会議の出だしから始まった悠元の辛辣な発言。それを一番咎められるであろう達也ですら関与しようとすら思わなかった。前回の会議で自分の妹(正確には従妹だが)を神輿に担ぎ上げようとしたことは、克人や真由美らの説得もあったが、一番は深雪がそれを積極的に追及しなかったことで納得した形だ。
だが、深雪が納得しても悠元が許すかどうかはまた別の問題であり、ましてや神楽坂家の婚約者として公表しておいての有様には、流石の達也でも悠元の怒りは尤もだろう……と内心でそう感じていた。
「……まあ、この辺にしておきましょうか。ですが七草殿、人様に責任を投げつけるような提案ができたこと自体性根を疑いかねない行為であり、今後このような提案をすれば七草家そのものの存在まで危うくすると心得よ」
「それは……申し訳ありませんでした」
悠元とて徒に師族二十八家の秩序を乱したいわけではない。周公瑾や顧傑の存在に片が付いたからこそ、漸く国内の事情に踏み込めるという背景がある。悠元の言葉に対し、七草智一は深く頭を下げた。
「では、始めましょうか。招待状に大まかな概要はお伝えしておりますが、忌憚のない意見を述べていただきたい」
「神楽坂殿、意見というのはどこまでを指すのでしょうか。それ次第では意見が出ずに詰まることもありますので」
悠元の発言に疑問を投じたのは前回の会議の主催者である克人であった。誰かが音頭を取るにせよ、この会議の方向性を尋ねたかったのだろう。なので、悠元は素直に応じることとなった。
「概要では反魔法主義に対するもの、と記載はしましたが、具体的には各々の皆さんが非魔法師と関わる中で感じたことを述べていただく“意見交換”が主となります。その意見を集約して一定の方針を出すというのは前回の会議でも実践されていたのかもしれませんが」
「すみません、五輪家の五輪洋文です。つまり、神楽坂殿は今回意見交換のみで対策案は出さないと解釈してよろしいのでしょうか?」
「ええ、その通りです五輪殿。誰かが出した案に妥協するのではなく、ここに集まった全三十家の代表が納得できる案を出すべきである、と思案しております」
誰かの案に乗っかるのは簡単だが、それではあまりに自己の責任―――ひいては師族の家としての責任が希薄すぎる。四葉家を除け者にするのでは駄目だと公言しつつ、師族二十八家に属する以上は平等に責任を負う立場であること。それを改めて実感してもらわねばならない。
「八代
ここで質問を投げかけたのは八代家の代表である隆雷。前回の会議に出ていなかった悠元と元継―――護人二家に質問が飛ぶ形となり、悠元は臆せずに答える。
「魔法師に賛同したい、あるいは中立的な態度を見せる大半の一般市民が積極的に魔法師をかばわないのは、反魔法主義者の暴力的な側面があるのは事実でしょう。自分もそれは否定しません。ですが、より根本的な部分が問題だと自分は考えています」
「それは何でしょうか?」
「魔法に対する認識を根底から変えなければ、反魔法主義者に対するカウンターにはならないでしょう」
魔法技能という不可視の技術は、最初の出発点が軍事利用という部分から入っていることは周知の事実に近い。たとえ旧合衆国がその辺の事情を隠したとしても、人の口に戸は立てられぬ。
現に全世界には魔法技能師の極致である戦略級魔法師の存在がある。[十三使徒]がいる時点で、魔法が世界の軍事力かつ抑止力として見られていることは確かな事実。ここで口にせずとも分かり切った話だ。
「魔法が軍事力に直結しているケースは、こればかりは変えられないどころかこの国の生存戦略に直結する大事なもの。ですが、そのことから我々魔法師を“兵器”と見做す輩が後を絶ちません」
「打つ手がないと?」
「その逆です。その事実が無理に変えられないのならば、魔法を“体系化された技術”として利用する方法です。そうですね、例えば……昨春に第一高校で行った[恒星炉]の基本実験がいい例でしょう」
既に組み込まれたものを無理に変えれば、今度は優秀な魔法師を引き抜こうと各国のスパイが押し寄せて、最悪日本中でテロが頻発する事態となる。幸い、メディア工作で反魔法主義を抑え込んだ上、過激な組織やマフィアは周公瑾や顧傑の件の裏で粗方潰した。
