魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

430 / 551
某コ〇ンドーではありません。


閑話 メイトリクス大佐

 呼び出しを受けたジェラルドが赴いたのはホワイトハウスの大統領執務室。周りの人間もジェラルドを見て同情の視線を向けるほどに疲れ切っており、それは対面したジョーリッジ・D・トランプ大統領からみても確かな事実であった。

 流石のジョーリッジもジェラルドを気遣うように声を掛けた。

 

「呼び出して済まないな……家に帰れていないと聞いたが、大丈夫かね?」

「……ええ。話を聞く程度なら大丈夫です」

「なら、遠慮せずに座ってくれ」

 

 流石に立たせたままでは倒れそうな気がしたため、ジョーリッジは近くにある応接用のソファーに座るよう勧めると、ジェラルドが「失礼します」と頭を上げた後で座った。それを見た上で、ジョーリッジは対面する形で腰かけた。

 

「ディオーネー計画のことで多忙を極めている君には申し訳ないことだと思うが、安全保障局のエージェントとしての君の手腕を買って、一つ仕事を頼みたい」

「仕事ですか?」

「そうだ。流石に連絡ではマズい内容の為、君を直接呼ばせてもらった」

 

 そう言ってジョーリッジは懐からメモリーカードを取り出す。ジェラルドは受け取った上で携帯端末で読み込み、情報を読み終えるとカードをジョーリッジに返した。

 

「シールズ少佐の護衛ですか。ですが、彼女は帰化して日本で暮らしている筈では?」

「それなのだが、軍上層部が彼女を一度帰国させて“アンジー・シリウス”少佐に任務を与えるらしい……君の予想が悪くも当たってしまったな」

 

 ジョーリッジの言葉にジェラルドは首を傾げた。現在、反魔法主義の勢いが日を追うごとに増しているのは事実だが、ここで戦力としてのリーナを呼び戻して戦略級魔法を使おうものなら、確実に新ソ連の二の舞でしかない。

 

「正直に言って、聡明な人間ならば思い止まることを見越しての予想だったのですが、どこまで愚かなのですか……それを提案した側も受け入れた軍も。そんなんだから俺の母さんは……すみません、閣下」

「気にしなくていい。君の怒りは尤もであるし、暗闘を防げなかった責は私にもある」

 

 エルドレッド同様、ジェラルドの母親も軍人魔法師だった。それも先代の“シリウス”ことウィリアム・シリウス―――本名はヴィルヘルミナ・バランス。ジェラルドにとっては厳しくも優しい母親。

 それを奪ったであろう新ソ連の魔法師に対し、ジェラルドはいつか復讐を果たす意思を心の奥底に隠して、政府機関の人間となることを呑んだ。ジェラルドの目の前にいるジョーリッジは彼の感情を理解している数少ない一人。

 

「閣下は関係ありません。母を奪ったのは新ソ連であり、閣下は国を守る為に苦心しただけのこと。国に殉じた精神は軍人として褒められるべき栄誉です。亡くなった魔法師たちを人として弔ってくれただけでも嬉しく、私は閣下に恨みを抱きません」

「ジェラルド君……ありがとう。それで、話の続きをしていいかね?」

「はい、お願いいたします」

 

 リーナを帰国させようという命令自体は軍の上層部から出たものだが、ここの根拠がハッキリとしていない。いち政府機関の人間でしかないエドワード・クラークから出たということは勿論だが、ジョーリッジが一番訝しんだのは“とある空母”の出動要請であった。

 

「エンタープライズを大西洋に派遣? あの“曰く付き”の空母をですか?」

「それもエドワード・クラークからの要望だそうだ。別にロンドンで話しても誰も咎めないだろうが、そうしなかったとなれば……」

 

 新動力―――いや、“人道を著しく失した動力”と言っても過言ではない機関が使われているUSNA最大の空母。動力が不明という点では日本で就航した新型空母の存在があるが、ジェラルドの見立てでは日本の方が遥かにマシという予想を立てていた。

 その空母を派遣することもそうだが、今現在アフリカや南アメリカ方面で大きな諍いが起きていない以上、大西洋に派遣して睨みを利かせる理由がないし、リーナを連れてくれば余計に悪化しかねない。

