原作では、ニュースを見た後に数時間思慮した後に四葉本家へ連絡を取っていた達也。だが、真夜と達也の関係性が違う“この世界”では、真夜が先んじる形で伊豆の別荘に連絡を取った。流石の達也も情報部との諍いで援軍は出せないと聞いていたが、とうとう我慢できなくなったのだろう……という母親の我儘だと察しながらも達也が通話ボタンを押すと、心配そうに見つめる真夜の姿があった。
『たっくん、大丈夫? けがはしてない? ごめんなさいね、援軍を出せなくて』
「……母上、その恰好は何なのでしょうか? まだ寝ぼけていらっしゃるのでしょうか?」
達也の能力ならば無傷で乗り越えられることを知っている相手だからこそ、通話している真夜の姿に対して冷静にツッコミを入れた。寝間着姿に加えて、腕に抱えている大きなクマのぬいぐるみ……どう見ても飛び起きて連絡を受けたようにしか見えないわけだが、傍に控えている葉山が窘めると、真夜は自分の今の恰好を気にすることなく話を始めた。
『ちゃんと目覚めはいいわよ。それよりも、先程のニュースを受けてたっくんはどうするのかしら?』
「(もう少し恥じらいを持ってほしいが……)それについては今しがた考えていました。ここから先は“彼”の協力が必要となりますので」
達也単独で反撃することは可能だが、より積極的な手段となると“彼”の協力は必要不可欠。尤も、彼が関わると単なるプロジェクトひとつで片が付くような所業にならないのは“予測可能回避不可能”と評するべきだろう。
達也の返答に対し、ここで真夜は少し考える素振りをした後に達也へ提案を述べる。
『そうなるわよね。なら、今から本家にいらっしゃいな。迎えはこちらから出しますので』
「分かりました。あと、今度通話する時はもう少し身だしなみを考えてください、母上」
「歳を考えて欲しい」などと言ったら傷つく(話が拗れる、という意味もあるが)のは目に見えていたため、他の人が見ても大丈夫な服装で通話に出て欲しいと頼みながら通話を切った。
◇ ◇ ◇
達也が四葉本家に到着したのは11時半。昨年末から変わった使用人の対応にどこかなれない様子を見せつつも、出迎えた花菱兵庫によって母屋の奥にある食堂に案内された。会食の準備はされていたが、真夜の姿はなかった。
すると、本来当主が姿を見せる扉から来たのは葉山一人だけ。これを訝しむ達也だったが、自分が入って来た側の扉から来る存在に気付いて視線を向けると、入って来た真夜が不満そうに頬を膨らませていた。
「もう、たっくん相手なら無理はないけど、少しは空気を読みなさいな。お母さん、悲しいですわ」
「泣き落としは止めてください、母上。こんなところを誰かに見られたら要らぬ誤解を受けてしまいます」
「大丈夫よ、たっくん。いざとなったら消すだけだから」
「……とりあえず、席に座ってください。葉山さんが困ってしまいますので」
それが出来てしまう時点で、達也は『この人の息子なんだな……』と改めてしみじみと感じつつ、真夜に対して席に座るよう促した。出会い頭に抱き着けなかったことは不満だが、葉山に迷惑を掛けるのは宜しくないと判断して渋々達也と対面の席に座った。
真夜の傍には葉山が控え、達也の傍に兵庫が控える。そして、葉山の合図で食事が運ばれてくる。流石にコース料理ではなかったが、給仕に話を遮られるのを考慮してか、一汁三菜となっていた。
「流石のたっくんも今回は驚いたのかしら?」
「何も情報が無ければ、きっと想定外のことだと慌てたかもしれません」
過ぎたことに“
「とてもそうは見えませんのに」
「仕方のないことです。とはいえ、母上から早々に連絡を頂けたことも助かりました」
「あら、可愛い息子のお世辞かしら?」
「事実を述べたまでのことです」
面白そうに見つめる
「そういえば、たっくん。[
「いえ、悠元が全てやってくれました。尤も、妹が労おうとして連れていかれましたが」
「あらあら、深雪さんは従妹なのに、まるで実の妹のように扱うのですね」
