魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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最悪の随時更新

 悠元と達也に授業免除が言い渡されて数日。達也はある程度予想していたことだが、まさか自分にまでその余波が来るとは思わなかった。まあ、[トーラス・シルバー]のことについて何かしらの手を打つことは想定していたが、回りくどい手を使うものだと正直呆れる。

 

 セリアは学校に休学届を出し、リーナと共に民間機でUSNAに向かった。なお、シルヴィア・マーキュリーについてはリーナの帰国が無事に済むとは思えないため、伊豆の空き別荘を神楽坂家で購入(書面上はそうだが、元々差し押さえていた空き家に近い)してそちらに住まわせることにしたついでに、東京にいる九島烈も引越しをさせることとした。

 烈本人としても『慕ってくれるのはありがたいことだが、いい加減私から離れて欲しいものだがね』と親離れのような言い方をしたあたり、自身の寿命を誰よりも理解しているのかもしれない。

 

 話を戻すが、学校にまで手が回っているとなると、日本魔法協会にまで及んでいると考えるのが妥当だろう。木曜の放課後、他の友人たちよりも早く帰宅した悠元に飛び込んできたのは、録画映像ではあるが新ソ連の[十三使徒]イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフのインタビューがメディアを通じて流れた。

 それをリビングで見ていると、私服に着替えた沓子が毒づくように呟いた。

 

「何が『平和を愛する』じゃ。佐渡侵攻の一件や一条家当主が巻き込まれた件だけでも十分に胡散臭く感じてしまうのじゃ」

 

 そもそもの話、“ソビエト連邦”という国名を使っている限りは野心を隠そうとしていないし、旧態依然の国家体制をそのまま引き継いでいても何らおかしくはない。それはともかくとして、インタビューの内容はベゾブラゾフがディオーネー計画に参加することを決意したことを表明する内容だ。

 インタビューの中で『理性の力で問題を解決できる』などと述べていたが、平気で戦略級魔法を国外に向けて放つような魔法師に『理性』なんて言葉が辞書の中にあるとは正直信じがたい。

 

「表向きは新ソ連の仕業だと公表していないからな。それを言ったら『灼熱と極光のハロウィン』の時の軍事行動だって新ソ連は認めていない……まあ、沓子の言ったことも含めると全部新ソ連の仕業だが」

「容赦なく言うのう」

「事実を脚色する義理も無いからな」

 

 魔法の平和的利用に参画するというポーズと録画映像に映るベゾブラゾフの真偽はともかくとして、これで新ソ連はベゾブラゾフを前面に出すことで国家としての参加を決めたというポーズを見せた。

 

「こうなると、魔法協会から達也を参加させるように圧力を掛けてくる可能性が高くなった。学校と同様の内容が含まれているとしたら、俺も対象に含まれるだろう」

「……でも、悠元は今の師族会議議長。それに、財界からも多大な支持を得ている財閥の御曹司。それを宇宙に出せと言ったら、間違いなくお父さんや同じ立場にいるグループのトップが非難声明を出すと思う」

「今の立場はなるべくしてなってしまったようなものだけどな」

 

 だが、『灼熱と極光のハロウィン』で新ソ連側と直接対峙した悠元からすれば、これでディオーネー計画に参加する理由は完全に消失した。祖父絡みもあったとはいえ、自分の命を平気で奪おうとした輩に対して“水に流す”気など起きるはずもない。

 悠元の言葉に対し、同席している雫が淡々と事実を述べる。

 

 魔法界だけでなく、政財界にも顔が利く要人クラスへと進化した現在の悠元。それを宇宙に出すという以上、日本魔法協会のみならず国際魔法協会は悠元の抜けた穴を埋めるための“代替案”が確実に必要となる。

 だが、組織の性質上では政府にまで遠慮しがちな魔法協会に支払える対価などないに等しい。精々核関連の魔法技術供与や規制の緩和ぐらいが限界だろうし、仮に日本に対して便宜を図れば、今度はUSNAや新ソ連までもが便乗して圧力を掛けてくる公算が高い。

 

