魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ストックが溜まり気味だったので連続投稿。


エスケイプ・インベージョン編
蚊帳の内外では受ける重みも異なる


 『第一賢人』―――レイモンド・クラークが変装して煽る様に『[トーラス・シルバー]は司波達也氏である』という事実は、日本だけでなくアメリカや各国で反響を呼んだ。

 そのうちの一つである南アメリカ連邦共和国の大統領官邸では、執務室でディアッカ・ブレスティーロ連邦大統領がハンス・エルンスト准将(先日の沖縄の一件で昇進させられ、魔法師育成の為の学校の教官にも着任)を呼び出していた。

 

「―――以上が『第一賢人』なる怪人物のメッセージだが、貴官はどう見る? 別に言葉遣いが汚くなっても構わんぞ?」

「あのですね……小官の推察では、とても公に言えない傍受方法で[トーラス・シルバー]の情報を調べ上げたとみるのが妥当かと思われます」

 

 ここにはディアッカとハンスの素性を知る人間しかいないからか、別に閣下と呼ばなくても良いという気遣いに溜息を吐きつつ、ハンスは率直な意見を述べた。

 

「そうだな。魔工メーカーとはいえ民間企業であるFLTですら公にしていないとすれば、何かしらの工作を仕込んでいたとみるのが妥当か」

 

 いくら魔工メーカーという魔法関連の技術を扱う存在とはいえ、社会的に見れば民間企業のトップシークレットに当たるであろう魔工技師の内情を暴露した。それを流したメディアにも当然責任は伴うが、一番責任を負わなければならないのは『第一賢人』と呼称した怪人物だろう。

 

「ただ、[トーラス・シルバー]の技術は一部を除いて別に秘匿されている訳ではありません。その最たるものは重力制御術式の公表で、何も本人に拘る必要は無い筈です」

 

 秘匿されている部分は[恒星炉]に関する部分だが、それ以外の部分は民生分野で利用できるようになっているし、とりわけ重力制御術式という軍事転用による恩恵が最も高い魔法技術を公表していて、この時点で[トーラス・シルバー]の技術を利用することに問題はない。

 つまり、この時点で[トーラス・シルバー]に関係している人物を直接計画に参加させる必要性が無い。にもかかわらず、ディオーネー計画は執拗に達也の参加を薦めているようにしか見えない。そして『第一賢人』の行動は、他の魔工技師からすれば“落第点”と評されているに等しいことを誰もが気付いていない。

 

「確かにそうだな……そういえば、その司波達也氏はかの『アンタッチャブル』の直系か。准将、私は正直チャンスだと睨んでいる」

「チャンス、ですか?」

 

 ディアッカの言葉にハンスは首を傾げた。

 魔法師の平和利用という点では、ディオーネー計画自体に大義名分が存在する。だが、その詳細を紐解けば解くほど、実態は明らかに魔法師を道具として使い潰す未来しかない。しかも、USNA・新ソ連・イギリスという名のある三国の協力体制も厄介であった。

 

「ディオーネー計画の名分は確かに整っている。我が国の反魔法主義は欧米ほどではないが、既に『魔法師は地球から出ていけ』などと宣う輩がいるとの報告がある。だが、彼らの言い分を全面的に認めるわけにはいかない」

「それは仰る通りですが、ではどうなされると?」

「准将、君を日本に派遣する」

「……えっ?」

 

 話の脈絡が飛び過ぎて話が見えない、というハンスがそう言いたげな表情を見て、ディアッカが含み笑いを浮かべつつも説明を始める。

 

「まず、司波達也氏が仮に『第一賢人』の言う通り[トーラス・シルバー]だとするならば、彼を強引にディオーネー計画へ引っ張りたい『第一賢人』の正体は、恐らくUSNAのエドワード・クラークに近しい人物の可能性が極めて高い」

「明らかに計画に賛同するような素振りにしか見えないメッセージでしたからね」

 

 表向き日本のいち民間企業でしかないFLTが認めていない魔工技師の存在をUSNAが認めているというのもおかしい話だが、ディアッカはこれまでの経験則に基づいて考えた際、エドワード・クラークに近しい人物、あるいはそれに匹敵する情報収集能力を有する人物だと考えるのが妥当だと判断した。

