魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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意外な援護射撃

 悠元と達也は、牛山と会場の設営に協力してくれたスタッフを労い、更衣室で制服のロングブレザーに身を包んだ。なお、龍郎には声を掛けないつもりらしく、この辺は達也自身の感情というよりは深雪の心情を慮ってのものだと感じつつ、悠元が乗り付けたエレカーで第一高校に向かう。

 運転席に悠元が、助手席に達也が座って走り出すと、悠元が尋ねた。

 

「そういや、今週末にエドワード・クラークが来日するらしいが、その関連の話は来ているのか?」

「ああ。燈也から土曜の午後に日本魔法協会での会談を打診された。燈也曰く『ハッキリと断るいい機会だから』ということらしいが、確かにその通りだと判断して話を受けた」

「まあ、こちらからアメリカに出向く方が支払うリスクも大きいからな」

 

 暗殺や襲撃などのリスクを鑑みても、エドワード・クラークが態々日本に来て、しかも日本魔法協会が会談をセッティングしてくれるのだ。そこまでのお膳立てをされた以上は断る理由もない、というのが達也の出した結論だった。

 燈也から話が来たときは流石の達也も驚いたが、燈也の婚約者の一人が五十嵐家で、しかもその母親が日本魔法協会会長の前任者。となると、現在の会長である十三束翡翠と繋がりがあっても不思議ではない。

 

「ちなみにだが、悠元。そのことに何か仕掛けていたりするのか?」

「どの道バレることだからいいけど、SSAのディアッカ・ブレスティーロ大統領を招待した。更にフランスのヴィクター・セナード大統領とドイツのクルト・シュミット首相も金曜に日本へ到着する」

「それはまた大層な顔ぶれだな。一体何をする気なんだ?」

 

 SSAだけでなく、東西EUでも有数の国家の元首までも招待したという悠元の言葉に、達也はどういった意図を持つのかが気になった。

 

「決まってる。東西EUを合併させて欧州に対新ソ連を見据えた連合国家を樹立するためだ。その為の根回しは既にやっているが、その第一歩としてフランスとドイツで[恒星炉]に関する条約を結ばせる」

 

 現状、欧州における魔法のパワーバランスは国際魔法協会の本部があるイギリスが一歩抜きんでている。旧EU各国内で戦略級魔法[オゾンサークル]の起動式が共有されているが、独自の戦略級魔法を有したいという欲目から、ドイツというかローゼン・マギクラフトがレオやエリカにちょっかいを掛けて大目玉を食らっていた。フランスの場合はエフィア・メンサーを嫁がせることでコネクションを形成させることに腐心した。

 

「イギリスの面子を潰す格好になるが、そんなのは俺の知った事じゃない。そして、ブレスティーロ大統領にはその立会人となってもらう。対価は輸出用の[恒星炉]になるが」

「成程、[恒星炉]を軸とした共同条約をフランスとドイツで結ばせるという訳か」

「そういうこと。立地条件の関係でベルギーやオランダにも関与してもらうけど」

 

 [恒星炉]の基幹技術については無償提供するが、そこから先は日本政府とのライセンス契約という形で国家間交渉のレベルになる。これまでエネルギー資源を輸入する側だった日本が輸出する側となり、契約による利益は莫大なものとなる。

 既存のエネルギーとの兼ね合いをするために、この国では『災害時のライフライン確保』という理由で既存のエネルギー発電施設は更新しつつも使用し続けることが決まっている。

 

「イギリスを含めなかったのは、ディオーネー計画のことがあるからか?」

「それもあるが、一番の理由は“時計塔”の連中への報復だな」

 

 剛三との旅行でイギリスを訪れた時、英美の実家であるゴールディ家を含めた複数の古式魔法の関係者が襲撃してきたので、全員地面に脳天から埋めてやった。ちゃんと呼吸する用の穴は確保していたので、それで死んだとしても責任は取れない。

 なお、剛三に至っては全員“お星様”にしていた……生死の如何なんて、今更問うことは出来ないだろう。そもそも、一つの戦いで100万の兵士を殺した人間からしたら、数人も数十人も誤差の範疇なのかもしれない。

 そんな風に思ってしまうあたり、自分も転生前の価値観が完全に擦り切れた形だが。

 

 伝統を重んじる者からすれば、より効率化された革新的な動きを嫌う。古今東西、技術のみならず人種や宗教、思想などといった多種多様の要素で起こり得ていたこと。これが更に先鋭化されたのが“なろう系”における成り上がりや逆転劇に他ならない。

