魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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やってることはさながらカードゲーム

 臨時師族会議を終え、葉山の指示で使用人が姿を見せて片付けられていく。そしてお茶の準備も並行して進められていくのだが、ここで達也が訝しんだのは席が“三つ”用意されたこと。真夜と達也が座るにしても、残る一席は誰なのか……と達也が思案していたところに、突如として出現する白銀の長方形の障壁のようなもの。

 達也は一瞬警戒したが、感じた魔法の波長が“良く知る人物”だと理解したところで、障壁をまるで開かれた扉のように潜ってくるのは―――先程までモニター越しに会話していた悠元だった。

 

「やあ、達也。久方ぶりだな」

「ああ。その魔法を使える時点でお前しかいないと直ぐに理解した」

「それは褒められると解釈していいのか?」

「そうしてくれると助かる」

 

 とても師族会議議長ひいては元老院四大老に対する言動ではないにせよ、そこまで口煩く言うつもりもないために、悠元は達也の言葉を素直に呑みこむこととした。一方、その二人の様子を見た真夜は笑みを漏らすほどで、葉山も僅かに笑みを見せていた。

 ともあれ、真夜は静かに立ち上がって深いお辞儀をした。

 

「神楽坂()()、ようこそおいで下さいました」

「そう述べるということは、四大老の件も母上から聞いているのでしょうね。では……気にするでない、四葉真夜。敵が面倒極まりない相手であるが故、こちらから出向いたまでのこと。それでも気にするのであれば、今後の働きで返してくれればよい」

「そう仰って頂けるだけでも、こちらとしては助かります」

 

 真夜の敬称呼びで大方の事情を察し、悠元は四大老としての立場で台詞を発した。傍から見れば茶番のような有様だが、一応礼儀を欠くようなことは出来ない。双方が挨拶を交わしたところで、悠元から話を切り出した。

 

「では、四大老としての挨拶もそこそこに話し合いを始めましょう。というわけで達也、その前準備としてFLTからプレス発表をする方針で固めてる。で、『STEP』プロジェクトの事業発表は二日後の水曜日で大丈夫か?」

「ああ。どうせ今の俺は暇人にも近いし、悠元のことだから『第一賢人(レイモンド・クラーク)』を嵌めるだけでは済まないのだろう?」

「まあな。嵌める最初の相手は―――国際魔法協会だからな」

 

 魔法師は何らかの形で魔法協会に所属している者が多い。一部の魔法師はライセンスの関係でフリーランスの活動をしたり、最悪はアンダーグラウンドで犯罪行為に手を染めるケースも少なくない。

 悠元が初手で国際魔法協会を嵌めるのは、ディオーネー計画の社会的な根拠を正面から叩き潰す為。具体的には、[恒星炉]関連技術だけでなく、今後FLTの関連技術全てに“国家機密に準じる特許”を付与することで、許可の際には全て日本政府を通させなければならないこと。

 

「先日の日本魔法協会の要請の時点で介在していたとは思えないが、今後介在しないとも限らない。相手に先手を打たれる前に、まずは相手の切り札と成り得る手段(カード)を全て破壊する」

 

 その根底にあるのは、原作で十三束翡翠会長がエドワード・クラークと達也の会談をセッティングしたことだ。

 本来、USNAの政府機関の公人でしかないエドワードが日本魔法協会に圧力を掛けることなど出来ない。それがいくらUSNA大使館からの要請だとしても、本来政府間交渉が想定される国際的なプロジェクトに国際魔法協会の支部的存在とはいえ日本魔法協会が積極的に関与する義理は無い。

 ましてや、達也に敗北を喫した克人の報告が師族会議を経由して日本魔法協会に伝わっていない筈など無い。反魔法主義に対するアプローチ能力が致命的に無い魔法協会が日本政府からの要請ならばまだしも、同盟を結んでいるとはいえ外国の要請に応える論理が成り立たない。

 

 では、どういった方法ならばUSNAからの要請を日本魔法協会が受理せねばならない事態に陥るのか。答えは至って単純で、国際魔法協会から“ディオーネー計画に関して最大限の協力をするように”と同調圧力を掛けることで日本魔法協会がそう動かざるを得なくする方法だ。

 

「先程イギリス連邦政府に“最後通告”を送付した。『ディオーネー計画に関する一切の圧力を日本へ与えるような真似は慎め』と。こちらの要求が呑めない場合、保持している100兆円の国債の内、()()()10兆円を売却するとな」