 これまで噂で聞いた程度の『七賢人』ならば、エドワード・クラークの提示したプランを無条件で支持するということにはならない。パラサイト事件でのメディア暴露についての詳細は不明だが、これが仮に同じ『七賢人』の仕業だとしても、USNAを混乱に陥れた人物が今度はUSNAの同盟国に混乱を齎そうとする―――いわば一種の“テロリスト”のような行動論理となる。

 

「ただ、デタラメを言って日本を混乱させる可能性も残ってはいますが」

「裏取りもロクにせずに愉快犯のメッセージを流したりなんかしたら、メディアの情報管理能力そのものが疑われるし、最悪メディア自体が粛清の嵐に遭う」

「そうしなかったということは、確証に近い情報を有している、ということですか」

「もしくは、利益欲しさの話題作りとも言えなくはないが、そのとばっちりを受ける方はたまったものではない」

 

 各種メディアの視聴率欲しさ、ディオーネー計画の平和的な大義名分。『第一賢人』はその意味でメディアを巧く使ってメッセージを発した。ただ、このメッセージは正直“悪手”でしかないとディアッカは睨んでいる。

 単に参加を呼び掛けたいのならば、別に[トーラス・シルバー]が司波達也であるという事実を公表する必要などない。この時点で、『第一賢人』と呼称した怪人物自身に“権力がない”と公言しているも同じとなる。

 一流の魔工技師が高校生という新鮮さは生まれるかもしれないが、相手は()()四葉家の関係者。とてもではないが、正気の沙汰ではない博打を打っているに等しい。

 

「ただ、今の日本はSEPAによって我が国を含む南半球の国々の“盟主”足り得る存在。『第一賢人(いのちしらず)』も馬鹿なことをしたものだと思うよ。司波氏が未成年故に、USNAが下手に情報公開できなかった理由も分からなくはないが」

大漢(ダーハン)の二の舞が起こり得ても不思議ではない。伯父さんはそう見ているのですね?」

「もしそんなことになれば、新ソ連も他人事とは言えまい。連中は佐渡の一件だけでなくラ・ペルーズ海峡(宗谷海峡)でも軍事的な衝突を起こしていた。最悪モスクワが灰燼と帰すことになる」

 

 達也が四葉直系の人間だと公表されている事実を鑑みれば、かつての四葉の復讐劇の再来が起きても何ら不思議ではない所業の前提を『第一賢人』はしでかした。下手に追い詰めて逆鱗に触れれば、それこそ『灼熱と極光のハロウィン』以上の被害が想定される。

 

「折角の条約を無碍にしないためにも、そしてここでいち早く司波氏の味方として宣言することで、将来の[恒星炉]交渉を少しでも有利に進めたい。USNAが何かしら言ってきそうだが、我が国は連中の属国ではない。ミゲルを派遣することも考えたが、あの戦略級魔法の特性上“明るみに出来ない事情”がある」

 

 それに、USNAの戦略級魔法をSSAに向けている余力はない。4月にメキシコで反魔法主義による暴動が起きたばかりで、まだ火種が燻ぶっている状況で不満解消の為に戦端を開くようなことがあれば、間違いなくディオーネー計画どころではなくなる。

 

「それで国家公認の戦略級魔法師として名乗っていない自分がですか……彼は何と?」

「『ハンスなら問題は無い』と言ってくれた。君が不在の間の教導も喜んで引き受けていたよ」

 

 剛三の教えによって、ミゲル・ディアスも実力を上げていただけでなく、人を教える楽しさに芽生えた。国家公認の戦略級魔法師ということも相まって、人気では国民的英雄として評されることが多い。

 なお、ハンスに対する南米連邦軍人たちの評価はというとミゲルを筆頭に“この世の苦労を一身に背負っている御仁”という評価になっている。ルーデルが憑りついている事実は噂程度のものだが、ハンスの実力を見て納得するものが後を絶たない。

 

「分かりました。それで、小官は何時日本へ?」

「そのついでなのだが、准将には三日後にワシントンへ飛んで欲しい。奥方は私と妻が面倒を見るから安心してほしい」

「……了解いたしました」

 

 真っすぐ日本に向かうのではなく、ワシントンを経由する時点で嫌な予感しかしない……というハンスの予感が良くも悪くも当たってしまうのはまた別の話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 本来、ディオーネー計画を主導している立場のUSNAにとって、今回の『第一賢人』の暴露は喜ぶべきもの。だが、一つの物事に対して立場が変われば意見が変わる様に、今回の発表を最も喜ぶどころか怒り心頭に近い心境にいたのは、USNAの政財界に他ならなかった。

