魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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今回はUSNAサイドのお話。


苦難と女難を背負い込んだ苦労人

 USNAが誇る大型航空母艦エンタープライズ。二千フィート級、全長約600メートルという前世紀の原子力航空母艦と比較すると2倍近い巨体を原子力無しに稼働している最新鋭空母。だが、その実態を知る者からすれば『人を人とも思わぬ鬼畜の所業』と言わしめてもおかしくはない代物。

 その実態を知る人間―――海軍の制服を着ているジェラルドは甲板で暢気に横になっていた。傍には元々この船のクルーとして配属されているジェラルドの同期(エージェントの絡みで一時期海軍学校に通っており、その時の同窓生)がいる。

 

「……こんなところで油を売っていていいのか?」

「良くは無いんだろうけど、上司からお前の世話係を命じられちゃ仕方ねえよ。それに、明日はお客さんが来るんだろ?」

「正確には“明日も”だよ」

 

 エンタープライズはニューファンドランド島(旧カナダの東海岸に位置する島)の東の海上へ500キロメートル―――大西洋の公海上に停泊している。本来の任務である“アフリカ方面への牽制”の意味合いを成すには、この場所での待機に違和感を覚える兵士も少なくない。

 そして、ジェラルドの休息の終わりを告げるように聞こえてくる飛行機の駆動音を耳にしてジェラルドはズボンを軽く掃いながら立ち上がる。すると、隣にいた兵士が預かっていた上着をジェラルドに手渡した。

 

「お客さんは女性なんだろ? ジェイのことだから瞬く間に墜としそうな気もするが」

「やめてくれ。海軍学校にいた時だってそんなにモテてないんだから」

 

 ジェラルドの女運を端的に述べるのならば、“男性が妬むよりも同情が勝る”というものであり、海軍学校にいた時は“女傑”の渾名がついた先輩から告白される事態になった。その切っ掛けは彼女が困っていたところを助けてお礼も求めずに去ったことというのは、ジェラルド本人を除けば、その場面に偶々立ち会った彼―――今ジェラルドの横にいる兵士しかいなかった。

 

「まったく、どいつもこいつも俺のどこがいいというんだか。USNAの魔法師としては“落第”とまで言われたというのに……何だよ、ジャック?」

「お前が落第なら、一線級の魔法師が揃ってクビを切られる羽目になると思うんだが」

「んな大袈裟な……」

 

 魔法の軍事色が強いUSNAからすれば、ジェラルドのような非戦的な魔法師など厄介払いの対象に含まれる。だが、彼の母親が先代“シリウス”と言う事実に加え、先代の“カノープス”によって鍛え上げられた事実、政府の人間としての功績を鑑みれば、彼を除外するようなことなど出来ない。

 ともあれ、身なりを整えたジェラルドは、甲板上に着陸したVTOLのタラップから降りてくるスーツ姿の女性が目的の人物だと察した。目を隠す様にサングラスを掛けているが、素顔を明るみに出さないためだろうと解釈した上で敬礼をする。

 

「ヴィンセント中佐殿ですね? USNA大統領特使、ジェラルド・メイトリクス大佐と申します。この身なりでの挨拶をお許しください」

「これはご丁寧に。イギリス王室・エリザベスⅢ世が名代、アニエス・ヴィンセント中佐です」

 

 ディオーネー計画―――達也を排除するための会談。そして、米英の政府の意向を受けた二人が邂逅することになったのだが、ジェラルドに宛がわれた一室に入ると、アニエスは徐に掛けていたサングラスを外す。すると、その姿に見覚えがあったジェラルドは目を丸くしていた。

 

「……アニー? ひょっとしてアニーなのか?」

「その呼び名……もしかして、ジェイなの?」

「あ、ああ。正直驚いたよ……」

 

 本来、国が違う二人が面識を有していたのは、ジェラルドは昔イギリスに住んでいたことがあったからだ。正確には、ジェラルドの母親がUSNA政府からの依頼でイギリス軍の魔法師を教導していた。その時、ジェラルドの住んでいた家の隣に彼女の一家が住んでいた。早い話が“幼馴染”に近しい関係だった。

 尤も、母親が亡くなった影響でジェラルドは一時期塞ぎ込み、連絡を取ることもしなくなった。それが8年という時間を経てこうなったことに本気で頭を抱えたくなった。

 