「……魔法で殺さずに金で殺すか。俺には真似できない芸当だな」

「こうなった大半の理由はうちの爺さんだがな」

 

 原作では金曜日まで時間を稼ぐこととしたが、悠元が四大老となったことで大幅な時間短縮が見込まれるだけでなく、日本政府も前向きに協力してくれる体制を確約している。尤も、親米派の役人がスタンドプレーをかまして混乱させようとする動きも出てくるだろうが、その対応は既に考えている。

 国債売却を仄めかせば世界の金融市場にまで波及することになるが、ディオーネー計画に対して消極的な対応を見せる企業が危機に瀕した場合は必要な措置を投じる。悠元とて無秩序に離職者を増やしたいつもりなどない。

 

「話を戻すが。真夜さん、プラント建設の為の業者を明日から巳焼島に入れたいのですが、大丈夫ですか?」

「ええ。受け入れの準備は既に整っております」

「いつの間に……母上も既に一枚噛んでいたのですか」

「そうですよ。ふふっ、そうやって驚く顔が見れて嬉しいですわ」

 

 師族会議の時点で四家が主体となることは既に話されていたが、業者の受け入れ態勢をすぐにでも出来るとなれば、そこまで計画が既に進んでいるという証左。魔法技術ならばまだしも、工業技術の面では完全に悠元へ依存している形で、これには達也も苦笑を漏らしたほどだった。

 

「ここからは予測混じりだが、言質を取ろうとエドワード・クラークが来日する可能性がある。そこで達也、もし会談する際は市原先輩を秘書として付ける」

「先輩が……いや、先輩のことだから自主的に引き受けたのだろうが、申し訳なく感じるな。もし来日しなかった場合は?」

「その時は『スターズ』を暗殺部隊として送り込んでくるだろう。尤も、全員とっ捕まえて“同盟国に喧嘩を売った愚か者たち”の烙印を添えて強制帰国させてやるだけだ」

 

 USNAの場合は、という前置きが付くのは当たり前のことだが、新ソ連の場合はベゾブラゾフが出張ってくることになるだろう。

 というか、原作の展開的に“達也の敵役”という役割は必要だとしても、国家に認められた戦略級魔法師が平然と隣国に戦略級魔法を使用するという“侵略行為”をUSNAですら非難しないのは明らかに異常としか言いようがなかった。

 

「いうまでもないだろうが、リーナについては必要な対応を取った上で完全に帰化させることになるから、そこは宜しく頼む」

「別にそこまで一々追及するつもりは無いのだが、感謝はしておく」

 

 この時点で、ディオーネー計画そのものの信憑性を著しく欠く結果となり、ベゾブラゾフは完全に戦略級魔法師としてのプライドで執拗に達也を狙い続けた。その果てに起こった結果は……大切な人を殺させまいと決意した達也の行動理念からすれば、言わずとも理解できる。

 

「達也。『STEP』によって魔法師の軍事利用一辺倒という事態は回避できるが、軍事に割ける戦力の低下が生じるのは言うに及ばずだ。そこで、元老院四大老の一人として達也に求めたい役割は“抑止力”。それも、四葉家次期当主である“四葉達也”としてではなく、国防軍“大黒竜也特尉”でもなく、他の誰でもない国家公認戦略級魔法師“司波達也”として」

「悠元……」

 

 原作では忌避されるように回避されてしまった達也の戦略級魔法師としての立場。なればこそ、悠元は“司波達也”の名をビジネスネーム以外で残すためにも、国家公認戦略級魔法師の立場を作ることとした。

 日本という小国に二人の“使徒”(ここに将輝が加われば三人になるが)。大国であるUSNAであっても三人しか公表されていない存在を示すことはデメリットが生じる。だが、四葉の悪名を本当に脱却するためには、いくら四葉に連なる者であろうとも国家に対する保険は必須となる。

 

「無論、俺も今上天皇陛下より戦略級魔法師として認められているが、俺が修得している戦略級魔法の関係で表沙汰に出来ん。まあ、達也のそれも書面上は非公式扱いとなるから、深くは考えなくていい」

 

 四葉の悪名だけでなく、剛三の存在もそこに拍車を掛けている。見た目30歳代にしか見えない剛三が突然倒れて死ぬという未来が明らかに見えないが、もうじき実年齢が90歳の大台を迎える。その意味でも、いい加減剛三を責務から解放してやらなければならない。

