魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

429 / 551
名誉が欲しければ自分でやれ

  ディオーネー計画は主に4つのプロセスで構成されている。

 

 一つ目はロケットを魔法で打ち上げることで必要な人材や資材を宇宙に送り出すというもの。その前例は世界群発戦争の際に極超音速質量弾の砲台を宇宙に作るという計画が持ち上がった際、二人の魔法師が加速・加重系の魔法を用いることで大規模質量体を宇宙空間に飛ばすというもの。

 前世でよく見たような液体燃料による噴射方式のように天候をあまり気にしなくていい利点があるだけでなく、費用対効果の点で有益とされた。しかし、過去の打ち上げではそれに携わった魔法師が全員亡くなったという悲惨な結果を生んだ。原因は魔法そのものの欠陥を把握できなかったUSNAの責任に他ならない。

 

 二つ目は火星と木星の間に存在する小惑星帯(アステロイドベルト)で、小惑星に含まれる金属資源を取り出すプロセス。金星の大気改善には大量のニッケルが必要となるが、それは『M型小惑星(太陽系の小惑星のうち、金属質のもの。ニッケルや鉄を多量に含む。隕鉄や石鉄隕石の起源と考えられている)』から掘り出すことで解決する。

 金属を全て宇宙から調達できれば、地球上の資源を使う必要が無くなる。ここでも魔法を用いることで推進剤を不要とする利点はあるが、それはあくまでも魔法師が近代における炭鉱夫同然の労働環境を肯定した場合の話となる。

 

 三つめは木星から水素を採取して金星に送り、サバティエ反応(水素と二酸化炭素を高温高圧状態に置き、ニッケルを触媒としてメタンと水を生成する化学反応)を起こすことで金星に水を生み出す方法。そして、四つ目はガリレオ衛星のカリストから氷塊を切り出して金星に送り、第三のプロセスによって起こり得る大気の高温化を防ぐというもの。

 

 ディオーネー計画はこの4つのプロセスで構成されているわけだが、一番ネックになりそうなのは第三のプロセスである木星からの水素採取だろう。

 なにせ、木星自体下手すると太陽まで行きそうだったガス系惑星の一つで、高密度かつ人間が活動できる範疇の温度ではないことは過去の観測データで判明しているだけでなく、魔法を使用するとしても危険な作業となる可能性が極めて高い。他のプロセスでも無重力・真空状態の宇宙空間で作業するという危険を孕んでいるが、このプロセスが一番危険が伴うと思われる。

 世界群発戦争によって宇宙開発は永らく頓挫したような状態となっただけに、安全性を保証できるとは必ずしも言えない。そんな状態の科学技術を魔法技術で補完して宇宙開発を行う……万が一のアクシデントをきちんと担保できるとは到底思えないのだ。

 

 きちんと考えれば杜撰どころか危険極まりないプランとしか言いようがなく、しかも万が一の場合として魔法師が事故で死んだ際の責任を誰が取るのかも明言していない。国際魔法協会が取るのかと言えば、経済的な補償が出来ない組織が責任など取れるはずもなく、提唱国としてUSNAが支払うのかと言えば不明瞭。

 

 とどのつまり、無責任極まりない立案の時点で却下をするべき案件。

 

 ディオーネー計画の呼び掛けがあった翌日の月曜日。[トーラス・シルバー]探しに躍起になるメディアは……普通ならハイエナ根性でも出して探そうと目論む輩が多かれ少なかれ出るだろうが、表向きは何事も無い平穏な日常であった。

 いや、何もない訳ではなかったが、悠元からすれば婚約者たちとの関わりがさらに加速した部分は否めない。詳細を書こうとするとあまりに性愛塗れの描写が並ぶため、発言は慎むこととする。

 

 そんな不純異性交遊(こんぜんこうしょう)のことはさて置き、魔法科高校―――第一高校の中はいつも通りに近い日常であった。九校戦中止のショックは大きいが、特に3年A組は一昨年・昨年の代表選手が多いために話題を意図的に避けている傾向がみられる。

 何せ、槍玉にこそ挙げられはしたものの、達也の功績は第一高校にいる人間なら誰もが最早認めざるを得ない実績を持っているし、彼がエンジニアを務めたことで九校戦四連覇の偉業に足を踏み入れることが出来た。その彼を咎める生徒など、もういないに等しい。

