魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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意味合いを変える話し合い

 『第一賢人』―――レイモンド・クラークによる[トーラス・シルバー]の正体の暴露。だが、悠元が仕掛けた策により、メディアの関心は次第に薄れた。魔法に携わる者ならば達也がどういった存在なのかも理解しているし、仮に『第一賢人』の証言が真実だとしても、自ら『触れてはならない者たち(アンタッチャブル)』の逆鱗に触れたくなどないのが魔法界に関わる人たちの共通認識。

 大体、実用レベルと定められる魔法師が人口に占める割合は、成人後の年齢別人口比率で約1万分の1。仮にそのレベルを満たさなくとも、政財界や治安維持機構に魔法師と関わりを持つ人間もいることから、99.99パーセントの人間が全く関与しないということにはならない。

 反魔法主義という存在や間接的に魔法の恩恵を受けている人間がいても、大多数の人間は魔法に関心を寄せるという事態には至らない。

 

 魔法は平穏な生活を送る上で必須なファクターではない。だからこそ、大多数の民衆は無関心を貫くことが出来る。仮に罪かどうか定かではない魔法師が迫害されようとも、無関心でいることに罪の意識を覚えない。

 [トーラス・シルバー]を名乗る一人の少年が望まぬ未来を押し付けようとされていても、世間から見れば三面記事の一つでしかないレベル。そんな情勢の中、百家・五十嵐(いがらし)家の当主夫人である五十嵐(いがらし)亜澄(あすみ)は、映像電話(ヴィジホン)で相手を気遣うような仕草を見せていた。

 通話の相手は日本魔法協会会長・十三束(とみつか)翡翠(ひすい)であった。

 

「―――それはまた大変ですね。ですが、宜しいのですか?」

『どうせいずれは明るみになることですから……』

 

 明らかにヒステリックと表現するのが正しいぐらいに、亜澄の視点でも翡翠の表情は参っているように見えていた。

 亜澄が夕食を終えて3Hに後片付けの指示を出すと、一息入れようとしたところで息子の鷹輔から『十三束会長から相談したいことがある、って』という伝言を受け、亜澄はその通話に出ることとした。

 

 本来なら百家ゆえにそこまで詳しい情報は流れてこないが、娘が十師族・六塚家と婚約している関係だけでなく、翡翠の前任者として魔法協会の関係者ともつながりがあり、ディオーネー計画によって魔法協会が忙しいとも聞き及んでいる。

 そして、困った様子の翡翠がせめてもの助けと言わんばかりに説明されたことについて、亜澄はまず聞きに徹することで翡翠の留飲を下げることとした。

 

「それで、ご相談というのは?」

『はい。本当に申し訳ないのですが、確か六塚殿のご子息が司波達也さんと仲が良いという話を聞きまして。彼にエドワード・クラークとの面会をお願いしたいと』

「……それならば、十三束会長の息子さんに頼むのが早いのでは? 彼も同じクラスの筈ですが」

『それは……』

 

 達也への繋ぎを考えるならば、五十嵐家と六塚家を経由するよりも十三束家から頼んだ方が早い。亜澄の正論は尤もだが、翡翠にはそれが出来ない理由を正直に吐露し始める。

 

『実は、司波達也さんの所在がハッキリとしないどころか、学校にも来ていないのです。息子に確認したところ、間違いないと』

「そうでしたか……」

 

 翡翠の説明を聞いて、亜澄は考え込む。娘の話を聞く限りでは、義理の息子になる六塚燈也は司波達也と仲が良い。つまるところ、連絡先を知っていてもおかしくはない。あの『アンタッチャブル』の勘気に触れたくはないが、翡翠の状況を見ていると同じ立場を経験した人間として助ける形に傾いた。

 

「わかりました。申し入れはしてみますが、申し出が断られる可能性があることは留意して頂きたいです」

『本当ですか!? いえ、働きかけをしていただけるだけでも助かります』

 

 亜澄は前置きを置いた上で翡翠に提案すると、モニターに映る彼女は“申し訳ない”と言いたげに深く頭を下げた。そうして通話を終えると、亜澄は一つ深い溜息を吐いた。

 

「私の時は三矢悠元さんの件で、彼女の場合は司波達也さんの件……本当に、大変よね」

 