 その為にも、悠元は自分の我儘を呑み込んで神楽坂家の養子入りを受け入れた。結果として神楽坂家当主とまでなっただけでなく、婚約者が14人に加えて愛人まで加わって毎日が大変な日々となっている。

 

 正直、一昨年夏の千姫の台詞―――『悠君は三人だけでは足りない』という言葉に対して反論したかったが、結果として17人を相手にしても平然としている自分の規格外の体力と欲望に思わず溜息を吐いた。

 別にこんな事態を想定して魔法や武術を磨いていたわけではない、ということだけは断言しておく。

 

「第三次大戦が終わって35年も経った以上、昔の英雄に頼り切る悪癖から抜け出すべきなんだ。それを大の大人たちが誰も言い出さない時点で、責任の怠慢としか言いようがない。ディオーネー計画が完全に破綻したら、俺は世界の表舞台に立つ。『灼熱と極光のハロウィン』で戦略級魔法[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]を放った者として」

「……その役割を悠元だけに背負わせない。その時が来たら俺も立とう」

「達也……どうせ、言っても聞かないだろう?」

「無論だ」

 

 かつて、大漢を滅ぼした二人―――四葉家先々代当主・四葉元造と上泉家先代当主・上泉剛三。その二人の孫である司波達也と神楽坂悠元が成した『灼熱と極光のハロウィン』によって、大亜連合は講和を余儀なくされた。

 世界はまだ知らない。この二人の成した功績は、最早世界の誰しもが無視できないほどに大きなもの。明るい未来を予感させるような二人のやり取りを見て、真夜は葉山に話しかけた。

 

「葉山さん。5年前の貴方の予想通りね」

「恐縮です。おかわりは如何いたしますか?」

「頼めるかしら?」

「畏まりました」

 

 達也をこのような存在にしたのは自分の責任もあるが、それを上回る様に四葉を救った一人の少年。規格外の力を手にしてしまった達也と対等以上に渡り合う存在が、自分の実の息子とこうやって語り合えていることに、真夜の心の中にはいつしか世界への復讐が別の意味へと昇華していた。

 

(たっくんと悠君の存在は、最早世界の誰しもが無視できなくなる未来が来る。剛三さんや千姫さんの言った通りね)

 

 娘の未来の為に命を賭けた父・元造、分家と真夜の息子の確執を生み出さない為に苦心した叔父・英作、そして……この国を救った二人の英雄の血筋は、二人の戦略級魔法師をこの国に生みだした。

 これから如何なる苦難があろうとも、彼らなら乗り越えていける気がする……それこそ、真夜が彼らに託した“世界への復讐(ちょうせん)”。

  

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元は[鏡の扉(ミラーゲート)]で達也を伊豆の別荘に送り届けた。瞬時に離れた場所を移動できる悠元の異質さは今に始まった事ではないが、それでもここまで出来る悠元の強さに達也は感服すら覚えていた。

 

「さて、俺はこのまま東京に帰るが、何か必要なものはあるか? いざとなったら[サード・アイ・エクリプス]の複製品も準備できるが」

「今の装備でも十分すぎる気はするんだが。というか、国防軍に許可は取らなくていいのか?」

「忘れたのか達也。今の俺の国防軍内の階級は将校クラスだ。誰にも文句は言わせない」

「……それは確かに強みとして十分だな」

 

 将校の階級にいても派閥を作るような動きを一切見せない。下手にシンパなんて作れば、九島烈の前例からして余計な問題になりかねない。そして、悠元の設計するCADは世界でも指折りの性能を有するため、彼の機嫌を損ねれば戦力面で大きな問題として跳ね返ってくる。

 

「[恒星炉]は俺にとっても夢の実現となる大事なもの。そこに立ち塞がるというのならば、相手が誰であろうとも叩きのめす。それで逆切れして殺す様なことをして来たら、死ぬよりも辛い目に遭わせる。それでもダメだった場合は……言うまでもないな」

「俺が言うのなんだが、性格が悪いな」

「御所望なら姿身を準備してもいいぞ?」

「止めてくれ」

 

 互いに“性格が悪い”と自覚しているからこそ、こうやって腹を割って話せる。

 ここまで来た以上は誰にも邪魔はさせない。それを壊そうという輩が誰だろうと、最悪殺すことに忌避感は無い。

 

