期末考査も終わり、いよいよ九校戦だ。
九校戦―――全国魔法科高校親善魔法競技大会。
北海道、東北(宮城)、関東(東京)、北陸(石川)、東海(静岡)、近畿(兵庫)、山陰(島根)、四国(高知)、九州(熊本)にある魔法科高校の代表が一堂に会する魔法競技大会で、スポーツとしての側面が強い。前世で言うところの“夏の甲子園”クラスともいうべきメディア規模で特集も組まれ、競技自体もテレビ放映されている。
将来の国を担う魔法師同士を競い合わせて相互のレベルアップを図る―――そして将来的に指導する側の人材不足を解消していくという狙いがある。本戦5日、新人戦5日の10日間、各校の選手は鎬を削って己の実力をぶつける。
九校戦は国防軍富士演習場南東エリアにて行われ、毎年10万人規模の観客動員を見込んでいる。限定メニューを出す屋台や各国料理のキッチンカーが並ぶだけでなく、各国の魔工メーカーの新機種展示なども行われている。
その意味で国内の政府関係者や魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも多くの観客と研究者とスカウトを集めるほどの一大イベントでもある。
こういった催しを通して国防軍が怖い存在ではなく、国を守る存在として身近に感じてほしいという狙いもあるのだろう。前世でも自衛隊が祭りなどを催していたことから、力のあり方はただ相手を倒すためだけではない、と知ってほしいという思惑が見て取れる。
ただ、そういったところを見ずに騒ぎ立てる自分勝手な連中は一定数いるのだが。
“物語の外側”から競技をする側になるというのは稀有過ぎると思う。そんな自分の担当種目なのだが、先月の段階で克人から呼び出しを受けた。その場には真由美と摩利も居合わせ、4月のような状態となった。尤も、その時は生徒会室であったが。
遡ること1ヶ月前。その時はFLT絡みで少し忙しくしていた時のことだった。
その日は珍しく生徒会がない日(悠元が数日分の決済書類を会長の承認待ちにしてしまったため)ということで早めに帰ろうとしたのだが、真由美から呼び出しを受けて中に入ると、既に克人と摩利もいた。
「失礼します。って、会頭に委員長もですか……また厄介ごとですか?」
「大丈夫だ、三矢。まあ、頭を悩ますことなのには違いないが」
厄介事ではない、という克人の言葉を信じつつ、誰も座っていない側の中央に座った。すると、真由美が話し始めた。
「お願いなんだけど……悠君には、試験の如何に関わらず九校戦に出場してほしいの」
「いきなりですね。というか、通常なら試験の結果を受けて九校戦の代表メンバー選定を行うはずでは?」
「無論その通りだが、今年度の新入生総代であるお前が手を抜かない限り代表落ちはないだろう。その点では七草や渡辺も同意見だ」
確かにその通りではあると思いつつ、いきなり感は否めない。だが、克人は先んじて数名の有力な人間には既に声をかけている形だと説明した。その中の一人として悠元に声をかけたということを理解しつつも、思い切って尋ねた。
「それで、自分はどの競技に参加の打診を?」
「それなんだがな……私達も正直決められなかった」
決められない、という摩利の言葉に悠元は首を傾げた。
先日のブランシュの一件からてっきりモノリス・コードあたりを推薦するものばかりと思っていた。克人のファランクスを破っている以上その流れが妥当かと思ったのだが、そうでもなかったらしい。その理由を真由美が説明した。
「理由はね、悠君の魔法特性を私達は知らないの。悠君の姉二人の魔法特性や出場してた競技は殆ど違うから推測できないし、十文字君との模擬戦だってたった一発で終わっちゃったから」
「自分も一撃で決まるとは思わなかったがな……だから三矢、選択肢はお前に委ねる。この際、お前に対して本戦と新人戦の区別はつけない。先日の一件を無傷でこなしたお前なら、本戦と新人戦問わずにどの競技でも優勝を狙える位置にあると思っている」
