魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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若手会議②

 人が集まれば自ずと会話に花が咲くのは止むからぬこと。悠元がようやく解放されたところに姿を見せたのは、一色家の代表として来ていた愛梨であった。傍にはゲッソリとした表情の沓子と涼し気な表情を見せる栞の姿があった。

 

「悠元さん、大人気のご様子ですね」

「人気所以なら別にいいんだが……で、沓子は何故に疲れ切っているんだ?」

「ああ、栞が弄り倒しただけのことです」

「それなら俺が関与できる話じゃないな」

 

 大方、沓子の更に成長した胸部を妬んで弄り倒したという予想がついたため、悠元はその話題に触れることを避けた。その上で、愛梨も話題を変えるように声を発した。

 

「そういえば、先程一条の兄妹とお会いしました……あの色惚けはどうにかならないのでしょうか?」

「俺にそれが出来たら、今頃世界を掌握出来ている」

 

 一色家は一条家現当主の妻である美登里が一色家の傍系の為、将輝と愛梨は遠い親戚関係でもある。その愛梨が将輝をそう酷評したことに、その対象である深雪ですら苦笑を零していた。

 

「悠元が言うと洒落にすらならないのじゃが」

「言ってみただけで、やる気などないけどな。余計な妬みなんて買いたくもない」

 

 正直、将輝の気持ちを汲んだ上で東京まで出張ってこさせたというのに、肝心の本人が諦めていない始末。最後の手段として本気で心を折ることも辞さないつもりだが、本来は一条家当主がしっかりと説教すれば早い話で済むだろう。

 

「……相変わらず、名誉とか栄光に見向きもしないんだね」

「腹の足しにならんものなんて、生きていくだけなら無用の長物だ。尤も、その栄光に縛られてる奴が多すぎる」

 

 その辺のプライドに関する部分が暴発しそうな兆候といえば、今年の九校戦に関する噂だろう。そもそも、一昨年は[無頭竜]の介入を許し、昨年は九島家の圧力を受けた。この辺を鑑みれば、一度ゼロベースで九校戦の組織委員会を見直すべきだと思う。

 

「何かあると?」

「最近ネット界隈でよく見る九校戦に関する噂だ。委員会の運営体制もそうだが、世界情勢を鑑みれば今年は中止になることも考えられるだろう」

 

 九校戦の運営委員会は、主に日本魔法協会と国防軍、そして魔法科高校の経営母体である国立魔法大学の三者によってメンバーが選定される。当然、三者三様の思惑によって成り立っている為、利害関係を洗い出すだけでも複雑怪奇なのは避けられない。

 しかも、ここ最近の不祥事を解決したのは主に四葉家と神楽坂家の関係者。普通ならば、二つの家に詫びどころか焼き土下座しなければならないレベルの問題だというのに、原作の彼らは達也のみならず四葉家に喧嘩を売った。その時点で愚かの極みだろう。

 

「ここで問題があるとすれば、不満の槍玉に挙げられる可能性が最も高くなるのは達也という点だな」

「お兄様が……別に選手として活躍したわけでもありませんのに」

「そこなんだよな。確かにエンジニアは選手と違って複数の種目に関与出来るが、選手以上にハードだということが理解できていない奴が多すぎる」

 

 技術スタッフにおける“不敗神話”は確かに達也のお膳立ての部分が大きいが、与えられた魔法と戦術をしっかり実行して実績を出したのは選手の実力によるもの。大体、技術スタッフを経験していない人間が実績を妬む気持ちは理解できなくもないが、その悔しさを相手への誹謗中傷に注いでいる時点で程度が知れてしまう。

 

 一応[インデックス]に登録されている[アクティブ・エアー・マイン]についてはかなり細工を施している。更に、開発者名については『提供元:トーラス・シルバー』と表記している。

 今年の正月、達也が四葉の関係者ということを公表したため、国立魔法大学側が『仮登録のままでは体裁が悪い』という泣き落としに近い有様だった。達也はその話を受ける前に悠元へ相談し、神楽坂家当主の初めての仕事として魔法大学側との折衝に臨んだ。

 

『体裁が悪い? そんなのはあんたがたの都合に過ぎない。第一、軍事転用が可能な魔法を掲載する以上、アンタたちにも相応の責任を負っていただく。それが体裁を整えるということだろうと思うが、如何か?』