 

「新ソ連―――イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが動くとみているのですね?」

「その通りだ。バランス大佐も同意見だった」

 

 ジョーリッジとヴァージニア・バランスの見立てでは、ディオーネー計画を本格的に進めるため、大西洋の公海上で会談を持つためにエンタープライズを派遣する流れになるとみている。

 そのために、エドワードは[十三使徒]であるマクロードとベゾブラゾフを味方につける気でいる。では、その為の餌はどうするのかと考えた場合、一番該当し得るのはディオーネー計画の協力希望者リストに出てきた[トーラス・シルバー]に圧力を掛けて参加を強要するというもの。

 

「ですが、世界的に名が知られているとはいえ、いち技術者でしかない[トーラス・シルバー]に三国で連携して圧力を掛けるだなんて普通じゃ……まさか」

「ジェラルド君? 可能性がある話なら、遠慮せずに述べてくれ」

「もしかしたらですが、[トーラス・シルバー]が『灼熱と極光のハロウィン』の戦略級魔法師と同じ人間なのではないか、という可能性が出てきます」

「何だと?」

 

 あまりにも現実離れしているかもしれない。だが、決してあり得ない話でもない。その最たる例として[十三使徒]のウィリアム・マクロードやイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが挙げられる。

 彼らは国家公認戦略級魔法師として名を連ねているが、同時にその国における魔法学研究の権威としても名を知られている。研究者と魔法師が両立し得る事例がある以上、魔工技師と魔法師が両立する事例の可能性も出てくる、とジェラルドは踏んだ。

 

「優れた魔法学の研究者と優れた魔法師が両立し得る事例は既にあります。これまで魔法師と魔工技師が両立する主だった事例はありませんでしたが、それが現実のものとなったとしても不思議ではありません」

「それも、日本の高校生となれば戦略級魔法師として招集は出来ない。だから[トーラス・シルバー]として呼び掛けたという訳か……理屈としては通るな」

 

 理屈は確かに通る。だが、USNA政府としてプロジェクトを強要することは出来ない。だから、イギリスや新ソ連を巻き込んで大国の同調圧力を以て動かそうとしているのだろう、とジョーリッジは読んだ。

 

「一番可能性が高いのは、リーナが恋慕した四葉家の次期当主ではないかとみています。尤も、下手に恨みを買いたくないので正直首は突っ込みたくありませんが」

「それは私もだよ、ジェラルド君。こんな時期にクラーク博士は余計なことをしてくれたと思っているよ。だからこそ、君を―――安全保障局のエージェント“ジェラルド・メイトリクス大佐”をアンジー・シリウス少佐の随伴として指名した」

 

 現状ジェラルドに回ってきている仕事については、本来処理するべき部署に全て回す様に国防長官経由で指示を既に出した、とジョーリッジは明言した。

 これは後に分かったことだが、ジェラルドに対して仕事が集中するように仕向けたのはエドワード・クラークの仕業によるものだと判明した。別に恨みを買ったわけでもないのにそこまでされるとなると、ジェラルドにとって最早“害悪”と判断するに至ったのは言うまでもない。

 

「エドワード・クラークがごねることも懸念して、エンタープライズへは直接派遣する形とする。暫くは海の上で仕事を忘れてのんびりしてくれ」

「仕事を忘れても仕事場にいるというのは複雑な気分ですが……安全保障局、ジェラルド・メイトリクス。大統領閣下の命を受けてアンジー・シリウスの護衛の任に就きます」

 

 USNA・イギリス・新ソ連の三者が集まって会談をする……まるで“21世紀版ヤルタ会談”のようなものだとジェラルドは感じていた。エドワード・クラークとしては、他の二者が戦略級魔法師であるために釣り合いを取ろうとしての行動だろうが、その任を終えたリーナが直ぐに日本へ帰すようなことはしないだろうとみている。

