大半が声の大きさに釣られて責任を放棄するような真似を犯したのだ。そんな無責任な態度しか取れないのならば、師族二十八家に連なってもらう意味など無くなる。

 

「まあ、今度の会議は俺や兄さんも出るから、無理に達也が矢面に立つ必要は無いと思ってくれていい。大体、反魔法主義に対する方策を今まで考えてこなかったのかと苦言を呈したい気分だ。まるで“別の方向に力を割いていた”としか思えん」

「悠元……」

 

 魔法使いの家に生まれるという意味を知らないわけではない。魔法使いに限らず、古今東西の力を持つ家の宿命というものがどうしても付き纏うのは、人間の競争原理と欲目の結果から来るもの。その結果として起こり得た事象は歴史に刻まれている。

 誰とてそれを教訓にしようとした。だが、要らぬ欲目を抱いた結果として悲惨な現実を突きつけられる。とある創作物の黒幕に相当するであろう人物が述べていた『自ら育てた闇に食われて人は滅ぶ』とは正にこのことだろう。

 

 核兵器を自在に操ろうとした欲目の結果、世界の表舞台に魔法という未知の存在が技術として名を連ねた。無論、非魔法師が魔法師を怖がる理由も分からなくはない。だが、魔法師を完全に追放した先に待つのは封を解き放たれた核兵器による終末戦争(アルマゲドン)の可能性。

 エドワード・クラークのディオーネー計画は、この世界の終末までの時間を早める自殺行為でしかない。喫緊の未来を安寧に導けたとしても、数世代先の未来を何も見通していない。更に言えば、魔法師が完全に出て行って荒廃した地球を帰還した魔法師による支配が待ち受けるケースだって無きにしも非ずだ。

 創作物の宿命と言えばそれまでかも知れないが、そんな世界など御免被る。ましてやこの世界に生まれ変わった以上はそんな世界など金輪際望まない。魔法の有無に拘わらず、この世界に住む人類が望むのは平和な未来のはずだ。

 

「俺自身が今まで歩んできた人生だって順風満帆なんて言えない。でも、誰かがやらなければ何も変わらない。だからこそ、俺は師族会議議長の座を引き受けた。達也が自らの夢の為に―――『人』であり続けるために計画を進めるのならば、俺はその背中を押してやるだけだ。尤も、隣で歩いている部分があるのは否定しないが」

「……今更ながら、十代で抱えるような話ではないな」

「それは否定できん」

 

 能力があるからこその義務。それが生じるのは無理からぬことだと理解するが、名誉や誇りの為だけに働くなど真っ平御免だ。それが自分の安寧に繋がるのならば躊躇うことなどしないが、そうでないならば誰かの為だけに人身御供などしたくない。

 

「自分で考え、出来ることを実行する。それが出来るだけの実質的な権力を有しながらも、技術の漏洩を恐れて何もしていない。そんな存在など、ただ踏ん反り返って偉ぶるだけの王と何が違うのか、と言ってやりたい」

「数多の技術を編み出した側の悠元が言うと重いな」

「それを達也(おまえ)が言うか」

 

 これまで社会の根本的な構造に罅を入れるような技術提供は避けてきたが、[恒星炉]を世の中に出していくとなれば多少の漏洩も出てくる可能性がある。その為の技術開発や場所の確保も進めているが、問題はこれが表面化した後の諸外国の動きだろう。

 原作ではUSNAと新ソ連が動いていたが、ここに欧州も一枚噛んでくることが予想される。とりわけイギリスが苦汁を味わったとはいえ[十三使徒]ウィリアム・マクロードがエドワード・クラークとの関係を断ち切っていない以上、何かしらのアクションを起こす可能性は高い。

 

「ともかく、来週末の会議だが四葉家はどうする?」

「そうだな……留守番にするとお前の苦労が重くなりそうだから、同行はさせる。ただ、会議には俺一人で出る」

「それがいいと思う」

 

 会議中に下手な事を言って、深雪が魔法で会議室を凍結させかねない事態は避けた方がいいだろうという達也の思惑を読み取りつつ、出席の意向を聞いた悠元は軽く頷く。流石に前回の会議があのような形で終わったため、それを蒸し返す輩が出てこないとも限らない。

 そんな度胸があるのならば一度はお目に掛かりたいものだが。

 




 前半は九島烈への会議出席要請、後半は司波家でのやり取りの巻。少しディオーネー計画についても触れています。そろそろ孤立編にも入っていきますので原作小説を読み返していますが、色々問題点が多い杜撰な計画としか思えないんですよね。その辺の問題点の列挙は本格的に突入したら入れていきます。

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