魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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若手会議①

 第二回の若手会議は第一回と異なり、護人二家および師族二十八家の30の家の若手クラスが代表者として参加する。更に、今回は会議にこそ参加はさせないが、師族二十八家の当主全員にも招待状を出した。理由は様々だが、一番の理由は先日会談した九島烈の口から師族二十八家に対して明確な“魔法界からの引退宣言”を執り行ってもらうためだ。

 原作では師族会議での十師族離脱から距離を置いてしまい、肝心の部分に関するフォローを怠った上で亡くなってしまった。結局のところ、十師族ひいては師族会議そのものの存在意義まで疑わざるを得ない状況に陥った。そもそもの話、師族会議議長を務めていた80歳代まで駆り出されるとはさしもの烈本人ですら想定していなかっただろう。

 

 今回は土曜日の夜に懇親会を行い、日曜日が会議本番という段取りを組んでいる。新ソ連の動向もあって一条家当主・一条剛毅は欠席するが、代理を出すという返事を受け取っているので、これに関してはベゾブラゾフの動向を鑑みれば止むを得ないだろう。

 

「会議というか、現状における日本魔法界の問題をきちんと認識できているか、ということに尽きる。具体性を話すためのものではなく、これから長くとも数十年は付き合うことになるかもしれない相手との交流がメインだ」

 

 4月28日、土曜日。学校の授業が終わり、各々の組織に引き継ぎをお願いした上で司波家にいったん戻り、私服姿にスーツケースを持参した上で東京駅から旅客鉄道で一路箱根に向かう。悠元が神楽坂家当主ということもあって一番上のグレードに乗ることとなり、これには達也が居心地悪そうにしていた。

 達也とて四葉の悪名を理解できていない訳でもないし、ましてや現当主の真夜が自分の実母であり、更に四葉の次期当主となった以上はこういった待遇も配慮の一環だと理解はしている。だが、理解と納得は別の感情であるために、達也がどうにも言えないことが生じていた。

 これには深雪が笑みを零していたのは言うまでもない。

 

「とりわけ達也は四葉の次期当主を同年代の直系子女から推されている身。いつまでも逃げるわけにはいかないだろうからな」

「分かってはいる。正直、そうやって振舞えるお前には敵わんな」

「あー、俺の場合は“通算の経験”が多いからな」

 

 悠元が述べた言葉に“前世の経験”が含まれているのを達也と深雪は事情を知るが故に納得し、一方水波は首を傾げていた。その内水波にも事情は話すことになるが、それを聞いて水波が引き換えに『私を悠元様の所有物にしてください』と言われても困る。何分()()が存在している以上、タイミングは慎重に選ぶつもりでいた。

 

「魔法師の海外渡航に関する慣例はあるにせよ、俺は例外的に渡航することを認められている。実力面の保障をされているのはありがたいと思うが、大体爺さんのせいで片が付くのがどうにも……その爺さんは今祖母さんと二人で夫婦水入らずの海外旅行に行ったが」

「この時期にですか?」

「ま、生死の心配はしていないんだが。目的は外国の友人の墓参りと言っていた」

 

 剛三はもとより、奏姫の実力は千姫曰く『彼女が上泉家に嫁がなければ、当主の座は姉が継いでいた』と言わしめるほどらしい。天神魔法はもとより、天刃霊装を修得している様な様子も見られていたとのこと。でなければ、あの[夢想天成(むそうてんせい)]の構築式が説明できなくなるという矛盾が発生してしまうだろう。

 初めに南アメリカ連邦共和国へ向かい、大統領と面会した後にハンス=ウルリッヒ・ルーデルの墓へ出向くらしい。何でも、剛三の祖父が第二次大戦中にルーデルと知り合った(武者修行中に旧ソ連からの脱出を共にし、当時のドイツの総統とも会話したらしい)ことから埋葬された場所も知っているのだそうだ。その後、アフリカと欧州を経由してUSNAに行き、日本に戻ってくる予定だと元継から聞いた。

 

「今の気持ちとしては、反魔法主義者をお星さまにしてしまう爺さんに喧嘩を売るような愚か者がいないことを祈りたい。俺との旅行でも、全世界換算で約20万の人員やら数多の軍事兵器が吹き飛んだからな」

 

 剛三が大漢への復讐で打ち立てた膨大な損害に比べればまだマシという感覚がおかしいのは否定しないが、それでも近年のご時世で万単位の損害は決して少なくない。それだけのことをしてるからこそ恨みも買っているわけだが、それを補って余りある信頼を得ているのは彼の人徳所以だと思う。

 

「その片棒を若くして担いでいるお前も大概だと思うが」

「否定はしない」

 

 アラブ同盟の国内では反体制派に誘拐されかけたので、ボコしたら国家元首から勲章を贈られ、本来なら王族にしか許されない待遇で扱うことを約束された。インド・ペルシア連邦を訪れた時は反魔法主義のテロに遭遇して、犯人や背後にいた組織まで芋蔓式に検挙(正確には魔法で物理的に警察や軍の前に飛ばした)。