 最悪、リーナが日本へ帰る際に一悶着起きるのは確実だろうと思い、ジェラルドは内心で深い溜息を吐きたい気分だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 1週間分の疲れが蓄積していたのか、久々に家に帰ったジェラルドは丸一日寝て過ごした格好となった。起きた後にシャワーを浴びて意識を覚醒させると、朝食を摂ってから自室にある調整機の上に置かれたCADを手に取った。

 

「……こいつを使うのはもうないと思っていたんだがな」

 

 それは、8年前に命を落とした母親が唯一遺していた形見。内部機構はマクシミリアン・デバイスの協力を経て最新化しているが、外装は彼の母親によって数々の訓練や事件で着いた傷がそのまま残っている。

 普通の任務ならば決して使うことのないそれは、ジェラルドの母親が息子に遺した“USNA第三の戦略級魔法”が登録されている。彼女が作り出した[分子ディバイダー]、その技術を以て生み出されたが使うことなく闇に葬られてしまったもの。

 

 ベーリング海で起きた魔法師同士の暗闘。その直前にジェラルドは母親と共にアラスカへと来ていた。その時は、そんな事件が起きるなど露にも思わなかった。

 新ソ連側の侵攻の兆しがみえるため、基地にいた兵士に出動命令が掛かった。母親は息子に御守り代わりとして愛用のCADを託し、戦場へと向かった。そして、大規模の爆発が起きて……事が終わって彼が見たものは、爆発によってひしゃげた母が使っていたCADを傷だらけで帰って来た幼馴染の父親が持ち帰った位であった。

 

 それから、幼馴染の父親に連れられる形で家に帰ったジェラルドは身寄りがいなかったため、親戚の伯母の家に引き取られた。

 母が優れた魔法師だったことは知っていた。そのせいで母は死んだ。そして、母親の資質が息子に継がれていると知った軍は彼を引き取ろうとした。だが、それを拒絶したのは引き取った義理の父親もとい伯父だった。

 

『ふざけるな! あの子は父親を物心つかない頃に亡くし、母親も失った! そんなに自国の抑止力が必要か!? 心に深い傷を負ったあの子に人殺しを強要する気か!』

 

 血の繋がりが薄くとも、あの子は私の息子同然。その彼を癒すばかりか心を壊すなんて人の風上にも置けない、と説得に来た軍人たちを容赦なく追い返した。

 伯母は内部監察局のエリートというだけでなく、伯父は国防総省の高官。いくら“シリウス”の損失を埋めるための抑止力が必要とはいえ、深く傷ついたジェラルドに軍人など酷すぎると拒絶した。それを聞いていたジェラルドが心配そうに見つめると、伯父は笑ってジェラルドの頭を撫でた。

 

『お前の人生はお前が決めろ。お前の中にある力を否定はするな。その在り方は他ならぬお前が決めるべきことだ』

 

 それから8年が過ぎた。ジェラルドは自分の魔法の力を否定せず、自らを守る力として鍛え続けている。誰かを傷つけるためではなく、誰かを守る為の力として。

 

「母さん、俺は戦うのが嫌いだ。それはこんな立場になっても変わらない。けど、俺自身のけじめとしてこの魔法を使う」

 

 そうして決意したジェラルドが壁の方を見つめると、そこには真新しい海軍将校の制服がハンガーにかけられた状態で吊るされていた。

 

(しかし、ディオーネー計画の概要書を見たが……安全性の担保もへったくれもない危険極まりない計画を本気でやるとしても、どうする気なんだ?)

 

 安全性も無ければ責任の所在も不透明、エドワード・クラークが全ての責任を負うと明確に示していない以上、下手すると『トーラス・シルバーと名乗って活動している日本の高校生』に全てを被せる気なのかもしれない。

 その時点で計画が頓挫すれば、日本に計画の責任を問わせた挙句、戦略級魔法を無力化する腹積もりとみるのが一番可能性が高い。

 

(その上でアンジー・シリウス少佐に罪を被せるか……いくら俺でもクラーク親子の面倒は見切れん。せめて国に存在が及ばない範囲で自滅してくれと言いたい)

 

 利用するだけしておいて、最悪脅迫して口封じでもするつもりなのだろう。エドワード・クラークが情報を握る以上、例えばリーナの婚約者が彼女の正体を公表するという脅しでも掛けるとみている。

