魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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縋るのならば、己の無力を証明したも同然

 若手会議の懇親会―――表向きは『神坂グループの交流会』と銘打っている宴会場には、スーツ姿やドレス姿の関係者が多く揃っていた。そして、今回の懇親会には当然四葉家の代表も来ているわけだが、その代表には悠元のみならず達也や深雪ですら面食らっていた。

 

「……母さんが何故ここに?」

「あら、流石達也ね。本当は真夜も来たがっていたけれど、『やらなきゃいけないことが増えた』とか言って私に役目を押し付けたのよ。真夜も人使いが荒いんだから」

 

 妹の無茶ぶりに少し拗ねた振りをしているものの、姉妹の仲が回復したことで多少の我儘ぐらいは許してやろう、という印象しか受けない。とはいえ、まさかの深夜が四葉家当主代理という有様だが、これには真夜の気遣いもあると深夜が説明する。

 

「あの子は閣下から直接言葉を貰ったけど、私はまだ貰っていない。父を死なせたことは許せないけれど、あの子が許していて私が許さなかったら、それこそ父が墓の下から蘇ってきて説教しかねないもの」

 

 身内と言えど流石に故人を叩き起こすのは忍びない、という深夜の言葉に、流石の達也も苦笑が漏れていた。すると、四葉家と神楽坂家の一行に近付いてきたのは六塚家当主・六塚温子とその弟で次期当主の燈也であった。

 

「これは四葉殿。いえ、この場合は深夜殿とお呼びすべきでしょうか」

「あら、六塚殿。妹から話は聞いておりますが、よく一目で見抜きましたね」

「そこは物好きの賜物ということで一つ」

 

 温子が真夜に憧れている一人と聞いているだけに、直に深夜だと見抜いた温子の慧眼を褒めると、温子は真夜に憧れている故に気付いただけ、と丁重に返した。二人が話す間に燈也は達也らに声を掛けた。

 

「学校で会っているので久しぶりという感覚ではないのですが。この場合は神楽坂殿と四葉殿、と呼ぶべきでしょうか」

「やめてくれ、燈也」

「そうだな。悠元はともかく、俺はまだ四葉の姓を名乗って無いからな」

 

 一年次は悠元と同じクラス、二・三年次は魔工学科で達也と同じクラスの為、結構学校で会っているだけでなく、レオとの繋がりで山岳部のフィールドを使わせてもらっている為、十師族直系の中では割と顔を合わせている燈也の冗談に悠元と達也が相次いで反応した。

 

「分かりました。それで悠元、今回の会議は前回の続きという訳ではありませんよね?」

「話を聞いた状態を続けても生産性が皆無だろう、と少なくともそう思っている」

 

 一度拗れた話を掘り返しても、何も解決には至らない。それぐらいの常識など誰もが理解している筈だ。それが理解できないようならば馬鹿でしかない。そうなってしまったら、つける薬などないので諦めるしかなくなる。

 

「過激な反魔法主義者の取り締まりもそうだが、積極的に行動していれば防げたものに対して消極的な対応を取る方が相手を助長させる。過激な対応を取るのも問題だが、何もしないのも相手をつけ上がらせるだけだからな」

 

 魔法という見えない力を持つが故に、強引な正当防衛を非魔法師が主張するかもしれないが、そもそも魔法の如何に関わらず感情的な理由で先に暴力を振るった時点で、加害者側に問題があるという認識を司法がきちんと認識すべきはずなのに、政府も司法機関も非魔法師の暴徒化を恐れて何もしてこなかった。

 

「魔法師が一般社会で共存していくためにも、軍事に一辺倒な思考そのものを改革すべき時に来ている。尤も、魔法師を一般社会で役立てる受け皿は広いのに、魔法師を育成する機関が少なすぎる上に、魔法技術教育自体も未熟」

 

 人口に対する魔法資質保有者の数を考えれば、他の大国と比較して日本は受け皿が狭すぎる。だからこそ、魔法科高校に入学できた人間がエリート扱いされ、入れなかった人間の一部が犯罪者と化したり、あるいは騙されて人体実験の憂き目に遭うケースが起こっている。

