魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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想念の結果に生じたもの

 真由美の引っ越しは人手が居るため、悠元は大人しく引っ込む形となった。その上で彼が向かった先は雫の部屋だった。元々地元なので別に北山家で暮らすこと自体問題は無いと思っているが、雫としては航が一人前になる為にも早く家を出た方がいいと考えていた。

 その部屋にはほのかが遊びに来ていた。

 

「あ、悠元さん。お邪魔してます」

「ああ。大丈夫かな?」

「別にいいよ。というか、悠元ならいつ来てもいいのに」

 

 人付き合いの観点で言えば深雪とほぼ同時期に知り合い、幼馴染であるエリカや幹比古の次に長い付き合いとなっている。尤も、幼馴染以上に長いのはアリサと茉莉花の二人となるが。雫が動こうとしたところでほのかが立ち上がり、簡易キッチンに向かっていくのを見て互いに苦笑を零した。

 

「……気を遣われちゃったね」

「別に気にしないんだがな。寧ろそれで損をしているわけだが」

「それは確かに」

 

 実際のところ、ほのかはまだ達也に手を付けられていない状態となっている。なので、雫としてはほのかに発破を掛けるための策を教示しているのがテーブルの上に置かれた数冊の女性雑誌で自ずと察した。

 

「雑誌を見るだけで察しは付くが、ほのかがやったら間違いなく大抵の男が引っ掛かるのは違いない」

「悠元も魅力に思ったりする?」

「一般論で語ればな。ただ、人様の婚約者を奪う様な鬼畜の所業なんて出来ねえよ」

 

 それを聞いた雫は「そんな風にしっかり答えられるから、他の婚約者も含めて好かれるんだよ」と返してきて、これには悠元も深い溜息を吐いた上で空いている席に座る。すると、丁度コーヒーの香りがした方向に視線を向けると、カップを載せたトレーを手に持ってきたほのかが姿を見せた。

 

「お待たせしました。ミルクと砂糖も入れておきましたので」

「ありがとう、ほのか。にしても、表紙だけでも見ても結構派手じゃないか?」

「そ、そうですよね! 私には派手すぎるって言ったんですけど」

 

 こんな形の話は今に始まった事ではなく、切っ掛けは中学時代に雫の家で勉強会をすることになった時、本棚から派手なランジェリーの専門誌をほのかが見つけたことがきっかけだった。あの時は雫の無言の圧力でお流れになったが、婚約者となった時に聞いたら『悠元を誘惑するための勉強だといってお母さんから押し付けられた』だった。

 この事実はほのかに語られていないが、思春期真っ只中とはいえもう少し倫理と道徳を弁えて欲しいと思わなくもなかった。

 

「達也さんの周りは綺麗な人がいっぱいいる。深雪の助けを借りられるとはいえ、しっかりアピールしないとダメ」

「で、でも、こんなスケスケはマズいよ!? 悠元さんはどう思いますか!?」

「うーん、一回着てみて達也の反応を見るのが妥当じゃないか? ほのかにその度胸があるのなら……ほのか?」

「雫、この雑誌を借りるね!」

 

 何かを決意したのか、ほのかは雑誌を手に取って部屋を出ていった。大方派手なランジェリーを購入するべく動いたのだろうが、ここで雫が意味深な笑みを浮かべていることに気付いた。

 

「その様子だと、何か仕掛けたんだな?」

「家のコネをちょっとね。後はお母さんにも協力してもらって、ほのかに派手なやつを送ってもらうように仕向けた……効果は実証済み」

 

 婚約者の間柄となり、北山家の自室にいるときは明らかに誘っている服装ばかり選ぶことが多かった。結局手を出した結果として雫が懸念していた胸の大きさもある程度は改善された。それでも、雫からすれば姫梨やほのかの持つ胸は“反則”という認識は変わらないらしい。持たざる者からすれば、持つ者を羨む気持ちも理解できなくはない。

 

「二人きりになったし、私を押し倒しちゃう?」

「獣か、俺は。でも、否定は出来ないのが悔しい」

「寧ろ、情事を重ねるごとに骨抜きにしちゃうジゴロ」

「それを人の固有名詞にしないでくれ、雫さんや」

 