「いきなり連絡が来なくなったから、本当に心配したんだからね。でも、元気で良かった……気苦労と疲れは垣間見えるけど」

「仕方ないだろ、あんな滅茶苦茶な計画をでっちあげやがった馬鹿な博士が[十三使徒]まで巻き込んで日本を嵌めようとしてやがる。最悪を日々更新してるに等しい」

「え、えらく正直に言うんだね。事実なのは私も認めるよ」

 

 気心の知れた相手だったこともあり、馬鹿正直という言葉がつくぐらい辛辣な台詞を吐いたジェラルドにアニエスは冷や汗を流しながらも肯定の言葉を述べる。いくら相手が知己とはいえ、イギリス王室の意向を受けてのものだということは彼とて承知している。だが、それでもそんな台詞が出たのはここまでのストレスが蓄積してのものなのかもしれない。

 

「そちらの陛下の手紙も正直に吐露していたからな。こちらも本音をぶちまけないと意味がない。正直、うちのトップは御冠(おかんむり)の状態だ」

「そこまで……(あーもう、エリーってば手紙でどこまで書いたのよ!?)」

 

 そして、アニエスも今回の派遣の意図について説明をする。ジェラルドの部屋には既に遮音フィールドが張り巡らされており、傍受対策については確保しているが相手が相手である以上油断はしない。

 

「日本の高校生……それも四葉の次期当主が[トーラス・シルバー]で、『ハロウィン』を引き起こした戦略級魔法師の公算が高い、って。最悪の極みじゃないの」

「現状で得られた情報から推理したものだが、可能性は極めて高いと言っていいだろう」

「ねえ、そっちの博士はUSNAをイギリスや新ソ連まで抱き込んで自滅させる気? 魔法師が追い出される前に国が滅びそうだよ」

「俺もそう思う」

 

 これまで世界の抑止力を担ってきた“四葉家(アンタッチャブル)”の悪名。それを体現し得るだけの力を有する存在が『灼熱と極光のハロウィン』で証明されたとすれば、この先も四葉の名に怯える日々が続く。エドワード・クラークはそれを打開するべくディオーネー計画をでっちあげた形だが、聡明な魔法師からすれば『余計なお世話だ』と一蹴したくなるべきもの。

 仮にディオーネー計画が進行したとして、その前段階となる政府間交渉では確実に衝突が起きる。とりわけ現在のUSNA大統領は対ソ強硬路線を表明して一定の支持を得ているだけに、利益交渉は熾烈を極める。下手をすれば魔法師同士の暗闘が再来するかもしれない。

 

「俺からすれば、新ソ連と大亜連合に伍するだけの実力者が極東地域に現れただけでもUSNAにとって安心材料になると思ったのだがな。その上で彼が望むものを支払えば安い話なのに、軍やペンタゴンの一部の連中は危険視して『スターズ』まで送り込んだ……失敗したが」

「あのー、ジェイ。そこまで話していいの?」

「どうせイギリスにも伝わっている事実を脚色なんて出来るか、って話だ」

 

 ジェラルド自身、日本にはまだ“アンタッチャブル”の系譜が残っていたというだけでUSNAへの脅威度が減ったと思ったが、それがUSNAに向けられるリスクを鑑みた連中はそう思わなかった。『スターズ』―――“アンジー・シリウス”の派遣を聞いた際、真っ先に反対意見を述べたのはジェラルドに他ならない。

 その相手を探るとしても、相手が戦略級魔法師である以上は無力化出来るだけの人選という意味で彼女の派遣は間違っていない。だが、いきなり喧嘩腰になりかねない状態を生み出す様なやり方には嫌悪を覚えた。

 

「俺だって祖国が不利益を被るのは許容できない。けれど、それは理不尽な理由による場合だけだ。昨年の『スターズ』派遣失敗は軍の連中が国の利益だと言って排除しようと動き出した結果に他ならない」

「……もしかして、かなり怒ってる?」

「その後始末に奔走した当事者だからな。伯母さんだけなく伯父さんも頭を抱えてたぐらいだし」

 

 ジェラルドはこれまでリーナやセリアの後始末を請け負ってきた側の立場にいる。それでいて今回のディオーネー計画でも影響を強く受けている。宇宙に追い出される前に過労死しかねない、と言いたげなジェラルドの言葉にアニエスは苦笑を漏らした。