 ひとつぼやいた上で、亜澄は端末を操作して電話を掛けたのであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 燈也は六塚家所有の邸宅にいて、自室でのんびり読書に耽っていた。電子端末による読書が便利でも、中には昔ながらの紙媒体で実際に手を取って読む需要も少なくなく、燈也は紙に書かれた字を読みたいという理由で選んでいる。

 すると、着信音が鳴って燈也が本を傍に置き、端末を操作すると壁掛け式のモニターに姉である六塚温子が映った。

 

『こんばんは、燈也。婚約者との営みだったら後でもいいのだけれど』

「あのですね……そこまで盛りのついた獣じゃないのですから」

 

 温子の冗談にやや呆れつつも燈也が本題を促すと、温子は『ごめんなさいね』と断った上で話を切り出した。最近の情勢で自分に連絡が来るとなると、大方友人絡みではないかという燈也の予測は見事に的中する形となった。

 

「達也に土曜の都合を聞いてほしい、ですか?」

『ええ。実はまだ内密の話なのだけれど、ディオーネー計画の提唱者であるエドワード・クラークが来日すると十三束会長から聞いてね』

「成程……(大方、姉さんも話を聞いたけど、それが実現するかどうかは別問題として話を受けたんだろうなあ)」

 

 燈也は先日、友人たちと一緒に達也を襲撃しようとした国防軍情報部の部隊を撃退している。その後で達也から少し事情を聞いたが、ディオーネー計画に参加する意思は無いというのが明らかだった。

 その上で、自分の話を持ち込んできたとしても、肝心の達也がどう反応するかなど分からない。最悪会談の申し出を蹴る可能性も残っている。一応、このことは温子にも報告しており、その時の反応は『六塚家としても四葉家の助けになったことは良かったでしょう』と好意的に見ていた。

 

「姉さんはどう考えているのですか? 一歩違えば四葉家への利敵行為になってしまいますが」

『別に達也君が断ったところで、こちらが徒労に終わるだけという結果にならないのは確かです。既に師族会議で達也君の意思を確認していますし、これは寧ろ達也君の明確な意思を当事者にぶつける意味でも良いと判断したまでのことです』

「……確かに、僕も達也も公的には高校生の身分ですから、向こうから話に来てくれるならありがたい、と考えているのですね?」

『ええ、その通りよ。にしても、燈也は達也君を[トーラス・シルバー]だと思っているの?』

 

 既に明確な参加拒否を確認している達也は、四葉家の係累であろうとも公の立場は魔法科高校の高校生でしかない。こちらからアメリカに出向くリスクを鑑みれば、態々計画の提唱者が日本に来てくれるのなら、日本魔法協会の申し出を断る必要もない。

 会談をセッティングしてくれた魔法協会の面子を潰すことにはなるが、達也の考えているプランは日本に多大な利益を齎すもの。この国の未来と人類の未来という二つの重みは違うが、今を生きる人々が自身に対する利益という観点でどちらを選ぶか……既に分かり切ったも同然の話だ。

 

「あれだけのことをしたら、仮に『第一賢人』の言い分が逆に納得出来る気もします。ただ、彼の人生は彼が決めるものであり、大人たちが言い出す領分ではありません。エドワード・クラークなる人物は達也を支配したいとでも思っているのでしょうか、と思いたくなりますよ」

『……随分辛辣ね、燈也』

「まあ、僕の生まれが生まれだけにですけど。ともかく、達也に聞いてみますがあまり期待はしないでください」

『ええ』

 

 温子との通話を終えた後、燈也はすぐさまメールで達也に一連の事情を説明した。この申し出を断っても構わないという文言を付け加えてのものだったが、数分後に達也からの返信メールで『その申し出を受けると伝えてくれるか?』という概要の文章を受け取り、燈也はそのまま温子宛にメールを転送した。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ホクザングループの総帥、北山(きたやま)(うしお)(ビジネスネーム:北方(きたかた)(うしお))は政財界に強い影響力を持つ日本でも指折りの企業グループの一つ。政府の会合などに自ら出向くことは少ないが、そんな場合でも事前に予定を聞かれて、彼の都合に日程を合わせるケースが圧倒的に多い。

