東京のマンションに戻った悠元は、エレカーに乗って第一高校へと向かう。丁度放課後の時間に間に合うように着いたが、特にメディアなどの姿は見受けられなかった。事前に連絡を受けていた深雪と水波を先に連れ出す形でエレカーに乗せて走り出した。
「それにしても、悠元さんが免許を持っていたのは驚きました」
自走車の運転免許は今でも満18歳以上と定められている。だが、この法令には抜け道が存在しており、業務上の理由があり、事業者の許可があれば取得可能だ。
悠元の場合、三矢家にいた頃に事業主となる三矢元の許可で取得している。加えて、国防陸軍兵器開発部にいた関係で機密データを持ち出す際に自分で自走車やバイクを運転する必要が生じたため、本来なら許されない14歳で免許を取得している(無論上条達三名義)。
「国防軍に関わっている関係でどうしても必要とされたからな。中学生の段階で免許を取る形となった時は溜息しか出なかったが」
検定試験は通常よりも厳しくなるが、悠元の場合は前世で身分証明も兼ねて取得していたため、その時の経験が生きて特に問題もなくクリアできていた。実技試験の担当官に『ここまで運転慣れしている中学生は珍しい』と言われたときは苦笑しか出てこなかった。
「そういえば、メディアの人間が周辺にいなかったが、特にトラブルは起きなかったか?」
「はい。ちらほら敷地の外に見受けられましたが、昼休みの後は全く姿を見ませんでした。何かされたのですか?」
「なに、[トーラス・シルバー]に関する記者会見の件で魔法師関係機関に妨害などをしたら取材から締め出す、と発表するように働き掛けただけだよ」
正直、レイモンドのやっていることは達也の妨害という点では理に適っているとも言える。だからこそ、悠元はそのカウンターとして『第一賢人』を国際指名手配する形に持っていった。
そもそも、事情を詳しく知る者からすれば『第一賢人』を厳しく取り締まらなかった時点でUSNAにも責任が生じる。どういうことかといえば、本来知り得るはずのない情報を政府機関で働く父親を持つとはいえ、一民間人がこんなことをすれば間違いなく“業務妨害”の罪に問われることとなる。
それがUSNAの国益を害するようなものでなくとも、ここで顧傑の事件の詳細を明かされたら、間違いなくUSNAに説明責任が生じる。それが回りまわってエドワード・クラークにまで容疑が波及する可能性だってゼロではない。
「……いよいよ発表される、ということですか?」
「まあ、そうなるな。尤も、達也が[トーラス・シルバー]だと明かしたとしても、本当の実情を公にする気はない。ここで俺まで明かしてしまえば、クラーク親子は間違いなく[トーラス・シルバー]を理由にして参加を強制してくるのが目に見えている」
元々悠元にまで嫌疑が波及しないように、[トーラス・シルバー]に関する部分の情報統制だけでなく、FLT内部での立ち回りもきちんと分けていた。FLTの研究室で作業する時は[恒星炉]一本に絞り、CAD設計については可能な範囲でリモートワークによる作業を行い、実際の作製は牛山に一任していた。
「[トーラス・シルバー・プロジェクト]は解散する代わり、日本政府による次世代エネルギー構想の中核を担うチームとして再出発する。FLTと神坂グループ、白河グループに三矢家の合同出資会社―――トライローズ・エレクトロニクスへの出向扱いになるが」
トライローズ・エレクトロニクス(Tri-Rose Electronics:TRE)―――[恒星炉]関連会社であるステラデバイステクノロジー、東京臨海電力、ステラウォーターを傘下に置く形で、出資はFLTと神坂グループ、白河グループとプリズム・マーセナリー(三矢家が運営する小型兵器関連会社)の四者で25%保有の合弁会社。
理事長は悠元が務め、常任理事は達也と元継、そして元治と三矢家の血縁者が多く占める形となる。その釣り合いを取る為、四葉家関係から深雪が、そして東道家から佐那を理事に加えている。
