魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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リモート・トレーニング

 通信を終えた悠元は一息吐いた。師族会議議長自ら真っ先に通信を抜けるのはどうかという風聞も当然あるだろうが、日本魔法協会の方針が見えてしまった以上は話を続ける気にもならない。

 

(会長が会議を招集したのは事実だろうが、そこに至るまでに組織としての見解はある程度固めていたのだろう)

 

 日本魔法協会が国際魔法協会の日本支部という位置付けにはなるが、それにしたって大本の組織もロクな精査をせずにディオーネー計画を後押しするような動きを見せていた。ウィリアム・マクロードが働きかけた線は当然あるだろうが、最大の理由は『灼熱と極光のハロウィン』の時の動きもあるとみている。

 

 当時、達也の戦略級魔法[質量爆散(マテリアル・バースト)]が“核兵器もしくはそれに準ずる放射能汚染を引き起こす重大な魔法”と見做されたが、結局達也の戦略級魔法はそれに一切該当せず、懲罰部隊は結成されなかった事実がある。『物質の分解・分裂によって劇的な威力を叩き出す』という点で言えば同一だが、核分裂において一般的に必要なプルトニウムを生成する魔法ではないため、結局核兵器に該当しない判定とされた。

 その事実があっての[スターズ]襲撃やパラサイト事件と考えると、ウィリアム・マクロードとエドワード・クラークがこの時点でも連絡を取り合って画策した可能性は決して低くない。

 

(顧傑の一件も元老院が関与しているとはいえ、エドワード・クラークも一枚噛んでいる)

 

 別に某特撮物の『とある悪者のせいで全て説明がつく』とは断言しないが、顧傑に[フリズスキャルヴ]というツールを与えることで四葉への復讐を成そうとした。だが、周公瑾が死に、顧傑だけでなく主要の反魔法主義結社が相次いで倒れたことで、とうとうエドワード・クラーク自らが出張らざるを得なくなった。

 原作では四葉家の独立独歩を若手会議で浮き彫りにした挙句、[トーラス・シルバー]の功績を大義名分として達也を宇宙に追放しようとした。達也というストッパーを蔑ろにした場合、真っ先に怒るのは深雪に他ならない。

 

(何にせよ、『STEP』への道筋はついた。どうせ説得するために出張ってくることは分かっている……尤も、不義理を働いている時点で協力する気など皆無だが)

 

 パラサイト事件の折、レイモンド・クラークはビデオメールの中で『定期的に情報提供する』と自ら公言しておきながらも、その約束が今の今まで果たされずに来ている。

 別に情報収集方法に不満はないし、同じ事を言われたであろう達也にもこの前確認したところ、『そんなことも言っていたな』とあまり気にするような素振りは無く、寧ろ問われてようやく思い出したぐらいのもの。

 別に期待などしていなかったが、約束を違える時点で守る気など無いに等しく、そんな輩に協力しようとする道理も義理もない。すると、扉をノックする音が聞こえたので入室を促すと、そこには使用人である深夜が入って来た。彼女の手にはお盆があり、湯呑と急須、そして和菓子が載せられていた。

 

「お疲れ様です、旦那様。休憩が必要かと思いましたので……いかがしました?」

「いえ、そういう気遣いは深雪によく似ているな、と」

「母親ですから」

 

 ともあれ、そのまま休憩に入る。深夜が淹れてくれたお茶が入った湯呑を受け取り、一口付けた上で一息吐いた。

 

「臨時師族会議のほうはいかがでした?」

「日本魔法協会の方針がハッキリと分かった以上、あれ以上会話を続けても意味がないと判断して通信を切った」

 

 あのメンバーの中では達也に近しい人物の一人であるため、最悪達也の説得をしろなどといわれても困る以外の何物でもない。それに、達也一人を説得すればすべて解決し得る問題では無くなっていることも重要だ。

 

「十三束会長は達也を説得したがっていたような節が見られたが、アレは自らというよりも周りの空気に流された結果の言動だろう。国際魔法協会や政府の干渉は現時点で確認できなかったが、今後もそうであるという保障など無い」