 

 優遇しろ、とは一切口にしない。だが、正式登録されることによってこの魔法が悪用された際の説明責任を国立魔法大学が全面的に負うべき、と明言した。その折衝が何回か続き、結局[トーラス・シルバー]の名を提供元として使うことで決着した。

 

 ここで問題となるのはトーラス・シルバーの正体が明るみになるリスクだが、達也の戸籍上の父親はFLTの重役だし、達也も彼の息子としてFLTに出向くことが多い。達也が良く通うCAD開発第三課は、“社内の島流し”という部署の特性もあって達也の秘密を外に漏らさないように隠してくれている。

 [トライデント]に関するFLTのテスター契約も書面として残している為、達也はFLTで働く父親の息子という肩書だけでなく、[トーラス・シルバー]プロジェクトチームから委託されたテスターとして働いている魔法師の側面も併せ持っている。研究者としての側面は一切オンライン上に存在しない扱いだ。

 四葉の悪名を利用するのはあまり宜しくないが、トーラス・シルバーを詮索しようとしたら神楽坂家にまで喧嘩を売る行為であると魔法大学側も理解したようであり、こちらの要求を全て吞んだ。

 

 閑話休題。

 

「万が一、九校戦が中止になって達也に対する個人攻撃をするような輩がいた場合、部活連会頭としても師族会議議長としても看過する気はない。文句が言いたければ相手になってやるが、感情的な理由だけで相手を攻撃するというのならば一切妥協しない。そんな気持ちで魔法師なんて目指してほしくないからな」

「容赦ないですね、悠元兄様」

「一時の不満も律することが出来ない奴が魔法師としてやっていける訳がない」

 

 不満のはけ口を分かりやすい原因にぶつける、というのは古今問わずに起こり得るもの。魔法一つで原因になるというのならば、それこそ大本の原因を作った旧合衆国を引き継いだUSNAに責任の所在がある、という飛躍した論理になりかねない。

 そんな論理を表に出されないために、原作のUSNA連邦政府はエドワード・クラークの提唱した[ディオーネー計画]を黙認した可能性が極めて高いのだろう。

 

「俺だって全て律せているという訳じゃない。それでも、一般常識や法理を逸脱しない程度に弁えてはいるつもりだ。それでも、必要以上に煽り立てて話を大きくする輩が一定数居るのは問題だが……内にも外にも」

「悠元……」

 

 自分より力が無いからと言って、強弁を揮ったりしないことは誰しもが理解している。それは部活連会頭よりも以前の生徒会役員の時も同様だった。学外のことについても、自分を害するような輩が出ない限りは基本放置していた部分があるのは否定しない。

 メディアに対する抑止を行ったのは、将来的に増長するであろう連中に釘を刺しておく意味合いも含んでいた。魔法師が集まって国が出来るのならば、核抑止の為に存在する魔法協会が槍玉に挙げられる案件だ。

 

「ともかく、九校戦が中止になった際の対応は話し合うべきだろうが、裏方仕事を好き好んでやりたがるもの好きがいればの話だ。言い方は悪いが、そんな気質を持つ奴が少なすぎる」

 

 優れた魔法師ほど容姿も優れるという事象は、時として容姿にプライドを有することで地味な仕事を引き受けたがらなくなる。達也も真っ当に見れば優れた容姿だが、深雪という比較対象がいるが故に“地味”と自己評価しても別段おかしくはない。悠元の場合、容姿云々よりも自己に対する生存意欲を優先した結果として裏方の仕事を引き受けていることが多いため、容姿に関しては深く考えることは無かった。

 

 そんなに目立ちたいのならば芸能界なりエンターテイメント分野で活躍できるように努力すればいいだけなのに、魔法という存在に甘えて自己を磨くという意欲が些か希薄に見える。十師族や師補十八家の人間が努力していないとは言えないが、それこそ“死に物狂い”といえるような努力なんて殆どの人間がしていないだろう。

 

「達也さんが槍玉に挙げられるのなら、それこそ一条や吉祥寺、それに私も非難されそうな気はいたしますが」

「普通はな」

 

