魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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新たな段階へ進むために

 単に魔法協会絡みであれば真由美だけでいい。だが、達也の行動に説得力を持たせる意味でも真由美の理解者の意味でも鈴音は適材適所と言う他ない。

 

「それで市原先輩にお願いなんですが、とある会社に雇いたいと思いまして。ようはアルバイト研修を経ての正社員雇用となりますが」

「ふむ……会社の名前は何というのでしょう?」

「株式会社ステラデバイステクノロジー。現在は離島の不動産管理を主とした業務ですが、[恒星炉]関連事業を担う親会社となる予定です」

 

 既に理事として達也の名が登録されている(本人と四葉家当主の許可は得ている)ため、鈴音はその専属秘書として働いてもらう。いきなり大学を辞めてもらわないように、一旦アルバイト研修を挟む形での雇用とする。そして、大学卒業後に改めて正規雇用を行う。

 かなりの激務になることも想定している為、給与はアルバイトの段階でも正社員並みのものを支払うことで達也と合意している。

 

「既に達也はその会社の理事として名を連ねています。なので、理事専属秘書という形になるかと思います」

「……そこまでの待遇を私にですか?」

 

 [数字落ち(エクストラ)]のことを鑑みれば、魔法師の視点で鈴音の反応は至極真っ当とも言える。だが、社会人としての資質や研究者としての才覚は捨てるに惜しすぎる。大体、気にしないように言い含めていてもそのことを根に持つ人間がいるのも問題ではあるが。

 

「色々手伝ってもらうことになりますので、その対価として受け取ってください」

「分かりました。どうせどこの誰かさんは体で支払いそうですが」

 

 『私、そこまで悪女じゃないもん!!』という叫びに近い声が部屋に響き渡るが、実際真由美と関係を持ってしまったことは事実。その時の感想は『深雪さんが羨ましいわね。悠君の奴隷なんて最高じゃない』と言い放った時は反射的にデコピンを放っていた。

 いくら婚約者であろうとも奴隷扱いなんて出来ない……そう言っている筈なのに、被独占欲を出してくる婚約者ばかりで、嬉しくないわけではないが少しは落ち着いて欲しいと思わなくもない。

 何度も言っていることだが、よくこれで修羅場になっていないものだと思う。割と切実に。

 

「ここで反論するということは、既に関係を持ったわけですね」

「うぐっ……だ、だって、仲間外れにされたくないし……」

「そうですか……もしもの時は先輩として相談に乗りますので、遠慮なく仰ってください」

「嬉しい申し出ですが、お気持ちだけ頂いておきます」

 

 まるで真由美を問題児の如く言いのけてしまう鈴音だったが、話を終えて『あとはごゆっくり』と言いたげな表情で部屋を出ていった。すると、二人きりになったところで真由美が右腕にしがみつくように抱き着いてきた。

 

「ひどいよぉ、悠君」

「それは真由美の今までやってきたことの結果だろうに。後当たってるんだが」

「当ててるもん。悠君に慰めて欲しいんだもん」

「……」

 

 慰めるというよりは別の意味が含まれていそうな気もしたが、とりあえず言葉通り宥めた後で真由美と話すことにした。本人は若干不服そうだったが、ローテーションがある手前で我儘は言えないと黙った。

 

「それで、私は何をすればいいの?」

「自分としては、師族会議議長として交渉役に十文字先輩を立てる。なので、真由美は同行者として赴いて欲しい」

「つまり、ディオーネー計画の真の狙いについて何も知らない体を演じろってことね。それだったら、美嘉さんあたりが適任そうだけれど」

 

 真由美の言い分も分からなくはない。克人と美嘉が婚約関係にある以上、美嘉が同行しても問題は無いように思える。だが、悠元が美嘉を選ばなかったのは、単に家族としての誼ではないと述べる。

 

「あの校長を信じていない美嘉姉さんなら、直感だけでディオーネー計画の真の狙いに気付く。仮に美嘉姉さんなら、ディオーネー計画を潰そうとUSNAに直接乗り込みかねん」

「それは……やりかねないのは否定できないわね」

 

 ディオーネー計画自体、ちゃんと読み込んで判断できるようになっていないのも問題がある。大体、諸外国の強大さや反魔法主義に怯えてしまって冷静な判断が出来ていないこともおかしい。