 神楽坂家や上泉家の場合は出始めの時点で天神魔法が完成され過ぎたがために、それをより効率化する革新的な要素を取り入れることに腐心した。それでも魔法の全てを十全に使える人間が限られている時点で、この魔法の開発者は『強すぎるが故に使い手を厳しく選ぶ』ことを重視したのかもしれない。

 

「英国の王室や政府への恨みはないが、こちらとしては人生の未来が懸かっている以上、向こうの言い分を認める気にもならない。そうだ達也。すまないが、エドワード・クラークとの会談は達也と市原先輩に任せることになる」

「別にそれは構わないし、寧ろお前に任せっきりでは立つ瀬がないからな。別件があるのか?」

「さっき言った国家元首たちと会わなきゃいけないのでな」

 

 現状は悠元がトライローズ・エレクトロニクスの理事長―――代表取締役を兼ねる形となる為、[恒星炉]に関する対外的な窓口は悠元を通さなければならない。フランスはまだしも、ドイツはローゼン・マギクラフトの件で負い目を負っている為、今回はハンス・エルンストの誼を通じてSSAからの申し出を受ける形での来日となる。

 基礎構造に関する部分は公表しても、肝心の輸出用人造レリック[マジストア]の製法は公表しないし、万が一軍事転用が出来ないようにブレーカー記述を仕込む。その辺については伝えるだけでなく、USNAや新ソ連、大亜連合への漏洩を防ぐために契約として書かれることとなる。

 

「しかし、[恒星炉]を軸とするとしても東西EUが統合できるのかという疑問があるのだが」

「普通はな。だが、新ソ連が[トゥマーン・ボンバ]の存在を隠さなくなった以上、欧州が蹂躙される可能性だって出てきた。それに、万が一マクロードが居なくてもいいように、フランスに戦略級魔法師を紹介しておいた」

 

 安全保障という観点では、現在緊張状態にある北欧・東欧の情勢を見たとしても、反魔法主義運動の過熱を勘案しても日和見など許されない。そして、悠元は一人心当たりのある戦略級クラスの魔法師をフランスに紹介するよう図らった。

 ウクライナ・ベラルーシ方面で暗躍する[ドラキュラ]と呼ばれる一人の少女。剛三によって鍛え上げられた愛弟子ならば、立派な抑止力として機能することになるだろう。

 

「そして、ローマ法皇猊下の声明を起点として欧州連合の再結集を行う。スイスは無論対象に入らないが、フランスとドイツを共同提唱国として欧州に一つの経済圏を再構築する。イギリスの扱いは両国に任せることとするけど」

「対応を放り投げるか。酷な事をするものだな」

「ただで手に入るものじゃないし、相応の対価を支払ってもらうのが道理だと思うからな」

 

 最終的には日本、インド・ペルシア連邦、アラブ同盟、アフリカ連邦、そして新生ヨーロッパ連合(仮称)による新ソ連包囲網を構築し、更には新ソ連内部の反体制派を活性化させて連邦体制をもう一度崩壊させる。これによって、大国の一角を完全に滅ぼす。

 そうなると問題はUSNAと大亜連合になるが、前者は今後の展開でマズいことになると確定しているし、後者は日本への敵意を収めている。だが、どうせ忘れた頃に再発するのは目に見えている為、もし何かやらかした場合は大亜連合に対して経済制裁のトラップを仕掛ける腹積もりだ。

 

「それと、USNA(むこう)にいるリーナたちには日本へ帰る時に一つ仕事を頼もうと思ってな。ヨーロッパに点在する反魔法主義の結社の拠点リストを意図的に各国の政府へ流して、制圧の協力をしてもらおうと思ってる」

「……リーナたちならば問題ないだろうが、その意図は何処にある?」

「欧州がディオーネー計画の参加に傾いているのは、その大本が反魔法主義による人権侵害の運動のせいだ。ならば、その大本をこの際駆除してもらい、ディオーネー計画への傾倒を阻止する」

 

 原作ならば日本に直帰していたリーナだが、帰る際にフランスを経由する形にしたのは、ヨーロッパ各国に点在する反魔法主義の拠点を潰すことで魔法師の人権抑制運動を逓減させることにある。USNAの戦略級魔法師“アンジー・シリウス”としても、新ソ連の西側に位置するヨーロッパ各国が動ける状態になれば、最終的にUSNAへの負担が減るという利にも繋がる。

