魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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制限解除

 深雪やほのかたち生徒会役員に悠元、雫と香澄の風紀委員コンビ、そして詩奈と侍郎の1年コンビ(先日の件でカップルの噂が立っており、詩奈自身が『事実ですよ』と凄味のある笑顔で同学年の男子を押し黙らせた)が帰り道を歩いていると、後ろから呼びかけてくる声に気付いて振り向いた。

 

「おや、エリカたちじゃないか。今日は巡回当番じゃなかったと記憶してるんだが、何か問題でもあったか?」

「いや、現会頭の悠元の手を煩わせるようなことしたら、生徒会活動にまで波及するわよ」

「意味が分からん」

 

 深雪のストッパーという側面があれば成立する話だが、入学式の一件が在校生にも伝わったようで、下手に騒ぎを起こさないようにしている生徒が後を絶たない。いや、それが真っ当な学校生活と言えばそうなのだが、別に騒動さえ起こさなければ咎めるつもりなど微塵もない。

 にしても、クラブ活動であっても残っている生徒があまりいない時間なのに、それまで学校に残っていた理由を美月が説明してくれた。

 

「実は、放課後に勉強会をしようって話になりまして」

「気付いたら見回りの人に追い出されちゃったのよね」

 

 そして、エリカがあっけらかんと事情を説明した。定期考査が近いので勉強会をするという趣は確かに間違っていないが、元二科生組だけで集まっての勉強会は珍しいとも言えた。

 

「まあ、勉学を積むのはいい事だと思うが、何かあったのか?」

「別に大したことじゃねえけどよ、俺も魔法大学を目指そうと思って幹比古に相談したんだ」

「レオのやる気を聞いて、僕も改めて勉強しようと思ってね」

 

 元々は男子組二人がやる気になり、それを小耳に挟んだエリカが負けず嫌いの根性で参加し、なし崩し的に美月まで巻き込まれたそうだ。なお、燈也や修司、由夢と佐那は用事があって先に帰ったらしい。

 

「二人の成績なら別に勉強せんでもいいとは思うんだけどね」

「相変わらずの負けず嫌いだね」

 

 若干不貞腐れるように言い放ったエリカに対し、雫が率直な意見を述べた。ちなみに、エリカは当初世界へ武者修行を考えていたが、レオと付き合うようになったことで魔法大学への進学を本気で考えている。心変わりの一端には悠元が剛三と一緒に武者修行をした話が大きく関わっているようだが、詳細は敢えて聞いていない。

 

「そういえば、深雪。達也君と今度の週末に会えないかな? 特に用事は無いんだけれどね」

「……ごめんなさい、エリカ。日曜に先約が入っているの」

「あー、別にいいわよ。なんとなく察したから」

 

 エリカの問いかけに深雪が申し訳なさそうに答えると、明らかに面倒事の臭いを感じたのかエリカは『それ以上言わなくてもいいわよ』と述べた。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そんな風に悠元たちが過ごしている頃、四葉本家の真夜の私室に来客がいた。本来、真夜にとって信頼できる人間しか通さない場所にいるのは、見た目は真夜よりも若いが既に高齢の領域にいる御仁―――神楽坂家先代当主・神楽坂千姫であった。

 

「予想通り[フリズスキャルヴ]が止まったようだけれど、真夜ちゃんは大丈夫?」

「ええ、悠元君が提供してくれた術式のお陰で滞りなく。この事態を三矢家にいた時から見越していたと思うと、味方で良かったと思いますわ」

 

 [フリズスキャルヴ]の存在を四葉家と神楽坂家は相互に把握しており、既に端末が破壊された神楽坂家はもとより、停止するまで使い続けていた四葉家もさしたる混乱は起きなかった。

 

「まあ、あの子なら[フリズスキャルヴ]を逆に利用してUSNAを嵌めることまで折り合いをつけているでしょう。ただ、少し気になるのが……レイモンド・クラーク」

「その名前はたっくんから聞きました。確か、パラサイト事件の時の情報提供者ですわね」

 

 パラサイト事件終結後、千姫は悠元から報告の詳細を受けており、その中でレイモンド・クラークなる人物の存在を怪しんでいるということまで聞き及んでいた。そして、今回のディオーネー計画の提唱者として出てきたエドワード・クラーク。同じファミリーネームで情報分野に精通している共通点となれば、当然疑うのは血縁関係。