「魔法師の優れた容姿で大衆の目を惹かせるという“人気取り”も効果があるといえばあるでしょう。ですが、その代償として非魔法師の反感を買うことにも繋がります。ならば、魔法という技術を社会の利益に変換して貢献することで、国家にとっての必要な人材であるという認識を政府に持ってもらうのが目標となるでしょう」
「神楽坂殿。趣旨は理解しましたが、それでは警察や消防、国防軍などで活躍されている魔法師の手柄を奪ってしまうことにも繋がりませんか?」
魔法師としての人気取りではなく、魔法師らしく技術を以て社会に貢献する。それは正しく警察や消防、それに国防軍で活動している魔法師がやっていることそのもの。悠元が言い放った発言に対し、問いかけたのは三矢家次期当主・三矢元治―――悠元にとっては血の繋がった実兄だが、この場では既に別の家の人間として問いかけた。
「問題はないと考えています。私が述べているのは魔法工学―――魔法を実体のある技術として民生の産業に生かすというもの。魔法を用いて国の治安維持に努めている警察や消防、そして国防軍と異なる路線で動くことで線引きを図ります」
悠元の発言に周囲の人々はどよめいていたが、当の本人は一切動じていなかった。何せ、その道筋を立てたどころか、既に実用化させて稼働している魔法工業―――[恒星炉]プロジェクトは軌道に乗っている。
第二弾は水素燃料を用いての水素発電を箱根・伊豆半島に限定して送電し、発電の安定性や供給頻度の最終テストを経て来週初めにスタートする。申し込み自体に強制はしなかったが、該当地域にあるすべての一般家庭や企業が切り替えに同意した。特に発電制限を受けることなく24時間電気の恩恵を受けられるというのであれば、それはこの時代において最早夢物語に近い。
箱根・伊豆地区でのテストによって、段階的に都心や関東地方、供給用の発電施設の準備が整えば順次各地域にも発電を行う用意がある。ただ、既存の発電エネルギーを利用しない手はないので、水素発電は工場の計画停止時間に合わせて足りない電気使用量を補う方針としている。
「神楽坂殿、それは一体……」
「今の段階ではまだお話しできません。現在、政府と公表に向けての調整を行っている最中です。そこが確定次第、師族会議を通す形ではありますが先んじてお伝えします。それで構いませんか、三矢殿?」
「分かりました。それで納得いたします」
[恒星炉]で得た膨大な電気を用いて海中の有害物質を取り除く計画も進行しており、既に小笠原諸島近海では海水に含まれる有害物質の割合が格段に減っている。海水の有害物質が減るということは、海で暮らすプランクトンや海藻、魚介類や哺乳類にも影響を与えてくる。流石に一年で劇的な変化は見込めないが、十数年も経てば新鮮な魚介類が何の問題もなく食せることに繋がる。
更に、その余剰電力を用いて養殖場も開いており、様々な魚介類を魔法による管理ができるかどうかの実験も行っているし、農業プラントの実験も行っている。単なるエネルギーとしての要素ではなく、それを用いた産業によって雇用を生み出す。
[恒星炉]単体では雇用に限定的な効果が出ることも懸念されるが、それを用いた産業ならば多岐にわたる。特に電気エネルギーは近現代において重要なファクターであるだけに、非魔法師の雇用も自ずと増える。
悠元の答えに対し、元治も必要以上に問うことはせずに引き下がった。だが、そこで声を上げたのは九島家の代表である九島蒼司だった。
「神楽坂殿。先程述べたことについてですが、それは本当に実現可能なものなのですか? 昨春の実験では複数の魔法師が魔法を行使し続けることで[恒星炉]を動かしていたと聞いています。それを実用化させるとなると、魔法師が機械のパーツみたいな扱いを受けることにもなりませんか?」
何も知らなければ確かにそういう受け取り方をすることも想定していた。なので、悠元は特段反応することもなく答える。
「それについても既に解消しております。現在、FLTで魔法を継続して行使できるシステムの実験を行っておりますが、そのシステムが完成すれば、魔法師は一般的な非魔法師の勤務時間と同じ時間働くだけで[恒星炉]が動かせるようになるとのことです」