 五月最後の火曜日、潮は都内の高級料亭にいた。本当ならば予定を全てキャンセルしてでも出向かなければならない相手だが、その相手が『商談や予定に都合がつく時間で構わない』と丁重に述べてくれたため、予定を整理した上で会談に臨むこととなった。

 

 元老院(げんろういん)四大老(しだいろう)―――俗に良く言われる“黒幕(フィクサー)”とは異なり、その名を知ってはいても実態を知る者はごく一部に限られる実力者たちの名称。

 その一人は東道(とうどう)青波(あおば)だと知っているが、その当人から『今宵、新たな四大老の一人が出向く。くれぐれも礼を失せぬことだ』と釘を刺す様な連絡を受けた。かの人物が別の四大老を紹介するなど、これまで潮自身も経験したことが無ければ、財界の知り合い伝手でも聞いたことがない。

 

 新たな四大老ということで思わず緊張する潮だったが、仲居が恭しく襖を開けると、そこにはスーツに身を纏った一人の少年が立っていた。だが、潮は気軽に声を掛けたりすることなど許されない、と彼の纏う雰囲気で察した上で、深く頭を下げた。

 

「遅れてしまって申し訳ないな、北山殿」

「いえ、お気遣いを頂けるだけでも感謝しております。神楽坂殿」

 

 潮からすれば、娘の婚約者にして護人・神楽坂家当主。そして、青波の述べていた“新たな四大老の一人”ということは、彼が言わずとも既に肌で感じ取っていた。仲居が静かに下がっていったところで、新たな四大老―――神楽坂悠元は静かに潮の対面の席に座った。

 

「さて、東道青波より簡潔な説明を受けていることと思うが、私が新たな四大老の一人―――護人・神楽坂家当主こと神楽坂悠元だ。北山殿には家族ぐるみでお世話になっているが、くれぐれも線引きはしていただきたい。宜しいか?」

「それは無論であります」

「ならば……四大老としての挨拶もそこそこに、ここからは年齢に沿った話し方をさせてもらう。改めて、お久しぶりです潮さん」

「久しぶりだね、悠元君。娘が迷惑を掛けていないか心配なところもあるけど」

 

 四大老としての挨拶を終えた所で、悠元が年齢に沿った話し方をすると潮もそれに応じる形で世間話に花を咲かせた。これまで東道青波との関わりから他の四大老の印象は厳しめだったが、これは好感が持てると感じていた。

 

「迷惑どころか、むしろ世話になりっぱなしです……情操教育がどうなっていたのかは疑問しかありませんが」

「その辺は妻の領分だったからね……どうか、娘のことを末永く宜しく頼むよ」

 

 とはいえ、相手はこの国の裏舞台を統べる立場の人間。その権威を軽視した顛末を潮は知っているだけに、いくら娘を通して外戚となろうとも礼を失してはならない、と己の心の中に言い聞かせるような素振りを見せる。

 

「年齢が年齢なので私は酒を遠慮させていただきますが、潮さんは遠慮せずにどうぞ」

「いや、君相手に失礼なことは出来ないからね。今日は茶でも頼むこととしよう」

 

 この店は使用人に三猿―――「見ざる」「聞かざる」「言わざる」―――を叩き込んでいるが、いきなり本題に入らなかったのは情報漏洩を危惧してのこと。それに、婚約者の親という立場の潮と仲良くしておきたいという目論見もあったりする。

 悠元が切り出したのは、食膳が出尽くした後でのことだった。

 

「さて、今日出向いたのは潮さんと親睦を深めたかったのもありますが、明日正式に設立する会社が興す事業の出資者となって頂きたく、お声を掛けさせていただきました」

「事前に娘から話のあった[恒星炉]関連事業ですな?」

「ええ。会社名はトライローズ・エレクトロニクス。既に事業化している水素ガス関連事業のみならず、[恒星炉]による核融合発電事業やそれに伴う各種事業を集約した合弁会社です」

 

 [恒星炉]に関する4つのスキームが『ESCAPES』とするなら、その4つのスキームを利用して多方面の事業を展開するのが『STEP』の基本骨子。それを実現させるための社会的な手段として合弁会社の設立に踏み切った。

 

