魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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収支上のマイナス面につき

 達也の許に克人からのメールが届いたのは水曜日の夕方。四葉本家から転送されてきたメールは魔法科高校の先輩・後輩という間柄ではなく、十師族・四葉家の次期当主に対して十師族・十文字家の当主が都合を尋ねるという趣のものだった。

 とはいえ、学校から授業の免除を言い渡されている達也にとっては都合などついているに等しく、手短ではあるが丁重な文章で了解の旨を伝える返信をしたところで、来客に視線を向けた。

 

「達也兄さん、急なご用事ですか?」

「いや、十文字家からのメールだった。何か知らないか?」

「いえ、特に何も……」

 

 この時点で、来客もとい黒羽文弥が訪れた理由は師族会議に関係するものではない、ということになる。尤も、文弥が女装―――様になっている部分は否定しないが―――で来ている時点でも相応の用件ということになるだろう。

 そして、達也にはもう一つ気になっていたことがあった。

 

「今回は珍しく亜夜子と別行動なんだな」

「ええ。姉さんも来たがっていましたが、命令ですから。でも、『いくら文弥でも誘惑したら許しませんよ』なんて半分冗談めいた感じで言われたんです! 酷くないですか!? 僕にだって普通に女性と恋愛する権利はあります!」

「……心情は察しておく。それで文弥、用件の方を聞かせてくれないか?」

 

 男性らしくありたいと思っても、見るからの仕草は同年代の少女よりも魅力的に映るものであった……無論、力説するように声を発した文弥は無論のこと、達也とて男色に興味はない。

 普通に訪れる分には態々変装などしなくても良い筈だが、それが出来なかったとなれば四葉本家に関する連絡だと推察した上で、達也は女装にあまり触れないようにしつつ文弥に用件を促した。

 

「この別荘が襲撃される可能性が高まりました」

「国防軍か?」

「はい。それで……四葉本家からは援軍を出せない、とのことです」

 

 その根底にあるのは、4月下旬の秘密収容所襲撃に関する件だろう。元をかえせば自分が関与した事なので、当然相手からの逆襲や復讐の類は予め想定している。緊張している面持ちの文弥に対し、達也はゆっくりと言葉を零す。

 

「妥当だな。元々は四葉家の依頼とはいえ、実行したのは俺だ。今四葉家と国防軍が事を構えるのはマイナスでしかない」

「達也兄さんは、それでいいんですか!?」

「別に四葉の力を借りずとも、好意で力を貸してくれる友人は多いからな。それに、最悪俺一人で片を付ければいいだけだ」

 

 ここまでの時点で、既に神楽坂家が力を貸すことは確定。上泉家も誼で協力してくれるだろう。同じ十師族の三矢家が家単位は厳しくても、個人単位で協力してくれることは想像に難くない。

 それだけでなく、達也がこれまでに築いてきた友人関係から力を貸そうと首を突っ込んでくる輩がいる。それを自身の口で述べるというのは何処か釈然としない達也に、これには文弥も思わず笑みを零していた。

 

「文弥、何故笑う」

「す、すみません、達也兄さん。でも、今の兄さんのお顔は『自分で言うのもどうかと思うが』みたいな感じでしたよ」

「否定はしない。それに、ここらは山林の中になる以上、[今果心(いまかしん)]や[大天狗(だいてんぐ)]、()()()()のクラスでもない限りは後れを取ることなどない」

 

 尤も、八雲や風間以上となると、達也が知る限りにおいて数名しか存在しない人外の領域にいる人物。その一人は奇しくも達也の親友にして戦友。幸いにして、達也の考えを最も理解してくれている味方だという事実は、原作世界以上に達也が強固な後ろ盾を得ていることに他ならない。

 

「寧ろ、悠元が出張ることになったら、俺が関与するよりも更に酷い惨劇にしかならんが」

「……酷くないですか?」

「客観的事実を述べたまでだ」

 

 何せ、彼の祖父こと上泉剛三が成した大漢(ダーハン)の殲滅劇とまではいかないが、アフリカで起きた大亜連合軍約10万をたった二人で殲滅した事実には、人を殺すことに忌避感を持たない達也ですら引いた。なお、それを聞いていた深雪が目を輝かせていたのは言うまでもない。

 それに限らず、テロリストの大西洋横断やマフィア組織をいくつも潰し、果ては正規軍の魔法師相手ですら赤子の手をひねるが如く倒している。本人曰く『巻き込まれた』のは妥当だろうが、それを差し引いても相手を悉く潰しているのは……四葉の戦士として育てられた側の人間としても“異常”としか評することが出来なかった。

 

「といいますか、悠元さんが敵に回る理由は無いと?」

「……互いに『一番戦いたくない相手』と認めているからな」

 

 そもそも、宇宙開発計画自体を決して否定はしないが、そこに興味を持たない人間が『出来る能力がある』というだけで巻き込まれること自体を良しとしていない。そんなこともあったりするが、一番の理由はお互いに本気で殺し合ったところで、最も怒らせてはいけない人間を怒らせてしまい、悠元が一番被害を受けることになる。

 