「ディオーネー計画自体、今回のことでUSNAと新ソ連、それにイギリスもどうせグルの公算が高くなった」

「根拠はあるの?」

「個人的な情報の伝手なんだが、アメリカの空母が大西洋に派遣されるそうだ。表向きは大亜連合への牽制だが……あちらは反魔法主義が活発に動いている状態で軍の派遣なんて、普通は民衆の感情を慮って動かさないのが妥当だろうに」

 

 しかも、“人道に悖る”最新鋭空母であるエンタープライズを駆り出すという始末。大西洋上ならば、新ソ連も欧州をそこまで刺激することなく出てこれる。こちらとしては、却ってありがたいと思っている。何せ、陸続きでない以上は下手に脱出など出来ないのだから。

 

「どうせ話す内容も予想がつく。尤も、こちらの正体を知られた以上は手加減などしない。いくら[十三使徒]といえども、この国の安全を脅かそうとした時点で“敵”と見做す。やつらの面子全てを完膚なきまでに叩きのめす準備は進めている最中だが」

「それで達也殿と魔法の訓練をしておるという訳か……負けてはおれぬのう」

「私も頑張る」

「張り切るのはいいが、程々にな?」

 

 『ESCAPES』、そして『STEP』の二段階構成となる[恒星炉]計画。

 

 厳密には、魔法の産業利用を進めることで軍事一辺倒の魔法技術から脱却(エスケイプ)し、更には魔法師全体の質を高めることで小国が大国に呑み込まれる最悪の未来を回避するための一歩(ステップ)とする。

 そこに至るまでの空白の期間を埋めるためには、自分が悪名を負ってでも抑止力としてこの国を守る必要がある。その意味でもディオーネー計画への参加など出来ない。

 

 悠元が改めて決意をしたのは、この日だったのかもしれない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 エシェロンⅢは複数の技術者によって設計・開発され、エドワード・クラークはその一人である。大統領でも本来知り得ない筈の情報をジェラルド・バランスがそこまで行きついたのは、当然自身の勘の部分もある。

 だが、それ以外にもう一つ。USNA政府のごく一部しか知り得ない“エシェロンⅢの基本設計者”がジェラルドにとって幼馴染だったことも起因している。

 

 ワシントンD.C.の郊外に建てられた一軒家。見た目は何の変哲もないごく一般的な平屋建ての家屋。ジェラルドは宅配便の配達員に扮して訪れていた。

 元々エージェントの仕事の一環で政府と繋がりのある配達業者に籍を置いており、勤勉な態度で会社の上司から『君ならすぐにチーフマネージャーでもいいぐらいだ』と言われたが、ジェラルドは若さという年齢を理由に固辞した。

 そんな事情はさておき、段ボール箱を片手に抱えながら呼び鈴を押すと、ドアのロックが開いて一人の少女が姿を見せた。髪はボサボサで普段着にしていると思しきジャージ姿にジェラルドは呆れるような表情を見せた。

 

「宅配便でーす……少しは見た目をマシにしろよ」

「なんだ、ジェイじゃない。ほらほら、上がって」

「(相変わらず人の話は聞かずじまいか……)」

 

 ちゃんと身だしなみを整えれば“美少女”と形容しても不思議ではないルックスで、見た目は十代半ばぐらいに見えてしまう彼女はジェラルドと同じ二十代の女性。そして、その若さで全世界傍受システム[エシェロンⅢ]の設計・改善を担当しているティナ・フェール。

 バンクーバーにある魔法結社[FEHR(フェール)]のトップを務めるレナ・フェールとは従姉妹の関係らしいが、余計な嫌疑を避けるべく互いに音信不通の状態を取っている。それはティナが置かれている立場からしても無理からぬことだろう。

 

 ジェラルドとティナの関わりは、お互いの両親が知り合いかつ魔法師だったことに起因する。家族ぐるみの付き合いだったが、8年前のベーリング海での暗闘でティナも両親を亡くし、それ以降は[エシェロンⅢ]の開発や改善に没頭していたためにジェラルドも連絡を取ることは無かった。

 

 そんな事情が変わったのは2年前に起きた『灼熱と極光のハロウィン』。身に覚えのない番号の着信にジェラルドが恐る恐る電話に出ると、そこには8年前から身長が変わらない彼女の姿がそこにあった。