これは正直意外だった……最初は新人戦2種目かと思ったのだが、本戦出場でも問題ないと克人は断言した。とはいえ、本戦モノリス・コードには主力メンバーが固まっていることを考えれば選択肢から外れる。
なので、ここで気になることを投げかけた。
「ちなみに、エンジニアの候補メンバーは8人揃ってるんですか?」
「え? どうしてそのことを?」
「大事なことだからです。俺は知ってるんですからね? 姉達の忠告を無視してエンジニアの育成をしなかったこと。それを二人から揃って聞いたので」
悠元の問いかけに3人の言葉が詰まった。どうやら全員心当たりがあるようだ。それもそのはず、先代会長とその前の生徒会長二人が引き継がせる際にその辺りのことを真由美、克人、摩利に伝えていた。
摩利は大雑把だから忘れやすく、克人は家のこともあるので無理はさせられない。そうなると残ったのは真由美なのだが……それをしなかった理由は昨年の九校戦女子クラウド・ボール決勝の一件だろう。
「美嘉姉さんはこう言ってましたよ? 『摩利と克人は仕方ないけど、どうせ真由美のことだから私に負けた腹いせで忠告破ったんでしょ。それで三連覇なんてよくほざけるね。馬鹿じゃないの? 九校戦ナメてるの? そんなんじゃ三高に総合優勝取られるよ?』と」
「七草……」
「真由美、お前というやつは……」
こればかりは克人も摩利も若干呆れたように真由美を見つめていた。言い繕うこともできず、真由美は駄々をこねるように言い放った。
「ふみゅうう……だってぇ、悔しかったんだもん!」
「でももへちまもありません。いい加減にしてください」
「……は、はい……ごめんなさい」
……何で説教しなきゃいけないんですか、年下の俺が。しかも生徒会長に。視線を二人に向けると、克人は瞼を閉じて黙り込み、摩利は苦笑しながら態と視線を逸らした。姉二人から『今の3年はある意味融通が利かない連中ばかりだから』と言われた意味が少しばかり分かる気がした。
こればかりは仕方ないな、と思いながら一息吐いた上で真剣な表情で告げる。
「では、本戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクと新人戦モノリス・コードへの出場を希望します」
その二種目を選んだ理由は簡単。前者は本戦のほうがポイントが高くなることと、連中の妨害が原作通り行われるのなら片方は本戦のほうが都合がいい。万が一自分のCADに『アレ』を仕込まれても、自分ならその対抗術式で対処できる。
後者の場合、万が一大怪我に繋がる様な妨害があっても対処可能な点。それと、三矢家の家業から連中の客に対してのアプローチが可能ではないかと踏んだ。
最悪闇カジノに参加した連中の身元全部暴いて、全世界に向けて『テロリスト支援者』のレッテルを張った上でリークすることも視野に入れる。『無頭龍』のやっていること自体は非人道的なので、それを認めているもいないも関係ない。胴元をある程度信用してないと
もし連中だけでなくその背後にいる彼が自分の前に姿を見せた場合、次は確実に“消す”。先日の一件はいわば“警告”ともいうべきもの。
これで『無頭龍』が予定通り妨害した場合……その時が連中の『絶望へのゴール』である。
「……わかった。それで話を進めよう」
「まったく、エンジニアの話をしようとしたら不機嫌になっていた理由がそんなんだったとはな。真由美、一度来てもらって説教されたらどうだ?」
「摩利!? 美嘉さんのお仕置きは洒落にならないから冗談でもやめて!」
「あ、それなんですが……佳奈姉さん、ある程度代表メンバーが決まるぐらいで来るそうです」
克人はひとまず仕事が終わったことに一安心といった表情を浮かべる。
摩利は溜息交じりにそう呟き、真由美は珍しく慌てるような表情を見せていたところに放たれた悠元の衝撃的な言葉。
それを聞いた真由美は顔を青ざめており、アニメでよくある『全身から流れる冷や汗』が見えたような気がした。