 大統領も無論だが、更にその感情を露わにしていた人物―――ワイアット・カーティス上院議員は、自宅の書斎で険しい顔を浮かべていた。

 

「……」

「旦那様? その、お加減でも悪いのでしょうか?」

「む、そんな表情になっていたかね? それは済まなかった」

 

 使用人が躊躇いがちになっていたことで、そこで漸く自身の表情が怒りが貼り付けられたようになっていると気付き、ワイアットは謝罪の言葉を口に出しつつコーヒーを一杯所望すると、その使用人が礼をした上で下がっていく。

 改めてワイアットは端末に映った『第一賢人』の画像に視線を落とすが、やはりどうにも怒りが湧き上がっていた。

 

 魔法の平和利用―――国家の利益を鑑みた時、とてもではないがUSNA一国で出来ることではないし、暫定的な協力体制にいるイギリスや新ソ連、それにディオーネー計画へ協力の姿勢を見せている欧州各国。

 だが、日本を主軸として結ばれたSEPAの加盟国は揃って反応を見せていない。今回の“扇動”は[トーラス・シルバー]の参加を促すことで世界の協調を推し進めようとしているのだろうが、実はディオーネー計画の進行と並行する形で、USNA国内では相次いで企業のTOB(公開買付)による統合が加速していた。

 

 ターゲットとされているのは主に風力、地熱、バイオ燃料などの資源産業をターゲットとしたもの。それも膨大な額の株式取得によって、関連企業の系列は一気に数える程度の企業グループへと集約された。

 ワイアットはこの動きの裏に日本の“とある財閥”が関与している噂を耳にしたが、これを調べようと躍起になった人間は全て消息を絶たれているか、弱みを握られて沈黙していることも把握している。それを知った時点で、ワイアットは調査することを止めた。

 

 これがもし今後の[恒星炉]に繋がっていくのであれば、今の情勢はそれが導入されても比較的少ない被害で収束することを意味するだけでなく、政府の信用を大きく稼げる余地が出来る。

 迅速に国家が資源産業への補償金を支払う用意が出来れば、現政権の支持にも大きく影響するという公算が立てられる。与党の躍進や野党への肘鉄という意味で、ワイアットは国家の利益を鑑みて大人しく引き下がった。

 

(『触らぬ神に祟りなし』と、かの国にそういう言葉があったな)

 

 ワイアットは孫娘同然の親族を日本の名家に嫁がせることを認めた。それがUSNAの信頼に繋がるとは微塵も思っていないが、少なからずコネを作っておくことは政治家としての生き方に繋がる側面もあり、思わず苦笑が漏れていた。

 

(問題は、『第一賢人』なる人物がしでかしてくれた事態だ。これで日本がディオーネー計画に参加してくれる可能性は極めて低くなった。いや、元から無いのかもしれないがな)

 

 日本とUSNAに軍事同盟があろうとも、魔法の平和利用に関する協力体制はない。以前魔法技術の共同研究をしていたことはあったが、それも既に解消されている。

 そう思案していたところで使用人が現れ、淹れてくれたコーヒーで喉を潤しつつも使用人を下がらせ、再び思案していく。

 

(日本に伝手があろうとも、今の私にはエドワード・クラークの計画に協力する義理など無い。政府や財界はまだいいが、問題は軍部だろうな)

 

 ワイアットは、USNAの現大統領が対新ソ連への嫌悪を有していることを把握している。その意味で現政府が協力的になるのを避けるのは目に見えているし、長官クラスもこぞって日本への対立姿勢を望んでいない。今は喪った魔法戦力を回復させる時だと考えている意見が多く、上院・下院の議会も概ね政府の方針に賛同している。

 

 一番顕著なのは現駐日大使で、この間のディオーネー計画に伴う書状の件でワイアットは親族伝手に話を聞いたが、USNAから送られてきた書状を『そのまま見なかったことにしてシュレッダーに掛けたかった』と豪語するほど。

 彼の子女は魔法の資質があったため、魔法師を使い潰す様な計画などに加担したくはないが、職務を全うすることで我慢した。なお、この数日後にストレス性の胃腸炎で倒れて緊急入院したという報告を大統領府が受けていたらしい。