 これらは別に日本に限った話ではないが、特にこの国は周囲に敵が多い。国土と国民の生命を守る為にも、強大な抑止力は極めて重要となる。その為に複数の戦略級魔法を有することは必要な事であり、パワーバランス云々を唱えるUSNAや新ソ連がどうこう言おうとも知った事ではない。

 

「何もかもが足りないからこそ、次世代に繋がるような施策が必要なんだ。尤も、その辺に危機感を持っていない奴が多すぎるのが一番の問題だし、それを俺が考えていることに関して、暢気に社会人している連中を一発ずつ殴りたいぐらいだ」

「……悠元、ストレスが溜まってます?」

「否定は出来ん」

 

 USNAは旧合衆国時代に日本の力を削ぎ落した実績があり、新ソ連は旧時代に条約を平然と破って侵略した過去がある。正直、過去に遡及して請求してもいいのならば、USNAと新ソ連に第二次大戦時に失った領土の返還や莫大な賠償金の支払いを請求したい気分だ。それこそ、第一次大戦にドイツが負った賠償金など比較にならないほどの大金を。

 すると、会場のステージ上に一人の男性―――九島烈が姿を見せたことにより、会話は中断されることとなった。それは悠元たちに限らず、他の参加者たちも同様であった。そして、烈は用意されたマイクの前に立つと、静かに語り始めた。

 

「まずは、皆が歓談中のところを遮ってしまう様な形になったことを謝罪しよう。ここにいる師族二十八家および護人二家の当主並びに名代、そして次代を担う若者たちに私は話さなければならないことがある」

 

 これまで日本魔法界を牽引してきた魔法師の言葉。誰もが会話を続けることもなく、烈の続きの言葉を待った。これには烈自身が苦笑に近い笑みを漏らした上で話し始める。

 

「もうじき私は90歳の大台を迎える。これまでは師族会議議長として、そして日本魔法界の『老師』として見守ってきたが……けじめをつけるべき時が来た、と私は決意した」

 

 その背景にあるのは、孫を救う代わりに提示された神楽坂家現当主との約定。烈は視線を悠元に向けると、それに気付いた悠元は目礼を返した。

 

「当主やそれに近い立場ならば聞き及んでいると思われるが、私の後継者―――師族会議議長は神楽坂家現当主・神楽坂悠元が引き受けてくれた。未だ十代の身ながら、『九』の家と因縁を有していた古式魔法師と和解したことは、私にとって一番頭が上がらない実績となった」

 

 それが[伝統派]との和解だということは当事者に近い立場ならばすぐに理解できることであり、九島・九頭見・九鬼の関係者が驚きを露わにしていた。それを視界に捕らえつつも烈は話し続ける。

 

「最早、老兵は去り行くのみ……私は本日を以て、日本魔法界からの完全引退をここに宣言する。なお、国防軍の顧問職は体が動く限り続けるつもりだ」

 

 烈が国防軍との関係を切らないように要請したのは悠元であり、念頭にあったのは烈の強烈なシンパに対する抑止力として働いてもらうためだ。ただし、主な仕事はリーナとセリアに九島の魔法を教える教師役となる。

 そんな事情はともかくとして、烈が引退するということに当主サイドはあまり驚きを見せなかったが、次期当主や直系子女の世代は驚きを隠せなかった関係者も少なくなかった。当主から全ての事情を知らされるわけではないため、多大な功績を有する烈に何があったのかと邪推する者も見られた。

 

「騒がしいですね」

「まあ、特に『九』の家からすれば動揺ものだろう。ここから這い上がれるかは本人たち次第だが」

「手厳しいな、悠元は」

 

 これまで九島烈にしがみつき続けたツケがここになって出てきた……端的に述べると、遅かれ早かれ来ていたであろう時期が今来ただけにすぎない。誰だって予想できたはずの未来に目を瞑って見ない振りをしてきた以上は各々の責任問題でしかない。