 その代わり、話題となるのは日曜の宇宙開発に関するものが殆どであった。

 

「やはり、ディオーネー計画のことについての話題が多いですね」

「そうだな。ロマンはあるだろうが」

 

 過去に第二次大戦後の冷戦時代において、世界の主導権を握るために宇宙開発競争が加熱し、結果は旧合衆国が折れるような形でロシアの主導によるロケットが宇宙へ飛ぶという状態となった。

 ディオーネー計画は表向き魔法技術の平和利用を謳っているが、そもそも反魔法主義の風潮を跳ね除けるという大義名分があるとはいえ、魔法の平和利用を今まで考えようともしてこなかったUSNAにそれが出来るのか? という疑問は尽きない。

 

「ロマンはあっても、飯のタネになるとは思えないけどね。マスコミにとってはその限りじゃないけれど」

「それは確かに……ん?」

 

 すると、別の用件で開いていた悠元の端末にメッセージが表示された。その内容は校長室に来るよう指示されたもので、近くにいた姫梨とセリアもそのメッセージを目撃する格好となった。

 

「……悠元に何の用事でしょう」

「予想は付くけどね。行くの?」

「ここでの俺は一応高校生だからな。一応年長者の呼び出しには従うさ」

 

 今日は早めに学校に来たため、深雪はもとより雫やほのかもまだ登校していない。当然、達也もまだ学校に来ていない。原作の展開を考えるならば達也を説得するような流れなのだが、表立って魔工技師として働いていない自分が巻き込まれる意味が分からない。

 在籍上は[トーラス・シルバー]チームが置かれているCAD開発第三課に勤務しているのは間違いないが、これまで発売したCADや発表論文は全て[トーラス・シルバー]を個人として表記していない。

 悠元は大人しく立ち上がり、姫梨とセリアは事情を知る側の人間の為、察した上で悠元を送り出したのだった。

 

 校長室には、校長の百山と教頭の八百坂、それに魔工学科の担当教官であるジェニファー・スミスがいた。重厚な机に百山が座り、その両端に八百坂とジェニファーがいる形だった。一応『失礼します』と断りを入れた上で百山の前に立つと、百山は前置きを置いて問いかける。

 

「君を呼んだのは他でもない。君は[トーラス・シルバー]なのかね?」

「いいえ、違います。校長先生は何を根拠にそんな問いかけをなさったのですか?」

 

 百山の問いかけに対して悠元は明確に否定した。牛山から[ミスター・トーラス]などと呼ばれることはあるが悠元は実質的な呼び方として許容しただけであり、メディアで一時期騒いでいた[トーラス・シルバー]ではない。

 ここに達也がいれば互いに険悪な雰囲気が流れていただろうが、今のところはまだこちらが高圧的に出る必要もないと判断して悠元は百山の断定めいた発言の根拠を求めた。すると、百山はデスクから一通の手紙を取り出した。

 

「アメリカ大使館を通じて、USNA国家科学局、NSAから書状を受け取った。昨日、私の自宅に大使館員が態々持参したのだ」

 

 百山は第一高校の校長だが、魔法教育の国際的権威としても名高い。公的機関の学長ではあるが民間人同然であり、外交に携わる立場ではない。そんな立場の人間に大使館員が外交文書同然の手紙を寄越すこと自体、異例と言う他ない。

 リストに載らなかったはずの自分を計画に参加させるような手紙を持ち込んだ。机の上に置かれているのは二通だが、片方は間違いなく達也に向けてのものだろう。そうなると、達也の手紙はまだしも、自分への手紙を準備したのはエドワード・クラークではなくレイモンド・クラークの線が濃厚となる。

 

「ここには『[トーラス・シルバー]に匹敵し得る技術者として、ミスター悠元・神楽坂がディオーネー計画に参加できるよう取り計らってほしい』と書かれていた。この中には君が[トーラス・シルバー]ではないかという疑念も書かれていたため、確認の為に問い質せてもらっただけだ」

 