 

「その件については裏付けが取れたよ。情報提供者はエドワード・クラークの元妻」

「例の人物の……いつ面識を持ったのですか?」

「これは偶然なんだよね」

 

 神楽坂家が水面下に潜んでいた頃―――8年前に千姫はビジネスネーム“チェルシー・ウィンスター”の名でUSNAを訪れていたことがあった。目的はベーリング海で起こり得るであろう魔法師の暗闘の行く末を見守る為。余りに新ソ連が勝ち過ぎるようならば介入して殲滅も視野に入れていた。

 

「彼女も偶々アラスカにいて、その時丁度USNAと新ソ連の暗闘があったから、彼女の護衛という体でワシントンに連れ帰ったの。家族のことはその後に聞いたけど、『家族を大事にしてくれなかったから家を出た』ってね」

 

 なお、その彼女は現在神楽坂家が買収した大手メディアのアンカーパーソンとして著名な存在となっており、ディオーネー計画に対して直訳すると『あの男の立てた計画など人を人と思わない下衆な類の所業です』と言いたげな言動で向こうの政財界を激震させた。

 

「話を戻すけど、悠君は達也君を支持してくれるわ。一応形式としての挨拶は追々してもらうことになるけど、それまで四葉家は反撃の準備を整えておきなさい」

「畏まりました、千姫さん」

 

 千姫が訪れた理由は、四葉家に今回は抑えてもらう代わりとして神楽坂家が表立って達也のバックアップを担うというもの。当主としての差配は悠元の領分だが、もしもの時を鑑みて悠元が事前に千姫へお願いをしていた部分になる。

 それと、臨時師族会議の結果として十文字家当主に白羽の矢が立ってしまったが、この件によって四葉家と十文字家の対立とならないようにしておく意味合いも含まれている。

 

「そういえば、分家の方々は大人しくなったかしら?」

「いえ、私があれこれ言い含めているのですけれど……なかなか納得してくれないようで」

「ふーん……達也君と同世代の子女たちは認めているのに、その意見を尊重するのが大人としての義務だと私は思うんだけどね」

 

 かれこれ達也が生きていた18年間という長い時間があるからこそ、分家当主の恐怖も分からなくはない。だが、それを千姫は“傲慢”と言わんばかりに話し始める。

 

「そもそも、四葉に“何ものにも侵されない力”を望んだ挙句、真夜ちゃんや深夜ちゃんを止めようともしなかった。英作の阿呆もそうだけれど、達也の存在を生み出したのは他でもない四葉全体の責任。これじゃあ“(げん)ちゃん”が命を賭けた意味すら分からなくなるじゃない」

「あの、千姫さん。その呼び名は父のですか?」

「そうだけど、知らなかった?」

「ええ」

 

 達也に“復讐”の業を与えたのは真夜と深夜だが、その二人を止めようともせず、煽り続けたに等しい分家当主が達也を誅する資格などない。そしてそれは、先代当主の英作も同じ罪だと千姫は断じた。

 

「都合の良い“兵器”ではなく、四葉家という家族―――“人”の在り方を元ちゃんは大漢の復讐劇で示した。そしてそれは、万夫不当の功績を成して大漢軍を壊滅させた義兄(あに)も同じこと」

「悠元君に先日言われました。『もう四葉の悪名に頼る時期は終わったのだ』と……本当にその通りで言葉も出ませんでしたわ」

「それを続けるにも歳を取り過ぎたもの。無論、私も同じこと。だから悠君に後事を託したの。まあ、まだ真夜ちゃんは若いんだから、あと10年ぐらいは当主を続けても咎められないと思うよ」

「千姫さんに言われると複雑ですわ」

 

 いくら一部の魔法師が長生きしているとはいえ、もうじき22世紀を迎えるこの世界の行く末を今いる人間が握り続けるべきではない。いずれ来る寿命のために、世界を託すという大仕事を完遂せねばならない。

 

「私はまあ、そう言う御家柄だからね。はやっち、四葉のことは任せたよ」

「畏まりました。後、その呼び名はせめて控えて頂けると助かるのですが」

「えー、私からしたらはやっちは弟子だもの。好きに呼んでいいのは師匠の特権でしょ?」

「……参りました」

 

