魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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杜撰以上に危険しか秘めていない

 若手会議が終わり、FLTツインタワーマンションへの引っ越しも本格化した。その中で一番驚くような出来事は五輪澪が引っ越してきたこともそうだが、世間的には車椅子が手放せない彼女が平然と歩いていることだった。

 当事者の悠元は無論驚いていないし、婚約者たちも悠元なら治しかねないという判断によって澪がマンションの中で歩くということについては許容される形となった。ただ、中には目を丸くして驚いている人間もいたりする。

 

「……澪さんが歩いてる」

 

 その一人は同じように引っ越してきた真由美であった。荷物自体は七草家の屋敷から運び込まれ、荷物整理には深雪をはじめとした面々が協力している。流石に女性の荷物に手を触れる訳にはいかないため、悠元は暇を持て余す形となっている。

 真由美としては『別にいいのに……』と思ってはいたが、同じように引っ越してきた泉美の説得に加え、澪の凄味のある笑顔で黙ってしまうこととなった。その笑顔には澪が健常者と何ら変わりない状態である、という秘密を隠す意図も含まれていたのは言うまでもない。

 

「何かしたの、悠君?」

「治療はした。詳細はいくら婚約者でも教えられないが」

「あ、うん。それだけ聞ければ十分よ」

 

 真由美は七草家でのやらかしも含めて悠元に多大な借りを有しており、その清算の一端も込めて抱かれてしまった。そのことで改めて悠元の規格外さを目の当たりにした形となり、加えて他の婚約者たちが諍いを起こすことなく友好な関係を築けているのも腑に落ちた。

 

「でも、まさか私まで追い出されるなんて……盗聴器などの類は私も箱詰めの際に全部チェックしたんだけれど」

『あ、ここにカメラがありますねえ。イエーイ、みってるー?』

「……一度実家に帰ってもいいかしら? あの親父を魔法の射的にしたくなったわ」

「いくら相手に非があるとはいえ、殺傷事は止めてくれ」

 

 真由美のフラグ建てが聞こえてきたセリアの台詞で回収されてしまい、いつになく澄んだ笑顔を浮かべている彼女に対して悠元は窘めた。今の様子からすると平気で半殺しにしかねないと思ったからこそ。

 ともあれ、テーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、一口啜ってテーブルに置いた。

 

「ここのフロアは真由美のプライベートスペースになるから、必要なものがあれば手配するように言い含めている」

「実家の部屋の数倍も広いんだけど。寧ろ持て余すぐらいよ」

 

 21階から40階の内、21階から24階が魔法の訓練場兼耐震・対魔法障壁システムの管理室で、25階から37階が婚約者および使用人(愛人兼任)のプライベートスペース、そして38階から40階の3フロアが悠元の個人スペースとなる。

 生活空間は38階がメインで、39階と40階はいくら婚約者と言えども悠元の許可が無ければ入れない仕様となっている。その最大の理由は悠元が今秘密裏に進めている魔法技術開発が主な要因で、三矢家にいた時の懸念を払拭するためにそんな仕様となっている。

 

 近い将来、正式な婚姻が為れば箱根の本邸に生活拠点を移す形となるが、このマンションは魔法技術の秘匿という観点でもしもの時の避難場所として残したままにする。必要性が薄れればマンション下層と同様にFLT職員寮として引き渡すこともできる。

 なお、このマンションの構想段階でマンションの家賃収入だけでなくFLTへの土地貸与による収入が全て悠元に入ってくる仕組みということに当の本人は深い溜息を吐いた。

 

「それで、悠君。最近のあの噂だけど……可能性はあると思う?」

 

 ここで真由美が問いかけたのは九校戦中止の噂だ。国立魔法大学系列のネットワーク上に突如出たもので出自の痕跡は皆無。大方、その噂を流した人間も検討はつく。

 

「大いにあるとみている。特に今の一高(うち)は十師族関係者を3年だけで五人も抱えているから、他校からすれば羨望の的になりかねない」

「私たちの時でも散々噂されたからね。摩利は間接的にそうなってただけだけど」

 

