私は九校戦の試合を観戦しに行ったことがある……いや、結構な頻度だろう。
ただ、いつもお兄様が一緒にいるわけではなく、あの一件以降からお兄様も中学生らしからぬ夏休みを送るようになった。FLTと国防軍の訓練、そして私の家庭教師で夏休みが終わっていたが、お兄様は気にすることなどなかった。
私一人では不安だから、とお兄様は同僚である藤林少尉に頼んでくれたようで、私は一緒に観戦していた。本当はお母様も一緒に行きたがっていたが、四葉の係累であることを隠すために私とお兄様のことを気遣ってくれたのだろう。
叔母様もそのことを心配されていた……一緒に観戦したいと駄々を捏ねていた、と母様から聞いたときは思わず苦笑してしまったが。
そんなお母様と叔母様だが、最近では将来私たちが九校戦に出ることも見越して本家当主の自室と伊豆の別荘にFLT社製の大画面モニターを買ったらしい。
あの人に買わせたのかもしれない。その意味で直接行きたかった、というのは理解できた。
お兄様はそんな二人に対して『母上と叔母上は一体何と戦っているんだ……』と零していた。こればかりは同意してしまった。
私が見ていた競技で一番白熱したのは、昨年の女子クラウド・ボール決勝。
同じ一高同士―――それも十師族の戦い。
対戦カードは、当時一高の生徒会長にして完全無失点勝利記録を保持する3年
その前評判通り、見ている側も呼吸を忘れてしまうほどの魔法の応酬。
本来3セット勝負の女子クラウド・ボールでまさかの全セット0-0。男子クラウド・ボール並みの5セットに延長しても0-0という状況に、このまま勝負がつかないかと思っていた延長の第6セット。
ここで三矢美嘉が一気に動いた。それは三矢家が得意とする「スピードローダー」とは別物の技術といわれた三矢家の秘術が炸裂して、試合を一気に優勢へと持ち込んだ。
私はここで気付いた。彼女は、最初から
普通なら想子切れを起こすだけの作戦だが、それほどまでの想子保有量でないとできない芸当。彼女が入学した時には考えられないほどの成長だと周囲は驚愕していた。
私は、その人の強さから目が離せなかった。まるで、自分を救ってくれた“あの人”と同じような強さを感じていた。
―――結果は161-0。三矢美嘉の作戦勝ちで、新人戦・本戦の同一種目三連覇を達成した。
◇ ◇ ◇
金沢にある第三高校、通称三高。
実技方面を重視した教育方針で、九校戦においても2回の総合優勝をしている。
今年は強力ともいえる1年が入学し、その面々が向き合って座っている。
男子は、一条家の次期当主にして『クリムゾン・プリンス』の異名を持つ
そして、魔法の基本コードの一つを発見した天才『カーディナル・ジョージ』こと
女子は、一色家の令嬢で『
そして、百家である
本来なら愛梨にとって将輝の存在は同じ『一』の名を冠する二十八家の子。だが、一条家と一色家では十師族と師補十八家という『壁』が存在しているのもまた事実。
それをあえて飲み込んでまで愛梨が2人と相対しているのは九校戦のことである。
「3年の七草真由美、十文字克人。それに匹敵しうる3年の渡辺摩利。これは既定路線なわけなんだけど、今年はとんでもない1年が入ってきた」
「『カーディナル』の貴方が随分と弱気ですわね。一体何があったのです?」
愛梨からすれば、いつも自信に満ちたような真紅郎の印象が強かったため、珍しく悩んでいるような雰囲気に少し驚きを感じていた。それを聞きつつも真紅郎はその名を呟いた。
「一高の1年新入生総代が、
「三矢……十師族が……」
「主らのその様子だと、一度出会っておるようじゃが?」
真紅郎の言葉に愛梨は驚きを隠せず、その言い方に何か引っ掛かりを覚えた沓子は男子2人に問いかける。将輝と真紅郎が顔を見合わせた上で頷き、将輝が話す。
「ああ、俺とジョージは面識がある。尤も、魔法で撃ち合ったわけじゃないから実力なんて解らないが……親父が高く評価するからには、只者じゃないだろう」
確かに只者ではない……将輝と真紅郎を関節技で気絶させた手際は凄いと思うが、魔法に関しては全く不明だった。一緒に作戦行動をしたわけでもないので、その辺は無理もない話だ。
「一条の現当主がそこまで言うほどの……ですか」
「加えて六塚家の人間まで一高に入学している。恐らく九校戦には出てくるだろう。無論、それ以外にも実力者は出てくるだろうね……三矢に3年の先輩たちが苦しめられた以上、楽観視はできないかもしれない」
一条、三矢、六塚、七草、十文字。今年だけでも十師族の半分が出てくるという状況。しかも、そのうちの四家が一高からという状況である。
将輝がその人物に強い関心を持っている父親のことを口にすると、栞は思わず声に発し、それを聞きつつも真紅郎は珍しく真剣な表情を浮かべた。その理由は九校戦において三矢が打ち立てた実績に他ならない。