稼働に用いられる[オモイカネ]はその根幹を成す人造レリック。いや、あえて名付けるなら
FLTでそのようなシステムを組めるとなれば、筆頭に[トーラス・シルバー]の名が出てくるのは間違いない。政府に許可は取ったが、政府から資金や人材を出させないようにしたのはすべて民間で補うつもりであり、雇用面でのいざこざをできる限り少なくするためのもの。
「まだ何か質問がおありですか、九島殿?」
「いえ、師族会議を通す際は師補十八家にも通達していただきたい」
「そこは抜かりなくお伝えするように手配いたします」
その答えで納得したかどうかはともかく、蒼司は悠元の発言を聞いて引き下がるような形となった。意見を出し合う交流会の体が気付けば質疑応答みたいな形となったことに、悠元は心の中で溜息を吐きたかった。
そもそも、非魔法師に対する信頼を一朝一夕で勝ち得ることなど難しい話という大前提をここにいる面々のほとんどが理解していない。そこを理解したところで、魔法使いの秘密主義という点が立ちはだかってくるのは間違いないだろう。
(アメリカはアメリカで大変だからな……しかし、正直意外だった)
念頭にあるのは、現在水面下で進行している『ディオーネー計画』のことだ。原作では夢物語が前提のところでいきなりでっち上げられた話だが、この世界では水面下で
その協力者のリストは[エシェロンⅢ]を通す形で入手したが、そのリストの中には[トーラス・シルバー]=司波達也の名はあっても、それ以上の実力を有する悠元やセリアの名は含まれていなかった。無論、リーナの名前も記載されていなかった。
リーナやセリアはまだしも、自分は達也以上に脅威と見られてもおかしくはない。ましてや達也よりも高い立ち位置にいるというのに、エドワード・クラークは自分を真っ先に排除するような行為に持ち込まなかった。
だが、よくよく考えればリストに含めなかったのも理解できなくはない。
例えば、メディア買収工作や政治家への働きかけ、皇族との打ち合わせや総理大臣との会談、古式魔法師の仲裁という主だった功績を挙げたとしても、どれもが十代の人間が成したとみるにはあまりにも“釣り合わない”。
レイモンドが声高に主張したとしても、リストに載らなかった時点で信じきれなかったとみられる。魔法師以外の分野に影響を及ぼすことは予想できたとしても、非魔法師と縁故を結ぶだなんて当のエドワード本人には考えが及んでいないのかもしれない。
戦略級魔法師という点で選んだとしても、国防軍の上層部はおろか政府機関の信任が篤い人間を国外に引っ張ろうとすれば、間違いなく皇族および日本政府の反感を買う。いくら同盟国の誼と言えども、新ソ連の動向を考えれば出来ない相談となる。それが例えベゾブラゾフがディオーネー計画に賛同したと公表しても。
むしろ、ベゾブラゾフを巻き込んだ時点でUSNA政府のトップである大統領は“サインをしない”と公言しているし、現政府の長官クラスはおろか連邦銀行のトップまで日本に対する融和策を提唱している。問題はUSNA軍だが、こればかりは自浄作用が効かなかった場合、それも日本で問題を起こした場合は莫大な慰謝料を支払ってもらう。
レイモンド・クラークは自分の素性をある程度つかんでいるだろうが、『ディオーネー計画』を立てるということは、悠元や達也の素性をどこまで[フリズスキャルヴ]で読み取ったのかを推し量るには最適なもの。
まあ、クラーク親子による野望と身勝手の結果、USNAや新ソ連という国の評価が著しく下がるのは避けられない。寧ろ、底抜けしてマイナスになったとしても誰も気にしないだろうと思われる。その評価を恨みに変換してぶつけるようならば、こちらとしても一切容赦する気などない。
パラサイトの一件で吹っ掛けたに等しい以上、個人は信用しても国としての信用はまた別の問題なのだから。
◇ ◇ ◇
その頃、霞ケ浦基地の司令室では佐伯と風間が相対していた。先日の新ソ連侵攻(当の対象国はその事実を公に認めていないのは当たり前だが)に際して出動していたが、大きな動きはなく小康状態になったと判断され、北海道方面部隊に引き継いで独立魔装大隊は第101旅団本部に帰還した。
「風間以下159名、無事に帰投いたしました。北海道方面の部隊との引継ぎは滞りなく済んでおります」