 その手紙を見るに、恐らく国防軍方面で[フリズスキャルヴ]を使って上条達三としての自分を探り、[トーラス・シルバー]を仄めかすような文面まで準備した段階でUSNA政府の上層部やUSNA軍参謀本部も自分や達也の情報をある程度知り得ている、と解釈した。

 外交文書に質問を載せることはあるかも知れないが、それを渡す相手のことを鑑みて書いたとは到底思えないことに内心で溜息を吐きたかった。

 

「自分は[トーラス・シルバー]ではありません。いくら国際的なプロジェクトと言えども、今の自分は国家の重責を担う身として国許を離れることなど出来ません」

「我が校の生徒が国際的なプロジェクトに招かれる。これは非常に名誉なことだと考えている」

 

 悠元の発言を聞かなかったばかりか、心にもないことだと聞き流しつつ鋭い眼光を向ける百山。だが、それに比例して悠元の存在感も無意識的に外れていく。それを一番『マズい』と読み取ったのは、他ならぬジェニファーだった。

 

(マズい……校長先生は何を考えているのですか)

 

 ジェニファーは魔工学科創設前に悠元の姉である佳奈や美嘉を教え子としていた。その際に聞き及んだ美嘉の一高退学騒ぎはジェニファーを震え上がらせた。

 何せ、平然と十師族の一角である三矢家の子女を危うく退学させかけたこともそうだが、その美嘉ですら『弟は名誉や栄光なんて求めない。そんなことを口にしたら穏便に済みませんよ』と口にしていた。それは流石にないだろう……と思っていた過去の自分を本気で殴りたいと思うほどに、今の状況に対して冷や汗が流れる。

 そんな彼女の心境の中、悠元と百山の相対は更に険悪なものとなっていく。

 

「私だけではない。国立魔法大学の学長も同じ意見だ。君がNSAの国際プロジェクトに参加するなら、当校の卒業資格と国立魔法大学への入学資格を与える。プロジェクト参加により魔法大学の授業が履修出来ない場合は、参加期間に応じて自動的に単位を与え、期間が四年に達した時点で魔法大学卒業資格を与える」

「―――」

 

 絶句というより呆れ返る、と言う他ない。自分の目の前にいる人間たちはディオーネー計画の根本的な問題を読み取れていない。

 大体、惑星丸ごとテラフォーミングするという時点で初期メンバーが10人といえども、最終的に動員される魔法師の数は数万人から数十万人、下手すると地球上にいる全ての魔法資質保有者が動員されかねない。

 

 星一つをそんな簡単に改造できたら誰も苦労しない。現在の魔法教育の権威である百山がそれを理解できない筈がない。政府やメディアに変な圧力を掛けられたくない、という学校の事情を鑑みることは出来るが、今の百山の発言は悠元を怒らせるには十分すぎた。

 

「神楽坂君。君も―――」

「言いたいことはそれだけか。第一高校・学校長、()()()

「っ……!?」

 

 悠元とて部活連会頭という学校の風紀を正す立場であり、その立場を以て辣腕を揮ったりすることはあったが、家の立場を振り翳すことはしていない。それは一昨年の九校戦前に詰め寄ったクラスメイトを気絶させたことが噂として広がり、悠元が神楽坂家の人間となったことで誰も彼に擦り寄ろうという気概のある輩はいなかった。

 生徒ですら踏み越えなかったラインを百山が踏み越えた。ここから魔法科高校の生徒として対応する必要は無いと判断し、悠元は神楽坂家当主として百山と相対する。

 

「人様の都合も考えずに軽々しくプロジェクト参加を促すなど、それはもう強制としか言いようがない。そんなに我が校の名誉が必要ならば、校長自らプロジェクトに参加すればいい」

「だが、NSAが求めているのは」

「知らんな、海の向こう(アメリカ)の都合なんてものは。大体、説得と言うならエドワード・クラーク本人が出向くべき話であって、それでも学校の単位を盾にしようものならば、直接国立魔法大学の学長に問い質す」

 

 いくら相手が未成年と言えども、学校を盾にするようなやり方は許されない。何せ、基本コードを発見した真紅郎や佐渡侵攻で功績を挙げた将輝が当時在籍していた中学で何らかの便宜を受けていたという話は聞いたことがない。

 

