四葉分家の一つ、
新ソ連方面での魔法戦闘やメキシコ方面での暴動、そして日本海から宗谷海峡に掛けての新ソ連によるものとされる軍事行動の数々。ただ、ディオーネー計画の発表以降は小康状態となり、防衛省の職員もその時と比べると比較的早い時間で帰れるような状態となっていた。
19時すぎに庁舎を出た勝成は、自宅ではなく都心の高級ホテルに出向いていた。VIPクラスが宿泊するような海外にも名を知られたホテルではないにせよ、ビジネスマンの間では食事も良くセキュリティもしっかりしていると評判の場所。
待ち合わせた相手は、指定されたレストランですぐに見つかった。風貌こそ一見するとただのビジネスマンにしか見えないその人物の名は
「いきなり呼び出して済まないね」
「いえ、都合がつかなかった父の代理として出向いたことをお許しください」
「それはこちらに非があることだ。今日いきなり会いたいと申し出た以上、出向いてくれただけでもありがたいと思っている」
「そう仰っていただけるだけでも感謝いたします、貢さん」
そのやり取りを交わした後、席に座る勝成。ウェイターに酒と軽いつまみを注文して、下がっていったところを見計らって貢が話を切り出した。
「さて、呼び出した本題についてだが、彼のことについて相談したかったからだ」
「彼というのは、達也君のことですね?」
貢は達也の名前を出すことを避けたが、四葉に関することで尚且つ喫緊のこととなると勝成も達也が最も該当する話であり、名を出して尋ねると貢は顔を顰めるも、それが表に出ないように隙を見せることなく話を続ける。
「そうだ。とうとう[トーラス・シルバー]の正体が知られてしまった訳だが、君はどう思うかね?」
「これは御当主様に伺ったことですが、元々[トーラス・シルバー]の正体を明かすことは魔法科高校の卒業時と取り決めていたようです。その時期が早くなっただけであり、達也君に非がある話とは思えませんが」
勝成は自身のガーディアンである堤琴鳴との婚約を認めてもらった後、真夜と直接対話する機会を得た。真夜曰く『私が
その情報の一端を勝成は口にしたが、それが貢の望むものではないような感じを勝成は感じ取っていた。
「しかし、そもそも彼が一高への進学などをせず本家で大人しくしていれば済む話だったのではないか。ディオーネー計画が[トーラス・シルバー]の実績ではなく、昨春の[恒星炉]実証実験を念頭に置いていることは明らかだ」
貢の言葉に勝成は頭を振った。
「一高への進学は彼の意思によるものではありません。四葉のガーディアンとしての立場として深雪嬢の護衛の役割を帯びるのも含めてのもの」
「勝成君は知らないだろうが、横浜事変の後、私は達也君を本家で謹慎させるように申し入れをした。だが、御当主様は『今ここで達也を謹慎なんかさせれば、彼が戦略級魔法師だと内外に明かす様なもの』と取り合わなかったのだ」
勝成は父親の新発田理も真夜に申し入れをしていた事実を知っている。その時は父親の暴走とも思わなくは無かったが、貢からの情報を聞けば四葉分家が本家に叛意を有しているようにしか聞こえない。
慶春会で味わった悠元の存在感。勝成はそれだけしか感じられなかったが、近くにいた父親が顔を蒼褪めて冷や汗を流している姿に、勝成は彼の勘気を被らなかったと自らの幸運に感謝したくなったことがあった。
話を戻すが、達也を謹慎なんかさせた場合、深雪の護衛を務めるのが間違いなく悠元になってしまう。その時点で神楽坂家次期当主となっていた彼に深雪の護衛を負わせるということは、四葉家は対価として深雪を神楽坂家に嫁として送り出すことにも繋がる。
結局、慶春会での顛末によって分家の罪を背負う形で深雪が神楽坂家に嫁入りとなった。その重みを忘れて達也の処遇に口を出せば、今度は神楽坂家当主の悠元が出張るという事態が読めないのか……と勝成は口に出したかったが、まずは貢の言い分を聞いてからだと自分に言い聞かせつつ、自分の考えを述べることとした。
「お言葉ですが、あの局面で[マテリアル・バースト]を使わない選択肢はありませんでした。戦争は単純な勝ち負けでなく、その後にも大きく影響してきます。現に、『ハロウィン』後の大亜連合の動きを見れば一目瞭然でしょう」
「今後も国防に彼の魔法が必要という考えは分かった。ならば猶更、彼の身柄をアメリカに引き渡せない」
勝成の一般論に対し、貢は納得したような言葉を返した。だが、それがどこかで引っ掛かる様な感覚を勝成は感じた後、貢が言葉を発する。
「ならば彼を、四葉の奥深くで保護すべきではないか? 急死したことにすれば、USNAも諦めるだろう」
「……(正気で仰っているのか?)」
勝成は貢の口から出た言葉に顔を顰めた。達也を保護―――いや、この場合は“監禁”に等しい状態に置くということを意味する。この時点で、勝成は貢が達也を恐れているのだと読み取れてしまった。