 

「だがな、俺がもっと怖いのは日本にいる『ハロウィン』の片割れ―――新ソ連方面の所属不明の艦隊を消滅させた上にウラジオストクの軍港を消し飛ばした戦略級魔法師の正体が見えないことだ。ペンタゴンの予測では[殲滅の奇術師(ティターニア)]の可能性が高いとみていたが」

「ねえ、ジェイ。早めにクラーク博士を切った方がいいんじゃない?」

「俺だってそうしたいが、明確に国家の利益に反するような行動をしていないからな。政府も迂闊に切れないんだ」

 

 USNAのエドワード・クラーク、イギリスのウィリアム・マクロード、そして新ソ連のイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。いずれも表向きは国家に対する貢献の意味で支持を得ている部分がある為、下手に切れないという点が政府を悩ませていた(新ソ連の連邦政府は野心バリバリでベゾブラゾフの行動を支持しているのだろうが)。

 

「そういうイギリスだって相手はあの[十三使徒]だ。とっとと引退を迫れるわけでもないからな」

「でも、もう60歳の大台なのは事実だよ。祖父には早く引退してほしいと思うけど」

「……祖父? 今、マクロード卿が祖父といったのか?」

「うん、母方の祖父だよ。けど、魔法のことばかりに感けて、孫の私たちにはあまり興味を示してくれてないもの」

 

 ここにきての特大級爆弾にジェラルドは頭を抱えた。何せ、イギリスに住んでいた時はアニエスから積極的なアプローチ(当時は子どもだったので半分冗談だったのかもしれないが)をされていたが、年齢を理由に固辞していた。

 どうして自分に近寄ってくる周りの女性は一癖じゃ済まない人ばかりなのだ、と内心で吐露したくなったほどだ。なお、海軍学校時代に告白してきた女性も父親がUSNAの有力な上院議員だったりする。

 

「……かったるくなってきた。少し休むわ」

「あ、うん。ところで、私はどの部屋なのかな?」

「そういえばそうだったな。俺が掛け合ってみる」

 

 そして、ジェラルドが艦長に相談した結果、『艦の兵士との余計なトラブルを避けるためにも我慢してほしい』という倫理上の理由でジェラルドとアニエスが同室となり、彼が盛大に叫んだのは別のお話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 翌日、エンタープライズに2機の小型輸送機が到着した。空母の着艦手順は150年前から一切変わっておらず、垂直離着陸機能を持たない機体はアングルド・デッキ、アレスティング・ワイヤー、アレスティング・フックの組み合わせによって強制的に減速を取る方式が採られている。

 だが、新ソ連の小型輸送機はそのシステムを使うことなく本来1000メートルは必要であろう距離を魔法によって約100メートルに短縮させた。無論、その魔法の使い手は言うまでもなく[十三使徒]イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフによるものだとジェラルドは直ぐに分かった。

 

「ジェイ、良かったの? 付いていかなくて」

「俺はどうせ部外者だ。それに、俺が何もしてないと思うか?」

 

 空母で使われる部屋については既に把握している。なので、予め盗聴用の機械を忍ばせている。だが、それはあくまでも“囮”であり、本命はワシントンでリーナに渡したカードタイプのレコーダー。ただ、それについては大統領を介する形で渡している。

 

「何も記録されなくてもいいし、エドワード・クラークが強引に没収したところでこちらの推測を裏付けるだけの状況証拠を得ることになる……で、何でお前もUSNA海軍の制服を持ってるんだ?」

「いや、私の場合は気を利かせた女性士官が貸してくれただけだよ?」

「さいですか……」

 

 彼らと接触しないようにジェラルドは部屋の中に籠っていた。それはアニエスも同様で、ここまで手際がいいと大統領による差配もあるのだろうと思った。

 会議の時間は大体1時間程度で終了し、マクロードとベゾブラゾフはそれぞれ乗ってきた輸送機で、エドワード・クラークとリーナ(アンジー・シリウス)もワシントン行きの輸送機で帰路に就いたことを報告に来た友人の士官から聞き及んだ。

 その上で、別の小型輸送機でワシントンに向かうこととなったのだが、その輸送機にはアニエスも同乗していた。

 

「で、お前はイギリスに帰らなくていいのか?」

「詳しいことは言えないけど、USNAが騒ぎになったら帰ってこいって」

「騒ぎ、ねえ……どう考えても一波乱あるのは確定事項のようなものだが」

 