 

「あれ? じゃあ悠君はどういう役割で赴くの?」

「表向きは“師族会議議長の任を受けた見届け役”ということで自分が姿を偽って両者の見届けを行う。今の自分が表立って出たところで達也の味方という事実は覆せないからな」

 

 その最たる理由は婚約者序列第一位に深雪がいること。達也との関係が従兄妹になったとはいえ、悠元と深雪の婚約関係はむしろ強化されたと言ってもいい。そんな立場にいる人間が達也の宇宙行きなど推せるわけがない。

 いくら滅私奉公と言えども限度というものは存在する。何せ、計画そのものは提示したが明確な対価を提示していない以上は賛同など出来ない。[十三使徒]の一人である五輪澪だって、国内に留め置かれたり軍に同行するという制約は存在するが、その対価として五輪家が十師族の一角を担っている。

 

「あー、それもそうよね。深雪さんに泣きつかれたら悠君でも達也君に味方せざるを得ないわね」

「元々達也とは友人関係である以上、そういうことにならないだろうが……なので、師族会議議長として一方に加担するような行動は出来ない」

 

 では、四葉家の次期当主として指名された達也が仮に宇宙へ行くとしよう。そうなると、四葉家としては次期当主どころか真夜の次に座る座が空席のままとなる可能性だって浮上する。この時点で真夜や深夜、更には彼女たちに賛同する葉山を始めとした達也の理解者たちだけでなく、それを後押しした神楽坂家―――悠元の面子を潰すことになる。

 惑星開発の明確な年数を提示していない以上は幾らでも誤魔化しは利くだろうが、最悪達也が[質量爆散(マテリアル・バースト)]で小惑星帯にある小惑星をUSNAへの落下軌道に乗せるように撃ちだす可能性だってある。そうなった時の被害は確実に甚大なものとなり、地球は人の住める星ではなくなる。

 まあ、深雪のいる環境を壊す真似は慎むだろうが、少なくともモスクワやロンドン、それにワシントンが消えてもそれは“因果応報”になりかねないことをエドワード等は理解しているのだろうか、と思う。

 

「師族会議議長としては、ねえ……神楽坂家当主としては動くってこと?」

「動くし、既にいくつか手を打っている。なので、真由美には十文字先輩の付き添いということで情報を提供してほしい」

「……分かったわ」

 

 真由美も十山家の一件を悠元から聞き及んでおり、あわや国際問題に成り掛けたという顛末を聞いたとき『この国の中って本当に闇鍋なのね』と揶揄したのは、紛れもなく本心からくる感想だと思った。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌朝。授業を免除された悠元は達也に連絡を取り、待ち合わせ場所を一高の屋上にした。行動を訝しむ人間は出てくるかもしれないが、それも二人の能力からすれば仕方がないと諦めている。

 早めに達也と情報の擦り合わせを行っておきたかったが、互いに婚約者を抱えている以上はそのフォローをしなければならず、校長の申し出は不幸中の幸いと言えた。

 

「すまないな、達也」

「それはお互い様だろうに」

「まあ、それは違いない」

 

 ともあれ、互いに百山校長から聞いた話をすり合わせる。すると、悠元のほうでは[トーラス・シルバー]ではないかという嫌疑だったのに対し、達也のほうは[トーラス・シルバー]だと断定するような文面だった、という百山の説明を達也は悠元に伝える。

 

「俺の場合は嫌疑、達也の場合は確定事項か……それで、達也はこのまま学校に通うのか?」

「いや、母上と母さんから『ほとぼりを冷まさないか』ということで伊豆の別荘に暫く居座ることになった。悠元にはすまないと思うが……」

「その気持ちはお前の婚約者たちに向けてやれ。片棒を担いだ以上は一蓮托生だからな」

 

 これまで深雪の(性的な衝動に対する)暴走を止めてくれていたのは、紛れもない達也の功績。いい加減、達也ももう少し報われるべきだと思っての悠元の言葉に、達也は乾いた笑みを漏らしていた。

 

「そうなると、深雪と水波にはFLTのマンションに引っ越してもらうべきだな。四葉家なら所有のマンションぐらいありそうだが」

「調布にあるらしいが、母上曰く『悠元さんと深雪さんを下手に引き離して、深雪さんが癇癪を起こしたら大変ですもの』ということでFLTのマンションへの引っ越しの手続きを進めるそうだ」