「長年そうしてきた癖もありますが、深雪がそう望みましたので」
やはり触れられるか、と達也が心の中で呟きつつも真夜の問いかけに答えた。真夜の反応を見るに、悠元が述べていた解呪の権限譲渡は事実なのだろうと確信を得ていた。その後のことも触れつつ答えると、真夜は兄妹(従兄妹)の仲の良さを羨むように呟いていた。
「母上は宜しかったのですか? 悠元に権限を渡したと聞きましたが」
「四葉家を救ったのは他でもない悠君ですもの。それに、私も救われた立場として恩を返さなけれいけません。たっくんに掛けられた[
「……(悠元も母上には苦労してるのだな)」
沖縄での一件(西果新島での工作阻止)を報告した際、達也は真夜の様子が見るからに変化していることに気付いた。その原因であろう悠元に聞くと、慶春会の前にあった次期当主指名の直前に真夜に押し倒されたとのこと。しかも、深雪と夕歌、水波の婚約を対価にする形で。
これには達也が謝罪の言葉を口に出した。しかも、双子の誼で深夜が気付き、そこから深雪に伝わって正月三が日の神楽坂家で激しさを増した……何がとは口に出さないが。何せ、近い将来達也自身もその立場に置かれてしまうだけに。
真夜は達也の解呪に関して咎めるような素振りは見られない。相手が相手なのだから尚更だったのだろう。尤も、達也はただ警戒するだけで、克人に加えて、それを監視していた情報部は揃って悠元の手で叩き伏せられた。
なお、情報部のその後については達也も深く追及しなかった。どうせ完膚なきまでに心を折られる以上、こちらに害意が向かなければ知る必要もない、と判断してのことだった。
「さて、本題に入りましょうか。たっくんは今回のことに関してどう考えているのかしら?」
「消極的な対応ではより窮地に追い込まれます。ですので、積極的な対応を取ることを考慮しています。ただ、問題があるとすれば」
「成程、師族会議ですね」
「ええ」
師族会議の体制が変わったことで、神楽坂家と四葉家は護人と十師族の立場こそ違えど同じ立ち位置にいる。そして、師族会議の規則はまだ生き残っている為、二家の人間が動けば“共謀”あるいは“協調”と見做される可能性が高い。
達也は四葉家次期当主で、悠元は神楽坂家当主。二家が表立って動くためには、師族会議の了解を取らなければ動けない。達也の懸念を聞いて真夜は少し考え込むと、葉山に耳打ちをする。彼女の命を受けた葉山が礼をして下がっていく。
「なら、話の続きは私の部屋でいたしましょうか。兵庫君、案内を頼めるかしら?」
「畏まりました、奥様」
普通ならば執事の上位にしか頼まない案内を兵庫に任せるということは、父親の花菱も含めて真夜の信頼を勝ち得ている証左に他ならない。ともあれ、席を立って兵庫の案内についていく。
達也にとっては昨年の大晦日以来の出入りとなるが、部屋の中には既に葉山がオンライン会議の準備を終えていた。そして二人の差配は兵庫から葉山に引き継がれ、兵庫は頭を下げて部屋を退出する。
これから何が始まるのかは予想がつくものの、確認の意味も込めて達也が真夜に問いかける。
「母上、これから師族会議ということでしょうか?」
「ええ、その通りです。たっくんにも同席してもらうし、[トーラス・シルバー]に関する情報と
この短時間でそこまで集められたとは思えないため、真夜は達也を四葉本家へ呼び寄せる間に準備を整えたのだろう。そして、真夜の前に置かれたモニターが灯り、護人二家と四葉以外の十師族当主が顔を合わせていた。
克人は達也の姿を見て少し険しい顔になったのを達也は見逃さなかったが、達也の意識は議長である悠元に向けられた。
『先日の魔法協会の招集から日を置かずの招集であるにも拘らず、集まって頂いたことを感謝する。さて、四葉殿。司波殿の意向は既に伺っているが、其方の個人的な見解は司波殿と同一とみて宜しいでしょうか?』
「ええ。私にとってはたった一人の失い難い息子が望まない事を強要したくありませんもの」