 原作の達也が非難される原因に至ったのはアフリカの一件で[アクティブ・エアー・マイン]が使用されたことによるものだが、これも正直疑問が尽きない。大亜連合が戦略級魔法[霹靂塔]を使用したことに対する報復行動だとしても、報復が行われた場所は同じアフリカではなく中央アジアにある大亜連合軍基地に対してのもの。仮に無人兵器の支援を行っていたフランスの手引きだとしても、それだったら旧EU諸国間で共有されている戦略級魔法[オゾンサークル]を使用すれば済む話だ。

 更に付け加えれば、同じ旧EUであってもイギリスとフランスは決して仲が良い状態を保ってきたわけではない。イギリスの面子を潰す意味で[オゾンサークル]を使用する理由はあっても、日本で開発された[アクティブ・エアー・マイン]を態々選ぶ理由がない。この時点で、フランスが[アクティブ・エアー・マイン]を提供した黒幕ではないと判断できる。

 

 昨今の情勢で各国が緊張している中、一介のテロ組織に近い武装勢力がたった一日のタイムラグで約7000キロメートル前後も離れた大亜連合軍の基地襲撃を成功させたという神風に近い所業を武装勢力単独で成し得たとは到底考えにくい。どう考えても極超音速ジェット機といった最新鋭の飛行機を有している国が密かに援助したとみるのが妥当だ。

 そのクラスの飛行機を有している国となると専ら先進国あるいは大国が対象となり、可能性が最も高いのはイギリスもしくはUSNAが該当する。日本もそのクラスの旅客機を有しているが、いくら水面下で大亜連合と敵対している状態だとしても一介の武装組織にリスクを負う必要がない。

 

 一番可能性が高いのは、エドワード・クラークが[アクティブ・エアー・マイン]の起動式を[フリズスキャルヴ]で入手し、そのデータをウィリアム・マクロードに流した挙句、西EUの繋がりでフランスに提供したとみるのが一番現実性の高いものとなる。その可能性が潰えていないからこそ、悠元は開発者名に達也ではなくトーラス・シルバーの名を用いるよう交渉した。

 

「魔法に携わるということは、全て順風満帆に行くわけじゃない。寧ろ逆風に耐えながら乗り越えていかなきゃいけない。それが独力で分かっていれば楽観視など出来ない筈だが……まあ、そんな心情もあって一高の二科生組を鍛えているから、次の学期末では確実に波乱が起きるな」

「鬼じゃな。寧ろ悪魔ですら可愛く見えて来るぞ」

「学べる環境にあるのにエリートぶって怠けるぐらいなら、別の学校に編入して別の道を進んだ方がまだ利口だと割り切らせるためにも荒療治は必要だ」

 

 生徒会役員や風紀委員をしていた姉達のように直接力を振るったりはしていない。二科生へのテコ入れも、折角の縁を利用して学力的および魔法的にも教育スピードが遅くなる二科生を補助しているだけに過ぎない。これで危機感を抱かずに陰口ばかり叩く様ならば、魔法師としてあるべき精神の欠如だと言う他ない。

 

 結構真面目な話をし過ぎたな、ということで愛梨たちと別れた後、そのまま宿泊する部屋に移動した。悠元は神楽坂家当主ということで最上階のロイヤルスイートに深雪や水波と一緒に通された。そして、そこには先客がいた。

 

「あ、悠兄!」

「お兄ちゃんに深雪さん、水波さんも」

 

 先日十神(とおかみ)の名字となった茉莉花と、その付き添いとして来ていたアリサであった。二人は茉莉花の両親と一緒に来ていたが、彼らは千姫に『相談したいことがある』ということで連れていかれ、更には千姫の手筈でこの部屋に通されたとのこと。

 

「……夜が大変なことになりそうだ。てなわけで、少し仮眠するから誰か起こしてくれ」

「あ、私も寝る!」

「あらあら……水波ちゃんも同伴決定ですからね」

「深雪様!?」

 

 結局、悠元がベッドに倒れ込んだのを皮切りとして、茉莉花とアリサ、深雪と水波も一緒に寝る形となった。流石にパーティーもあるので一線は超えていないとだけ明記しておく。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元が諦めたように部屋で仮眠することを選択した頃、悠元の現在の母である神楽坂家先代当主・神楽坂千姫は自室に九島家先代当主・九島烈を招いて会談していた。

 

「久しぶりじゃな、烈。こうして顔を合わせるのは一昨年振りか」

「……そうだな、千姫」

 