 真由美・克人・摩利の“ビッグ3”と呼ばれた時よりも、第一高校の現3年組は破格的ともいえる面子。元三矢家・現神楽坂家の悠元、四葉家の達也と深雪、六塚家の燈也、そして九島家の縁者であるセリア。

 無論それだけでなく、名立たる家で言えば千葉家のエリカ(本人は凄く嫌がっていたが)、吉田家の幹比古、北山家の雫がそこに加わる。東道家の場合は“知る人ぞ知る”のため、数に含めていない。

 

「中止になった場合はその対策も含めて動くことになるが、一番槍玉に挙げられそうなのは達也だ。誹謗中傷の類など彼自身は気にも留めないだろうが、余計な飛び火を見せるようなら厳しく対処する」

「それが出来るという強みはあの父親でも出来ない所業ね」

「もしかして、ストレス溜まってました?」

「それはあるかも」

 

 姉妹はどことなく似ることもあるだろうが……泉美よりも言葉の棘は少ないが、弘一に対して遣る瀬無い想いを抱いていたのだと察し、心なしか同情してしまった。それでも盗聴や盗撮の類など許されるはずもないので、後で師族会議議長として釘を刺すことはする。

 

「ここから先はまだ推察の部分もあるが、海の向こうの連中は達也を追い出したいようだ」

「追い出す? 国外にってこと?」

「宇宙に」

「え? あの超リアリストと言っても差し支えない現実主義の達也君が好き好んで宇宙に行くとは思えないんだけど」

 

 学内での関わりはたった1年間とは言え、『ブランシュ』や『無頭竜』、それに横浜の件で達也の気質を知ったからこその真由美の言葉は至極真っ当な正論だった。

 

「で、どっちかしら? 西? 東?」

「ある意味両方だな。この件が本格化した場合、真由美にも一芝居付き合ってもらうから」

「それは別に構わないけど……寧ろ、私が尻拭いみたいなことをしてるって兄共は自覚すべきよ」

 

 魔法技術の観点で達也が宇宙に興味を持つ可能性は……何かしらの魔法的な要素があれば興味を持つだろうとは思う。ただ、でっちあげられる計画があまりにも杜撰極まりない部分において、相手にほんの少し感心を覚えている。

 そこにシビれも憧れもしないのは明白な事実だが。

 

「でも、仮にそっちが動くとしてリーナさんが確実に怒ると思うんだけど。寧ろ達也君にせがんで『とっとと帰化したい』って言いだすかもしれないわよ」

「その辺はUSNAの問題であって、日本の問題ではない。魔法の実力を当てにして“シリウス”の穴埋めをしようとしたツケの支払いは俺らが負うべき領分じゃない」

 

 リーナが“アンジー・シリウス”という事実は、セリアが元『スターズ』という情報と共に、真由美に開示されている。尚、それを聞いた際の第一声は『絶対あのタヌキに言えないし、言いたくもない』とのこと。

 

「帰化自体はうちの実家がやってくれる手筈となってる。尤も、その為にリーナには一度USNAに行ってもらう必要はあるが」

 

 ディオーネー計画があまりにも杜撰だと評することが出来るのは、その最たる理由として初期の理想メンバーリストの“年齢”にある。何せ、達也が現在18歳なのに対して、それ以外のエドワード・クラークを含む面々の年齢が平均して40歳代ないし50歳代。メンバーの中で最も年長となるウィリアム・マクロードは60歳代になってしまう。

 この時点で30年という寿命の差が生じており、仮に達也が50歳までの約30年間を宇宙で働けば、初期協力メンバーの少なくとも半分が土に還っているか、老人として計画の推進力にすらならない始末。言い方は悪くなるが、それでもしがみつく様ならば確実に“老害”の領域へと踏み込むこととなる。

 エドワードの後継者としてレイモンドが出てきたとしても、それは単に『エドワード・クラークの息子』という肩書が優先されてしまう。[七賢人]の名を出せば、それこそ面倒な問題へと発展する。

 

 エドワード・クラークがベゾブラゾフに協力を持ち掛けたのは、表向き協力して達也を宇宙に追放し、そのついでにベゾブラゾフも宇宙へ追放する腹積もりであったのは間違いないと考えられる。