 

 アメリカの財界からすれば、昨年の巨額出費([セブンス・プレイグ]や[アルカトラズ]の解体費用)で手痛い所に未曽有の金額が掛かりかねない計画などしたくはない、と殆どのトップが水面下で嫌悪感を示している。それならば、目に見える範囲での喪失で済む[恒星炉]の導入に前向きの意見が少なくない。

 その影響で財界の特使や要人が内密にワイアットが住んでいる屋敷を訪れることが多く、彼が怒りを見せていたのは計画の進行に伴う財界の陳情を聞き続けた結果によるもの。

 

 だが、軍部の場合は昨年の戦略級魔法師無力化作戦に失敗するどころか、二人の戦略級魔法師を日本に帰化させてしまっている(それを隠す為にアンジー・シリウスの籍だけが残ってしまっている)。失態以外の何物でもない以上、それを挽回するために司波達也の暗殺計画を立てるだろう、とワイアットは予想している。

 

 自分の親族であるベンジャミン・カノープスが『スターズ』のトップに近い立場である以上、『スターズ』そのものが出張るような事態は避けられるだろうが、エドワード・クラークが何かしらの策を弄する可能性も残ったまま。

 エドワード・クラークは明確に国内法・国際法に触れる罪を犯したわけではない。その意味でも彼を罰することは出来ない。だが、いくら[エシェロンⅢ]の関係者といえども軍事関係の越権行為を全て見過ごすことは出来ない。

 

(懸念されるのは、今帰国している二人のシールズ姉妹だが……軍部の連中め、よもや馬鹿な真似などするまいな?)

 

 ワイアットが懸念していたのは、既に帰化しているエクセリア・シールズと“アンジー・シリウス”の籍が残るアンジェリーナ・シールズの二人を軍部が利用しようとすること。現在は軍の要請でUSNA国内にいる形だが、彼女たちは今や日本の名家に連なる人物の婚約者。そのどちらも『灼熱と極光のハロウィン』に関与したとされる疑いが高い十代の少年。

 

 仮に彼女たちを人質として参加を強制するような事態となった際、あの悪名高い四葉の直系が如何なる手段を行使するか……『灼熱と極光のハロウィン』の規模で済まない被害が本国を襲った場合、軍統合参謀本部は間違いなく上層部全ての刷新を余儀なくされる。

 そうなってしまっては、軍部の責任どころか政府や政財界にまで責任が及び、最悪USNA国内で内乱が起きかねない。このままディオーネー計画を推し進めて、間違いなくマイナスしか生まない状態を看過する方が一番問題でしかない。

 

「何か起きる前に動いておくべきだな……誰かいるか?」

「お呼びでしょうか、旦那様」

「急で済まないが、大統領官邸(ホワイトハウス)へ向かう。先方へのアポイントメントと車の手配を」

「畏まりました」

 

 心配が尽きないのならば、ここで動くのが得策だと考えたワイアットは使用人を呼び出した。直にワシントンへ向かうよう指示を飛ばし、席を立ちあがって出掛ける準備を始めるのであった。

 




 いよいよエスケイプ編となります。今回は南アメリカ連邦共和国(SSA)とUSNAのワイアット議員から見たディオーネー計画と『第一賢人』の暴露。
 SSA側からすれば、以前エドワード・クラークから脅し同然の勧誘を受けていたことから、ディオーネー計画に対しては否定的なスタンスを取っています。そのために打てる手としてハンスの国外派遣を決めた形です。
 一方でUSNAのワイアット・カーティス上院議員。原作では大分後半に出てきている人物ですが、この世界では姪孫が千葉家に嫁いだも同然の関係の為、割と早い段階で動きを見せています。

 そういえば、ここで『この世界の日本政府の省庁』について説明を。
 原作だと内閣府、産業省、外務省、警察省(現実の国家公安委員会の格上げ)、防衛省が単語で出てきていますが、それだと色々混同するので現実の省庁編成に加えて幾つかの事項を補足説明しておきます。

 省庁:内閣府、総務省、法務省、財務省、環境省、文部科学省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、警察省、防衛省(1府12省)

 交通システムやライフライン関連に関しては、世界群発戦争による人口減少で恐らく民営化していた鉄道会社や道路会社を全て国有化にすることで統一規格での運用をしている可能性が極めて高いため、その認識で読んでいただければ幸いです。
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