「無事に戻ってきてなによりです」
独立魔装大隊は書面上『大隊』という位置づけだが、人的規模では二個中隊程度の人数しかいない。今回の出動は大隊全体の約半数に及ぶが、誰も欠けることなく帰還したことに佐伯は安堵の表情を見せた。
軍隊に人的資源のロスはつきものだが、誰も亡くならなかったことに越したことはない。
「中佐、今回出動した隊員には三日の特別休暇を与えます。必要ならば外出許可も出しましょう」
「ご配慮感謝いたします。皆も喜ぶことでしょう」
ここまでは今回の呼び出しの案件の半分、と言わんばかりに佐伯は息を吐き、旅団長ではなく国防軍の謀将としての表情を見せたことに、休暇の話を聞いて口元が緩んでいた風間も表情を引き締めた。
「昨日、恩田少佐から連絡がありました」
「小官は存じ上げませんが、何者ですか?」
「恩田少佐は情報部の特務です」
階級こそ塩漬けにされていたものの、長いこと国防軍に勤める風間ですら聞き覚えのない人物。そして、佐伯はその人物のことを簡単に説明する。佐伯には情報部に対する権限はなく、その逆も然りであり、両者に手を組むという利点はない。つまり、佐伯の私的な情報提供者である、と風間は心の中でそう結論を出した。
「それで、その恩田少佐は何を知らせてくれたのですか?」
「大黒特尉が粛清リストに載りました。そして、特尉に協力していた三人の魔法師も対象に含まれたとのことです。尤も、後者の場合は不明な点が多く、“
風間はその時点で、達也はまだしもその彼が同行を許せるレベルの魔法師などそう多くはない、と読んだ。となれば、間違いなく悠元もその一人に含まれている可能性が極めて高い。その辺は目の前にいる上司もそう考えているだろう。
仮にその予測が合っているとしたら、風間としては『最悪極まりない』と評する以外になかった。
「特尉を消そうというのですか?」
「消すのではなく、捕らえて教育するとのことです」
「失礼を申し上げますが、彼らは破滅願望を抱いているのでしょうか」
書面上は直属の上司だからこそ、そう述べたとしてもおかしくはない風間の言葉に対し、佐伯は静かに彼の言葉を聞いていた。
「仮に特尉を暗殺することが可能だとしても、彼を捕らえること自体困難を極めます。最悪、四葉のみならず上泉や神楽坂まで出張ってくるだけでなく、情報部の暗部全てが粛清の対象に含まれるでしょう」
「……特尉がそこまでやると?」
「小官からすれば、彼は軍人に最も不向きな性格の持ち主であると申し上げます。それでも彼がまだ軍籍に身を置くのは、上条特尉―――いえ、上条特務大将閣下との縁故によるものだと我々も認識せねばなりません」
風間も上条達三―――悠元が前代未聞の特務大将に昇進し、陸軍最高司令副官の座に就いたことは帰還する前に知った。軍人魔法師としては異例の辞令だが、防衛省から特段異論が出なかっただけでなく、空軍や海軍の司令部からも好意的にみられていることも含めて。
独立魔装大隊への出向の扱いはいまだに残っているが、先日の出動要請を正当な事由で蹴った時点で悠元を独立魔装大隊として動かすことはほぼ不可能となった。それを決定づけるための辞令だということも風間にはすぐに分かった。
「仮に、現実世界に物語やゲームのようなラスボスがいるとすれば、それは彼でしょうね」
「ラスボスですか。では、物語をハッピーエンドで終わらせる勇者は何処にいますか? 上条大将がそれに成り得ますか?」
「難しいでしょう。彼は勇者などという立場を嫌う人間ですので……いずれにせよ、彼を必要以上に刺激しないことがお互いのためになると小官は考えます」
佐伯と風間は同時に噴出した。どちらも自嘲の笑いを見せていた。軍人である身分でファンタジーのようなことを語り合ったのがよほどおかしかったのだろう。
「貴官の意見は恩田少佐を通して情報部に伝えておきましょう。尤も、どれほどの効果が見込めるかは不透明ですが……改めて、ご苦労様でした中佐」
「ハッ」
風間は佐伯に敬礼をして、執務室を後にしたのだった。
今回で激動の時代編から孤立編に移行する形となります。原作とは異なり達也に対す風当たりは小さいですが、その辺の裏事情は本編なり後書きで説明していく予定です。