「三年前の
「昨年の女子クラウド・ボールの試合なら私も直接見に行きましたが……恐らく、勝てないでしょう。七草の令嬢だからこそ6セットまで持ったようなもの。おそらく、あの人なら“最低10セット”は可能だったでしょうね」
10セット―――それは男子クラウド・ボールを
そんな状況なんて当然愛梨にも経験がない領域のレベル。仮に対戦したとしても、勝てる可能性があったとは愛梨にも断言できなかった。
「彼がどの競技に出てくるかで対策は決まってくるんだけど……将輝は何も知らないの?」
「三矢の「スピードローダー」ならともかく、それ以外はサッパリ。親父も何も知らないらしい。何せ、九校戦に出ていた三矢家の人間は、全員得意魔法の系統自体が違う。だから彼が何を使うのかすら読めない」
「やれやれ、実際に戦う前からわしらを悩ませるとは、流石一高の『
「ともあれ、出来ることをしましょう。彼が全部の競技に出るわけではありませんし」
「そうね、愛梨の言う通りよ」
愛梨の言葉に栞が頷き、ほかの人間も同意した。
確かに悠元一人で全ての競技に出ることはできない。だが、すべての競技に『関与する』ことが可能であることを彼らはまだ気づいていなかった。
愛梨ら女子組が去った後、徐に真紅郎が将輝に問いかけた。
「将輝、あのことは言わなくてよかったのかい?」
「……ジョージ。それは俺に生贄になれ、と言ってるのと同じになる。それだけは勘弁してくれ」
「やれやれ、『クリムゾン・プリンス』の名が泣くよ?」
「好きでそうなったわけじゃないが、付いた以上は甘んじて受けてるだけだ」
あのこと―――それは長野佑都が三矢悠元であるということ。
悠元が入学した事実は二十八家に届けられたが、先に述べた事実は十師族の範疇で止められている。これは、どのみち九校戦でお披露目になるからという三矢家の慣例みたいなものだ。
真紅郎がそれを知っているのは将輝が話したからに他ならない。
愛梨が悠元の入学を知らないような素振りからして、愛梨の父である一色家現当主の思惑もあるのだろうが、こればかりは将輝にも分からないことだった。
以前その絡みで被害に遭った身として、これ以上の面倒は勘弁だと話す将輝。これに対して、真紅郎は彼の異名を引き合いに出しつつ苦言を呈したのだった。
尤も、真紅郎もそうなる様な気がしたために、将輝の言葉を否定するようなことはなかった。
◇ ◇ ◇
―――西暦2095年7月。
魔法科高校において、学ぶ内容は一般教科に魔法理論、魔法実技と国策の教育機関だけあってかなりハイレベルな内容だ。とはいえ、考査自体は魔法理論の記述式テストと魔法実技の2種類というあたりは魔法科高校らしいだろう。
魔法理論は基本教科である基礎魔法学・魔法工学の2教科、選択科目の魔法幾何学・魔法言語学・魔法薬学・魔法構造学から2教科、魔法史学と魔法系統学から1教科の計5教科の合計得点。
魔法実技は展開速度・魔法式の規模・干渉強度の3種類の評価で行われることとなる。実技に関しては入試と同じなので、どれほど成長したのかを示す目安みたいなものだ。
悠元が選択したのは魔法言語学と魔法幾何学、それと魔法系統学。
最初は魔法史学を取ろうかと思ったのだが、上泉家自体が魔法史学の塊みたいなものであり、剛三からの経験を聞くだけで事足りてしまっていたので取るのをやめた。何せ、生ける第三次大戦の経験者みたいなものだ。
魔法言語学に関しては『言語理解』というチート技能のせいで100点は簡単に取れてしまう。
魔法幾何学は……感覚的に何とかなってしまうとしか言えなかった。魔法工学は言わずもがなというか満点、系統学も何とかなった。
魔法実技のほうは、何とか機械を壊さない範疇でクリアした……99msはさすがにやり過ぎたと思ってるが。
そして、1学年1学期末考査の結果が発表される。
成績上位者は学内ネットで氏名を公表されるのだが、魔法理論と魔法実技を合わせた総合順位の結果はこうなった。
1位 1-A 三矢悠元
2位 1-A 司波深雪
3位 1-A 六塚燈也
4位 1-A 光井ほのか
5位 1-A 北山雫
6位 1-B 十三束鋼
「やったー!」
「1位から3位はまぁ、ある意味順当だね」
「悠元さん、深雪、燈也さんもおめでとう!」
「ありがとう、ほのか」
入試の際に成績順で均等にクラスを分けているのだが、上位5名が同じA組で独占となった。ある意味順当というべきなのかもしれない。次に魔法実技の順位はこうなった。
1位 1-A 三矢悠元
2位 1-A 司波深雪
3位 1-A 六塚燈也
4位 1-A 北山雫
5位 1-A 森崎駿