 彼の[トゥマーン・ボンバ]の性質とベーリング海での暗闘を鑑みれば、国家を脅かす存在として排除したいと考えるのが妥当だろう。でなければ、USNAにとって最大の脅威である新ソ連の人間を国際プロジェクトに招くという発想自体無かったに等しい。無論、聡明な頭脳を有するベゾブラゾフもエドワードの目論見を読んだ上で計画に乗っかったが、原作では暴走して達也を殺そうとした。

 なので、エドワードがベゾブラゾフを巻き込んだ時点でディオーネー計画自体が破綻していた、と考えるのが妥当だ。これがレオニード・コントラチェンコならばまだ改善できる余地はあったのかもしれないが、彼の場合は年齢に加えて身体的な問題で参加できる状態ではない。なので、エドワードもコントラチェンコについては脅威のレベルを下げたのだろう。

 

 そんな破綻前提の計画を持ち込むのは勝手だが、更に問題がある。仮に木星圏から金星まで氷の塊を射出するとして、原作では木星圏と金星に運搬拠点と魔法師を常駐させるとなっているが、木星圏と金星の間には小惑星帯(アステロイドベルト)、火星、地球(月も含む)、更には公転軌道の関係で太陽と水星が存在する。

 

 大気改善の為にメートル単位で運搬するのは非効率すぎるため、最低でも数キロメートル単位になるのは目に見えているし、無重力空間ならば重力による重さをあまり考慮しなくてもいい。何が言いたいのかというと、一歩間違うと『運搬中の事故』という形で巨大な氷の塊が地球に落下しかねない危険性を孕んでいることだ。

 最初の方はまだいいとしても、魔法師が完全に地球からいなくなった場合、氷の塊はおろか小惑星クラスを魔法で落下させて地球を氷河期に陥れる……という最悪の未来まで考え得るだけに、ディオーネー計画はあまりにも危険な計画としか言いようがない。

 

 仮に太陽系を迂回して直線的なルートを作るとしても、安定した公転軌道を有する太陽系外惑星の探索に時間が掛かるだけでなく、太陽系を通る公転軌道を有する小惑星や彗星まで存在するリスクまで考慮しなければならない。それらすべての要素を勘案して魔法で運搬した場合、大気改善に掛かる年数は平気で数十年を見込むのが妥当なレベルになる。

 その意味で、直線的なベクトル移動を主とする現代魔法では曲線的な移動が難しく、科学技術の全てを補完するに至っていない。安定的な供給を実現させるというのであれば、それこそ先に火星をある程度開発して中継運搬基地を作る方がリスクをより軽減できる。

 尤も、エドワード・クラークの目的上、そこまで煮詰められていないことに笑いを禁じえないのは確かだが。

 

「どうせ一高や魔法協会に根回しをするのは目に見えている。ならば、こちらは日本政府だけでなく諸外国まで味方に引き入れる」

「悠君なら普通に政府要人と面識があるのかもしれないけど……義理の関係となった父に声は掛けなくていいの?」

「中途半端な立場に居られる方が困る。それに、周公瑾と取引をした際は反魔法主義対策から四葉家を意図的に省いていたようだからな」

 

 その部分は周公瑾の知識と記憶を引き継いだ際に読み取った情報で、『こればかりは看過できぬ』と剛三が烈まで巻き込み、本気の説教を行った。その結果が先日の師族会議における当人の態度に繋がった形だ。とはいえ、この程度で凹んでいるとは到底思えないが。

 

「はぁ……それで、私は何をすればいいの?」

「仮に事が進んだ場合、達也は一時的に学校を離れることが想定される。自分が魔法で姿を偽った状態で達也と面会するので、真由美には同行者という体で一緒に居て欲しい」

「それは構わないけど、悠君が姿を偽る意味は?」

 

 魔法で姿を変える、というのは真由美も九島家の[仮装行列(パレード)]が念頭にあったようで、特段疑問が飛ぶことは無かった。だが、そこまでする必要があるのかという彼女の疑問に対して悠元が答える。

 

「国防軍情報部の所謂過激派が達也を粛清しようと目論んでるようでな。一芝居売って俺と達也が戦いつつもそいつらを排除する腹積もりだ」

「成程。ということは、達也君には話を通すのね?」

「深雪と水波にも話を通す。なので、会談自体がほぼ茶番という有様だが」

 

