魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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米英の政府(内輪)事情

 リーナは最初、スターズの基地があるロズウェルに近いアルバカーキ国際空港に降りることを考えていた。だが、航空機のチケットの手配をする段階でセリアがストップをかけ、ワシントン・ダレス国際空港行きに変更した。

 セリアが懸念した材料―――リーナたちをUSNA内に閉じ込める“鳥籠”を避けるべく、協力者に会う方がいいと判断してのことだ。その協力者は無論、自分たちの祖父であるジョーリッジ・D・トランプ合衆国大統領に他ならなかった。

 本来ならば入念なボディチェックを行うが、余計な邪魔が入ることを懸念して大統領権限でパス扱いとし、念のためにジェラルド・バランスを護衛とする形で面会することとなった。

 

「リーナにセリア。話は既にバランス大佐から伺っている。苦労を掛けるな」

「細かい話は何も聞いていませんし、主に動くのは隣のお姉ちゃんですが。この場合は“アンジー・シリウス”が、ですが」

「セリア、他人事みたいに……」

「私は軍を抜けたからもう他人事だもの」

 

 まだ“アンジー・シリウス”としての立場が残っているリーナとは違い、セリアは完全に軍人としての籍から抜けている上に日本人としての帰化手続きは既に終えている。なので、この場には日本人としているのは確かな事実のため、彼女の言葉にジョーリッジが苦笑を漏らした。

 

「本来ならばロズウェルのスターズ基地にてウォーカー基地司令から命令を受け取ることになるのが正規の手順だが、今回は最高司令官たる私が“アンジー・シリウス少佐”に指令を出す。郊外の国軍基地にてエドワード・クラークと合流後、大西洋上のエンタープライズまで護衛の任に当たれ。なお、今回の任務に関して報告は不要だ」

「? 普通ならば報告するのが当たり前ではないかと思われるのですが?」

 

 ここでリーナはジョーリッジの指示に疑問を呈した。軍人ならば知り得た秘密を遵守することも必要だが、それでも直接の上司に報告を行うのが軍人としての義務。その義務を果たす必要は無いという言葉に疑問を浮かべても全く問題はない。

 リーナの問いかけに対し、ジョーリッジは頷きながらも答える。

 

「普通ならばな。だが、今回エンタープライズに赴くのはエドワード・クラークの他にイギリスのウィリアム・マクロード、そして新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが来訪するという連絡を受けている」

「[十三使徒]が二人もですか……まさか、私が帰国するように言い付かったのは」

「クラーク博士は非魔法師であるが故だけでなく、USNAとしての面子を保つために君を呼びだしたのだ。リーナには本当に済まないと思うが」

 

 相手が信用できるならば、別にスターズの隊長クラスの魔法師を連れていけば済む話だ。だが、現在公的に存在する戦略級魔法師はジブラルタルとアラスカから動かすのが極めて難しく、それでいて相手が[十三使徒]という立場ならば、相応の人間としてリーナを日本から呼び出すという選択肢が一番妥当、というのが統合参謀本部の出した結論だった。

 だが、『それだけではない』と付け加えた上でジョーリッジは話を続ける。

 

「そして、エドワード・クラークは“アンジー・シリウス”―――リーナの素性を知り尽くしている。下手に受け答えはせず、彼の言うことは適当に流しておけ。本当に知りたい情報はセリアを介せば知り得ることは可能だからな」

「あ、成程……それで、任が終わればそのまま帰国できるのですよね?」

「……」

「閣下?」

 

 そして、懸念されていた一番の事項についてリーナが尋ねると、ジョーリッジは沈黙した。政府の長がここまで悩ます事態となると、並大抵のことではない。すると、彼が落ち着こうとしてコーヒーカップを取った瞬間、カップの持ち手が()()()()()

 祖父のそういう経験からして、明らかに“怒っている”とセリアやリーナが察した瞬間、咄嗟に耳を塞いだ。それはジョーリッジの傍に控えていたジェラルドも同様であった。

 

「あの――――(ほうそうできない)野郎!! 何が『知り得た情報を四葉家に漏洩される可能性があるから、下手に帰せません』だと!? だったらリーナを帰国させるようなことをするな!! ふう……はあ、はあ……というあの博士のふざけた理由のせいで暫く残ってもらうことになった」

「あの、閣下。初めの汚らしい侮蔑用語は聞き流しますが、そこまで事情を明かしていいのですか?」

「こればかりは仕方がないのだ、メイトリクス大佐。何せ、相手が相手だ。下手に刺激してUSNAの各都市が一瞬で消滅なんかしたら、政治生命の前に物理的な命が絶たれることになる」

 

 ジョーリッジの叫びの後に問いかけたジェラルドの問いかけにそう答え、取っ手を圧し折ってしまったカップをそのまま掴んで、中に入ったコーヒーを一気飲みした。流石に片付けが大変なので床に叩きつける行為は慎んで、ソーサーの上に静かに置いた上で、空になったカップの中に折れてしまった取っ手を放り込む。

 