 関係者である響子曰く『お祖父様はいい御年ですから、大人しく老後を過ごしても誰も咎めないと思うのでしょうけれど……『九』の家だけでなく九島の伯父や従弟の怠慢もあるのでしょうね』と九島本家のことを辛辣に語っていた。

 すると、同じ九島家の関係者である光宣がこっそり近付いてきた。

 

「悠元さん」

「光宣か。とばっちりを受けたくなくて逃げてきた感じか?」

「お恥ずかしながら……僕はもう本家に未練はありませんので」

 

 前回の参加者でもある光宣は既に九島の家の関係者ではない。だが、血縁関係が残っている以上は光宣を頼みの綱にしようと目論んだとしても可笑しくはない。事実、未だに九島本家から手紙が届くことがあり、響子や烈に相談した上で対処しているとのこと。

 

「ま、別に構わないが。俺も九島家とは因縁持ちだから、その時の非礼を詫びない限りは気遣う理由もないと思ってる」

「……悠元が因縁を抱えるほどって、何かあったんですか?」

「実は、家の兄や姉たちが悠元さんを見下した態度を取っておりましたので」

「成程な。深雪、間違っても会場で凍らせるような真似は止めてくれ」

「お兄様、いくら私でも節操なしに相手を凍らせるほど人でなしではありませんよ」

 

 ただでさえ名誉や栄光を笠に着るような行為を嫌う悠元に、その行動は明らかに“燃え盛る火の中に核兵器を放り込む”行為でしかない。燈也の問いかけ、そして光宣の回答に納得した達也は深雪を嗜めると、深雪は頬を軽く膨らませて悠元の腕を掴んでいた。

 そして、烈が宣言を終えてステージを去っていくのを皮切りに、会場にいる関係者の温かい拍手が烈に対して送られたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 九島烈の正式な引退宣言はあったものの、懇親会自体は特に気まずくなるような雰囲気もなく終わった。その夜に婚約者たちに押し掛けられるという事態は起きたが、今更だな……と諦めた。

 いくら『妻が一人で足りない』と明言されていたとしても、この辺は前世の一夫一妻制度が脳裏に刻まれているせいか、どうにも納得できない部分があったのは事実だ。だからと言って無碍にすることなども出来ず、結局は渋々受け入れたわけだが。

 

 懇親会の翌日の会議当日。会議室に用意されたのは正方形上に置かれた長机と椅子で、一辺に七人ないし八人が座れるようになっている。丁度扉側とその対面となる窓側が八人となる。今回の会議の主催側となる為、悠元は奥側の中央付近の席に座り、達也はその隣に座った。

 悠元と達也は互いにスーツ姿だが、達也の方は真新しいスーツを身に着けていた。そのスーツは先日誕生日プレゼントとして真夜がオーダーメイド物をプレゼントしており、映像電話(ヴィジホン)経由で達也のスーツ姿をせがんだ上に深雪や水波に写真を送って欲しいと頼み込んでいた。

 実の息子に対する溺愛と考えれば仕方のないことだが、着せ替え人形同然となっていた達也の表情が何とも言えない様相を浮かべていた。

 そんな二人の近く―――達也の隣に座ったのは、燈也であった。

 

「おはようございます、二人とも」

「おはよう、燈也」

「ああ、おはよう」

 

 燈也を皮切りに、次々と入ってくる参加者たち。すると、その中に茉莉花を案内する形で元継が姿を見せた。元継はスーツ姿だが、茉莉花は中学校の制服を着ていた。今回の参加者では最年少となるため、直に用意できるものとなればそれぐらいとなるのは致し方のないことだった。

 悠元が達也と先に出たのは、女性の身支度に時間が掛かるというものを勘案してのことであった。

 

「おはよう、悠兄」

「おはようミーナ。元継兄さんも申し訳ない」

「気にするな。会議の主催者が遅刻する方が大変だからな」

 