これはもう、荒療治しかないだろうと思っていたところで扉の外からウェイターの声が掛かり、会話はいったん中断された。冷酒のグラスが並んでウェイターが退室したのを見計らって、勝成は貢を見据えるように視線を向けた。
「貢さん。仮にそうしたとして、神楽坂殿に一体何と説明する気なのですか? 彼は達也君の最大の理解者にして親友とも呼べる人間。その彼に対して黒羽家―――いえ、分家当主の方々は何を対価にして納得してもらうつもりですか?」
そんな要求など悠元が到底呑むはずなどない、と勝成は慶春会での一幕で体感していた。そして、先日防衛省の庁舎で出くわした事を考えると、彼は国防軍に多大な影響力を有している。いわば中核に位置するであろう悠元からすれば、国防の一端を担えるであろう達也を除外するなど“論外”でしかない。
勝成の問いかけに対し、貢は完全に黙ってしまった。だが、勝成はそれで止まることなく話を続ける。
「先日、父に達也君へ向ける過剰な敵意の真意を尋ねました。中々白状しませんでしたが、最終的には折れて話してもらいました。それを知った上でハッキリと述べさせていただきます。貴方がたは神楽坂殿から勘気を一度被った。二度目を受けるようなことがあれば、今度こそ貴方方の首が物理的に飛ぶでしょう」
「いや、流石の神楽坂殿でもそこまでは」
「しないと断言できますか?」
貢は辛うじて反論したが、勝成の物言いに対して反論する言葉を失った。何せ、貢は慶春会以前に悠元の圧力を直に感じていた。あの時は“脅し”の範疇で済むものだったが、慶春会で受けたそれはFLTの応接室で受けたものとは比にならなかった。
まるで、首元に鋭い刃物を軽く押し付けられているにも等しい感覚……その時は本家当主の真夜の取り成しで命を助けられたが、今度同じことがあれば助けて貰える保障など無い。
「彼がいれば、達也君を独裁者にすることなどない。貴方方がやろうとしていることは、四葉の未来すら潰しかねない所業……この場に父ではなく私が来た。この行為で意味を悟って頂きたい」
そう言って勝成は席を立つと、座ったままの貢を見ることなく、琴鳴が食事の支度をしているマンションへの帰路に就いた。
◇ ◇ ◇
勝成と貢が喧嘩別れの形となった頃、南アメリカ連邦共和国軍所属の軍人ことハンス・エルンストは、民間の国際線でワシントン行きの飛行機の中にいた。大統領からは専用機を出しても構わないと言っていたが、その直後に日本大使館が持参した手紙によって当初の予定を変更せざるを得なくなった。
とはいえ、ハンスがワシントンに行く予定に変わりはなく、元々こういう動きには慣れていたためか、大人しく民間機で移動することとなった。とはいえ、大統領の意向でファーストクラスに搭乗しているわけだが。
すると、ハンスの脳裏にもう一人の“ハンス”が話しかけてきた。
『エルンスト。私は軍人故にあまり政治のことに詳しくはないが、連中は破滅を望んでいるのか?』
(……ルーデルもそう思ってしまうか)
『当然だ。私の頃は魔法を軍事に使うことなどなかったが』
尤も、ルーデルに魔法師が対抗したところで返り討ちに遭いそうな気がしないでもない……とハンスが端末に目を落としていると、妙なメールを受信したことに気付く。宛先人は不明だが、セキュリティソフトによるウイルスチェックでは異常なし。
ハンスが端末を操作すると、そこには何故か“USNAが日本のUSNA大使館宛に送られたエドワード・クラークの訪日予定と司波達也氏との会談要請”が書かれたメールであった。
(ルーデル、どう見る? これを俺宛に送ったものとは思えんが……)
『ああ、それは私の仕業だ。最近情報を知る方法を覚えたものでね。ちょっとした魔法みたいなものだ』
(……うん、お前ならいつかやりそうな気がしただけに、驚く気も失せたわ)
内容を見るに、エドワード・クラークは司波達也なる人物を[トーラス・シルバー]として知り得ていた、という証左に繋がる内容。しかも、日程を見る限りでは今週末―――それも、ディアッカ・ブレスティーロ大統領の訪日日程と綺麗に重複する。
ルーデルがやらかした人外の所業に対し、ハンスは諦めたように思考の海へと意識を傾けていく。
(これで、エドワード・クラークが執拗に[トーラス・シルバー]―――彼を求める理由としてディオーネー計画を立てた、という根拠が成り立つ。そうなると、やはり彼は『ハロウィン』を成した戦略級魔法師の公算が高くなる……いや、ダメだろ)
ハンスが出した結論に対して吐き捨てるように出た答え。その意味をルーデルは敢えて問うことはせず、ハンスの言葉を待った。
(訪日した際に彼が四葉家の次期当主ということは事実だと知った。その彼が戦略級魔法師であり、[トーラス・シルバー]でもある。夢物語に聞こえなくはないが、クラーク博士が彼の排除を目論んで計画を立てたのだとすれば……もうひと波乱起きるな)