 この辺を自分がやったのは、剛三がニューヨークで反魔法主義者をお星さまにしてしまったのが原因でもあったりする。被疑者が“大気圏外に出て行って行方不明”という実質死亡の証明を治安維持機関の関係者が出来なくなるのはマズいと判断してのものだ。

 

 この辺の経験を父親の元に話したら、『それは[クリムゾン・プリンス]すら超えてしまう所業ではないか……話せる訳がないな』と頭を抱えていた。そのお詫びにプレゼントしたグラスは、一昨年の臨時師族会議の呼び出しの際に粉砕されてしまったので、その代わりとなるものを調達して改めてプレゼントしている。

 

「ま、今日はこないだのように喧嘩腰になる必要もないと思う。互いの親睦を深める目的で喧嘩腰になるような輩はいないと思うが」

 

 そう思いたいわけだが、思えない理由もある。つかさの一件の後に改めて若手会議の詳細を調べたところ、テロ事件のことで七草家と九島家が揉めたそうだ。理由は顧傑の拘束に関する詳細の情報を九島家は受けていない、という九島家長男の問いかけによるもの。

 そもそもの話、顧傑と周公瑾が師弟関係にあることは昨春の時点で当主クラスに開示されており、九島家の現当主が失態を犯したことで周公瑾が死ぬ羽目となり、顧傑が日本に出張るという原因にも繋がっている。その原因を作った両者が言い争った時点で『責任のなすりつけ』としか思えなくなった。

 得意げに話す智一の振る舞いも問題だが、諍いを率先して咎めなかった克人にも問題があると思う……将来の姉婿に対してあまり苛めるのもよくはないだろうが、これも十師族当主としての“通過儀礼”だと思ってほしい所だ。

 

 旅客列車で箱根に到着した一行はリムジンによる送迎を受ける。しかも、その場に運転手として赴いたのは支倉佐武郎であった。彼は先日の沖縄での一件で忠誠心をテストされ、千姫から悠元の専属執事として働くことが決まった。

 今回の出迎えもその一環のようだ。

 

「お疲れ様です、若様。論文コンペのパーティー以来になりますが、司波達也様それに深雪様。この度運転手を務めます支倉と申します」

「ご苦労様です、支倉さん。では荷物をお願いします」

「畏まりました」

 

 周公瑾の肉体を得たことで若返った形となり、力仕事も楽々こなせるようになった。ちなみに、千姫から頻りに縁談を勧められているため、同じ立場の使用人からは同情されることが多いらしい。

 リムジンの後部座席に水波と悠元、達也と深雪が向かい合う様な形で座った。悠元の隣に座りたそうな深雪の要望を勘案してのもので、水波の気持ちを深雪が汲んだ結果としてそんな席順になった。

 そうして車を走らせること10分、目的地である高級リゾートに到着。見た目は古き良き和風をベースとしながらも洋風の要素も取り入れた和洋折衷の趣をしている。ここの宿泊料金で一番下のクラスでも一泊5万円を下らないというのにリピーターも絶えないところを見ると、政財界も配慮せねばならない家の凄さを改めて感じる。

 荷物は魔法に関する教育を受けた従業員が受け持ち、そのまま客室に運んでくれる手筈となった。チェックインを済ませて客室に向かおうとしたところで、悠元を呼ぶ声が聞こえた。

 

「あ、悠元兄様!」

「え? って、茜ちゃん!?」

 

 そこにいたのは、私服姿だが紛れもなく一条家長女・一条茜であった。茜は悠元の姿を見て駆け寄り、抱き着いてきた。彼女が一人でいるとは考えづらいと思ったので、その視線の先に将輝がいたことで大体の事情を察した。

 なお、茜が抱き着いたことで深雪の笑顔に凄味が増していることにも当然気付いている。

 

「気持ちは受け取るけど離れてくれ。これだと話が出来ないからな」

「あっ……ご、ごめんなさい。2ヶ月ぶりだから嬉しくて、兄様の匂いを満喫していました」

「……俺、そんなにいい匂いがするのか?」

 

 逆に汗臭いのでは、と思って嗅いで見るも、特にそう言ったものは感じなかった。一方、茜の発言を聞いた深雪が『すごく分かるわ』と言いたげな表情を見せたことに、達也が何とも言えないような表情を垣間見せていた。

 そんな状況を知ってか知らずか、将輝が近付いてきた。とは言っても茜がいる手前で深雪に真っ先に話しかける訳には行かず、茜を注意するような口ぶりを見せる。

 

「茜、いきなり走り出すな。今回は親父の代理で来てるんだからな……すまない、神楽坂。うちの妹が迷惑を掛けた」

「気にするな。久しぶりだな、一条。会議で顔を合わせているが、お前の親父さんが全快して何よりだ」

「あ、ああ……えと、久しぶりですね、司波さん」

「はい。お久しぶりです」

 

