―――2097年5月29日、水曜日。
フォア・リーブス・テクノロジー本社には、多くの報道陣や記者が詰めかけていた。目的は勿論[トーラス・シルバー]に関する発表であり、10時からの発表にもかかわらず記者やカメラマンの大群が押し寄せて業務妨害はおろか交通障害にもなりかねない状態を想定して、異例の朝7時から記者会見の会場を開けていた。
普段は魔法産業に対して興味を示さない伝統的大手新聞社も、取材チームを組織して前列に陣取っている。彼らの偉そうな態度には同業者も眉を顰めるが、第三者からすればメディアそのものが“同じ穴の狢”としか見えなかったことだろう。
彼らの無秩序なお喋りも、FLT広報担当の従業員が登壇したことで一気にトーンダウンしていく。係員が照明やマイクのチェックを行っている様子を固唾を呑んで見守っている。
そして、デジタル時計が10時を示すと、会場前方の扉が開いて達也と牛山の二人が壇上に入っていく。
一斉にシャッターが切られる中、達也は一切表情を崩すことなくマイクスタンドの前に立つ。そして、達也の背後にある大型スクリーンには『魔法恒星炉エネルギーラインプロジェクト』という文字が表示されたことにメディアからも訝しむような声が上がる。
まるで新規事業の発表会ではないかという困惑が会場内に広がる中、進行役の従業員によって達也と牛山が挨拶をする。
「トーラス・シルバーのソフトウェア開発を担当している司波達也です」
「トーラス・シルバーチームの統括並びにCAD作製を担当している牛山欣治です」
その挨拶でメディアは更に混乱する。何せ、スーツ姿の少年(見た目だけならば成年と評しても不思議ではないが)だけではなく、工場のユニフォームと思しきジャンパー姿の男性まで[トーラス・シルバー]を名乗ったのだ。
一人だけだと信じ切っていたメディア側の落ち度だが、そんな混乱を無視するかのように牛山が話し始める。
「えーっ、先程の挨拶通り[トーラス・シルバー]という名は個人の研究者の名ではございません。そして、この他にもハードウェア開発担当を担っている上条洸人の合わせて三名によるチームでございます。先程出願者個人情報を公開に切り替えましたので、特許庁よりご確認いただけると思います」
「……何故そんな、人々を騙す様なことをしたのですか?」
牛山の説明に対して一人の女性記者が質問を投げかける。明らかに喧嘩腰とも言えるような無神経の問いかけに対し、答えたのは達也だった。
「騙していたと言われるのは遺憾なものですが、私と上条が未成年故に個人情報を非公開にしていたまでのことです。個人だけでなくチームでの特許申請や情報非公開は昨今において珍しい事ではありません」
「し、しかし、トーラス・シルバーはCADのソフトウェアとハードウェアの両面において、わずか1年で10年分進歩させた天才技術者と評価されていて、御社もそれを否定しなかったではありませんか」
「以前、我が社よりメディア各社にお送りした[トーラス・シルバー]に関する取材自粛のお願いをまともに取り合わなかった側がそれを仰るというのですか。これ以上難癖をつけるようでしたら、係員によって退出して頂くことになります」
それに、先日の『第一賢人』の件でメディアはFLTに対して大きな負い目を負っている。政府発表でテロリスト同然ともなった人物の声明を何の裏取りもせずに、ただ[トーラス・シルバー]に関するスクープによる話題作りが裏目と出た。
達也に食いかかろうとした記者だが、周囲からの冷たい目線を感じてそれ以上の追及を取り止めた。
「では、先の『第一賢人』を名乗る謎の人物が語ったことは半分事実なのですね?」
「先程牛山からも申し上げましたが、私と牛山、そして本日都合により出席できなかった上条の三名によるチームです。よって、その認識は間違いであると述べさせていただきます」
別の記者からの問いかけに対して、こちらも達也が答える。
『第一賢人』が述べたことは“トーラス・シルバー=司波達也”というもの。だが、達也の述べたことは“トーラス・シルバー=司波達也、牛山欣治、上条洸人”。
数学的に見れば同一に見えるが、仮にトーラス・シルバーが一人ならば、ソフトウェアだけでなくハードウェアやCAD作製まですべて一人で担っている、という認識になってしまう。そんな自覚など達也にはないし、そこまで万能な人間もないと自覚している達也からすれば『そんな評価など過分過ぎて必要ない』と切り捨てたくなる。