「なので、ペンタゴンとバランス大佐に頼んで、アンジー・シリウスとしての任務を帯びる形で国外派遣という体裁を取ることとした。それまでは暫くロズウェルの基地に居てもらうことになってしまうが、こればかりは許してほしい」

「……分かりました。そこまでしていただけるというのであれば、護衛の任に就きます」

 

 政府の長である大統領がここまで憤ることなどあまりない。寧ろ、怒ったところなど滅多に見せない祖父だからこそ、大衆からの圧倒的な支持を受けている。リーナが命令に従う体を見たジョーリッジはセリアに視線を向けた。

 

「セリアはどうする?」

「そしたら、しばらくアビーのところに寝泊まりするわ。時が来たらお姉ちゃんを連れ出すけど、多少の被害ぐらいは許してね?」

「穏便に連れだしてほしいが……場合によっては許可する」

 

 アビーという人物はアビゲイル・ステューアットといい、リーナとセリアの戦略級魔法[ヘビィ・メタル・バースト]と[ブリオネイク]の開発者。天才肌の人間だがオタクの気があり、前世は日本人だったセリアと意気投合するほどで、その様子にはリーナも引き気味だったのは言うまでもない。

 ジョーリッジとしては穏便に済んでほしいと思っているが、そもそもリーナを呼び出した時点で最悪の展開続きになっている。いや、大本は政府を無視して宇宙開発計画をでっちあげたエドワード・クラークが一番の元凶だろう。

 

 だが、エドワードは明確に政府の不利益と成り得る行動をしたわけではない。彼の唱える魔法の平和利用という大義名分は、一見すれば反魔法主義への対抗策として有用に見えるし、国際魔法協会もプレゼンテーションに向けて動き出している。

 エンタープライズの派遣も統合参謀本部の決定の為、いくらエドワードが関与していても罪に問うことは出来ない。そこにウィリアム・マクロードとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが訪れる時点でディオーネー計画は一定の効力を有することになる。

 

 三国の要人による会談に漕ぎ着けたという点だけで言えば、エドワードの有能さを評価することは出来る。尤も、想定される内容は破滅への輪舞(ロンド)とも言うべきもの。それを理解していてやっているのだとすれば、三国はおろか全世界に影響が及ぶ大事に発展する。

 

 リーナとセリアを下がらせた後、執務室にはジョーリッジとジェラルドの二人しかいない。本来、魔法師を傍に居させるのはリスクが伴うが、ジョーリッジはジェラルドの気質を知っており、その逆も然り。

 そのため、必要な護衛をジェラルドに依存することが出来るというわけだ。

 

「さて、メイトリクス大佐。貴殿にはこの後すぐにエンタープライズへとんぼ返りしてもらうが、先に行ってもらうのはイギリスからの客人を迎えて欲しいからだ」

「客人? マクロード卿のことでしょうか?」

「いや、英国王室から派遣される連絡員とのことだ。イギリス大使から渡された女王陛下の親書によれば、秘密情報部所属の魔法師らしい」

 

 あっさりと内情を明かしてもいいのか、とジェラルドは一瞬訝しんだが、それをイギリスの女王自らが明かしている以上は咎める理由がない。問題は、何故ウィリアム・マクロードが出張ってくるのに王室の命を受けての派遣がされたことについてだ。

 

「あっさりと手の内を明かしてもいいのですか?」

「そう書いている以上は私も咎められん。それに、イギリスは先日のオーストラリア軍の件でマクロード卿を完全に信用できなくなっている節が見られる」

 

 ウィリアム・マクロードがオーストラリアへ行った後に、日本の石垣島沖の人工島でオーストラリア軍の魔法師が大亜連合軍の脱走兵と共に破壊工作を行おうとしたが、結果は失敗した。

 今度は大西洋上のエンタープライズへ赴く時点で、また何かあるのだと勘繰ってもおかしくはない。だが、表立って動けば面倒事になる。なので、表向きはマクロードの行動監視も兼ねて護衛の派遣という体にしている、とその親書に記されていた。

 

「『信用しているのかどうなのか分からない』と正直に内情を明かすあたり、イギリスも苦労しているのだろう。その意味で私も女王陛下だけでなく首相殿も苦労が絶えんな」

 

 ディオーネー計画が発表されて数日で国際魔法協会が動いている時点で、エドワード・クラークとウィリアム・マクロードに何らかの繋がりがあるのは間違いない。

 表向きの肩書きを見れば、かたや政府機関の人間にして情報システムの専門家、かたや英国の魔法研究の権威にして戦略級魔法師[十三使徒]の一人。その二人を繋ぐことのできる方法を考えた時、一番考えられる線はエドワードが関与している[エシェロンⅢ]が最も可能性のあるものとなる。

 

「一番の極めつけは新ソ連だ。ベゾブラゾフ博士のインタビューの真偽はともかくとして、最大の問題は政府間交渉となった際に私が出向く段取りになる公算が高いことにある。友人を奪った“敵”に約束はおろか手を交わすこともしたくないのだが」

「閣下……」

 

