魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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見る者が誰しも恐怖しかねない光景(予定)

 引っ越しが終わった次の日の月曜日、達也は伊豆にいる関係で学校に姿を見せなくなった。八雲の鍛錬を受けられない代わりは施してきたし、箱根にも近いので時折千姫も様子を見に行くとのこと。遠縁とはいえ神楽坂家の血筋を引いているため、彼女にとっては孫みたいな存在とも言えた。

 その一方、悠元も達也と同じ憂き目に遭っていたが、普通に学校に来ていた。とはいえ、授業を受けなくてもいいのならば『やるべきことがある』と言って作業に専念できるようになった。だが、その作業場所は部活連の本部室ではなく生徒会室であった。

 

「お疲れ様です、“ご主人様”」

「……深雪さんや。ここは学校なのだからその呼び方は止めてくれ。誰かに聞かれたら堪らん」

「ふふ、二人きりだからこそですよ」

 

 前の週末にFLTツインタワーマンションへ引っ越してきた深雪。四葉家としては守りを強化する意味で調布のマンションでも良かったわけだが、深雪の心情と悠元の負担を考えて認めてくれた。まあ、FLT自体も四葉家の管轄であるし、最新鋭の魔法防御システムを備えているので調布よりは安心できる材料があったのも事実。

 その代わり、早速深雪に襲撃された(別に殺傷事ではない)のは言うまでもない話かもしれないが、深雪の精神安定に寄与していると思えば、自分の苦労も決して無駄ではない。

 

 話を戻すが、悠元が生徒会室で作業をしているのは深雪の要望によるものが大きい。なので、学校では九校戦中止の代替案を作成し、家では『STEP』計画のプレス発表に向けた資料作りをしている。

 

「いざとなったら、会長権限で暫く二人きりにしても誰も咎めないでしょうから」

「……考え方がどこかあの先々代会長(こあくま)に似てきてる気がするんだが」

「だって、積極的にアピールしないと独占しそうですから、あの先輩は」

 

 深雪の積極的な行動の根底にあるのは“対抗心”であり、主な対象は深夜と真由美の二人。それ以外の婚約者とは割かし良好な関係を築いている。なお、深夜としては別に婚約者の座は狙っておらず、深雪を焚き付けるのは『真夜よりも先に自分の孫の顔がみたいから』という単純なものであった。尤も、そういう段階は魔法大学を卒業してから、と了解を貰っている。

 真由美の場合はと言うと、関係を持った段階でかなりの借りを悠元に対して持っている状態の為、『他の婚約者や愛人たちとの和を乱さない』ことを約束させている。泉美には真由美を扱き使ってもいいと許可を得ている為、その代わりとして関係を持ってしまった。事後の感想は『今度から“ご主人様”と呼称したいです』と言われた。

 何で自分と関わると周りの女性(婚約者や愛人)が自身を奴隷扱いにして欲しいと願ってくるのか……深夜曰く『悠元君は一定の距離を最初から取るから、逆に詰めたいと願った結果が奴隷や愛人扱いなのよ』と述べた事に対して、何も言えなくなった。

 

「序列を今更変える気にもならんし、深雪はその意味でも一番特別だと思ってる……あの、力を強めないでください。余計に当たってるんですが」

「当ててますから」

 

 嬉しいという感情表現に対して嬉しくないというわけではないが、もう少し節度を持ったスキンシップをして欲しい……とはいいつつも、もうじき付き合って(婚約関係もしくは実体的な関係)2年になるわけだが、日に日に綺麗になっていく婚約者を咎める気にもならない。

 この場で深雪を押し倒して行為に至っても、誰かに見られても特に問題はない(寧ろ、生徒からは『どこか知らないところで行為に及んでいそう』という噂もあるにはある)。だが、自分の場合はまだ魔法大学の推薦枠で行けるが、生徒会役員の不文律を鑑みると深雪に支障を来たす様な事は避けたい。

 なお、その噂を聞いたときに達也は自分ではなく深雪に対して疑念を向け、それに対して深雪が泣き落としで『酷いです、お兄様。私はそこまで破廉恥ではありません』と述べていた。それを傍で聞いていた雫曰く『深雪がそれを言っても説得力がない』とのこと。