真夜が女性としての未来を失ったに等しい中、自分の遺伝を継ぐ達也が望まない計画に参加させる道理はない。悠元の問いかけはあくまでも事実確認のものだが、真夜がそう発言したことに対して様々な反応を見せる十師族当主の面々。
それを見た上で、悠元は納得したように頷きつつ言葉を続ける。
『それは道理ですな。さて、USNAといいますか、いち政府機関の人間にしか過ぎないエドワード・クラークが我が国を混乱に貶めるような計画をでっちあげ、更には「第一賢人」と自称した
『それについてですが、神楽坂殿はどう思われているのでしょうか?』
『概ね事実だが、私も[トーラス・シルバー]の片割れだ。だが、そうであるからと言ってディオーネー計画に参加する道理は無いとこの場で宣言する。何故ならば、第二回若手会議で触れたことにも繋がるが、この国の大事業に携わる以上、いくら相手が大国であろうとも他の計画に参加する義理など無い』
悠元の説明に対して七宝拓巳が問いかけるが、ここで爆弾を投下するように放たれた台詞―――悠元が[トーラス・シルバー]である事実に、事情を知らない殆どの当主達が驚いている。それを知ってか知らずか、悠元が続けて述べたことにも様々な反応を見せている。
まるで二十面相のような有様に真夜は笑みを零し、達也は小声で「母上、程々になさってください」と窘めるほどだった。
『神楽坂殿。その話をここでしていただけるということでしょうか?』
『ええ。何せ、今や神楽坂家も師族会議の一員として加わっている以上、率先してルールを破る訳には行きますまい。その大事業につきましては、現状は神楽坂・上泉・四葉・三矢の四家が主体となって話を進めていますので。その概要の説明につきましては―――司波殿、お願いできますか?』
「……分かりました。では、ここから四葉家当主・四葉真夜に代わりまして、自分こと四葉家次期当主・司波達也が説明いたします」
『ESCAPES』もとい『STEP』プロジェクトの内容についてはその都度悠元と打ち合わせていたため、特に説明で詰まる様なことは無かった。“
そして、達也の口から語られる『STEP』の全容。達也が説明を終えたところで静寂な空気が流れる中、口火を切ったのは十文字家当主・十文字克人であった。
『司波殿。これが先日の答えの根拠ということか』
「その通りです、十文字殿。ディオーネー計画では魔法師を使い潰す未来に何ら変わりはありません。いえ、もっと酷くなると思われます。そうなった時に起こり得る最悪の未来など自分には到底許容できませんでした」
『理解した。十文字家は「STEP」プロジェクトに賛同することを、この場で改めて宣言いたします』
悠元や達也と歳が近い克人が賛同の意思を示したことで、悠元との婚約関係がある一色家・二木家・五輪家・六塚家の当主も相次いで賛同し、七宝家・八代家も同意した。計画の当事者である神楽坂家・上泉家・三矢家・四葉家を除けば、残る反応は一条家と七草家。両家共に悠元と因縁を抱えている家だが、先に言葉を発したのは一条家当主・一条剛毅だった。
『一条家も司波殿が参加なされるプロジェクトに賛同する意思をここに表明する。ただ、ディオーネー計画に参加表明した新ソ連がどう動くか不安要素もある』
『ならば、こちらから人員を割いて防衛に当たらせよう。必要なものがあれば順次申し出て欲しい』
『上泉殿……感謝いたします』
ここ最近の新ソ連からして暴走する可能性がある以上、剛毅も諸手を挙げて賛同しにくいという言い分は分からなくもない。ここで元継が上泉家として一条家の防衛体制のバックアップを担うと宣言したことで、二家の協調や共謀の嫌疑を避ける狙いもある。
そして、残るは七草家の反応のみ。当主の七草弘一は少し考える素振りを見せた後、悠元に問いかける。
『神楽坂殿、司波殿が説明なされた計画は素晴らしいものですが、ここで想定されるのは日本政府やUSNA政府の妨害です。その辺については如何お考えですか?』