東道家の係累を加えるのは、これまで積極的に関与してこなかった側にチャンスを与えるためのもの。尤も、親世代の皺寄せを受ける形となった佐那は深い溜息を漏らしていたが。
これまで[トーラス・シルバー]の功績に与って来たも同然の連中からすれば、達也の功績を奪うことも出来なくなる。更に司波龍郎と司波深夜の“表向きの関係”は完全に解消されることになり、司波家から深夜と達也、深雪が離れて別の司波家という形になる。
「ただ、これまで販売したCADのアフターサポートがいきなり途絶えるのもマズいから、第三課の人たちも合わせて出向にした上で[トーラス・シルバー]関連のサポート窓口も兼ねることになる。ある意味FLTが下請けみたいなことになるが、気にしないことにした。深夜さんも『別に構わないわ。今まで怠けていたあの人達へ一撃を加えられるし』と喜んでいたけど」
「……お母様なら確実にそう言いかねないのが目に見えてしまいます」
それに、[恒星炉]の中核を成す人造レリックの作製にはこれまで[トーラス・シルバー]で培ってきた技術が必要となる。それを実現させるだけの技術力や情報の秘匿を両方成立させるとなれば、開発第三課の人間以外に適任者がいなかったのだ。
なので、前以て主任の牛山には『STEP』に関する情報を教えているが、『そんな大プロジェクトに参加できるとあっちゃ、俺も腕が鳴りますぜ』といいつつ、しっかり秘密を守ると公言した。
「連中に時間をくれてやるわけにもいかないから、もう一つ策を講じようと思っている。それも、エドワード・クラークが来日したとしても霞んでしまう様な大物を日本に呼び寄せる形でな」
原作よりも前倒しをして[トーラス・シルバー]を解散するが、出向先で改めて[トーラス・シルバー・プロジェクト]のチームとして再出発を行う。これまでメディアによって個人を示す形となっていた[トーラス・シルバー]がチームとしての名を持つために、明後日FLTの会見を実施する。
そして、USNA方面の動きでエドワード・クラークが来日を考えているような素振りが見えていた。恐らく言質を狙ってのことだろうが、それすらも本気で霞ませる策を講じることとした。
今の状況で計画に賛同しているスタンスの新ソ連が何らかのアクションを起こせば、ディオーネー計画への波及は間違いなく避けられなくなると踏んでの策。そして、その相手はUSNAの政府機関の人間ですらも霞かねない相手。
「尤も、その招待状は既に現地の大使館を通す形で送付した。向こうの態度次第だが、乗ってくる可能性は極めて高い」
「悠元兄様、どうしてそこまでされるのでしょうか? USNAが逆上して過激な手段を取る可能性も出てくると思われますが?」
「寧ろ、最悪そうなってくれた方がディオーネー計画を頓挫させやすくなる」
水波が述べた疑問は、エドワードの面子をこれでもかと潰す様な悠元の策でUSNA側が過激な手段を取らないか、という至極尤もな疑問。だが、ディオーネー計画に関しては“相手を怒らせるほうが潰しやすい”という最大の利点がある。
何せ、これまで軍事的な魔法技術の利用を促進してきたUSNAにとって、魔法の民生産業での利用など“御法度”に近しい所業。その方向転換を高らかに謳いながらも、一方で同盟国の戦略級魔法師を殺す様な真似をすれば建前と本音の乖離が激しくなって、最悪計画の頓挫で参加の意思がある国同士が責任問題の追及になる可能性が高くなる。
そうなると、その先に待ち受けるのはUSNAと新ソ連での戦闘。それも、魔法師同士の大規模戦闘となり、暗闘という規模で済まない公算が高くなるのは目に見えている。
「今のUSNAに正面切って新ソ連と戦う理由がない。寧ろそうしたら戦略級魔法師を失いかねないリスクを支払うことにも繋がるし、ディオーネー計画を提唱した当事国の発言力に説得力が無くなる」
8年前の暗闘では、スターズの半数近くにも上る