 よもや、予想外の攻撃が飛んでくると思っていなかった葉山は細やかな反撃をしたが、千姫の図太さに屈してしまった。それを見た真夜が思わず笑みを漏らしたのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 土曜日の朝。悠元と深雪、そして水波は支倉が運転するリムジンで伊豆に向かった。行き先は勿論、達也がいる別荘であった。久しぶりとまではいかないが、司波兄妹の語らいを静かに見つめていると二人の視線がこちらに向いていた。

 

「なんだ? 家族水入らずの時間を無碍にはしないから」

「そういう心配をしているわけではないが……大丈夫なのか?」

「その辺は抜かりないから安心してくれ」

 

 達也が述べたことに深雪は首を傾げているが、悠元が述べたことで達也は納得したように一息吐いていた。その反応で何が起きたのかを察するあたり、流石は達也(おにいさま)なのだろう。

 ともあれ、別荘に入ってピクシーのもてなしを受けることになった。水波が手伝いを言い出さないか心配だったか、深雪の言い付けで大人しくしていた。それでも手伝いそうなそぶりを見せていることに思わず苦笑が漏れた。

 

「さて、悠元。深雪たちはまだ分かるが、お前が一緒に来たということは“そういうこと”でいいんだな?」

「ああ。心配しなくても真夜さんから解呪の権限は貰ってるから、四葉家がどうこうするということにはならないよ」

「いつの間に……叔母様が良く許したものですね」

 

 その権限の譲渡を選んだ際、真夜からやたら誘惑されたことは言うまでもない。しかも、そのストッパーとして同行させた深夜まで誘惑してきた始末。

 いくら神楽坂家と四葉家の力関係があろうとも、無責任に関係を持つことなど後の諍いになりかねない。その顛末は結局真夜と深夜の二人を抱くことで決着を見たが、こればかりは達也や深雪に言えない秘密である。

 ……これで達也が四葉家の当主になったら、真夜がそのまま愛人として転がり込んでこないか心配なのは言うまでもない。

 

「それで解呪の方法なんだが……ちょっと特殊な方法を使う」

 

 原作ならば、一度[誓約(オース)]を一時的に解除させ、封印の再履行をしようとする[誓約(オース)]を[術式解散(グラム・ディスパージョン)]で消し去る。その方法でも十分に可能だが、それでは精神の深部まで覗き込む必要が出てくる。

 できるだけ達也と深雪双方の負担を減らすために考えた結果、悠元は深雪に掛かっている[誓約(オース)]を直接取り除く方法とした。その為に使う魔法は悠元の固有魔法[万華鏡(カレイドスコープ)]と[領域強化(リインフォース)]、そして天神魔法の[天陽照覧(てんようしょうらん)]。

 

「達也、[誓約]を掛けられた日は正確に記憶しているな?」

「ああ。今ここで言うべきか?」

「いや、達也はその日のことを脳裏で思い出していてくれると助かる。何分、今回は二人に魔法を掛けないといけないからな」

 

 達也からその日を聞き出して遡及することも可能だが、今回の魔法は深雪の魔法演算領域で達也の魔法演算領域を制御している仕組みの為、達也にはその日に[誓約]を掛けられた認識をしっかり有する必要がある。

 

 まず、[天陽照覧]で達也から[誓約]を掛けられている状態と掛けられていない状態を読み出し、[誓約]の制約がない過去の状態を現在に“アップデート”させる。この時に用いるのが[領域強化(リインフォース)]。これによって一時的な解呪状態へと移行して、深雪に掛けられた[誓約]の魔法式が活性化する。

 そして、[天神の眼(オシリス・サイト)]によって[誓約]の本体を観測した段階で[万華鏡(カレイドスコープ)]を発動し、解呪する。達也と深雪の負担を悠元が肩代わりするわけだが、精神の領域を視るのに一苦労する達也がやるよりは安全性のマージンが取れる。

 

「いくら達也でも精神の領域を視るのは大変だろうからな。その辺のフォローは九重先生に既に頼んでいるよ」

「師匠なら安心だろうが、あの人のなら面白がって引き受けた感は否めないな……今すぐにでもやるか?」

「そうだな。特に準備も要らないからな」

 