 

「それにしても……綺麗になってますけど、ご主人様がしてくださったのですか?」

「作業の息抜き程度に軽く掃除しただけだよ……そろそろ離れないと、誰か来そうだよ」

「そうですね……今日は押し掛けますので」

 

 生徒会室に近付いてくる気配を先に悠元が察し、彼の言葉で深雪は名残惜しそうに離れて会長の机に着いたところで扉が開き、ほのかが入って来た。

 

「あ、お邪魔しちゃったかな?」

「いや、そこまで気を遣わんでもいいから」

「そうよ、ほのか」

「う、うん……」

 

 ほのかからすれば、悠元は中学時代からの友人で、深雪は魔法科高校からの付き合い。しかも、ほのかは達也と婚約関係にあり、悠元と深雪は婚約関係を公表している。いわばここの三人は“義理のきょうだい(姉妹・姉弟)”と言う関係になる。

 続く形で理璃と泉美、水波が入ってきて、一番最後に入ってきたのは詩奈だった。見事に悠元以外女子ばかりだが、五人の内三人が悠元と婚姻もしくは愛人関係という状態。他の二人も各々婚約を結んでいる為、将来が決定している点が明るみになれば羨む人間が出てくるかもしれない。

 すると、詩奈が悠元に問いかけてきた。

 

「お兄様、ピクシーはどうなさったのですか?」

「あれは元々達也の所有しているものだからな。世話係として一緒に伊豆へ行ってるよ」

 

 実体的な所有権の半分を悠元は持っているが、達也への感情を鑑みるとサポートをしてもらう方がありがたいと考え、ピクシーは達也のもとに送ってもらった。今までピクシーがいた分のサポート的なところは水波が引き継ぐ(使用人としての性分もあるが)ため、特に混乱は見られない。

 

「それで、お兄様は生徒会役員ではないのにどうしてここに?」

「まあ、ここに達也がいないことで事情は察してくれ」

「……なるほど」

 

 原作とは異なり、実兄の婚約者が今の生徒会長であるため、それを守るという意味でここにいるのだと直ぐに理解した。とはいえ、生徒会室で話す内容でもないために続きは行きつけの喫茶店で話されることになった。

 そこにはエリカたちも加わっての会話。達也がいないとはいえ、悠元を中心として3年組だけでなく2年の水波、香澄に泉美。そして1年組の詩奈と侍郎も参加している。

 

「悠元はいいわよね」

「別にそう望んだ訳じゃないがな。寧ろ実力を発揮できる機会を奪われたに等しい」

「お、おう。そう言っちゃう辺りは悠元らしいな」

 

 エリカの本心も交えた台詞に対して悠元が答えると、その正直な言葉にレオが冷や汗をかいていた。優秀だからと言って授業に出なくてもいい、というのは本人だけでなく教える立場の教官陣を蔑ろにするような発言に等しいのだから。

 

 今まで真面目に受けて来た身としては、却って調子が狂うぐらいだ。なので、廿楽先生の授業には今までと変わらずに参加している。先生もそれに触れることは無いが、どこか苦笑を滲ませていたのは確かだ。

 なお、先生からは『私が教える事よりも、教えられることの方が遥かに多い気がします』と言われた。何故だ。

 

「ねえ、深雪。今度の日曜に達也さんのところに伺っちゃダメかな?」

「そうね……今すぐにと言うのは厳しいけれど、お兄様にはほのかとの時間を作る様に言い含めておくわね」

「ちょ、ちょっと深雪! そこまでしなくてもいいって!!」

「ほのかは甘い、ここは言葉に甘えるべき。寧ろほのかから押し倒すべし」

「雫ぅ!?」

 

 流石に達也が伊豆に行った理由はここにいる面子なら知り得ていることで、いざとなれば達也の助けともなり得る面々ばかり。まあ、昨春の経験やらパラサイトやら、終いには『スターズ』などの軍人魔法師などとの戦闘経験など、普通に過ごしていたら得ることのない経験をしてきた……寧ろ、平和に過ごしたいのならば要らない経験とも言うが。

 

「悠元は助けに入らないんですか?」

「ほのかは変なところで一線を引くからな。彼女の性格所以なのかもしれねいけど、別に少しぐらい我儘を言ったところで罰が当たらないと思う」

「それは同感ですね」

 