「そういえば、深雪に残したリソースから読み取れたが、一高の周囲にメディアらしき姿はなさそうだ」

「政府の発表だけなら暴走しかねない輩が居そうだったから、FLTから[トーラス・シルバー・プロジェクト]の記者会見を水曜に開く、と今朝の段階で発表しておいたからな。もし国立魔法大学や魔法科高校などの魔法師育成機関へ無断の取材を行うような場合、会見への参加をお断りするという文言も添えておいた」

 

 この辺は昨春の神田議員が訪問した件を重く見てのこと。FLTの要請を受ける形で国立魔法大学および国立魔法医療大学、当事者側になってしまう第一高校を含めた付属校もFLTの公式発表を掲示している。これでも取材しようと横暴な態度を取るメディアがいた場合、“生贄”として神坂グループでTOBに踏み切る腹積もりだ。フリーランスの場合は、高額の報酬と引き換えに口封じも辞さない。

 

「相手が高校生という未成年の立場すらもお構いなしに駆け込むつもりなら、最悪自分が矢面に立つことも辞さない」

 

 そして、これはメディアの中に紛れて反魔法主義者が魔法科高校の生徒を殺す様な行為に及ぶことを避けるためでもある。原作だと達也だったからこそ対処できたが、これが他の生徒だったらと思うとやりきれない思いを抱えることになる。

 

「万が一ということもあるから、今日は俺が深雪たちを送迎していく。折角真夜さんから貰った電気自走車(エレカー)を使わないのも勿体ないからな」

「……すまない、悠元。うちの母親が迷惑を掛ける」

「気にするな。俺はもう割り切ったから」

 

 達也の解呪の権限では足りないと真夜が駄々をこねた結果、受け取ったものの一つはエレカーだった。達也が主に運転しているものとはタイプが異なるが、四葉家の力で最新鋭のセキュリティまで組み込まれており、更には悠元がそこから魔改造したことで空や海の中まで自在に移動できる乗り物へと化した。

 そのため、表向きの名義は“上条達三特務大将”―――国防軍統合軍令部所属の軍用車となってしまっている。無論、日常生活で使用できるような仕様なのは言うに及ばずだが。

 

「全く、そんなに力が怖いのなら対価を差し出してこちらの機嫌を取るのが基本中の基本だろうに。大国というぬるま湯に浸かり過ぎて腑抜けたとしか思えん」

 

 古今東西、これまで大国が数世紀も続いた試しなどない。集約した国家も時代の流れで分裂する可能性だって今現在も残っている。無論それだけではなく、魔法に関して一日の長があるという自負やプライドがあるのかもしれないが。

 

 その対価に名誉や栄光を選んだ時点で、エドワード・クラークは魔法師を蔑視しているとしか思えない。いくら反魔法主義者が活発に動いているとはいっても、このまま放置すれば国家の利益に反する事実を無視して四葉の排除を目論んだ。

 目先の利に囚われて、子孫の世代に負債を残す様な真似を許容する連中など、最早“害悪”でしかない。それでもUSNA政府がエドワード・クラークを切り捨てられないのは、彼の発言に一定の説得力が存在しているためでもあった。

 

「さて、ゆっくり茶の一杯も飲みたいところだが、これでお暇する。時折夕歌さんのご機嫌取りの為に来ることもあるが、そこら辺は許してくれ」

「寧ろ、俺が謝罪したいことなのだがな」

 

 ここで夕歌の名が出たのは、達也の別荘を監視したり狙おうとする不届き者を追い払うための結界を展開・維持するために四葉本家の命で夕歌が出張る為だ。一条家当主の治療で金沢に行って、今度は達也を守る為に伊豆まで来ることになる為、自ずと婚約者との時間が減る。

 そのフォローは悠元がすることになるため、断りを入れるように述べると、それに対して達也は逆に謝罪するような言葉を述べた。そして、悠元は[鏡の扉(ミラーゲート)]で別荘から姿を消したのだった。

 




 そもそも、日本魔法協会が日本政府の意向を汲むことはあっても(原作にける外務省や防衛省からの要請)、USNA政府の意向を汲むこと自体が“お門違い”のはずなのですがね。またの名を内政干渉とも言いますが。
 原作の四大老とはだいぶ変わってアグレッシブに動きますが、その辺は二人の四大老に育てられた影響とも言えなくはないです。ぶっちゃけ、術者として中途半端な実力しか有さない人間に“黒幕”なんて名称自体不釣り合いだと思うのですよ(個人的見解)

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