 ただ、将来国を離れることになる[十三使徒]の戦略級魔法師を追い出すにしても、USNAという国家から見れば抑止力となる存在を放棄するようなもの。それをUSNA政府が許容できるのか、という問題も浮上する。

 

「とはいっても、例の空母(エンタープライズ)を大西洋に派遣するとか……名目は“先日アフリカに侵攻した大亜連合に対する牽制”ねえ」

 

 人類の人口が地球上で許容できないレベルが迫っているのは事実。ただ、第三次大戦の引き金を平気で引いた挙句フォローすらしなかった列強が手を組む時点で、彼らは第二次大戦で得た“官軍”という栄光に縋りたいのか、とすら邪推してしまう。

 そのフォローや治安の安定という意味で日本が寄与した実績は大きい。もしかすると、その実績を妬んでエドワード・クラークは新ソ連やイギリスまでも巻き込んで日本を貶めたいのだろう。

 

 最早“21世紀版ハル・ノート”といっても差し支えないディオーネー計画の有様に、ジェラルドは正直『かったるい』と愚痴を零したくなった。迷惑を掛ける側は掛けられた側の都合や事情などお構いなしに話を進めていく。これで日本が軍事同盟を一方的に破棄するような事態になって先日の軍事衛星の件を公表なんてされた日には、全ての周辺国家がUSNAの敵に回ってしまう。

 

「そう考えると、日本に払った3000億ステイツドル(約36兆円)が一種の前金になる公算が高くなったってことになるな……あの馬鹿野郎どもが」

 

 ディオーネー計画にあたって、現状USNA側で最も被害を受けた人間としてディオーネー計画に賛同することは出来ない。それだったら、いの一番にUSNAが“名誉ではない対価”を示すべき話なのに、それすらも出来ていない。

 

 つまるところ、エドワード・クラークにとって宇宙開発など建前の話でしかない。本当の目的は『灼熱と極光のハロウィン』に関わった日本の戦略級魔法師を宇宙に追放するためのもの。

 

 そう考えると、真実を探ろうとした対象としてジェラルドがその一人に入っている……という予測であれば、明らかに人を殺しかねない量の仕事を振らせたのも納得がいく。

 

「流石にアンジー・シリウスを嵌めて四葉家の人間を引き摺り出そうとしているのは……言っちゃ悪いが、単に馬鹿だろ」

 

 何せ、相手は数十人で一国の興亡に関わる事態を引き起こしたのだ。それも、身内の未来を壊されたという理由で。家族を傷つけるという行為が仮に彼女にも適用された場合、USNAという国家が崩壊しても何ら不思議な話ではない。

 

 命が惜しいのならば、日本を対新ソ連への防波堤として協力関係を模索する……というのが、防衛的な観点で言えば妥当なラインになるし、USNA側も余計な手間を掛けずに済む。日本の未知の戦略級魔法は確かに脅威だが、平和的な解決方法は存在していた筈だ。

 

 だが、エドワードがやろうとしているのはその真逆になりかねない所業だし、そもそも横浜事変での初動の時点で日本にいた米軍が稚拙な行動を取った時点で信用を失っている。おまけに[スターズ]のトップクラスまで投入した挙句、ダラスでの実験で発生した[パラサイト]の後始末迄巻き込んだだけでなく、あわや核戦争にまでなりかけたところを阻止してくれた。

 

 本来ならば3000億ドルで済む話ではないところを日本の恩情によって助けられた話を、エドワード・クラークは更にややこしくしてしまった。[恒星炉]の技術を得ようとしているUSNA政府にとって、一番最悪の展開になったことは確かだろう。

 

 尤も、これが序章に過ぎないのだということは……この時のジェラルドにも分からなかった。

 




 ジェラルドのNSA内での肩書きは、俗に言う“ジェームズ・ボンドで使われる007”みたいなものと思ってください。スターズでも名字を隠していますし。補足しておきますが、本人は別にあの人のような“筋肉モリモリマッチョマンの変態”ではないです。イメージ的には細マッチョみたいな感じですね。
 この名字を選んだ理由:強そう(小並感)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。