 何にせよ、今できることをやっていく。良くも悪くもそれしか出来ないのだから。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 魔法大学には同好会・サークルの類は無く、クラブ活動が充実している。大手の運動系クラブはトレーナー付と言う充実ぶりで、国立大学としては破格とも言える。これは魔法師の進路に身体能力や体力が必要とされるものが多く、体育系の実技がカリキュラムに含まれていないところを補完するためのもの。

 とはいえ、強制加入ではないので学生の中にはクラブに入っていない者も少なくない。その一人である真由美は帰り道の途中で見知った後ろ姿―――誰しもが認識しやすいガタイの持ち主―――こと克人の姿が目に入る。

 真由美が声を掛けようかと思ったとき、前にいた克人は立ち止まって後ろを向き、彼女に視線を向けていた。魔法師としての“眼の良さ”を知っていた真由美は特に驚くこともなく克人を見る。

 

「二木か。珍しいな、一人とは」

「今日はレポートが思ったよりも長引いちゃって。そう言う十文字君も?」

「その通りだ。……二木、少し相談したいことがある」

(随分悩んでるわね。まあ、達也君絡みなのは間違いないでしょうけど)

 

 魔法科高校に入る以前から家の関係で面識を持っている為、克人の為人を把握している。良く知る人間だからこそ相談しにくいとなれば、それこそ真由美が今置かれている状況も加味してのことなのだろう。

 

「別に構わないけど、どこかの喫茶店にでもお邪魔する?」

「いや、そこまで時間は取らせないつもりだ。電車(キャビネット)の中で話したい」

「いいわよ」

 

 そして、二人は同じ個別電車に乗るのだが、行き先は真由美が帰る場所を想定して最寄りの町田方面だったことに思わず笑みを漏らしつつ、改めて真由美から問いかけた。

 

「それで、十文字君が悩んでいたのは先日の臨時師族会議と何か関係があるのかしら?」

「誰から聞いた? いや、二木の立場を考えれば神楽坂殿からか」

「あたり。流石に元実家には頼れないから」

 

 今でも家業の関係で東京に居る血縁上の父親に頼ったら何を対価にされるか分からない、という文言は入れなかったが、それを含む様な発言だと気付きつつも、克人は『話が早い』と置いた上で話し始める。

 

「今度の日曜に司波のもとへ出向く。なので二木、お前にも同行してもらいたい」

「……私が? どちらかと言えば達也君の側に近しいのだけれど、それでもいいと?」

「ああ。何分、今回のことで家を動かすわけにもいかないからな」

「いや、何をしに行くつもりなのよ。また美嘉さんに叱られるわよ」

「むっ……」

 

 そのやり取りで美嘉の名が出た瞬間に克人が顔を顰めたことで、『美嘉さんに怒られるようなことをしたのね』と察しつつ、真由美は克人の頼みを了承する方向に話を逸らすことにした。

 

「まあ、分かったわ。言っておくけど、あまり戦力の勘定としては期待しないで欲しいの。一応摩利やつぐみんあたりにも声は掛けようと思うけど、それでいい?」

「……余り多くならない程度に頼む」

 

 魔法師同士の人付き合いという点では克人よりも真由美が勝る為、克人はせめて行動に支障が出ない範囲での同行者の人数に収めて欲しいと願い、それを引き受けた。そして最寄りの駅に着いたところで克人に声を掛けつつ降り、それを見届けた後で真由美は一息吐いた。

 

「……悠君も達也君も、十文字君も大変よね。さて、私も忙しくなりそうだから頑張らないと」

 

 そんな事を言いながらマンションの方へと歩を進める真由美。その足取りがやけに軽やかだったのは……きっと、自分が愛する人の存在所以なのかもしれない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして、所変わってFLTツインタワーマンションの北棟にある悠元の私室には、珍しい人物が姿を見せていた。それは、今の悠元にとってみれば“会うのが憚られる人物”とも言える藤林響子その人だ。

 

「ごめんなさいね、悠元君」

「お気になさらず。内密で話をしたいとなると、情報部絡みですか?」

「そうね。正確には達也君を『再教育』したい連中と言うべきだけれど」

 