 薄着一枚でブラをつけていないために胸の輪郭がはっきりと見えてしまい、映像電話(ヴィジホン)で挨拶をする間もなく反射的に視線を逸らしたのはジェラルドにとって衝撃的な記憶になってしまったのはここだけの話。

 

 見た目に反して家の中は綺麗に片付けられており、本人曰く『探すのが面倒になるから』ということらしい。仕事が絡むと合理的なのに、プライベートになるととことんぐうたらになる彼女を娶るような気概のあるやつは現れるのだろうか……などと思っているジェラルドの脇腹に突然痛みが走る。

 視線を向けると、何やら不満げな表情を見せるティナがそこにいた。

 

「何故抓る」

「今、私に関する良からぬことを考えたでしょ」

「何も言っていないだろうに。大体、呼び出しておいて因縁を吹っかけるな」

 

 あまり機嫌を損ねるのも面倒だと判断して、ジェラルドは空いているソファーに座った。すると、ティナは一度キッチンに引っ込んだ方と思うと、コーヒーを淹れたカップと菓子が入った皿をトレイに載せて運んできた。

 そして、ティナはジェラルドの隣に座った。

 

「何故隣に座るのか分からんが……それで、話は?」

「むー、こんな美少女が隣にいて欲情すればいいのに」

「地雷要素が多すぎるお前を押し倒したら、俺の行き先が墓場しかねえよ」

 

 性格的な意味よりも立場的な意味での“地雷”に触れたくなくても、隣にいる少女は自分と既成事実を作ろうと画策している、というのがジェラルド本人も理解していた。この前はコーヒーに睡眠薬を入れられたのが直ぐに理解できたため、ティナに飲ませてそのまま寝かせると、静かに家を去ったことがあったほどだ。

 そうなったとしてもジェラルドが決して手を出さなかったのは、別に性欲が枯れているというわけではないというのは察して頂きたい。

 

「もう、ジェイなら私は別にいいのに……今度は逃がさないから」

「マジでやめろ。大体、他にいい男ならもっといるだろうに……それで、呼び出した本題を聞きたいんだが?」

 

 このままいくと堂々巡りにしかならないと判断し、ジェラルドはティナに呼び出した案件を尋ねた。彼女も『次はこういかないんだからね』と頬を膨れつつも情報端末を差し出した。それを受け取ったジェラルドが目を通すと、それは言語翻訳された通話データというのが直ぐに分かった。

 

「これは……まさか[エシェロンⅢ]を介しての通信を文章に書き起こしたデータか?」

「正解。しかも、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフにウィリアム・マクロードって、[十三使徒]の大物も交えての会話データ。で、これを主導したのは……」

「エドワード・クラーク、か……」

 

 その三名が出るとなれば、普通ならディオーネー計画を進めるための打ち合わせとみるのが普通だ。だが、それだったら何も秘密通信を通さずに堂々と話し合えばいい筈。それが出来なかった理由はデータに書かれていた内容が如実に示していた。

 

「[グレート・ボム]―――いや、[マテリアル・バースト]の戦略級魔法師がトーラス・シルバーであり、それが日本の高校生か……となると、該当者の名前も把握しているのだろうな、クラークは」

「私もそう見てる。でもね、それだけじゃないの。ここを見て」

「ん? ……まさか、“その可能性”もあるのか?」

「あると思っていいかな」

 

 ティナが訝しんだのは、ベゾブラゾフが述べたと思しき文章の一文。この中には『こうしてお話するのは、5年ぶりぐらいになるでしょう』というもの。

 今から5年前といえば、思い当たる節は大亜連合軍による沖縄諸島侵攻と新ソ連による佐渡侵攻。明らかに示し合わされたと思しき両国の日本への領土侵犯を“誰か”が介在すれば、それも可能となる。香港方面に影響力を残すイギリスならば、大亜連合側に日本への侵攻を唆していてもおかしくはない。

 

「無論、それが失敗に終わって[十三使徒]同士で会談したという線もあるけれど、どちらにしたって新ソ連とUSNAを仲介したのがイギリスなのは間違いない事実。[エシェロンⅢ]のサブシステムでガードする時点でロクじゃないもの」

「……この事実は誰かに?」

「内部監察局のバランス大佐に紙媒体の手紙で送ってる。私と大佐しか知らない暗号で組んでるから、エドワード・クラークの[フリズスキャルヴ]でも破れないよ」

「それは確かに破れないな」

 