 ジェラルドはリーナとセリアが帰国した段階で一波乱起きるのは間違いないとみている。祖国のアンダーグラウンドに君臨していた顧傑(ジード・ヘイグ)が居なくなり、魔法結社間の暗闘も頻度が増えてきている。それに、USNAには未だに正体を明るみにしない『七賢人』の存在がある。

 

「心当たりがあるの?」

「『七賢人』という連中がいる。その詳細は不明だが、一番関与しているであろう人物があのエドワード・クラークとされている」

「昨年のあのニュースもその『七賢人』絡みだったりする?」

「恐らく正解だ」

 

 『ディオーネー計画の真の狙いなど、日本にいる彼らはとうに把握している』―――伯母であるヴァージニア・バランスから聞いた予測に対し、ジェラルドもその言葉を否定しなかった。何せ、『スターズ』の“シリウス”はおろか“ポラリス”まで下しているため、情報収集能力についても真偽を問うまでもなく“本物”だと認識するほかない。

 普通ならばイギリスの秘密情報部に所属している幼馴染に売るべき情報ではない。だが、人様の身勝手に国家や政府まで巻き込まれている以上、こうなっては手段を問う場合ではない。

 

「で、多分一波乱あると睨んでいるのは、今の『スターズ』が年齢を無視した実力主義の為に本来あるべき階級の序列を成していない。総隊長のアンジー・シリウスを認めない奴らも少なからずいる」

「……USNAというか、軍の上層部が単に馬鹿すぎると思うけれど」

「言ってくれるな、アニー。だが、事実であるために否定することも出来ん」

 

 戦略級魔法師を失ったために、早急に“シリウス”の確保を急いだ軍上層部の怠慢が今日の『スターズ』における歪みを生み出した。

 無論、上層部としてはリーナを単に実力面で買っただけではなく、まだ十代のリーナを据えることで兵士の不満の矛先を彼女に向けさせて互いに消耗させ、政府や国防総省(ペンタゴン)への不満の矛先を逸らす狙いも含まれていた……本人たちの実力を競争心によって煽ろうとしている側面もあるのだろう。

 アニエスの言葉は辛辣だが、なまじ事実であるために否定する材料もなかった。

 

「しかも、『スターズ』は昨年の脱走騒ぎで規律が一層厳しくなった。それに対しての不満が爆発する可能性もある」

「でも、それだけでそんなことをしたら『スターズ』が最悪部隊解散の憂き目に遭うだけだと思うけど」

「いや、それは出来んだろうな」

 

 事実の如何はともかくとして、『スターズ』はUSNAが誇る“世界最強”の魔法師部隊。それがごく少数の―――それも戦略級魔法師クラスを相手に敗北を喫したとなれば、それはUSNA軍そのものの信用にも関わる。だからこそ、却って部隊を解散して再編成するという手段を取ることは極めて難しい。それは8年前の暗闘で隊長クラスを半数も失った状態が数年も続いた時点でお察しのレベル。

 

「客観的な事実の如何はどうあれ、そう自負している以上は引き下がることも出来ん。そこに誰かが『アンジー・シリウスは日本に通じたスパイの可能性が極めて高い』なんて噂が蔓延したらどうなる?」

「そんなんで叛乱なんか起きたら、軍の規律が問題視されかねないけど」

「普通はな。けど、それが起こり得る可能性はある。とりわけ今の『スターズ』はそれがいつ爆発してもおかしくない」

 

 政府機関の人間とはいえ、いくら亡くなった身内が軍人だったとはいえ、今のジェラルドに軍に対する強制力は存在しない。いや、『元から無い』と言った方が正しいが。

 そのことを上司が仲介する形で述べても、肝心の参謀本部が取り合う様な素振りは見えなかった。これでは“最悪の事態”がまた更新される……と内心で溜息を吐きたかったジェラルドであった。

 




 USNAの魔法師が旧EUに行けるのか? という疑問は出そうですが、元々アメリカは現代魔法の先進国ですし、その技術指導の一環で訪れていても不思議ではありません(似たようなことはウィリアム・マクロードという前例がいますので)。かつての宗主国・植民地という因縁はあるでしょうが。
 そして、積み上がっていくジェラルドの苦難。彼の明日は何処に(ぇ

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