 いくら相手が婚約者でも、節操なしに行動を起こすのは流石に躊躇われる。それに、雫の部屋に来たのはちゃんとした理由があってのことだった。

 

「雫、潮さんからの返事は?」

「お父さんも提案を呑んでくれた。そのついでに先日のことで感謝していたって」

 

 別に呼び出して直接伝える方法でもいいのだが、相手は大財閥グループのトップ。

 こっちがいくら神坂グループの取締役(千姫からは実質代表取締役のような扱いを受けている)で、更に元老院四大老の一角になったとはいえ、多忙の相手を無理矢理呼び出すのは先方にも迷惑を掛けることになる。なので、雫を介する形で潮と連絡を取り、[恒星炉]プラントの正式事業化に向けての準備を進めている。

 

「あれは偶発的な衝突回避の部類だからな……まあ、返事は受け取る」

「了解。でも、表立って動かないのは何かあるの?」

「あるといえばあるな。国内というか国外が主な原因になりそうだが」

 

 主な要因はUSNAだが、新ソ連―――主にベゾブラゾフが油断ならないとみている。何せ、先代の“シリウス”を殺した実力は[十三使徒]もとい戦略級魔法師としての実力に他ならない。レオニード・コントラチェンコも戦略級魔法師の一人だが、剛三の予見では手痛い経験からして直接出張る事態にはならないだろうと推測している。

 

 情報に精通しているエドワード・クラークならば、ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]を調べ上げられるのだから、当然彼の為人も調べ上げられるはずだ。

 原作でエドワードがベゾブラゾフを止められなかったのは、エドワード自身魔法師でないために対抗できる抑止力がいないという原因に尽きるが、それ以上にベゾブラゾフを思い止まらせるための交渉材料が皆無だったというのもある。

 

「国内だけでも魑魅魍魎が可愛く見えるレベルだというのに、国外まで含めると味を無視してぶち込まれた闇鍋にしか思えん」

「そこまで行くと、味が味じゃなくなりそうかも」

「寧ろ味気すらしないだろうな」

 

 ここで疑問なのは、何故エドワード・クラークが達也もとい四葉家を目の敵にしているのか、という根本的な問題だ。

 

 情報という既得権益を考えた場合、たった30人で一つの国家を滅亡にまで追い込んだ(正確には、そこに剛三が加わって無双劇に発展した)ことを鑑みれば、エドワードが危険視する意味も理解できなくはない。

 しかし、大漢の崩壊からもうじき35年も経過しようとしているだけでなく、直接関与していなかった国の人間であるエドワードが四葉家を恨む理由など本来はないはずなのだ。この点では、大漢の崑崙方院を追い出された顧傑に近しい立場にいると言えよう。

 

 物語上、話を盛り上げる意味でも主人公(おにいさま)にとっての“悪役(ヒール)”は必要だろうが、第三次大戦によって北アメリカを掌握したUSNAの人間が同盟国の魔法使いの家を敵視する理由は見えてこない。それだったら、実は顧傑が生かされてUSNA国内で暗躍しているのであればまだ分からなくもない。

 正確な年齢は不明(調べる気にもならない)だが、公務員の就業年齢を鑑みれば当時のエドワードの年齢は十代もしくは二十代の頃の話になる。エドワード当人が不利益を被ったとは考えづらく、彼にとって親戚もしくは友人関係にある人物が大漢崩壊の一件で亡くなった、あるいはクラーク一家が何らかの不利益を被ったとみるべきなのが心情的に納得できると思う。

 

 その中で最も考え得る可能性の一つは、顧傑をUSNAに引き込んだのがエドワード・クラークの近親者だという可能性。

 

 USNAに限らず、あらゆる国家や組織において限りなく一枚岩になるというのは難しい。それこそ洗脳などの精神改造によって強制でもしない限りは。

 大漢の崩壊は、大量の難民を生み出す形となっただろう。でなければ、海を隔てて遠く離れたUSNA国内に難民ネットワークを構築するまでには至らなかった。その影響の一端を強く受けたのがイギリスと関係の深い香港系の人間であり、それが後の[無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)]を生み出すことに繋がったとみるのが自然だ。