「互いの手の内が分かっているからこそ、面倒事は避けたい。それは向こうも同様だろう」

「悠元さんや達也兄さんでも面倒事というものはあるのですね」

「悠元はまだしも、俺はそこまで万能超人ではないのだが」

 

 その言葉に相応しいのは間違いなく自分の親友である、と思いながらもいずれ来るであろう国防軍の襲撃に対して準備を念入りにしておこうと心に決めた達也であった。

 

「それに、深雪のこともある。そこまで言えば文弥なら分かってくれるな?」

「あー……納得しました」

 

 達也の口から出た人物の名を聞いた瞬間、二人が対決すると面倒事になる、と瞬時に判断した文弥は苦笑を浮かべていた。尤も、同年代の女子よりも女らしい笑い方をしていたという事実は……達也の心の片隅に仕舞われることとなった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 その頃、悠元はFLTでの用件を終えて帰宅していた。すると、リビングから明らかに冷気というか“寒気”に等しい空気を感じた。その力を発した主の存在を察しつつ、扉を開けるとソファーに座って相対する深雪と亜夜子。深雪は悠元の存在に気付いて、バツが悪そうな表情を浮かべていた。

 

「あ、その、悠元さん。これは……」

「まあ、事情は後で聞こうかな。亜夜子ちゃん、シャワーを貸してあげるから行っておいで。水波、頼めるか?」

「畏まりました」

 

 大方の事情を察しつつも、ここは別に怒鳴ることでもない。亜夜子のことは水波に頼んだ上で、悠元は[天照絢爛]で深雪が発した魔法を巻き戻した。その上で、深雪の隣に座って彼女の頭を撫でた。

 

「じゃあ、何があったのかを話してほしい」

「は、はい……」

 

 亜夜子が訪ねたのは四葉本家からのメッセンジャーとしてであり、今頃は文弥が達也のもとを訪れているのだろう、と考えられる。そして、亜夜子の口からは『四葉本家から援軍は出せない』との伝言だった。

 これに対して深雪が魔法を漏らしてしまった。原作以上に強化された深雪の今の実力なら下手すると亜夜子を凍結させかねないところだったが、そこは深雪の加減が上手に働いた形となった。

 

「妥当なところだな。いくら達也が四葉の次期当主として指名されたとはいえ、国防軍と表立って事を構えるのはリスクが高い。数十年も地下生活なんて収益の点でマイナスしか生まないし、最悪子孫の世代で反旗を翻しかねない」

「……」

「そう膨れるな。達也が長年置かれた立場が短期間で変われば誰も苦労しない」

 

 生まれた時から達也は四葉家にとって無視できない存在であり、畏怖の存在でもある。それを制御するべく“戦士”として育ててきたのは先代の四葉家当主であり、そのツケが今になって表面化してきただけのこと。

 いくら次期当主として指名されたという公然の事実があるとしても、内外が収まっていない以上、まだ時間が掛かるのは已む無き事だ。

 

「悠元さんは、国防軍情報部がいつ攻めてくるとお考えなのですか?」

「……今度の週末に十文字家当主が達也を訪れることになっている。拉致を目論むとしたらそこになるだろうな」

 

 実際には、既に達也がいる別荘を見張っている可能性は高い。尤も、そのことを四葉家が見張っているからこそ達也に援軍は出せないという判断に繋がったのだろう……執事長である葉山が実の息子が危機に瀕しているというだけで動きかねない母親をどう説得したのかは不明だが。

 

「達也のことだから、すべて理解しきった上で伊豆の別荘に引っ込むことを選択したのだろう。婚約者のことを鑑みての判断をするあたり、達也も素直じゃないというか」

「まあ、お兄様ですから」

 

 それで片が付くのは達也本人が納得しないだろうが、こればかりは仕方がないと諦めてもらうしかない。そうして事情を聞いていると、先程とは違う私服を身に付けている亜夜子が姿を見せた。

 

「亜夜子ちゃん、うちの我儘な婚約者が迷惑を掛けたようですまなかった」

「い、いえ、悠元さんが気になさることではありませんので」

 

 深雪の魔法は驚異的に映ったのだろうか、どこか怯えを垣間見せているのは致し方がない。ともあれ、改めて亜夜子から四葉家からの伝言を受け取ることとした。とはいえ、内容は先程深雪が話した内容を確認する意味合いでしかなかったが。

 

「事情は分かった。護人・神楽坂家当主として四葉家の意向を受け入れよう」

「宜しいのですか?」

「達也自身でどうにかなる問題ならば、下手に介入して味方殺し(フレンドリーファイア)するほうが危険だからな」

 

 それに、明確なターゲットの存在は相手の注意を引きやすい。少なくともFLT周辺に国防軍情報部の姿がないことは確認済みだし、もしもの時に備えて今まで横浜中華街に布陣していた[霊亀]を護りの要として置いている。

 

「まあ、近いうちに十文字家当主が達也の許を訪れるらしいから、可能であればエリカたちの援護ぐらいはしてくれると助かる」

「? 何故そこでエリカたちが関与するのですか?」

「四葉家は動かせないが、警察は動いてくれるだろう」

 