「真夜も大変よね。寧ろ癇癪を起さないか心配だわ」

「貴女がそれを言うか」

 

 考えて見れば、四葉元造の[死神の刃(グリム・リーパー)]も大概だが、十師族の中で四葉家はどちらかと言えば古式魔法に近しい特質を有している。深夜自身殺傷能力がある魔法を得意としていないが、彼女の[精神情報干渉]は明らかに現代魔法の範疇を超えている。

 

「私はもう旦那様のものですから、そのようなことはいたしませんよ」

「……愛が重いわ」

「流石に娘には勝てませんけど」

 

 張り合う相手云々とかはさておいて、今週末に深雪と水波が引っ越してくることになっている。既に司波家から家具などは運び出され始めていて、土曜日には全ての荷物が運び込まれることになる。達也も必要最低限の荷物はマンションに運び込むが、身を守るものなどは別荘に持ち込むつもりのようだ。

 元々引越しに関わる手続きなどの準備は済んでいるが、家主として立ち会わなければならない場面がある為、臨時師族会議を抜けたのは業者に対して迷惑を掛けないようにするための配慮だ。この後、電気やガスなどの業者が来て立ち会うことになっている。

 それを日本魔法協会に見せるべき部分があるかも知れないが、元々付き合う義理のない計画に参加しないことも当然だが、達也を説得しうる対価を明示できない相手と交渉を持つ気にもならない。

 

 その日の夜、悠元は元継と通信をしていた。内容は悠元が抜けだした臨時師族会議のその後の展開についてであった。

 

「……そっか、結局十文字先輩が矢面に立たされることになった訳か」

『悠元は無論だし、俺も武術の絡みで面識はあるが論外。四葉殿もあの後は「急ぎの用件がございますので」と退席したからな』

「ごめん、元継兄さん。嫌な役を押し付けて」

『気にするな。俺が複数の婚約関係を持たない代わりにお前が盛大に巻き込まれてるんだ。せめて、これぐらいの苦労は負わせてくれ』

 

 真夜だけでなく、六塚温子と五輪勇海、更には一色義道や三矢元までもが相次いで退席した。念頭にあるのは達也とかかわりが深い悠元のラインを使われることを嫌ってのもの、と元継はそう述べていた。

 そして、日本魔法協会の意思を伝えるということで達也と年齢の近い克人が交渉役として赴く形となった。

 

『それに、四葉殿を除けば悠元が達也君に一番近い身上である以上、日本魔法協会ももう少し穏便に話を進めればよかったものの……あれでは達也君を差し出せと言っている様なものだ』

「既に聞いているかもしれないけど、一高の百山校長からも似たような話をされた。俺も[トーラス・シルバー]ではないかという嫌疑を掛けられたが否定した」

『そんなことがあったのか……海外旅行中の爺さんには今すぐ聞かせられん話だな』

 

 あくまでも書状を持ちこんだのはUSNA大使館だが、明らかに達也の正体を明るみにするという脅迫まで添えている時点でディオーネー計画の正当性を疑いかねない。まあ、綿密に練り上げられたとしても[トーラス・シルバー]の技術を使えば済む話であって、なにも本人が必須であるという前提は存在していない。

 

『ベゾブラゾフのあのインタビューにどれほどの正当性があるのかは知らんが、新ソ連とUSNAが手を組んだ時点でロクな未来にならんぞ』

「建前なんてどうにでもなる、と思っているあたりは大国の人間らしいけれど」

『そうだな。別に当該国に住まう全ての人間がそうであるとは言わんが』

 

 そして、新ソ連を本格的に引き込むために[トーラス・シルバー]と[マテリアル・バースト]の使い手が同一であること、それが達也であることをエドワード・クラークがウィリアム・マクロードとイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフに伝えるべく、大西洋上に派遣されるエンタープライズで会談が行われるという情報まで掴んでいる。

 

「元継兄さんは爺さんから詳細を聞いているだろうけど、国防軍としての上条達三(じぶん)は書面上国家非公認の戦略級魔法師として登録されている。けれど、その魔法の詳細はデータ上に記載されていない。せいぜい沖縄で行使した[天鏡霧消(ミラー・ディスパージョン)]が関の山だ」