「とはいえ、誤解を招くような対応をしてきたのはこちらの落ち度でもあります。よって、この場で[トーラス・シルバー]の解散を宣言いたします」
「解散ということは、CAD開発を止めるということですか? 御社がこれまで販売されたCADについての対応もお尋ねします」
達也の宣言に質問を問いかけたのは、魔法産業に詳しい報道記者。[トーラス・シルバー]によって発表・販売されたCADはかなりの数に上り、そのサポート面について専門分野の記者らしい質問が投げかけられた。
「いえ、これまで販売したCADのサポートは勿論、今後のCAD開発は牛山と上条に引き継ぐ形となり、私は別の事業に移ることとなります。では、ここから説明役に登壇して頂きます」
達也の言葉に訝しむメディアの面々だが、ここで会場前方の扉が開いてスーツ姿の少年が姿を見せた。その登場にざわめき、慌てふためくようにシャッターが切られる。そして、少年は達也に近付いて握手を交わすと、達也が退く形で空いたマイクの前に立つ。
「お初にお目に掛かります。私は株式会社トライローズ・エレクトロニクスの理事長を務める神楽坂悠元と申します。ここからはそちらにいらっしゃる司波が担当される事業―――魔法核融合炉、通称[恒星炉]を主体とした新事業についてのご説明をさせていただきます」
少年―――悠元の登場に騒めくメディア。何せ、九校戦ではあの[クリムゾン・プリンス]一条将輝を完膚なきまでに破った著名人の一人。そして、かの英雄の一人である神楽坂千姫と同じ名字を持つ人物。
その彼が聞き慣れない会社名の理事長を名乗り、更には[トーラス・シルバー]の片割れが参加する事業の説明をするというのだから、騒めかない方が無理な話だ。
「魔法核融合炉―――[恒星炉]による事業ですが、現在既に発電用・工業用の水素ガス供給を開始しており、一部はインド・ペルシア連邦やアラブ同盟向けに輸出されております。日本国内への水素ガス発電は伊豆・相模方面での実証実験の後、都心から順次にカバーしていく計画となっております」
核融合による発電、その発電によって生成される水素ガスの利用、海水の利用に伴う浄化による海水中の有害物質の抽出。[恒星炉]による事業の内容を係員による簡単な動画の放映も交えながら行われた。
流石に報道陣の中には悠元の説明を遮る様な愚か者はおらず、一通りの説明に区切りがついたところで工業系業界紙の記者が問いかける。
「核融合発電による直接送電は将来的な計画の一つとされていますが、具体的な段取りは決まっていらっしゃるのでしょうか?」
「既に実現へ向けた工事は進んでおりますが、[恒星炉]は既存のエネルギー供給システムを生かしつつ災害に強いライフラインの一環として位置付けております。ですので、早くとも数年以内に目途がつく形となります」
「核融合炉の稼働には、相当数の魔法師が必要になると思われますが」
今度は魔法産業関連の記者からの質問だった。
「仰る通りです。プラントの立地上の観点から、事業に参加される魔法師の方には離島もしくは海上基地への移住をお願いして頂くことになります。既に事業化されている分野についても、魔法師当人の了解を得た上で離島への移住を実施しております」
原作ならば反魔法主義のメディアが噛みついただろうが、昨春の一件はおろか『第一賢人』の件で失点を稼いでしまっているし、そういったメディアは意図的にお断りしている。なので、会場に来ている報道陣は魔法に対して好意的ないし中立、あるいはあまり関心を示していなかったメディアとなる。
イエスマンで固めたことで『報道の自由に対する横暴だ!』と騒ぎ立てるだろうが、大体先に失点を犯したのはメディアの側であり、悠元が行ったことは法の範疇で片が付く話。
「唐突な質問ですが、ディオーネー計画へ協力される可能性はあるのでしょうか?」
ここで質問を投げかけてきたのは、魔法産業系雑誌の記者。きちんと断りを入れた上で問いかけたのは、[トーラス・シルバー]がいなくなって新事業の話一辺倒になっているため、肝心のディオーネー計画への対応をどうするのかという疑問が浮かぶのは至極当然だろう。
悠元は達也に視線を向けると、それで察した達也が頷いたので悠元が問いに答える。
「では、その質問に対して[トーラス・シルバー]のハードウェア設計担当の上条洸人こと私がお答えします。既にプロジェクトが進行しており、ここにいる三名ともに新事業の中心メンバーとして参加しております。よって、素晴らしい大義名分が掲げられているとしても、この国を強き国にするための大事な事業を放り出すという中途半端な事など出来ません」