 好き好んでトラブルに首を突っ込みたがっている訳ではないにせよ、友人を誘拐しようとする輩を見逃せるほど甘くはない。それに、詩奈救出の時はそこまで暴れられなかったフラストレーションの解消という意味で協力を頼んでいる。

 尤も、エリカたちにも出張ってもらうのは一番張り切りそうなほのかのストッパーの役割も併せてのこと。何はともあれ、亜夜子に対してはお詫びとして新型CADを渡すことで折り合いをつけることができた。

 

 余談だが、この後深雪が悠元をバスルームに引っ張っていく姿を水波が見届けようとしたところで、深雪が『主としての命令』という体で水波まで巻き込んだ結果、三人の間に何が起きたのかは……察して頂きたい。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そして日付は流れて金曜日、殆どの授業に出る必要が無くなった悠元は今日も生徒会室のワークステーションで作業を進めていた。オンライン端末なので傍受の危険性は当然加味しているわけだが、別に見られたとしても根幹の技術を盗まれるわけではなく、あくまでも“事業の説明資料”程度のものでしかない。尤も、学校でやっている作業は九校戦の代案なので特段問題はないが。

 

 セリアからは毎日メールが送られてくる(暗号メールかつ前世でのネットスラング満載なので、この世界の娯楽レベルでは決して解読できない)が、実家のシールズ家ではなくアビゲイル・ステューアットの家に入り浸っているらしい。原作では[ヘビィ・メタル・バースト]と[ブリオネイク]に深く関与した人物だが、この世界でも同様だった。しかも、どうやら“転生者”らしい。

 何故かと言うと、リーナの潜入捜査に際して魔法少女チックなものに仕立て上げた片棒を担いでおり、セリアはそのアニメを知っていたので直ぐに看破しただけでなく、意気投合したらしい……矛先となるリーナに少し同情を抱いたのは言うまでもない。

 なお、アビゲイル当人曰く『どうにかしてリーナの誼で日本に行けないかな!?』とどこかオタク気質が垣間見える一面があった。いや、[ブリオネイク]の時点でUSNAが死んでも離さないだろうとは思わなくもない……この件については見なかったことにする。

 

 大西洋上では予定通りエドワード・クラーク、ウィリアム・マクロード、そしてイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフによる三者会談が実施されたことは把握している。そして、リーナとセリアの精神感応によってUSNA政府の高官(大統領とその側近のみ)も[質量爆散(マテリアル・バースト)]の術者が達也であるという認識を得ている。

 

 だが、ウラジオストク軍港を破壊した[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]については、エドワード・クラークの[エシェロンⅢ]を以てしても『名前も魔法の全容も解明することが出来なかった』とリーナが聞いた情報で判明している。

 何せ、物理的な破壊力を有する[マテリアル・バースト]とは異なり、情報そのものすら消し飛ばす[スターライトブレイカー]は現行の技術水準において再現不可能のラインに達する戦略級魔法。レイモンドは状況証拠で悠元を戦略級魔法師だと判断したようだが、その父親であるエドワードが情報開示に踏み切れなかったのは、十分な証拠が揃えなかったためとみている。『現状は』という但し書きがつくのは当然の帰結だが。

 

 悠元が作業している後ろでは生徒会活動の後片付けをしているところで、殆どの生徒会役員が先に出ていった(空気を読んだ、とも言えるが)。今日の作業はここまでだと判断しつつワークステーションの電源を落とすと、振り返った先には深雪が静かに立っていた。

 

「待たせてしまって済まないな、深雪」

「いえ、いいんですよ。もう宜しいのですか?」

「資料の作成自体は見直しだけだからな。あと数日有れば間に合うよ」

 

 すると、深雪が何処か決意したような表情をしていることに気付き、悠元は椅子から立ち上がって深雪に問いかけた。

 

「深雪、達也には事前に“あのこと”について話はした。その時に深雪から相談されたことも合わせてな……決意に揺らぎはないか?」

「はい。私はもう神楽坂家の人間も同然です。私が独り立ちするためにも、お兄様を縛る鎖は必要ないかと」

「そうか……明日は同行するが、用事が済んだら一度東京に帰る。とんだ茶番になるかもしれんが。さて、他の人が心配する前に行こうか」

「畏まりました、ご主人様」

 

 深雪との付き合いはかれこれ5年になろうとしているが、面識を持った当初はこんな関係になるなど想定すらしていなかった。あくまでも仲のいい友人レベルが落としどころだろうと睨んで行動していたわけだが。

 

「……達也と友人関係であろうと思っての行動が、こんなことになるだなんて誰が想像できるよ。で、深雪さんや。やけに積極的ですね」

「二人きりだからこそですよ。だからこそ当ててますから」

「さいですか」

 

 別に嫌というわけではないのは深雪にも伝わっており、二人きりの時は誰の目も気にしなくていいと抱き着いて来る。尤も、一線の弁え方を理解しているからこそのスキンシップではある。

 なお、帰る時に二人で出てきたところを他の生徒会役員が目撃し、詩奈が思わず『侍郎君にもああしたら喜ぶかな』と爆弾を投下したことで侍郎に更なる苦難が降り掛かったのは別のお話。

 

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