『一昨年に使った[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]はその詳細すら知り得ないということか……情報漏洩を危惧してか?』

「概ねその考えで合ってる」

 

 国防軍には元々技術士官、そして緊急時の軍人魔法師としての立ち位置で登録されている。それは特務大将となった今でも変わることは無く、『灼熱と極光のハロウィン』で使用した際は『神将会』の人間として国防の為に行使したまでのこと。

 オンラインデータに残さないというのは不便さを生じさせるが、情報管理という観点から盗聴などの傍受行為を受けたとしても回避できる利点が生まれる。それに、[スターライトブレイカー]は四葉家現当主の特異魔法の技術も使われている為、迂闊に手の内を明かすことが出来ない戦略級魔法でもあるのだから。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 今日は達也たちが司波家から引っ越す日。当然居候の身でもある悠元もその対象だが、先月の時点で必要なものは全て業者にお願いをしてマンションの私室に全て運び入れており、司波家に残っていたのは日常生活を送る上で必要最低限のものぐらい。残る私物については深雪と水波の引っ越しに合わせて運び出されることとなった。

 マンションへの引っ越しについては婚約者たちが自主的に手伝いを申し出たことにより、完全に手持無沙汰となった悠元はFLTの研究室から大きめのアタッシュケースを持ち出すと、誰の目にも止まらぬよう[鏡の扉(ミラーゲート)]で伊豆にある司波家の別荘に到着した。

 

「こんな山奥に……不便さよりも静粛さを優先してのことだったらしいが」

 

 伊豆には元々ゴルフ場を改造した防空陣地も存在するが、そこから離れているとなると深夜の感受性を重んじてのことだと見れば納得出来る。自分の使用人兼愛人となっていることからすれば、どう感想を述べればいいか分からないのも事実だが。

 そんな個人的事情はおいといて、深夜から預かった鍵で中に入る。四葉家によってある程度準備はされている為、悠元がするのはハード面での動作確認。そして持ち込んで来たアタッシュケースを開くと、そこには[トライデント]と同系統の銃形状CADとブレスレット型CAD、そして魔法技術を駆使して設計されたライディングスーツが入っていた。

 設備の電源を入れて設定を始めてから30分ぐらいすると、VTOLのローター音が聞こえたので達也が到着したのが直ぐに分かった。向こうもこちらの存在を認識していたようで、再び飛び立ったVTOLの音が聞こえなくなって数分も経たない内に達也が姿を見せた。

 

「悠元、来ていたのか。世話を掛けるな」

「気にするな。ま、東京に帰ったら帰ったで襲われそうだが」

「……」

 

 誰に、という言葉を問いかける前に対象を察したためか、達也はそれ以上問いかけるのを止めて黙った。

 

「さて、真夜さんからどこまで話を聞いているか分からんが、臨時師族会議の決定というか魔法協会の呼び出しの内容について教えておく」

 

 臨時師族会議では、第一高校で起きたようなことが会議の中で起こった事。悠元は師族会議議長として魔法協会の対価を問い質したが何も返ってこなかったこと。そして、引っ越し手続きの関係で会議を抜けたことも併せて説明した。

 

「十文字先輩が交渉役にか……悠元、どうするつもりだ?」

 

 達也から見れば、師族会議議長の意向を無視しての決定と見做せる案件。なので、克人が如何なる提案をしてもディオーネー計画に参加する義理は当然存在しない。ただ黙っているという選択肢を目の前にいる親友が取るなどとは思えないからこその問いかけに対し、悠元は静かに話し始める。

 

「全部根本から引っ繰り返す方針に変わりはない。日本政府の現内閣にも話は通した。それでなんだが達也、お前を縛っている[誓約(オース)]を神楽坂家当主の権限で外そうと思う」

「……いいのか?」

「交渉が決裂した時、先輩が力づくで強制しないとも限らんからな。それに、最近深雪からよく相談されていたし」

 

 達也からすれば、深雪に対する感情と合わせて自身を縛り付けていたもの。それを解除すべきだという悠元の言葉と、契約を結んでいる当事者からも相談されていたことに驚きを見せていた。