『その根拠はあるのか、エルンスト?』
(ある。何せ、ここで四葉家の脅威を減らせるとなれば、ここで敏感に反応するのは間違いなくUSNAと新ソ連の軍部だ。仮にあの魔法が『ハロウィン』の時に最大出力で放たれていなかった場合、最悪国土の半分が消えてもおかしくはない)
『灼熱と極光のハロウィン』で使われた二発の戦略級魔法。それを日本が保持している時点で脅威と見做す理由も分からなくはない。だが、日本が複数の戦略級魔法を自力で保有するに至ったとなれば、USNAからすれば新ソ連のヘイトを分散させることにも繋がり、本土への攻撃も抑えられることになる筈だ。
(目先の利益ばかりで、未来の利益を全く考慮していない。連中は一世紀半前の栄光にでも縋りたいとしか思えん)
『イワンもイワンだが、メリケンやジョンブルたちも変わらなかったということか』
(単にそれだけなら、まだ気は楽なんだがな)
直接日本ではなくワシントンに出向く―――ハンスの手荷物の中には厳重に保管された封筒があり、それをワシントンへ送り届ける任を帯びている。エドワード・クラークの件を考えれば、態々SSAがUSNAに対して配慮する必要もない。だが、そうしなけれならない理由があると鑑み、ハンスはその任を受けることとした。
そして数時間のフライトの後、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港へ到着。搭乗員の案内でハンスは本来関係者以外立ち入れない場所から降りると、そこには一台のリムジンと数名のSPが立っていた。
更には、ハンスが日本で出会ったUSNAの要人―――ワイアット・カーティス上院議員がそこにいた。ここは既にUSNAであるため、ハンスは英語で言葉を交わす。
「ハンス・エルンスト君、だったかな。日本の西果新島以来だね」
「覚えていてくださり光栄に存じます、カーティス議員殿」
「これはご丁寧に。さて、早速乗ってくれたまえ」
ワイアットに導かれる形でリムジンの後部座席に乗り、対面する形でワイアットが座る。
USNAきっての有力人物という話はディアッカから聞き及んでいたが、よもや魔法師である自分とこうやって同乗することに不安はないのかと訝しんでいると、ワイアットが話しかけてきた。
「不思議と思うかね? 政治家の私が魔法師である君と同乗することに対して」
「これは失礼しました。顔に出ていましたでしょうか?」
「なに、勘みたいなものだよ。にしても、見るからにまだ20歳前後というのに、なかなか気苦労を背負っているようにも見受けられるが」
「もう諦めたようなものではございますが、お気遣いに対しては感謝いたします」
ワイアットから労いにも近い言葉を受け取り、ハンスは静かに謝罪と感謝の言葉を口にする。そうして走るリムジンの行き先はUSNAの中枢の一つ―――
入念なボディチェックを受けた後、大統領執務室に招かれたハンスを待っていたのは、USNAの国家元首であるジョーリッジ・D・トランプ大統領。そして、部屋の片隅には即席で用意されたと思しき巨大な丸太が設置されており、あちこちに窪みが出来ていた。
一体何のためのものなのだとハンスが訝しんでいると、ジョーリッジがハンスに話しかけてきたため、ハンスは意識をジョーリッジに向ける。
「先日はうちの馬鹿な役人が迷惑を掛けた。改めて、USNA大統領ジョーリッジ・D・トランプだ。君の噂はドイツの首相から聞いている」
「それは……南アメリカ連邦共和国軍、ハンス・エルンスト准将であります。この度、我が国の大統領閣下より任を帯びてまいりました」
「うむ。君の宿泊先は既に手配しているから安心してくれ……君としては、部屋に不釣り合いなアレが気になるのかな?」
「ええ、まあ……」
大統領執務室という豪勢な装飾品や調度品が並ぶ中、明らかに自然を取り入れようとしたとしても浮く代物でしかない丸太の存在。ハンスが躊躇いがちに尋ねると、ジョーリッジは間髪入れずにまだ無事な部分の木皮に向かって拳を振るった。
激しい衝撃と音が鳴り響くが、それで丸太が倒れることはない。だが、振るった部分の拳が離れると、握った拳の形がハッキリと見えるぐらいに凹んでいた。非魔法師らしからぬ所業を見たハンスに対し、ジョーリッジは笑顔を浮かべていた。
「これは私のストレス解消法でね。良かったら君もやってみるかい?」
「いえ、遠慮させていただきます。私がやったら被害が出かねませんので」
「そうか。それならば仕方がないな」
『ふむ、面白い御仁だな。メリケンの大統領にしておくには勿体ないほどに』
(……ホント、ルーデルと関わってから世界の非常識を目の当たりにしてるみたいだ)
そうして始まったジョーリッジとの会談で、ハンスは親書をジョーリッジに手渡す。その存在がどう生きるのか……その時のハンスには与り知らぬことであった。
丸太は犠牲になったのだ。犠牲(ストレス)の犠牲(いけにえ)にな。