 同じ国防軍の括りであっても、響子は達也と婚約関係を結んでいる関係で自らが所属する独立魔装大隊にもあまり顔を見せていない。大隊長の副官という立場上はどうなのかという疑問も当然出てくる。

 実は先月末、響子に辞令が発せられた。内容は5月1日付を以て陸軍総司令部特務参謀補佐官となり、第101旅団での扱いは“総司令部からの出向”となった。

 

 こんな事態となったのは、一つが九島烈の完全引退宣言。それでも国防軍への指導顧問は続けているが、以前のように烈ありきの状態から脱しつつあった。もうじき90歳の大台を迎える御仁にいつまでも依存するのは力の衰退を招くという判断。

 そして、陸軍総司令部は“組織の若返り”という名目かつ九島烈の縁者ということで響子を昇進させることにした。元々独立魔装大隊自体が階級の塩漬けをしてしまっていたため、異例の昇進人事を経て響子の階級は中尉から少佐への“二階級特進”(流石に同一のタイミングでは行わず、時間をおいての二度の昇進)となった。

 無論、一番困惑したのは響子本人。別に達也のような功績を挙げたわけではなく、彼女の本分はあくまでも情報関連の仕事。いわば後方勤務の人間がいきなりに階級も上がれば、誰の目にも止まってしまう。加えて、九島烈の縁者ということで要らぬ疑惑を掛けられた結果としての立場となった。

 

「達也君は今伊豆にいるでしょ? 今度十文字家の当主が出向くことは聞いてるわよね」

「ええ、既に。二人の交渉が決裂したところに襲撃を掛けるとしたら、“馬鹿者”の烙印を押してやりたいです」

「全くよ……それで、隊長からは『独立魔装大隊として助けることは出来ない』と伝えてくれって」

 

 元々当てにしていないものが改めてそうなったとしても、別に困る要素など一つもない。恐らく4月末の房総半島に関する件も自分や達也が関与していると推察しているだろうが、その件は日本政府並びに今上天皇陛下より『国際関係を崩壊させるような案件の処理』として『神将会』が四葉家に依頼した形を取っている。

 なので、国防軍の一大隊に過ぎない人間に道理を問われる筋合いはないが。

 

「まあ、そんなことだろうと思ってました。風間中佐とて国防陸軍の一部隊長に過ぎない以上、出来ないことはありますから。響子さん、光宣をお借りしても大丈夫ですか?」

「え、ええ。あの子はお祖父様の仕事の絡みで荒事にも慣れてるから、光宣も貴方の頼みなら快く引き受けてくれると思うけど……何をするの?」

「そうですね……情報部をこの際“掃除”します」

 

 一度は猶予を与えた。それでも言うことを聞かずに目論んでいる。子どもですら叱られたら言うことを聞こうとするのに、それすら出来ないとなれば知能が余りにも幼稚過ぎる。ならば、もう相手に与える猶予はない。

 

「当日は神楽坂悠元としてではなく、自分が依頼したフリーの魔法師に扮して赴きます。達也には事前に説明していますが、その場の状況次第では十文字家当主を叩きのめし、情報部を抹殺します」

「……達也君が[分解]で消さない辺り、まだ有情にも聞こえそうなんだけれど」

「その代わり、見るもホラーな光景が出来上がりますが。一昨年春以上の地獄が」

「ごめんなさい、前言撤回するわ」

 

 最初は達也のような“何も残らない”よりもマシだと思えたが、一昨年春に起きた防衛大のデモンストレーションの惨劇(なお死者ゼロ)よりも酷いとなれば、先程の楽観した発言など意味を成さない、と響子は発言を撤回した。

 

「あれでしたら、魔法で中継できるように仕込んでおきましょうか? 尤も、あまり見ることはお薦めしませんが」

「……一応、こちらから把握できるようにお願いしてもいいかしら?」

「分かりました」

 

 そして、達也がいる伊豆の別荘周りの監視カメラにアクセスできるコードを響子に渡し、どう使うかの判断を委ねた上で南棟まで送り届けた。なお、戻ってきたところで深雪があらぬ勘違いをしてヤキモチを焼いたのはここだけの話。

 


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