 日本はUSNAと軍事同盟関係にあっても、裏を返せばUSNAに従う大義はそれしかない。FAE理論についても当初は共同研究していたが、結局はUSNAだけで完成させて日本に技術供与を行わなかった。横浜の一件も大亜連合軍の侵攻に際して米軍を援軍として派遣しなかったに等しい。

 そればかりか、悠元や達也の戦略級魔法を危ぶんで暗殺部隊―――“シリウス”や“ポラリス”を送り込んだ挙句、パラサイトという向こうが解決すべき問題まで持ち込んだ。持ち込んだのは顧傑や周公瑾によるものだと判明しているが、つけ込まれる隙を作った時点でUSNAに道義的責任が生じる。

 

「そもそも、説得がしたいのならば自分のところに直接手紙を送ってこればいいだけの話だ。こんな堀を埋めるようなやり方しかしない時点で、ディオーネー計画の正当性を疑いかねない」

「……神楽坂君、君はどうあってもプロジェクトに参加はしないと?」

「最初からそう言っている。何だったら、姉にやった様に今ここで退学を勧告するか?」

 

 そんなことが出来るはずはない。何せ、第一高校史上最強の魔法師にして、三高の[クリムゾン・プリンス]を2年連続で完封した実力者。おまけに現在まで学年主席を維持している成績を有する人間を切れば、神楽坂家・上泉家・三矢家の少なくとも三家が百山を社会的に抹殺しかねない。

 それだけでなく、第一高校の成績優秀者を『国際的なプロジェクトへの参加を拒否した』という理由だけで退学なんてさせようものなら、間違いなく百山の権威は地に落ちる。ひいては第一高校の評判にも直結するだけでなく、魔法大学の評判にも影響してくる。

 冷や汗を流す百山は気配を放っている悠元に対し、暫し考えた後にこう述べる。

 

「……USNAからの回答期限は定められていない。なので、今日から君の授業出席を免除する。出欠に拘わらず、定期試験を受ける必要もない。講義もA評価として判定する」

「(答えを引き出すのではなく、分が悪いと判断してそうしたか……)今回はその提案を呑もう。だが、俺の心は一切揺るがない。此方が満足し得る対価を持ってくることが出来たら、話し合いに応じるつもりがあるとだけ言っておく」

 

 『尤も、そんな対価がアンタに用意できるかなど知らんが……』とは言わなかったが、そう吐き捨てて、解放していた意識を抑えた上で悠元は乱暴気味に校長室の扉を開閉して去っていった。

 廊下に出て少し歩くと、視界の向こうから一人の男子生徒―――達也の姿が目に入った。達也も悠元が来たことに少し驚くような表情を見せたが、互いに何故呼ばれたのかを察した上でゆっくり近づいてきた。

 

「朝から大変だな、達也。大方ディオーネー絡みなんだろうが」

「そういう悠元こそな。……あのことは聞かれたのか?」

「聞かれたが、俺は当事者じゃないからな」

 

 関与はしているが、表立って[トーラス・シルバー]を名乗っているわけではない。あくまでも関与しているのは上条洸人としてであり、神楽坂悠元として一切関与していないからこその言葉に達也は思わず苦笑していた。

 

「部活連会頭なのに授業に出なくてもいい、と言われるとは露にも思わなかったが。ともかく、細かい話は放課後で話そう」

「そうだな、分かった」

 

 悠元はそのまま教室に戻り、達也は校長室へと歩を進めていく。

 




 補足説明ですが、悠元が明確に[トーラス・シルバー]であると断言されなかったのはFLTの出入り自体が上条洸人および長野佑都(現在の神坂佑都)としてのものであり、[トーラス・シルバー]としての功績を一切要求しなかったことに起因するものです。
 それと、達也がエンジニアとして九校戦で活躍した一方、悠元は主に選手として活躍しており、エンジニア自体はもののついでという形だった為に[トーラス・シルバー]としての疑惑までは抱けても状況証拠としては些か弱いという点がある為です。
 そして、最大の理由は悠元が渡しているデバイスの殆どはワンオフ仕様の為、複数存在するのは雫が一昨年の九校戦で使った銃形特化型CADぐらいですし、設計データはすべてオフライン上で管理されている為です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。