 

 婚約者たちの引っ越しも大体完了し、残すは深雪と水波のみ。元々の計画が若干早まったようなものだが、この点だけで言えばエドワードに感謝している。尤も、それ以外の部分で帳消しどころか底抜けのマイナスに達しているが。

 

「……事情は知ってるが、気が付けば役割が逆転していないか?」

「それは言わないでくれ……いや、俺も最近はそう思っていたが」

 

 元々達也の暴走を止めるために深雪が生み出されたが、悠元の存在によって深雪の暴走を止めるために達也が存在するという逆転現象が生まれてしまった。悠元とて、別にこの事象を意図的に起こそうとしたわけではない。ただ達也と友人になりたいという感情からここまで発展したのは完全に想定外だった。

 

「そしたら、達也が必要なものならいくらでも調達するから、遠慮なく言ってくれ」

「……また借りが増えるんだが」

「友人の厚意に勘定を持ち込むな」

 

 達也一人ではできなかった工業・経済的な動きの交渉を全て一手に引き受けたのは悠元だが、これも魔法師に対する基本的な意識改革の為に必要なことだった。たかが十代の人間が成した功績だと言われても、大半の人間は決して信じられないだろう。

 でも、悠元はそれでいいと思っている。『たかが若造如き』などと侮られることなんて想定の範囲内。寧ろ、勝手に侮ってくれるならば必要以上に騒ぎ立てる必要もない。名誉が栄光が必要ならば他人に迷惑を掛けない理性を以て実行すべきことであり、それに巻き込まれる道理などない。

 

 エドワード・クラークは[フリズスキャルヴ]もとい[エシェロンⅢ]に絶対の信頼を置いている。だが、あくまでもそれで見通せるのは電子の海に漂っている情報であり、そこに存在しない情報は数多く存在する。

 人並みの常識を超えた時、人間が真っ当な判断を下すことなど極めて難しい。そうなったとき、頼みの綱は己の信じられる“情報”と“知識”、そして“経験”。だが、それすらも全て通じなくなったとしたら、人は一体何に縋るのだろう。

 

「その口ぶりからすると、悠元は学校に通うようだが」

「部活連会頭が勝手に学校を休んじゃマズいだろう? それに、九校戦は中止になったが、その代替案を既に進めている。ほぼ一昨年の九校戦と同規模のものにする予定だが、どうせだからスポーツ競技を何個か入れようと思ってな」

 

 実施競技は一昨年の競技をそのまま取り入れる予定だが、ここに加える形でいくつかの団体競技を追加する。単に魔法の威力だけで勝敗がつかないような競技も前世の記憶から思いついて取り入れる。その試案は千姫に提出しており、魔法の意識改革という点でも理に適っているとゴーサインが出た。

 

「ちなみに、達也にはエンジニアに専念してもらう予定だ。四葉家次期当主に指名されたからこそ実力を見たいという輩は出てきそうだが……その場合は、俺と達也、それと燈也の三人がモノリス・コードに出場する」

「相手からすれば悪夢だな、それは」

 

 昨年の九校戦で上位の成績者を輩出した現三年メンバーに加え、九校戦の規定上出場できるラウラやリーナもいるため、既に反則級というかチートレベルに達した第一高校の陣容。他校から文句は出そうだが、それならばルールの範疇で勝ち切って見せろ、と言いたい。

 

「三高の[クリムゾン・プリンス]と[カーディナル・ジョージ]の時点で十分反則級だし、こちらも相応の布陣で臨むだけだ。尤も、将輝は完膚なきまでに叩きのめすが」

(三年連続完封なんて食らったら、普通は立ち直れないものだがな……)

 

 二年連続の時点で完全に心が折れてもおかしくないのに、あそこまで深雪に好意を抱けること自体逆に感心できる……と思わなくもない達也だが、その相手が十代にして世界最強クラスの戦略級魔法師だと将輝が知ったらどう反応するのだろうか、と心なしか思った達也だった。

 

「それと、学校に居ても図書館に籠っているだけになるだろ? どうせ野外演習場の一角を借りても文句は言われないだろうから、魔法の訓練に付き合ってくれ。その代わりに昼飯は奢るから」