そして、それは新ソ連側にも当て嵌まる話だが、それを補って余りあるベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]がUSNAの戦力状況を固定化させてしまっている。ひいては、それがリーナの“アンジー・シリウス”としての戦力を手放せない理由にも繋がっている。
「深雪と水波を降ろしたら、雫たちを連れて帰るから、それまではマンションで大人しくしてくれると助かる」
「……ちなみに、雫たちをわざと残したのは理由があるのですか?」
「端的に言えば、誰かが暴走しても冷静に判断して止めてくれる意味で、雫が適任だったからだ」
先日の国防軍情報部のようにほのかが張り切りすぎる(光波干渉系魔法で情報部の視覚を悉く封じており、これには光宣もやや引き気味だった)ことは無いにせよ、一昨年の一科生と二科生の諍いの件もある。ほのかのストッパーという意味で雫を残した事を伝えると、深雪もそれには納得したような素振りを見せつつ、一つ溜息を吐いた。
「お兄様もほのかを囲んでしまえば、ほのかがここまで暴走する可能性を考慮しなくても済む気はいたしますが」
「うーん、どうだろう……それはそれで逆に怖い気もしなくはないが。水波はどう思う?」
「私の意見ですか? そうですね……」
結局、達也がほのかを抱く件については『当事者間で納得するまで話し合うように仕向ける』ということで結論を締めたのだった。
「? 今、何か悪寒がしたが……ピクシー、反応は?」
『いえ、ありません。強いて言うのならば、マスターの恋関係と存じますが』
「……」
そして、人里離れた別荘で何か嫌な予感―――悪意とも殺意とも異なるもの―――を感じた少年は3Hに尋ねるが、“彼女”が述べたことに関して少年は心当たりがあったのか、黙る他なかった。
◇ ◇ ◇
伊豆にある深夜の別荘の他に、四葉家所有の物件がある。そこから少し離れた所に小さな一軒家で、目的は深夜の療養を邪魔にならない程度に見守るためのもの。
四葉家の特性というよりも、一族の中で特異的な魔法資質を有している深夜。真夜が誘拐された事実を踏まえ、深夜の誘拐を目論む輩を排除するために建てられた小屋。事実、数回の襲撃を撃退したこともあり、決して無駄ではなかった。
そして、深夜が神楽坂家の使用人となったことで使用する機会は無くなったかに思われたが、達也の滞在によって小屋も使用の機会が再び訪れることとなった。
「お嬢様。調度品はすべて調っております」
「ご苦労様。荷物を置いたら、すぐに取り掛かりましょうか」
部下の報告に対して頷いたのは、四葉分家・津久葉家の長女にして悠元の婚約者序列第5位、津久葉夕歌であった。
夕歌がこの小屋に来たのは、四葉本家の命を受けて。目的は達也が滞在している別荘に結界を掛け、周囲からの認識を逸らしてしまうもの。結界の類は本来古式魔法の分類に入るが、精神干渉系魔法に長けた津久葉家の術者として夕歌が抜擢された。
原作の夕歌ならば時間も掛かっただろうが、悠元から魔法の手解きを受けた影響で魔法師としての実力も上がっただけでなく、悠元から結界型術式の提供も受けた。
本人曰く『金沢からとんぼ返りして、今度は暫く一緒に居れませんから』というお詫びに対するものだが、その術式の凄さよりも悠元への好意が勝った結果、達也を守る任務にも一層力が入っていた。
「(まあ、達也さんや悠元さんに迷惑を掛けたら深雪さんが何を言い出すか分からないもの……)あら?」
「どうかいたしましたか?」
夕歌の実力が上がった結果として、結界の展開はそこまで時間を擁さなかったが夕歌は直ぐに結界の中にいる人物の存在に気付き、何事かと部下の一人が声を掛ける。
「結界の中に誰かいるわね……別荘の北西側、結界のギリギリ範囲内にいるみたい」
「そこまで把握できるのですか」
「え、ええ、まあね(あの時は悠元君に対して浮かれてたけど、将来古式の家に入るからと言って、津久葉家に存在する結界よりも強力な術式なんて外に漏らせないじゃないの)」
夕歌が引き攣ったような笑顔を浮かべたがる理由は、悠元が渡した結界型魔法[
この魔法の雛型は周公瑾や陳祥山が使用する[