 茉莉花は悠元と達也の間に挟まれる形で座ることとなり(周りに知り合いと呼べる人間がいないため)、元継は悠元の左隣に座った。会議の開始予定時間まであと5分となったところで、三矢家の代表として来た元治が姿を見せた。

 

「元継に悠元、おはよう」

「ああ、おはよう兄貴。言っとくが、会議中は兄弟としてでなく別の家の人間として扱う。ま、その辺は親父から聞いているとは思うが」

「分かってるよ。父から耳にタコが出来そうなほど言い含められたから」

 

 そうして、全ての会議参加者―――第一回の会議で欠席した家の代表者も含めると、合わせて30人。だが、参加者の一部が気になったのは、囲むように置かれた長机から外れる形で置かれた一人用の机と椅子。その答えは会議場に最後に入って来た人物―――九島烈の姿に殆どの参加者が驚きを見せた。

 中でも、九島家代表として来ていた九島(くどう)蒼司(そうし)は声を上げて烈に問いかけた。

 

「お祖父様? 何故この場にいらっしゃったのですか?」

「蒼司、その答えは実に簡単なことだ。神楽坂家当主より今回の会議に際してオブザーバーとして参加要請を受けた。なので、私は会議の推移を見守るだけのもの好きな老人と心得ておくように」

「それは……分かりました……」

 

 烈の発言は、会議で九島家に不利になるようなことがあろうとも庇い立てはしない、と明言したに等しく、蒼司は何かを言いかけたものの、この場で言うべき言葉ではないと呑み込んで頷いた。

 その上で、烈は席の奥にいる悠元に視線を向けた上で深く頭を下げた。

 

「神楽坂殿、此度はこのような配慮を頂いたことに関し、真に感謝する」

「お気になさらず、九島閣下。立ち話もなんですから、席にお座りください」

「では、失礼させていただく」

 

 そうして烈の為に用意された席に座るのを確認したところで、今回の会議の提唱者である悠元が言葉を発した。

 

「改めて、此度の会議を主催した神楽坂家当主・神楽坂悠元だ。早速会議に入りたいと思ったが、その前に一つ。ここにいる殆どの方々は十文字殿が呼び掛けた会議に参加したわけだが、敢えて厳しい事を言わせて頂こう。たった一人の―――それも人の婚約者を矢面に立たせるような案を提案した側も、それを積極的に咎めなかった者達も、四葉を……魔法師を一体何だと思っている」

 

 魔法師の基本的人権を守るという名分を持つ十師族ひいては師族会議の理念。先日七草智一が唱えた方策は、一人の魔法師を犠牲にするだけでなく数多の被害者を生み出しかねない危険なものであり、理念に真っ向から反する提案でしかなかった。

 

「我々はあくまでも“人間”として、魔法師の人権を守らなければならない立場にいる。それを“偶像”として神輿にすることは断じて認められない。それでは魔法師を“兵器”と見做したがる輩たちと何が違う? 異論があるなら答えてみせろ」

 

 国家非公認―――厳密には天皇陛下より認められた皇族直属の戦略級魔法師である悠元。存在感で圧倒する悠元の問いかけに対し、その意見に真っ向から異を唱える者はいなかった。止められる存在である元継や達也も特に止めることはしなかった。

 

「四葉の悪名が轟いた復讐劇から既に30年以上の月日が経とうとしているというのに、それに縋るということは自身に力が無いと証明するようなもの。何時切れてもおかしくない護符の力に頼って甘えるというのならば、師族二十八家に名を連ねる意味もない」

 

 手厳しい言葉を投げかけるのは、これは単に四葉家単体の問題ではないという意味を指す。表立って縋ろうとしなくとも、いかに四葉家の秘密主義が周りから見れば浮いているところが続く限り、いかなる形であろうとも四葉を利用している時点で縋っているに等しい。

 




 正月の時点で深夜の素性が明るみになった以上、別に隠す理由もないということで深夜が四葉の名代として出てきています。このころ真夜が何をしていたのかは別のお話。またの名をネタ稼ぎ。
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