 普通なら儀式めいたことをするべきところだが、下手に負担を掛ける方が大変なので場所だけ移動することにした。別荘の中には和室があり、解呪はそこで行うこととした。悠元は[鏡の扉(ミラーゲート)]で一枚の大きな白い布を畳の上に敷く。そして、三人がその上に立ち、達也と深雪は並んで座った。

 

「時間はそこまでかからないが……始めるぞ」

 

 悠元は一息吐くと、気配の抑制を解除する。

 

 三矢悠元が先天的に得ていた異常聴覚。これを魔法で抑えると、魔法に対する感覚まで鈍くなる異常防御の体質。この性質を悠元は完全に制御したが、その副産物として得たのは存在・気配の抑制。これに剛三から新陰流剣武術の忍術を教わることで完全な存在遮断の技術を獲得した。そして、エジプトで吸収してしまった古代の王たちの霊力によって、想子のみならず霊子まで制御できる技術まで会得する羽目となった。

 遮断を切った悠元の周囲に膨大な量のサイオンが収束し、瞬く間に和室全体を満たす。それは粒子の塊というよりも空間全体が白銀の世界に染まったような感覚は達也と深雪にも感じ取れていた。

 そして、準備が整ったところで悠元は手を翳した。

 

「二人に掛けられた戒めを解き放ち、今ここに完全なる姿を取り戻さん」

 

 瞼を閉じている二人の姿を確認した上で、悠元は[最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)]を発動。この魔法は全てを破壊するだけでなく、時空の理を捻じ曲げて特定の事象のみを破壊することも可能。ここまでの制御を可能としているのは悠元の能力に他ならない。顕現した光の槍を達也に向かって投げると、達也を貫く前に消えていくように見える。

 だが、これで今の達也は[誓約]を掛けられた前の状態に変化し、同時に深雪の中で[誓約]の再履行を求めるが如く魔法式の本体が出現する。それを[天神の眼(オシリス・サイト)]で確認した悠元は[セラフィム]を深雪に向けて構える。

 

「―――[魔導解散(キャスト・ディスパージョン)]、発動」

 

 悠元の固有魔法である[万華鏡(カレイドスコープ)]の能力が付与された[魔導解散(キャスト・ディスパージョン)]によって、[誓約]の魔法式は完全に消滅。互いに対する魔法の反動は確認できず、封じられていた魔法演算領域も特に問題ないことが確認できた。

 悠元は[セラフィム]を仕舞い込んだ上で二人に声を掛ける。

 

「二人とも、終わったぞ」

「え? もう終わったのですか? お兄様、どうですか?」

「……問題はない。ありがとう、悠元。俺一人だと大変だったかもしれないのに、苦労を掛ける」

「別に苦労とか思ってないし、婚約者の我儘に付き合ったところでデメリットは無かったからな」

 

 時間にして約1分程度だったので、深雪が不思議がる気持ちも分からなくはない。だが、魔法を抑え込まれている感覚がないことを達也はしっかり感じ取っており、悠元に対して礼を述べた。

 悠元は特に気にする素振りを見せることなく、畳に敷かれた白い布を瞬く間に片付けた。すると、深雪が悠元に近付いて腕にしがみつくように抱き着いた。

 

「それでは、お疲れでしょうからお背中をお流ししますね」

「いや、そこまでせんでもって、引っ張らないで!」

 

 深雪の押しに屈する形で和室から出ていく悠元。それを見届ける格好となった達也に対し、部屋の隅で見ていた水波が声を掛ける。

 

「達也様、いかがいたしましょうか?」

「二人分の着替えを浴室に持って行ってやれ。ピクシー、浴室の準備を頼む」

『そう仰ると思いまして、既にお湯を張っております』

「……」

 

 ピクシーの想念のイメージ元からして、やけに準備が良すぎないかという疑念と、二人が達也に対して抱いている思いを汲みとってやらないといけない……と思わなくもない達也だった。

 

「へっくし! んー、季節外れの風邪かしら?」

 

 そして、そんなことを思われているとも知らずにくしゃみを漏らした少女がいたのであった。

 




 今回は話し合いの前段階のお話。
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