6位 1-A 光井ほのか
「燈也も流石だな。流石十師族だわ」
「その上にいる悠元と深雪も凄いんだけどね。雫は流石だね」
「ま、上手くいったからね」
これについても順当というべきなのだろう。上位6人がすべてA組という時点でクラス分けに失敗している感が否めないが。ちなみに、上位3名は魔法の展開速度が250msを切っている。
「おい、なんだよこれ! ありえないだろ」
「採点ミスじゃないのか!?」
だが、記述試験となる魔法理論で波乱が起きた。クラスメイトが驚愕した結果がこれだ。
1位 1-A 三矢悠元
1-E 司波達也
3位 1-A 司波深雪
4位 1-E 吉田幹比古
5位 1-A 六塚燈也
6位 1-A 光井ほのか
8位 1-A 北山雫
10位 1-E 柴田美月
19位 1-E 千葉エリカ
20位 1-E 西城レオンハルト
これだけ見ても、E組の面々―――正直に言えば自分と関わり合いのある人間たちがこぞってランクインしている。一番驚いたのはレオの驚異的な成績の伸びだろう。これについては燈也が山岳部の誼でレオに勉強を教えていたらしい……それは納得できる話だ。なお、一つ上にエリカがいるので、どういう展開になるかは火を見るより明らかだろう。
(悠元さんやお兄様と一緒に並んでる……)
「あー……雫も大変だね。いろいろな意味で」
「深雪のこういうところが残念というか……負けられないかな」
深雪に至っては、理論の結果が自分よりも上にいる二人に喜んでいた。ある意味平常運転である。
というか、吉田って思い出した。あの人、多分幹比古の父親だわ。大抵『ミキ』か『幹比古』でしか認識してなかった……何度か面識はあるのだが、半年ぐらいは顔を合わせていない。まあ、こちらも大変だったからな。
エリカからは『ミキには話しておいたわ。十師族だからって遠慮するな、って』と聞かされた。その対価は既に払っているが、少し感謝はしておこうと思う。
とはいえ、こんな結果を見て『ズルをした』だの『実技ができないのに理論なんて理解できるわけがない』という声もあるが、それに対してハッキリとこういった。
「―――自分たちが使っている魔法だって『不可能を可能にするためのもの』だろ。そんな『有り得ないこと』を当たり前のように使っておいて、この結果が『有り得ない』というのは矛盾じゃないのか? そんなことを言ってる暇があるんなら、自分の努力が足りなかったことを恥じるほうが大事だろう」
魔法実技で測るのはあくまでも魔法力の速さと大きさだ。たとえ魔法の展開速度が遅くとも、遅いなりに使い道は存在する。実戦には向かなくても、理論として基礎的な研究をする分にコンマ単位の展開速度はそこまで重要じゃないと思う。
そもそも魔法学と体系化されているが、大本は数学や物理学などの一般教科に帰結する部分が多い。確かに専門的な教科は高校に入らないと習わないだろうが、興味本位で勉強していて何か問題でもあるのか、と問いかけたい。
二科生はあくまで一科生よりも魔法実技の評価システムによって“低い”と判定されているだけであり、魔法実技そのものが全くできないわけではない。
そもそも、魔法科学校に入学できた時点で『魔法師の資質があると認められた』ということを忘れてはならない。なので、クラスメイトのそんな言い訳はただの“逃げ”だ。
この言葉に文句を言っていたクラスメイトは黙り、雫とほのか、燈也は揃って親指を立てて『グッジョブ』の意思を示した。どうやら、教室が冷凍室になる事態は避けられたようだ。
その代わり、やたらご機嫌な深雪が自分の近くにいることで、他の男子のクラスメイトから羨望やら嫉妬やらの目線を向けられる羽目となった。どこかの
文句を言えないのは、自分が十師族の一員にいるのも無論理解はしているけど。
なお、この点数に納得できてないのは教員陣も同様だったようで、達也が指導室に呼ばれたらしい。実技ができないのに理論ができるのはおかしい、と……これは生徒の問題だけじゃなくて、学校全体のレベルの問題かもしれない。しかも、達也に転校を勧めてきたそうだ。
それは暗に『自分たちでは教えられません』と自分たちの未熟さを白状しているものだと気付かないのだろうか……そこまで解っていたら、そんなことなんて言わないだろうな。結局その話は断ったそうだ。
達也が以前『教育機関としての学校に期待しない』と紗耶香に言っていたことを彼女から聞いていたので、この辺をあっさり見抜いているのだろう。達也は『頼むから深雪に言わないでくれると助かる』と言っていたので、それについては了承した。
教員はおろか校長の氷のオブジェなんて見たくもないし考えたくもない、と思ったから。
ここから優等生組も参戦です。
三高側も少しテコ入れはする予定。