 魔法の軍事利用を強く推し進めてきたUSNAとしては、大陸系の魔法技術を手に入れる格好の材料として顧傑や大漢難民の受け入れを認めたのだろう。尤も、相手が魔法師であるということから無理強いできる筈もなく、大陸の古式魔法が[スターズ]の魔法に反映されたかどうかは判断しかねる部分が多い。

 

「その首謀者に近しい一人がレイモンド・クラーク。当人は[七賢人]の名を使ってビデオメールを送り付けてきた。それも、俺が戦略級魔法師[殲滅の奇術師(ティターニア)]だということを知った上でな」

「レイが……あれだけ詳しく知っていたら、納得かな」

 

 志半ばで祖国を追われた顧傑を引き取ることで生じるリスクを考慮してもお釣りがくるメリットを見出した、ということになる。ただ、その当時は人道的な理由と大陸の魔法技術の吸収という理を求めてのことだろうが。

 ここでもう一つの可能性を考えるとすれば、四葉の復讐劇にUSNAの人間―――例えば、エドワード・クラークの親世代が関与している可能性。

 

 一見すると突拍子もない可能性だが、状況だけ見てもそれを唱えられるだけの根拠はある。それこそ、エドワードの父親が何らかの形で四葉の復讐劇に関与したために殺されたということも考えられる。なので、調べてみることにした。その結果……予想は見事に的中してしまった。

 

 エドワードの父親も情報システムの専門家で、エシェロン(ツー)の設計・開発者として政府お抱えの技術者として名を馳せていた。その彼が表向きVIP待遇の講師という形で祖国を離れることとなったのが四葉の復讐劇の丁度1年前。彼は日本での仕事を終えた後、そのまま日本から香港経由で大漢の崑崙方院を訪れていたのが、四葉の復讐劇の真っ只中。

 リスクを負ってまで出向いた最大の理由は、冷凍保存された四葉真夜の冷凍卵子を引き取る代わりに、大漢に魔法技術の供与を行うための裏取引。彼は非魔法師ながら安全保障局のエージェントも兼務しており、日本の滞在は正体を隠す為の工作活動だった。

 取引の最終段階を迎えていた最中に四葉元造を含めた四葉一族の襲撃を受け、巻き込まれる形で命を落とした。後に分かったことだが、真夜誘拐の為に動いていた大漢軍の兵士を台湾に密航させた内通者でもあった。形はどうあれ、因果応報と言えるだろう。

 

 その当時、レイモンドはまだ生まれていないが、多かれ少なかれエドワードから聞かされて育ったのは確かだろう。であれば、達也が四葉を名乗る前はまだ友好的だった態度が、公表後は一変して父親の願いを叶えようとする行動理念も理解できる。

 

「レイモンドの父親―――エドワード・クラークは四葉家を憎んでいる。達也の存在如何に関わらずな」

「それって……レイはそのことを?」

「知っているとみるべきだな。ただ、エドワードの父親が成した所業を鑑みれば因果応報の結果だ。理解していても納得できないなら、話し合う余地は無くなるだろう。雫からしたら酷だと思うか?」

「ううん。そうしなきゃいけないことは分かってるつもり」

 

 でなければ、どうあっても制御できない顧傑に対して[フリズスキャルヴ]の端末を渡すなんて所業も敢行しなかっただろう。最悪、彼の命を犠牲にしてでも四葉家を葬り去る腹積もりであったのは間違いない。その意味で、顧傑はエドワード・クラークにとっての道具(にんぎょう)だったのだろう。

 国外にいる魔法師を責めることで国内にいる魔法師に対するリスクを鑑みない時点で、エドワード・クラークの主眼は四葉家への復讐に完全に舵を切ってしまっている。その結果が余りに杜撰な[ディオーネー計画]の骨子だ。

 

「四葉家を葬り去ろうというのなら、最早俺にとってクラーク親子は敵だ。奴らがどう動くかを見た上で、奴らの用意したテーブルにペンキをぶちまけるが如く面子を潰す。宇宙に行きたければ勝手に行け、俺は一切関与しないと言ってやるさ」

「それでも諦めない場合は?」

「殺す。敵意や害意のある人間なんて、窮鼠の状態にさせただけで何をやらかすか分かったものじゃない」

 