更に、対象物に近付くと無意識的に進行方向をずらされるが、本人の認識は“まっすぐ歩いた”と誤認させる形となるので、結界の中には何もないと判断させられてしまう。
話を戻すが、不審者をそのまま放置しておくわけにはいかない。夕歌は直ぐに監視者を捕らえる様に指示を出す。部下が出て行って一人となったところで、夕歌は深い溜息を吐いた。
「はぁ……(ま、まあ、惚れた弱みといえば否定はしないけれど、悠元君も少しは説明してくれてもよかったのに)ん? メール?」
悠元への愚痴を零した夕歌だが、実のところ悠元は夕歌に対して魔法の説明をしっかり行っていた。そのことが抜け落ちていたことにも気付かずにいた夕歌だったが、端末のメール着信音で悠元からのメールだと気付いて、端末を操作する。
『お疲れ様です。夕歌さんには一応魔法の説明はしたのですが、あの感じだとちゃんと聞いていない様子だったので、魔法の説明書を添付しておきます』
「……あーダメ。今鏡を見たら私が恥ずかしさのあまり死んじゃう……うへへ」
鏡を見ずとも、夕歌の顔が火照っているような感覚から恥ずかしさのあまり顔が熱くなっているのが丸分かりだった。それよりも、ちゃんと仕事を労ってくれる辺りは流石だと思いつつ、頬を緩ませていた。
……なお、夕歌のその様子が部下が監視者を連れて来るまで続いたのは言うまでもなく、機嫌が良い夕歌の邪魔をしないように部下たちが空気を読んでいたのはここだけの話。
そして、監視者を詰問した後に真夜へ報告をした。
「結界の展開は無事に完了したしました。それと、曲者を捕らえました」
『あら、たっくんを監視した不届き者はどなたかしら?』
「富田家の術者です」
富田家の魔法師は魔法協会の専属みたいな形で活動している。その術者によれば、危害を加えるつもりなどなく、達也が何処かに行方を晦ますと考えての行動であり、魔法協会の指示によるものだと白状したことも報告した。
それを聞いた真夜の笑みは、まるで鋭い刃を覗かせるような鋭さを夕歌は覚えていた。
「それで、如何いたしますか?」
『そうねえ……何もせずに解放して差し上げなさい』
「宜しいのですか?」
『こちらが疚しい事をした訳ではないですもの。それに、この事実だけで魔法協会へのマイナス加点は避けられないでしょうし』
真夜が直接手を下すことも想定したが、真夜が下した判断の理由を聞かされると、夕歌もそれが誰にとっての評価なのかはすぐに理解したようで、特に異論を唱えることはしなかった。それを知ってか知らずか、真夜は夕歌に問いかける。
『夕歌さんはこの決定にご不満かしら?』
「いえ、不満はありませんが……そういえば、これは任務と関係のないことですが」
『構いませんよ。大方、[
「はい。母が気に掛けていらっしゃったので」
気に掛けていた―――というのは夕歌なりに噛み砕いた結果だが、実際には愚痴に近いものを夕歌は母の冬歌から聞かされる羽目となった。
「御当主様は問題ないと判断されたのか、そこが気になりまして」
『その判断の可否は今の私にありませんもの。何故なら、[
「あー……それでしたら、確かに御当主様が判断なさる範疇にありませんが、よろしかったのですか?」
『達也だけじゃなく深雪さんの問題にも関わりますもの。その意味で、深雪さんの婿となる悠元君が権限を有しても妥当だと、私と葉山さんが判断いたしました』
[
それと、真夜としても自分から息子が何の制限もなく実力を発揮できるような我儘を言う訳にはいかない。その上で、悠元からの提案は渡りに船だったとも言える。
『それでも不満なら、冬歌さんが悠元君の使用人になればいいと思うのですよ』
「……それだけは本当に止めてください。悠元君がまた頭を抱えますので(今更ながら、深雪さんは本当に強いわよね……深夜さんが使用人となっているのに、それを認めてるなんて)」
真夜の爆弾発言に対し、夕歌はせめてもの抵抗という形で拒否の姿勢を見せた。それと同時に、心の中で実母が愛する人の使用人兼愛人となっている事実を受け入れている深雪の強さに改めて感服すら覚えていた。