「……え? マジ?」
「マジです。まあ、日にちは言われてないので、いつかは解りませんが……逃げたら探ってでもガチで追いかけてきますよ。例え七草家に引き籠っても同じかと。言っときますけど、説得はできませんから」
佳奈は強力な『
あえて言おう。“詰み”であると。
◇ ◇ ◇
神奈川県厚木。三矢本家の屋敷の書斎にて、元は考え込んでいた。
彼の目の前にあるのは一台のモニター。その画面には文字の羅列が書かれていた。すると、ノックの音が聞こえる。
「どうぞ」
「―――失礼する」
「失礼いたします」
立ち上がって入室を促すと、書斎に入ってきたのは上泉家に婿入りした次男、元継の姿であった。
元が座るように促すと、元継は応接用のソファーに元と向かい合うような形で座り、彼と一緒に入ってきた女性―――元継の妻である
「元継、態々群馬から済まない。千里殿もご迷惑をお掛けする」
「お気になさらず。今日は東京の別宅から来ましたので」
本来なら自分の息子に頭を下げるということはないだろう。だが、今の元継は上泉家の人間。上泉家は第三研のオーナーであり、三矢家のスポンサーでもある。そうである以上、元として礼を失するなどあってはならない。
それを理解したのか、千里はやんわりと返したのを見つつ、元継が問いかけた。
「……それで親父、この時期にジジイじゃなく俺を呼んだのは、九校戦か?」
「ああ。香港系列のシンジケート『
元はブローカー仲間から闇カジノの噂を仕入れ、悠元から提供された『
これほどのことをハッカーなしにできてしまうことに、元は悠元に対して内心感謝をしていた。三矢家の役割を果たせるという意味を重く受け止めつつ、彼に対するFLTの株式の件も代理保有を快く引き受けた。
とはいえ、表沙汰にもできないので他のブローカーとの繋がりは現状維持となったままだ。
「……成程。今年は一高にとって前人未到の三連覇がかかっている大事な時期……それを自分たちの身の保身と金で汚すというわけですか、下衆共が」
「ブランシュとは別口のようにも見えるが……いや、大本は繋がってるな。悠元を襲おうとした連中は大陸系の『ジェネレーター』だったわけだし。そういや親父、この前九島閣下がいらっしゃったみたいだが……悠元絡みか?」
千里は誰にも憚ることなく連中を切り捨てるように吐き捨て、元継はそれを横目で見つつも先日悠元を襲おうとした連中の素性を呟きつつ、元に九島烈の来訪のことを尋ねた。
「それもあったと言うべきだな。九島閣下は四葉が魔法師を兵器ではなく人間として見始めたことに疑問を持っておられた。それと四葉の強大さも危惧されていた……ここだけの話だが、私は“論外”と思う。四葉に追随する形でほかの十師族が力をつけねばならないと解ったからこそ、私は悠元を自由にさせている。結果として、お前たちも良い影響を受けたことだろう」
元はあの襲撃で当主と一族の半数近くを失いながらもここまで強大化した四葉の強かさは見習うべきだろう、と述べた。人道的の是非はあれども、この国の魔法使いは光と闇を抱えている。それは三矢家とて例外ではない。
今の敵は内ではなく外。なればこそ、四葉を落とすのではなく手を結び、それに並ぶような勢いで強くなること。それを考えない時点で烈の考えは旧世代的だと元は考えている。表沙汰にはしていないが、3年前に新ソ連の佐渡侵攻を受けた一条家の現当主も元の意見に同意した。
「ああ。兄妹みんなが悠元の影響を受けた……無論、俺もだ。アイツは『大したことなどしてない』と言うだろうが」
「私ですら動かせなかった爺様を動かしたのです。あの子は、間違いなく大物になりますよ」
「そうか……話を戻すが、九校戦が始まる前に現地入りをしてほしい。私は九校戦が始まってから動くことになるからな」
元は三矢家当主。十師族である以上は動けば目立つ。なので、自分の子ども達にそのフォローを頼み込むこととした。その意味を無論元継も理解したうえで頷く。