『そこについては既に話を付けている。親米派の役人どもが余計なちょっかいを掛けてきた場合、報復措置も含めた対応も既に整えている』
逆上して軍隊を差し向けた場合、戦略級魔法で葬る。なお、その際に使用するのは[トゥマーン・ボンバ]をベースに改良(ある意味改悪だが)した新戦略級魔法[
[トゥマーン・ボンバ]でも実現が難しかった酸素と水素の混合比率を1:2にすることで威力を最大化するだけでなく、[ブリオネイク]に用いられた直射フィールドを流用すること超高温・超高密度の火力を地点単位で照射できる。
さらに、[オゾンサークル]のオゾン結合生成を利用して窒素や炭素などの原子組み換えで酸素と水素を生成することで酸水素ガスの密度を高めていて、皮肉にも新ソ連・USNA・イギリスの戦略級魔法が一つの魔法として完成した“意趣返し”の戦略級魔法。
それで懲りなかった場合、三国に対してあらゆる戦略級魔法を使用する。例えば、新ソ連やUSNAに対して[オゾンサークル]を使用したり、新ソ連に対して[ヘビィ・メタル・バースト]を使用するなど、互いの国しか知らない戦略級魔法を使うことで疑心暗鬼に陥らせ、共倒れしてもらう策も辞さない。
『政財界には既に話を付けているため、七草殿が関与する必要は無い。他に懸念されるであろう事項はあるだろうか?』
『いえ、現時点ではありません。そうなると、今後ディオーネー計画に関する圧力が来ても無視して構わないと?』
『そう捉えてくれて構わない。その一環で、この後政府から公式発表があるので、決して見逃さないで頂きたい』
臨時の師族会議が閉幕しておおよそ1時間後、日本政府はメディアが流した『第一賢人』についての見解の記者発表を執り行った。内容は「一昨年と今年初めのテロリストによる魔法科高校生徒を狙った悪質な暴力行為を踏まえる」と置いた上で、『第一賢人』を“国際手配のテロリスト”として引き渡しの要求を全世界に対して求めた。
更にその30分後。FLTから[トーラス・シルバー]の報道に関する発表があり、当社に関わる[トーラス・シルバー]の名を使った扇動に対し、『威力業務妨害もしくは偽計業務妨害に準じるものとして民事訴訟も含めた法的措置も辞さない』と公表した。
今回の記者発表によって、昨春の買収騒動が再来する可能性が再浮上したことにメッセージを流したメディアに対して視聴者やスポンサーからの問い合わせが殺到。即日ネットでの謝罪文書やテレビでの謝罪会見などが開かれ、[トーラス・シルバー]を擁するFLTに対して示談に至るケースまで発生した。
そして、日本での騒動の影響は『第一賢人』が賛同したディオーネー計画の意義にまで波及し、国内外を問わず魔法師に好意的なメディアではディオーネー計画の徹底分析という特番を組んだ上で『魔法師を道具として使うことを厭わない卑劣な策だ』と論じて波紋を呼びつつある。
[トーラス・シルバー]が達也であることを政府関係者以外がバラすのはメリットとして原作で語られていたが、ロクに名の知られていない謎の人物が国を混乱させかねない台詞を吐くことを全く考慮せずに流した側のメディアも当然責任が生じる。
自らの影響力を自覚してやっているのだとしたら、尚更質が悪い。結局、レイモンドのやったことは一時として正しくとも、人様を追い詰めて楽しんでいる時点で“人としてのラインを踏み越えている”としか言えない。
だからこそ、原作で“あんなこと”になっても平然としていたのかもしれないが。
[トーラス・シルバー]の正体を他の十師族当主(元、元継、真夜を除く)に明かしたのは、『STEP』の責任者として師族会議議長が立つという名分を明らかにするだけでなく、下手に横槍を入れられるのを防ぐための釘差しも含んでいたりします。
達也ならばまだしも、強固な立場を有している悠元に対してディオーネー計画に参加しろと言える人間が皆無であり、ひいては達也への干渉を許さないという意思表示も含めての情報公開ということです。
ちなみに、最初の方は真夜なりのお茶目だと思っていただければ幸いです。