 かつて世界群発戦争で超法規的国際魔法師部隊の一員として共に肩を並べて戦った者同士。戦争が一応の終結を迎えてから30年余りが経過し、互いに高齢と呼べる年齢に達していた。

 九島家と神楽坂家―――正確には九条家と安倍・賀茂氏の関わりに端を発したものだが、九島健の国外亡命に加え、『九』の家による古式魔法師の軍事利用によって決定的な亀裂が生じた。それでも上泉家の仲裁によって互いに関せずを貫いてきた両者の関係者がこうして会うことは珍しいとも言える。

 

「九島の家は暫く落ち目となるじゃろう。事の全ては其方が要らぬ欲を掻いたせいよ……息子には其方の孫に九島を名乗らせて本家を交代させることも考えておる」

「そうか」

 

 烈からすれば、千姫の息子となった悠元に多大な恩を抱えており、更には慣例的に自分の息子が継いでいた師族会議議長を正式に継いだ。今日の懇親会では改めて悠元に師族会議議長の任を任せると公言するつもりであった。

 九島家がどうあっても限界を迎えることは烈自身が良く理解していた。息子や孫の殆どが自身の力を継がなかったのは、烈が手に入れた後天的な強化が遺伝に影響を及ぼさないという証左でもあった。

 

「反論せぬのか?」

「出来るわけが無かろう。光宣の問題を解決してくれたのはお前の息子となった彼だ。ゆくゆくは『あの方々』となるであろうことも読んでおる」

「少し惜しいの、烈。今回の会議を終えた後に悠元は四大老の座へと就く。まあ、魔法界を引退するお主には関係のない話となるがの」

「ああ、その通りだな」

 

 三矢の三男が独学と剛三の手解きで力を磨き、この国において無くてはならぬ存在へと昇格する。無論、彼がここまで掛けてきた苦労を考えれば、妥当なものであると烈はそう感じていた。

 すると、ここで千姫は笑みを浮かべて尋ねる。

 

「悔しいですか、烈()()()。でも、先に目を付けたのは私の姉ですから、文句は言わせませんよ」

「……懐かしいな、その呼び名も」

 

 千姫と烈はかつて同じ魔法師の下で競い合い、兄妹のような間柄として仲を深めた。家が異なっても、対立関係を必要以上に深めなかったのはこの縁が根底に存在していたからで、千姫は既に幼い頃から婚約者がいたため、烈と恋仲になることは無かった。

 

「あの子は三矢を変え、義兄と四葉を救った。だからこそ、私は神楽坂の未来をあの子に託したいと思ったまで。ちょっとズルをしたのは否定しませんよ」

「いや……それも魔法師としての才能だろう」

 

 茶目っ気を見せる千姫に対し、烈の脳裏にはかつて学んだ魔法の師匠の言葉が思い浮かんだ。

 

 『魔法師の実力は、単に魔法の規模や強度だけで個々の強さが決まるものではない。小さな魔法といえど、使い方さえ工夫すれば如何なる大魔法にも勝る。烈、このことを努々忘れないことだ』

 

 それは、一昨年の九校戦懇親会で烈が魔法科高校の生徒に向けて発した言葉でもあった。その言葉を思い返した時、これまで自分がしてきたことはこの教えに反することばかりであった、と今更ながらに思っていた。

 

「結局は、私自身の我が侭で振り回したと言うべきなのだろう……老い先短い身であるが、役目は果たそう。この国の未来の為にも」

「ええ、私たちが出張るのはもう止めにするべきでしょう。だからこそ、義兄も心置きなく海外旅行に行きましたから」

 

 もうじき22世紀を迎える以上、元老院も代替わりの時期に来ている。いや、この国そのものがいい加減大戦後の思想から完全に脱却すべき時に来ている。その意味で、未来を担う世代に水を濁すことなく立場を継がせる。烈も、千姫も、その点では一致していた。

 

「……ないとは思うが、剛三と奏姫が国を興して帰ってきてもおかしくないだろうな」

「……有り得なくもない、のが義兄と姉さんですから」

 

 流石にそんな事態にはならないと思うが、南アメリカ連邦共和国の前例がある以上は何とも言えない……と、烈の言葉に対して千姫は苦笑を浮かべつつ扇子で口元を隠したのだった。

 


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