 これまでの流れを勘案したとしても、間違いなく達也が一高を一時的に離れる可能性は高い。ならば、仮に達也が授業に出る必要が無くなった場合、その時間を用いて打ち合わせる。

 どうせ最近は居心地が悪そうな態度を教官から感じていたため、少しぐらい授業を離れても問題が無くなっている。この辺は姉たちの悪名が功を奏している部分もある為、正直あまり喜べないのが本音だ。

 

「エリカたちにも話を通して、盛大な罠を仕掛ける。本当ならば国防軍内部で片を付けるべき案件だが、非魔法師の人間に酷なことはさせられんからな」

「分かったわ。にしても、達也君を追い出したいって……神様にでも成り上がりたいようにしか聞こえないんだけど」

 

 その最大の理由である達也の戦略級魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]はアインシュタイン方程式をそのまま魔法として成立させてしまった、この世界における最凶最悪の戦略級魔法。それを言ったら、自身の戦略級魔法[太極八卦陣(コスモ・ノヴァ)]も大概だが。

 

「仮に神様という存在がいたとしても、絶対にロクな神様じゃないな。俗に言う邪神とか魔神の名が似合うと思う」

「悠君なら、平気で殴って消滅させそうな気もするけど」

「それ以前に絶対会いたくないですが」

 

 そして、口に出さなかったがディオーネー計画には致命的な欠陥が存在する。それは、エドワード・クラークはプロジェクトの提唱者という体を取っているが、官民の組織や企業まで巻き込む以上はこれらの交渉を纏める“リーダー”、そしてそれを後押しする“総責任者”の両方が不在ということ。そして、[トーラス・シルバー]=達也の公的かつそれに見合うだけの立場を保証できないことにある。

 

 エドワードは非魔法師である以上、魔法師と交渉するべくマクロードや魔工メーカーの重役まで協力者として提唱した。では、FLTも存在を明確に公表していない[トーラス・シルバー]と交渉する役目を一体誰が担うのか?

 原作では日本のUSNA大使館を使って水面下で達也への圧力を強めたが、これは尤もやってはいけない悪手だし、プロジェクトの参加の可否は個人の自由意志であり義務ではない。魔法協会が十師族まで巻き込んだのも、言い換えれば魔法協会自体が責任を負いたくないからという風に受け取れてしまう。

 

 これがアメリカ国内で完結する話ならば達也は参加を余儀なくされていたが、日本とUSNAに存在するのは“貿易の国際条約”と“国交”、それと“軍事同盟”。そのいずれも達也を[トーラス・シルバー]として参加させうるだけの明確な理由に成り得ないし、下手な横槍は立派な内政干渉に該当する。

 そして、レイモンドがもし『七賢人』として達也の正体を仄めかした場合、パラサイト事件の際に届いたビデオメールを師族会議と日本魔法協会に公表するだけでなく、レイモンド・クラークを“民間企業に対する威力業務妨害および青少年の安全を危険に晒す脅迫”の対象として国際指名手配することも視野に入れる。

 これで日本に来た場合、何の躊躇いもなく逮捕出来る下地を整えておくこととする。

 




 てなわけで、真由美との会話を含めてディオーネー計画に関する煮詰めの部分となります。正直に言って、木星と金星の間を一切考慮せずに魔法で行き来させたとしても、確実に人間関係などのストレスで地球にいる人間を自ずと憎む土壌を形成するようなものです。
 魔法科高校でもカウンセリングがいるぐらいですから、確実に専門のカウンセラーなど福利厚生を必要以上に手厚くしないと、確実に反乱を起こされて計画が途中で頓挫する公算が極めて高いです。

 そもそも、そこら辺の人材をどの国がどの程度出すのかという時点で確実に揉めて、第四次世界大戦が発生したら間違いなくエドワード・クラークの首が飛ぶことでしょう。
 ロマンを求めるのは個人の自由ですが、名誉の保証なんてしたところで娯楽もロクに無い宇宙で数十年間働けだなんて、常人なら確実にノイローゼものです。この時点でエドワード・クラークの立てたプロジェクト自体絵空事としかいいようがありませんが。
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