 追い詰められた結果が原作における[スターズ]のパラサイト化現象であり、USNA政府はダラスの研究所の動きを把握できる立場にいたはずなのに、軍を咎めなかった。軍も軍で不審なメールの件を一切上に報告していなかった。報連相が出来ていない時点で、スターズの非魔法師に対する不満やストレスを解消させようと積極的に動かなかったツケでしかない。

 

「尤も、殺すのはパラサイトだけだ。当人たちはしっかり法の裁きを受けてもらうことになるが」

 

 リーナをその捌け口にした時点で、[スターズ]そのものに不満となるストレスが蓄積していた事実を証明したようなもの。こんな事態にならないように手を打つべきであったのに、参謀本部はその対処を怠った。一番憤慨しているのは他ならぬUSNA政府だろうが。何せ、軍が勝手に暴走しただけでなく、兵士や軍の装備まで勝手に動かされた挙句損耗したのだ。

 正直、大統領が本気で助走をつけて某漫画のように複数ページに渡って相手をボコしても誰も咎めないと思う。寧ろ命があるだけマシだと思ってほしいと思わなくもない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ディオーネー計画に限らず、あらゆるプロジェクトは計画の規模に比例してやるべき手続きや処理が増える。そして、誰が一番その皺寄せを受けるのかと問われると……その処理を行う現場の担当者であった。

 

「ふっざけるなぁ!!」

(あー、また増えたんだな。可哀想に)

(言ってやるなよ。気の毒なのは確かだが)

 

 USNA・国防総省(ペンタゴン)のオフィスの一角で響き渡る怒号に近い叫び。普通ならばそれを咎めたりするべき行為なのだが、そこに高く積み上げられた書類の山を見ただけで、このオフィスにいる者はそれの処理に追われている人物に内心同情を送っていた。別の人は、近くの同僚と小声でその様子を憐れんでいた。

 明らかに一人で負える代物ではない書類の山と高速で格闘しているのは一人の青年―――ジェラルド・バランスその人。ここ最近増えてきた北米魔法協会からの申請書類に加え、例の宇宙開発に向けての資料作り。その結果として、ここ1週間は職場に寝泊まりするというシステムエンジニアよりも過酷な業務に追われていた。

 

「処理しても処理しても減らないどころか増えるなんて、ちったあ電子化でもしろよ! 俺は体のいい社畜じゃねえんだよ……エドワード・クラーク、マジで許さねえ」

 

 職場で十分な睡眠など取れるはずもなく、いつも仕事の差配をしている上司もこの惨状を見た上で『辛かったら一日ぐらいは休め』と口にしてしまうほどに、ジェラルドの仕事は極まっていた。

 ともかく早急に片付けて家に帰ると意気込んでいた彼の端末に一件のメールが送られてきた。こんな忙しさだからメールもロクに読めないと無視するところだが、ジェラルドは『少しだけ休憩するか……』という気持ちで書類の手を止めて端末を操作すると、そのメールは大統領官邸(ホワイトハウス)から送付されたものだった。

 

 そのメールがジェラルドにとって、この先の将来を決定づけるものになるとは……見ていた当人にも与り知らぬことであった。

 




 ディオーネー計画に関する部分と、後半に少し苦労人の未来に関する話。
 エドワード・クラークの四葉家への執念に関する部分は完全に本作のオリジナルですが、寧ろこうまでしないと整合性が取れないだけでなく、非魔法師であるエドワードが魔法師を相手にする為に世界を握る野心家に成り上がるとなれば、彼の行動理念を決定づけるだけの理由が必要だと感じてのものです。
 レイモンドの年齢を考慮したとしても、四葉の復讐劇が起きた当時の年齢はエドワードが若い頃の話。その時に辛い経験をして四葉家を葬る為に動き始めたとなれば、彼にとって大切な存在を失ったとみるのが一番自然な流れと判断してこうなりました。
 だとすれば、国家に忠誠心は有していても父親を殺したに等しい政府に義理や恩情など抱く筈もないですし、相手が例えアンジー・シリウスでも物怖じせずに脅す気概を持ったとしてもおかしくはないでしょう。
 最悪、USNA政府が不利益を被っても知った事ではないと踏み切ったのかもしれませんが、情報を握るのならばそれを精査する能力が欠如した結果の杜撰さかと考えました。

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