「対価は好きにして構わないが、お前が魔法の訓練を?」

 

 悠元の言葉に達也は思わず疑問を浮かべた。何せ、悠元の魔法は現行水準を大きく逸脱したものばかりで、魔法抜きでも武術の腕前は達人クラス。基礎鍛錬の継続程度ならばまだしも、そんな彼が強くなる理由があるのか? という疑問を感じ取ったのか、悠元が説明する。

 

「この先、相手をするのは[十三使徒]クラスの魔法師、それとパラサイトのような妖魔が再び荒らさないとも限らない。その為にも天刃霊装を進化させて神霊甲縛式(しんれいこうばくしき)・天刃霊装[天魔抜刀(てんまばっとう)]を完成させる必要が出てきた」

 

 神楽坂家三代目当主が編み出した[天刃霊装]。悠元はこれを更に進化させると言い出した。その最たる理由は現行の[七聖抜刀]では悠元の[最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)]を許容できないという問題に直面したためだ。

 各々で使用することは無論可能だが、[ロンゴミニアド]を秘匿する意味でも天刃霊装で扱えるようにしなければならない。それを解決するため、三代目が命半ばで完成できなかった天刃霊装の最終形―――術者の魔法力を極限の領域まで研ぎ澄ませることで、神魔すらも御しきり、あらゆる災厄を断ち切る神霊甲縛式・天刃霊装[天魔抜刀]に着手することとした。

 

「昨春の金沢で起きたことのようなことにならんとも言い切れん。過ぎたる力だというのも自覚はしている。だが、不条理全てを跳ね除けるためにも俺は完成させると決めた。なので、力を貸してほしい」

「悠元……分かった、付き合おう。その代わり、俺もその高みへ上るためにお前の力を貸してほしい」

 

 世の不条理全てを跳ね除けるため、その足掛かりとしてディオーネー計画を潰す。そこから出て来るであろう敵の魔法師。その全てを悉く退けるための力を磨くべく、二人は固い握手を交わしたのだった。

 

「尤も、目下の問題として、いくらローテーションが組まれているとはいえ、自分に心酔している婚約者が増えていくことだが」

「深雪のことか?」

「そっちはとうに受け入れた話だから」

 

 ともあれ、早速悠元と達也は一高の野外フィールドの一角を借りて魔法の訓練を始めた。登山部のアスレチックフィールドの一角を借りる形だが、文句を言われるどころか登山部の部員にまで発破が掛かる始末だった。

 最初は二人だけだったのだが、授業に出ずにずっと野外で練習しているのを目聡く見つける人間が次々と現れた。

 

「もう、二人だけで強くなろうなんて許さないわよ」

「そうだぜ、達也。俺らだって強くなりたいんだ」

 

 最初は登山部の繋がりでレオとエリカが放課後に姿を見せ、次は生徒会の関係で深雪や姫梨にセリア、風紀委員会絡みで幹比古や雫に加え、修司や由夢までも放課後限定だが訓練に付き合うようになった。

 原作の時期的に『孤立編』なのは間違いないが、これでは孤立も何もあったものではない。そして、更に驚くべきことは悠元の弟子として詩奈が姿を見せたことだ。

 

「……話は分かった。言っとくが、家族の誼があろうとも武術は別だ。厳しく行くから覚悟するように」

「はい、心得ておりますお兄様。いえ、お師匠様」

 

 基本的な武術は詩鶴から太鼓判を押されたが、ここから先は師範クラスの人間が関わるべきという彼女の判断によって悠元に詩奈の修行を任された形となる。詩奈自身も悠元の珍しくも厳しい言葉に対して真剣な表情で答えた。

 

 結局、達也が学校での居場所を無くすことに繋がらないのは不幸中の幸いとも言えた。

 




 ディオーネー計画対策とパワーアップフラグ。後半部分については、某シャーマン系漫画と某死神系漫画の要素を組み合わせたようなものになる予定です。
 ここでセリアのコードネーム“ポラリス”の選定理由ですが、恒星の中で極星と呼ばれる名前を付けることで強さを誇示したかったという点が大きく、劇場版の特典小説を一切知らずに選定しました。なので、この世界での“ユーマ・ポラリス”は別のコードネームを有して所属しています。
(詳しくはアペンド2巻を呼んでいただければわかります。またの名をダイマ)

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