 

「慶春会の時のように見届け役を買った上で俺自身が先輩と対峙してもいいが、どうせ情報部の諦めきれない奴らが首を突っ込むことからして、達也が十全の状態でいることの方が重要だ。まあ、深雪からも泣き落としはされたが」

「妹が迷惑を掛けてすまない」

「気にするな」

 

 達也には話していないが、この[誓約(オース)]に関わる解呪の権限を四葉家から引き継いでいる。慶春会と神楽坂家での当主就任の後、真夜から提示された『対価のリスト』の一つとしてそれを譲り受けた。

 なお、その中には“四葉真夜を好きに出来る権利”みたいなものが存在していたが、リストを持ってきた葉山に聞いても『私にはどうすることも出来ません』としか返ってこなかった。結局丁重にお断りしたわけだが。親友の母親を好きに出来る権利なんて扱いに困るだけだろうと思う。割と切実に。

 じゃあ深夜の場合は? と問われると、既に母親によって堀を埋められた挙句の結果、手を出した責任は取らなければならない。普通は愛人の存在でトラブルが起こるというのに、この点だけで言えば“恵まれている”と解釈すべきなのだろう。

 

「事が落ち着いたら、達也も他人事じゃ済まないだろうが」

「そうだな……母上からは『いつでも婚姻届を出してもいいですよ』と本気としか思えない口調で言われたが」

 

 感情や記憶を“知識化”されたとはいえ、血の繋がった実の息子に対する愛情は本物で、それは達也の母親と呼ぶにふさわしいものだった。なお、発言の過激さにはさしもの達也ですら引き気味だったことは記憶に新しい。

 

「必要な段取りは自分が『四大老』として対面する時までに整えておく。なので、達也は自分のことに専念してくれ」

「分かった。とはいえ、別荘に引き籠ってばかりというのも暇だが」

 

 この別荘は地下に魔法訓練の為の演習場が元々備わっている。だが、一人でやれることにも当然限界というものが存在する。そんな達也の要望を聞いた悠元は[ミラーゲート]を展開して腕を突っ込むと、取り出されたのは飾り気が一切ない人型アンドロイド。大きさは身長換算で180センチメートルで、一般男性の体格に近しいものだと達也もすぐに分かった。

 それを演習場に持ち込んで立たせると、達也に説明をする。

 

「これは昨年に達也が戦った[パラサイドール]の仕組みを改良して開発した[リモートパペット]と呼べる代物で、遠く離れた登録者の動きを魔法面も含めてほぼ再現できる。流石に俺自身は登録してないけど、九重先生のものは登録してるから」

 

 思念だけで操ることもできるし、特定の二点間に絞ることで実測距離を無視して長距離の遠隔操作も可能。八雲も達也の鍛錬を継続できるという意味で賛成し、[リモートパペット]については完全なワンオフのために秘匿することで合意された。

 

「それと、魔法による音声システムも完備してる」

『やあ、達也君。事情は悠元君から聞いてると思うけど、ビシバシ扱くからよろしくね』

「……ええ、望むところです」

 

 早速、人形を介しているとはいえ八雲と達也の体術の手合わせが始まり、人形とは思えないほどの速さに達也ですらも気が抜けない有様であった。そして、悠元はそれを見届けつつ[ミラーゲート]で東京に帰ったのだった。

 

 余談だが、八雲に使用感を尋ねると『あそこまで動けるとなると、僕も若返った様に錯覚しちゃうよ』と述べていたが、見た目が三十代、実年齢五十代の人間が言っても説得力が感じられないと思う。

 




 強引に通信を切った理由は、あのままいても悠元が矢面に立たされる公算がかなり高いことに加えて、マンションの管理人としての仕事が先に入っていたからです。そんな理由でいいのか? とは思いますが、ディオーネー計画そのものの回答期限は存在していないので、遅れたとしても誰も咎める人などいません。
 後半の[リモートパペット]は、[パラサイドール]というよりは今風に言うところの機械による遠隔操作を魔法でしています。似たようなところで言うと僵尸術の類ですが、達也の腕を錆びらせないための対策です。
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