 こうなると、エドワード・クラークの進める『ディオーネー計画』が明らかにUSNAへ破滅を促すとしか思えない内容へと化している。ただでさえ日本に負い目を負っている状況なのに、起死回生どころか自業自得の一手になりかねない。

 

「こうなってくると、エドワードが視野狭窄に陥っているとしか思えん。最悪USNAどころか新ソ連や旧EUまで内乱の嵐になりかねないぞ」

「そこに最悪のお知らせなんだけど、アンジェリーナ・シールズとエクセリア・シールズがステイツに帰ってくるらしいよ」

「……終わったな」

 

 ジェラルドが予想した流れでは、リーナに不満を有する[スターズ]隊員を何らかの形で巻き込み、リーナを国内に拉致監禁する可能性が最も高いとみていた。だが、ここに[スターズ]でも御しきれないセリアまで帰国するという情報を聞いた瞬間、ジェラルドは正直な感想を吐露した。

 

「終わったって、何が? それとも誰が?」

「俺の予想では、日本の四葉家と婚約しているアンジェリーナ・シールズを国内に無理矢理監禁させることで人質にして、該当人物を国外に引っ張り出そうという魂胆と見ていた。だが、[スターズ]はおろか国防総省(ペンタゴン)ですら御しきれないと匙を投げたエクセリア・シールズまで戻ってくるとなったら……」

「どうなるの?」

「クラークはおろか、マクロードやベゾブラゾフが殺されてもおかしくないし、[スターズ]の半数近くが粛清されても文句は言えん」

 

 ジェラルドはセリアの[スターズ]入隊に関しての受験監督を務めていて、彼女の入隊に際して『とてもスターズ自体はおろかペンタゴンでも御しきれないので、軍で管理するのは無理です』と殴り書きしたのは彼の仕業だった。

 そこまで言わしめるほどに優秀過ぎる魔法師だからこそ、セリアの除隊を誰よりも喜んだのは他ならぬジェラルド本人。何せ、[スターズ]関連の処理を担っていただけに、リーナやセリアの始末書の処理が殺人級だったことは他の誰よりも一番経験していた。

 迫真過ぎる口調のジェラルドに、これにはティナも思わずたじろぐ程だった。

 

「さ、流石にいきなり喧嘩を吹っかける事態になるとは思えないけど」

「別にシールズ姉妹から喧嘩を吹っかけるなんざ思っちゃいない。だが、吹っ掛ける相手がいる以上は油断ならない」

「誰?」

「[スターズ]の隊長陣の中には彼女が総隊長であることを不満に思う輩が多い。ここで参謀本部あるいは部隊を管理する基地司令が馬鹿な真似をしでかさなければ、大人しく帰国してそれまでの話になるが」

 

 USNA軍側は日本の戦略級魔法を無力化しようと諦めていない。一方、USNA政府は日本を対ソ連への抑止力として戦略級魔法を認める方向性に舵を切りつつある。明らかに文民統制(シビリアンコントロール)の箍が外れつつあることに、ジェラルドは深い溜息を吐いた。

 

「もしくは、それを唆す要素が出てくれば話は更にややこしくなる。例えば、フレディに憑りついていた[パラサイト]なる存在とかな」

「ダラスの件は政府が監視しているから、そこまで手を出すとは思えないけど」

「どうだかな。可能性がある以上は捨て去ることも出来ん」

 

 なお、去り際に『私という女がいるのに、浮気をしに行くの!?』とか宣ったため、ジェラルドは本気のアイアンクローをティナにお見舞いしてから家を後にしたのはここだけの話。

 




 原作そのままという訳にはいかなかったため、それを受けてのものとなります。前半はベゾブラゾフのディオーネー計画参加のインタビュー映像を見てのもので、後半はエドワードとマクロード、ベゾブラゾフの会話を受けてのものとなります。
 若い天才エンジニアは日本にいるのだから海外に居てもおかしくない、ということでのオリキャラ追加です。見た目はズボラなのに実は世界的な天才というテンプレ構成ですが。レナ・フェールと関連性を持たせたのは、まだ穏便に済む関係者という意味合いでの抜擢です。

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