「……今述べられたことは事実ですか? あなたも[トーラス・シルバー]であったと?」
躊躇いがちに別の記者が尋ねたので、それに対して悠元はハッキリと答える。
「ええ、そうです。それに、今年の4月中旬に宗谷海峡で起きた小規模の衝突を起こした原因が新ソ連側にある以上、かの国が積極的に平和を唱えるという名分で参加しているディオーネー計画そのものにも、私は大変疑問を抱いております」
「では、今後USNA側から参加の打診が来たとしても、お断りする方針だという認識で宜しいのでしょうか?」
「その認識で構いません。繰り返しになりますが、既に私だけでなく、ここにいる司波と牛山もプロジェクトの中核メンバーとして参加しております。この国の強き将来を作る為のプロジェクトに参加しており、既に一部が事業化している状況で他の大型プロジェクトに関与できる余力などない、と申し上げさせていただきます」
マンションでの会話では[トーラス・シルバー]を明かさないという方針で話をしていたが、ここに来ての方針転換に疑問を抱く人間がいると思う。別に悠元が乱心したわけでもやけっぱちになったわけでもない。元々、悠元が[トーラス・シルバー]であるという事実は、どの道公表する予定だったものを前倒ししたに過ぎない。
では、何故ここでその事実を公表したのか。理由は簡単で、『ここで発表しても問題なくなった算段が付いた』からに他ならない。もっと端的に言えば『トーラス・シルバーそのものが解散した以上、どうあってもディオーネー計画に参加する前提条件が消滅した』というもの。
それに、この世界の[恒星炉]は既に一部が事業化している為、本格的な事業としての稼働として元々携わっている面々が抜けるようなことなど出来ない。勿論、それに見合った報酬や対価は達也や牛山を始めとした関係者に支払っている。
達也の為人を知らないからこそ、大人たちは名誉や栄光という若者なら飛び付きそうなものを選んで達也に押し付けようとした。実際的に金銭面や生活面での保障が十分にされていたとは思えないし、その用意があるとも思えなかった。
そもそもの話、追い出したい相手の環境整備なんてこれっぽっちも考えられていなかっただろうと思われるが、その側面が達也の『ESCAPES』によって表面化した。名誉などの“社会的な付加価値”を考慮しないで見ることのできる者にとっては、魔法師にとって悪夢を生み出す事業でしかないと一蹴された。
USNAと新ソ連の接近を脅威と見たり、魔法の平和利用を狭めるような動きを警戒したりと様々な要因が重なる形だが、諸外国の動きが新ソ連の暴発を招く結果となった。
とどのつまり、『達也が戦略級魔法師である』という一点だけで立てられた計画なだけに、今と直近の未来だけしか見えていないお粗末さ。その先に待ち受けるであろう最悪の可能性を無視した悪魔の所業。
それでもUSNAがエドワード・クラークを迂闊に切れないのは、彼が[エシェロンⅢ]の開発者の一人という事実が重くのしかかってくる。それに、ディオーネー計画自体も進んでしまったがために今更国際魔法協会を止めるための交渉材料が存在しない、という事実もUSNAがエドワード・クラークを即座に切れない理由に繋がっている。
加えて、『第一賢人』ひいては『七賢人』そのものがアメリカ国内で完結出来ていた存在だったのに、レイモンド・クラークの暴露で世界に知らしめてしまった。顧傑の時のようにUSNAが処断すればいいのに、その正体を知る人間はごく僅かしかいない。それこそ、政府高官は[フリズスキャルヴ]の存在を把握しているが、そのオペレーターを把握しきれていない。
原作と違って[フリズスキャルヴ]がヴァージニア・バランス大佐に渡ったが、エドワードは情報の漏洩を危惧してレイモンド以外のオペレーターアカウントを停止した。とはいえ、バランスに渡した端末はまだ生きていて、大統領にとっては有益な情報源なのは間違いないが、細心の注意を払った上で運用しているとみられる。
セリアの持っていた端末も[エシェロンⅢ]を覗ける為に動かすことは可能だが、本人曰く『あんな曰く付きの端末を今すぐにでも壊したい』とのことで、使用するにしても世界のファッション分野やリーナ関連に限定して使用している為、ボロが出る可能性は低いとのこと。
「トライローズ・エレクトロニクスの情報につきましては、先程公式のウェブサイトを開設いたしました。更に、本日午後に政府の発表で先程お話したプロジェクトについての発表がありますので、詳しい内容につきましては其方へお問い合わせをお願いいたします」