長男の元治は留守の関係で動けないが、元継、詩鶴、佳奈、美嘉に加えて上泉家から千里の5人を前もって九校戦の会場に送り込む。それと、元は“彼ら”にも念のために打診をしようと動くのであった。
「俺たちの…三矢の集大成と言うべき弟だ。元々観戦には行こうって話になってたからな。爺さんも張り切ってたわ……危うく“アレ”を使わせるために教えそうだったから門下生総出で止めたが」
「全く、いくら悠元君が可愛いからって御祖父様の『
千里が隠しつつも言い放った言葉―――それは上泉剛三もまた非公式の戦略級魔法師の一人であること。彼の魔法は下手すれば一発で一国が滅ぶレベルの力を持ち得ながらも秘匿する。
それを抜き放つときは国を護るとき、とそう決めた魔法を悠元に教えようとしたことに、元継と千里は揃ってため息を吐き、それを見た元は事情を察して引き攣った笑みを浮かべたのだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ~、暇だねえ」
「まるで事件が起きてほしいような口ぶりで言わないでください」
「はいはい、解ってるよ
夜の高速道路を走る一台の車には、気怠そうに話しつつ運転する男性と、助手席に座る生真面目そうな男性の姿があった。
この二人は警察省の警察官であり、運転手が警部、助手席に座るのが巡査部長なのだが、年齢は運転手が年下。なので、助手席の人物は敬語を使いつつも説教めいた言葉で喋ることがよくある。年齢以上にその人物のいい加減さもその原因にあるのだが。
運転手の男性は、冗談でも言って良いことと悪いことがある、と助手席からの説教めいた言葉をあしらったところで、車内に取り付けられた連絡機に着信を知らせる音が鳴った。ただ、その着信音は登録外からのものだったことに首を傾げるような素振りを見せる。
「ほら、言った傍から起きたじゃないですか!」
「俺を疫病神みたいに言わないでくれ……もしもし、どちら様です?」
『突然の連絡を失礼する。私は三矢家当主、三矢元だ。
「三矢……十師族の……」
稲垣と呼ばれた男性が声を荒げると、男性―――千葉家現当主の長男にして統領である千葉寿和が窘めつつ通話ボタンを押す。すると、そこから聞こえてきた『三矢元』と名乗る人物に稲垣は驚きを隠せなかった。一方の寿和も気を引き締めつつ尋ねた。
「いかにも、自分が千葉寿和です。しかし、十師族の当主が百家本流の人間に連絡とは驚きましたが、どうやってこの連絡先を?」
『そこは魔法使いの守秘義務というものでな。警察の方相手でもそれは教えられぬ相談。さて、早速本題に入るのだが……其方を警察官ではなく“
「……それは穏やかではないですね。実家には?」
『上泉に行った息子が話を付けにな。貴殿の弟にもこの話は通している』
寿和は元が自分だけでなく弟にも打診していることに内心驚愕する。しかも、千刃流からすれば本流の新陰流の人間が動いていて、恐らく実家の当主である父親もその話を了承するだろう。そうなるとここで駄々を捏ねるべきではない……そう判断した寿和は元に問いかけた。
「……では、今から其方に出向いたほうが宜しいでしょうか?」
『そうしてくれると助かる。では後ほど』
通話が切れたことを確認すると、気持ちを切り替えるように寿和が稲垣に言い放った。
「……というわけで、稲垣君。定時パトロールは一端中断して、このまま厚木までドライブだ」
「やっぱり厄介事じゃないですか。警部、一度お祓いしてもらった方がいいんじゃないですか?」
「そりゃないよ、稲垣君」
こんな疫病神を上司に持ってしまったことを恨むような口ぶりで稲垣は愚痴るが、それをあしらいつつも寿和は車を飛ばして一路三矢本家のある厚木に向かったのだった。
総合優勝を逃した経験がある人とそうでない人の認識の差。
三矢家が本格的に始動。
そして、千葉家の人間も九校戦に向けて動く。
逆に考えるんだ。『正攻法でも勝てないわけじゃない』のだと。