 戦略級魔法師クラスまで動員するとなれば、当然政府高官クラスはおろか国家元首にまで話が確実に及ぶ。そうなったとき、ジョーリッジにとって娘同然の知り合いを奪った敵国との交渉などしたくもない。いくら魔法の平和利用という大義名分があろうとも、最悪の場合は民衆の信を問うために議会解散も辞さないつもりでいた。

 

「本来、一国を預かる国家元首としてはいけない発言なのだがね。それは当然理解している。だが、ベーリング海での暗闘を無かったことにはできない。それに深く関与しているであろうベゾブラゾフ博士を果たして御しきれるのかという疑問だって出てくる」

 

 何せ、新ソ連としては佐渡侵攻と佐渡沖への艦隊侵入の二度にわたって阻止されただけでなく、先日宗谷海峡で発生した軽い軍事衝突では新ソ連側が[トゥマーン・ボンバ]を発動した形跡がみられた。

 ディオーネー計画が仮に頓挫した場合、実力行使で日本の戦略級魔法師を排除しにかかるとみているが、相対するであろう人物のことを思うとジョーリッジの率直な戦力分析として“新ソ連の不利”になると結論を出した。

 

「エドワード・クラークが御しきれるかどうかはともかく、マクロード卿は協力しないと?」

「仮にそれをしてしまえば、イギリスは西EUの盟主の座を引き摺り下ろされることになる。それに、イギリスもディオーネー計画発表後に反魔法主義が活発になってきているようでな」

「……哀れ、としか言えません」

 

 相手に文句のない大儀名分―――それこそ、昨春の[トーラス・シルバー]が発表した[恒星炉]はその最たるものだ。運営自体は魔法師がメインとなるが、その恩恵は魔法の有無に拘わらず全ての人間が享受できるエネルギーとして受け取ることが出来る。

 とりわけ夜間の稼働が出来なかった第二次産業や第三次産業にとってその恩恵はすさまじく、ここで反魔法主義の結社が暴動を起こせばテロ対策法に則って処理することが出来るし、主要企業がこぞって[トーラス・シルバー]と伝手を作りたい、と駆け込むだろう。

 

「かつての宗主国とはいえ、よその国に関与できる余力はないからな……いずれにせよ、頼んだぞ」

「畏まりました、閣下」

 

 今のUSNA政府が宇宙開発に手を出せる余力はない。だが、ディオーネー計画はそれを嘲笑うかのように進んでいく。更に、彼らを悩ます事態が国内で起きようとしていることに、この時は誰しもが気付いていなかったのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 アメリカだけではなく、イギリスでも慌ただしい動きが進んでいた。国際魔法協会によるプレゼンテーションの準備はベゾブラゾフの参加表明によって急ピッチで慌ただしく進められていたのだった。

 そんな中、イギリス王室が住まう宮殿の私室にて、現女王ことエリザベスⅢ世(以後はエリーと記載)は執事から渡された端末に目を通していた。伝統的な装飾に似つかわしくないハイテク機器だが、国を見守るものとしていち早く情報を知る為にも女王自ら許可した。

 端末で報告に目を通し終えたエリーは執事に目線を向けた。

 

「……それで? 卿は何と釈明していたの?」

「マクロード卿曰く『魔法の平和的利用のために、USNAや新ソ連と打ち合わせる』とのことです」

 

 それを素直に信じ切れるほど、エリーはお人よしではない。何分、マクロードは先日オーストラリア軍基地を訪問した後でそのオーストラリア軍の魔法師が日本南方の人工島で拘束されるという事態に発展した。

 そして、今度は大西洋上にてUSNA軍の最新鋭空母で会談するために国外への遠征許可を求めた。悩んだイギリスの国家元首は判断を王室に仰いだ。

 

「あんなことがあって、二度目は無いなんて言えないわ。とはいえ、USNAと新ソ連の動きを見るためにも許可は出しましょう……爺や、情報部の伝手はどうかしら?」

「其方については既に。陛下のお眼鏡に適う人材を派遣することで纏まりました」

 

 エリーの執事をしているこの人物は、かつて秘密情報部で凄腕のエージェントとして世界各国を飛び回っていた。彼曰く『私に伍するとなれば、かの四葉に仕えているらしいミスター・葉山ぐらいでしょう』とまで言われるほどで、彼を題材にした映画が世界的なヒットになったのはここだけの話。

 

「それが彼女という訳なんだけど……大丈夫? “マクロード卿の孫娘”なんて抜擢して」

「実力については保証いたします。それに、彼女自身は祖父に対して余りいい印象を抱いていないようでして」

「……爺やの言葉は信じるけど、卿も魔法のことばかりじゃなくて家族に目を向けてやりなさいよ」

 

 ぼやき気味にエリーが零したのは、その彼女はエリーにとって妹のような存在であり、彼女が優れた魔法師ということも知り得ていた。加えて、彼女の家族事情にも精通していて、祖父であるマクロードとの仲はあまり良くないらしい。

 その理由としては、単に『祖父が魔法ばかりで構ってくれない』というものだが。

 




 前半はUSNA、後半は次回に続く分の先出しになります。暴言位吐いてもいいじゃない、にんげんだもの。

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