そして、締めくくりに放たれた悠元の言葉で、メディア陣が更に騒めく。日本政府の発表をいち早く掴みたいという思いが走ったのか、政府向けの取材を絶好の場所で撮りたいという思いから、係員による閉幕の言葉で堰を切ったかのようにメディア陣が足早に会場を去っていく。
◇ ◇ ◇
「……現金な連中だこと」
「あそこで御大将が特大級の爆弾を落としましたからね。何にせよ、これからも頼みますぜ主任に御曹司」
「だから、主任呼びは止めてください」
会見に付き合ってくれた牛山に対して愚痴を零す様に放たれた悠元の台詞に、達也は思わず苦笑を滲ませていた。何にせよ、まずは[トーラス・シルバー]自体が居なくなったので、ディオーネー計画の参加リストにあった人物がいなければ参加する義理は無くなった。
とはいえ、言質を取ろうとエドワード・クラークが来日するのは確実。普通ならば他の協力者の了解を取り付けて達也の包囲網を狭めればいいものを、そこに考えが至らない時点で達也の持つ“
「ディオーネー計画は直近のUSNAの未来しか見ていない。そんな我儘に付き合う道理などない。そもそもの話だが、仮に計画が進行するとして誰が音頭を取るんだ、って話になる」
「普通に考えれば、そのエドワード・クラークなる人物じゃないんですかい?」
普通に関えれば、牛山が名を出したエドワードが計画の提唱者として音頭を取る。だが、彼が[エシェロンⅢ]の開発に関与しているとしても、その情報と権限で軍部を脅すことが出来たとしても、彼はUSNA政府に対して直接的な権力を持たない。ひいては、USNAという国家を直ぐに動かすまでの力を有していない。
加えて、非魔法師である彼が[十三使徒]と対等でいられるのは[フリズスキャルヴ]による情報の強みであり、彼が達也を直接殺す手段を有していない。それが原因でベゾブラゾフの暴走が起きてしまったということになる。つまり、彼の暴走の責任はエドワードにも波及する、ということになる。
USNAが戦略級魔法師を出して対等に出るとしても、国外に公表されていて尚且つ動けるのが“アンジー・シリウス”しかいないという現実。だが、肝心のリーナは達也と婚約している為、将来自由に動ける戦略級魔法師を喪うことになる。
尤も、その後のことはUSNAが責任を持って行うことであり、日本が責任を負う必要などない。仮にエドワード・クラークの件が片付いたら、“原作のその後”のUSNAは達也に頼らざるを得ない状況になっていたと推測できてしまうだけに。
「寒冷期のドサクサで東欧や中央アジアに侵攻し、沖縄の件で佐渡に侵攻した挙句、横浜の時も佐渡に対して軍を派遣して、とどめに宗谷海峡の件だ。名を使ってる時点で“拘っている”にも等しいが、ここまでやっておいて平和を語るなど、頭の湯気で水蒸気発電が出来るんじゃないかと思うわ」
「……御曹司、大将も大変ですね」
「ええ、その通りです」
誰が音頭を取るにしても、絶対に揉める案件なのは間違いない。一番の被害者は誰なのかと問われると、達也よりもUSNAの大統領のほうが間違いなく上に来るだろう。なお、最近ストレス解消で大統領執務室に丸太が置かれ、表面の木皮は剥がれ落ち、彼の拳の跡で減り込むほどだった。
「何にせよ、まずはディオーネー計画を完全に頓挫させる。向こうの連中が騒ぐだろうが、人の夢にケチをつける意味を本気で理解させてやる……なんだよ、二人とも?」
「いやはや、流石は御大将だなと思いまして」
「そうですね。悠元にしか出来ません」
「お前らなあ……」
何にせよ、まずは『STEP』の第一歩が踏めたということで安堵したい気分だが、まだ予断を許さないという予感をひしひしと感じ取っていたのだった。
悠元が正直に[トーラス・シルバー]の正体を明かしたのは、上条洸人自身がビジネスネームとして機能している点が一つ。[恒星炉]のハードウェア部分を一手に引き受けていることからすれば、彼の機嫌を損ねれば[恒星炉]の技術は一切手に入らないという“警告”も含んでいます。
これでも魔工技師としての名を明かしたにすぎず、戦略級魔法師として名を挙げたわけではありません。とはいえ、将輝が国家公認戦略級魔法師となれば、自ずと疑いが掛けられることも想定の上だったりします。
仮に暗殺という手段を取った場合、相手の国家を魔法ではなく実体経済で社会的に嵌め殺す手法を取れるのも一つの強みだったりしますが。