「会社自体はFLTと神坂グループ、白河グループとプリズム・マーセナリー(三矢家が運営している小型兵器を取り扱う株式会社)の四者による株式持ち合わせとなりますが、潮さんには財界からの出資を取りまとめる“窓口”を担っていただきたい。必要ならば傘下の会社を設立しても構いませんし、その手伝いも致しましょう」

「成程、それは大役ですな。お引き受けしましょう」

 

 潮は悠元から望まれた役目をすんなり引き受けた。これに対して、悠元はあっさりと決断したことに少し疑問を抱いたため、潮に問いかける。

 

「潮さん、よろしかったのですか? いくら自分が四大老の一人となったからといっても、断る権利ぐらいはあると思われますが」

「魔法師の君なら知っているだろうが、妻は長いこと『兵器』として働いてきた。今はその役目を退いているが、雫はまだしも航が戦争に駆り出されるのを見たくはない。父親としての我儘みたいなものだがね」

 

 苦笑する潮に対し、悠元はそれを否定するような素振りを見せなかった。原作ならばまだしも、この世界の北山航は魔法の資質を有している。彼がどういった形でそれを行使するのかは分からないが、少なくとも雫が『神将会』に所属している以上、家族に迷惑を掛けるような行動は慎むだろう。

 

「身内が絡むとなれば、我儘ぐらいの一つ言っても罰は当たらないと思います。では、潮さんから見たディオーネー計画の印象は如何ですか?」

「あれは『兵器』以前に魔法師を『奴隷』とするようなもの、としか言えなかった。アメリカの陰謀なのか、エドワード・クラーク個人の陰謀なのかはさておき、あれが実行されれば達也君一人の犠牲で済む話ではなくなる。無論、君も巻き込まれることになるだろう」

「ええ。ですから、こういった話をしているわけですので」

 

 潮の出した結論は、悠元や達也の出した結論とほぼ同じものであった。夢物語のヴェールを剥がせば、杜撰極まりない魔法師追放計画という現実を、殆どの大衆は気付いていない。そして、それが遠い未来で人類の滅亡に繋がるものだという可能性にも。

 

「惑星一つのテラフォーミングは、少なく見積もっても億単位の動員が必須となる。そうなると、魔法師の殆どが地球から追い出される可能性も出てくる。それが煮詰まって遠い未来に魔法師が反旗を翻して、少数の魔法師に大多数の民衆が支配されるという未来も生まれてしまう。無論、可能性の一つではありますが、ディオーネー計画は悪夢を生み出しかねない危険なもの」

 

 誰だって平穏な生活を望みたい。だが、そんな未来を作った場合、エドワード・クラークは“史上最悪の犯罪者”という烙印を魔法師から押されるだけでなく、それを大義名分として魔法師が地球を支配する未来だって起こり得ないとも限らない。

 

「その意味で、軍事一辺倒の魔法師政策に一石を投じなければならない。魔法師が民生産業に割かれるリスクは生じるが、それを補うために魔法師教育分野も改革をした。それが芽吹き始めるのは、そう遅くはない時期になるかと」

 

 [恒星炉]関連事業を進めるにあたって最大の難点となる魔法師の確保だが、それを解消するために魔法科高校以外にも国立魔法医療大学と付属校の“受け皿”、そして新たな教育理論に基づいた方針。加えて、魔法師としての心を育成するべく、己を律するための“武道”も取り入れることが決まっている。

 

「君はその若さでそこまで考えているとはね……私もまだまだ学ぶことが多いものだと感心を覚えるよ」

「こういう立場になったらこそ、とも言えますが。ちなみに、日本政府の現政権と話は既につけておりますので、潮さんは財界方面に集中して頂くだけで十分です」

「分かりました。改めて、宜しくお願い致します」

 

 悠元が『日本政府と話を既につけている』という台詞を聞き、潮は姿勢を改める形で深く頭を下げた。

 




 原作とは違って、魔法協会から直接ではなく五十嵐家・六塚家を通している為に達也の対応も大分穏便に済んでいます。更に、当事者に対して話せる機会を向こうが作るのならば、こちらから機会を作る労力を省くことが出来るため、達也も快く話を引き受けた形です。
 尤も、会談の要請を引き受けただけでディオーネー計画に参加するかどうかはまた別のお話です。

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