 悠元に対しては立場故に、深雪に対しては恋慕ゆえに。その様子を見た達也と茜が『何やっているんだか……』と心なしか将輝に対する気持ちでシンクロし、水波は苦笑を滲ませていた。それに気付いたのは茜の方で、達也に小声で話しかけた。

 

「あの、司波さん。うちの兄が本当に申し訳ありません」

「名字だと深雪と被るから達也で構わない。一条の様子は気付いているが、正直深雪を振り向かせるには“遅い”のだと気付いてほしくはある」

「……あー、成程。何分女心を理解できない馬鹿兄ですから」

 

 司波達也と一条茜。本来ならあまり交わることのなかった二人が将輝という悩みごとを通して仲良くなるという有様に、双方共に苦笑してしまった。それに、今後は悠元を介する形で顔を合わせることになる為、茜としても彼の妻となる人物の兄とは仲良くしたいという思いがあった。

 

「今後は悠元兄様の妻となる身ですので、達也さんとは良き友人関係を築きたいと思っています」

「そうか……お互いに苦労する身として、頑張ろう」

「そうですね」

 

 苦労する方向性が若干違うのは否めないが、それでも将輝という存在を通して苦労するという共通点で互いに友人関係を築くというのは、変わっていると言われても否定は出来ない事実であった。

 言うまでもないが、将輝たちと別れた後、深雪はずっと悠元の腕にしがみ付くような感じで腕を絡ませていたのだった。

 

 すると、悠元はその様子を見て声を掛けようか戸惑っている少年に気付いて、こちらから声を掛けた。

 

「七宝」

「あ、神楽坂先輩に司波先輩たちも」

 

 見るからに琢磨は一人であった。話を聞くと、父親の七宝拓巳はこの後来るという連絡を受けており、どう時間を潰そうかと悩んでいたところであった。

 昨年の諍いについて達也は『今更だな』という感じで琢磨の暴言をスルーしていた。何せ、行きつく先に自身が殺されるか隔離されるかを味わっているし、特異魔法である[分解]と[再成]が明かせない以上は深雪に劣ってしまうのも事実であった。

 なので、達也としては敵意や悪意を感じる相手ではなく、寧ろ小和村真紀の件もあって同情を送りたい相手へと変化していた。尚、琢磨はその様子に全く気付いておらず、時折メディア関連で真紀から相談される際、『押し倒して既成事実を作りたい』という感情が文面から滲み出ていた(アドレスは神坂グループの仕事用のものを使っている)。

 七草家のことが無ければ真っ当な実力を出せるし、次の七宝家当主としても頑張って欲しい所だ。父親が『厳しく扱いて、十師族の一角を担えるだけの大人に仕上げます』と公言しているだけに、命が繋がってほしいと切実に思う。

 すると、更に姿を見せたのは香澄と泉美、真由美の三人であった。

 

「あ、七宝もここにいたんだ」

「悪かったな。何分知り合いがいないんだから」

「いや、別に喧嘩を売る気はないんだけど」

 

 昨春の一件があっただけでなく、三姉妹のうち真由美と泉美は既に別の家の養女となっている為、未だ七草の名字を名乗っている香澄としては肩身が狭い思いをしていた。そんな気苦労を知ったため、琢磨も以前のように突っかかることは無くなっていた。

 

「直接会うのはテロ事件以来ですか。お久しぶりです、真由美さん」

「そうね……別に呼び捨てでもいいのに」

「誰かが聞いて調子に乗らないとも限りませんので」

 

 悠元の述べた“誰か”に心当たりがあったのか、真由美は盛大に溜息を漏らした。ここには琢磨を除けば真由美が本性を漏らしても問題ない面子しかいないわけだが、これには深雪も苦笑を滲ませていた。

 

「ごめんなさい、達也君に深雪さん。既に家を出た身とはいえ、家の血縁上の兄が余計なことを言ってしまって」

「お気になさらず。そもそも会議の雰囲気を壊した自分にも責がある問題ですので」

「ううん、あの場は達也君が強く言ったとしても許されたと思うわ。深雪さんだけに魔法界の未来を背負わせるような行為を口にした方が愚かよ」

 

 家を出てからというものの、元実家に対する悪口を容赦なく言い放つという点で真由美が救われたのかもしれない……と、泉美は思いつつも深雪がしがみ付いている方とは反対側の腕にしがみついた。

 

「あー、兄様の匂い……」

「俺はアレか? 香木の一種だと思われてるのか?」

「香りだけでなくご利益もありそうよね、悠君の場合は」

「……」

 

 なお、ご利益と災難が同時に降り掛かってくるという等価交換をこれまで味わっているだけに、正直褒められている気がしないと悠元は率直にそう感じたのであった。

 




今回は軽い導入編みたいなものです。会議がどのような進行を見せるかは私にも分かりません(ぇ

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