 本来ならばジブラルタルにいるUSNAの戦略級魔法師が積極的に動くべきなのだが、欧州に見向きもしなかった結果として大陸ヨーロッパ諸国の魔法師に対する人権侵害に繋がった。

 

 ここでリーナもといアンジー・シリウスの魔法師としての功績を稼ぐことで、仮にリーナに対してスパイ疑惑が掛かったとしても、国家のために働いた戦略級魔法師をスパイ疑惑に仕立て上げた側の正当性が問われることとなるし、派遣を依頼した日本とUSNAの両政府への好感度稼ぎにも繋がる。

 乱暴な言い方をすれば、『お宅の戦略級魔法師が欧州の反魔法主義の抑止に貢献してくれたというのに、それをスパイなどと謳うのか? 正気か貴様?』ということにもなる。そうなると、その事実を否定したいUSNA政府と、その事実を肯定したいUSNA軍で意見の乖離が発生して、USNA国民の前に明るみになる形となる。

 こうなれば、反魔法主義としても好機と見て、ヨーロッパを脱出してUSNAになだれ込む形となるが、元を返せば彼らを利用して同盟国を嵌めようとしたツケが返った結果でしかない。

 

「欧州に一大勢力が出来たとなれば、新ソ連としても他人事じゃない。かの国の首都であるモスクワからすれば、日本よりも近い欧州の連合国家の方が脅威になってしまう。まあ、それで戦略級魔法を乱発するような事態になった場合、新ソ連の方が先に潰れることになるが」

「お前なら物理的に潰しそうな気もするが」

「面倒事になるのは御免だからパス」

 

 剛三との旅行の場合、大抵は剛三に巻き込まれる形か相手が先に襲撃してきたので某バンカーのように『やられたらやり返す。倍返しだ』の心情で対処したに過ぎない。尤も、剛三自らが関わった場合は百倍返しでも足りないわけだが。

 

 エレカーを学校の駐車場に停めて、悠元と達也は教室ではなく事務室に向かった。達也でも問題はないだろうが、悠元はここで護人・神楽坂家当主および師族会議議長としての立場を使い、『突然で済まないが、百山校長に会いたい』と申し出た。

 アポなしの面会希望など追い返されるか説教されるのが普通だが、流石に一高の職員は悠元と達也の事情を把握していたためか、対応は早かった。

 

 元々予定が空いていたのか、或いは態々空けたのかは不明だが、二人は直ぐに校長室へ通された。以前の面会では悠元の勘気を被っただけに、百山の表情は神妙なものだったのは言うまでもない。

 

「このような時間に突然の面会を申し出て、快く受けてくださったことに感謝します」

 

 そう切り出したのは達也のほうだった。悠元のほうは百山から聞かれるまで喋らないつもりのようで、この場合はまだ穏便に済む側が話す方がいいだろう、という達也の判断によるものだった。

 

「中継は見せてもらった。君たちがディオーネー計画への参加を拒んだのは、あの事業が念頭にあったものだったからか?」

「そうです」

 

 百山がFLTからの中継を見ていたとなれば話が早い、と達也は百山の問いに答える。

 

「魔法核融合炉エネルギーラインプロジェクト……もっと短い略称は無いのかね?」

 

 その問いかけに対して、ここで悠元が口を開いた。

 

「元々は『特型恒星炉太平洋循環エネルギー送電システム』、Especially Stellar drive CirculAtion Pan pacific Energy line Systemという名称を非公式に持ち、公式の名は『恒星炉システムに関する総合的魔法技術による経済活動およびエネルギーライン計画』、Stellar-generator system Totalize magical technology Economic and energy line Projectを訳してSTEP(ステップ)計画と呼称しています」

「成程、ステップか。前者の略称が何を意味するかは聞かない方が良さそうだな」

 

 悠元は意図的に『ESCAPES』の名を出さなかったが、百山はその意図を察した上で呟いた。無論、何に対しての第一歩なのかということも問いかけることはしなかった。

 

「神楽坂君。君が名を出したトライローズ・エレクトロニクスを含めた魔法恒星炉だが、どこまで信じてよいのかね?」

「一番早いのは公式のサイトをご覧いただくことですが、既に事業化している分野の対外貿易データを閲覧したいのでしたら、この場で提示いたしますが」

「……いや、それには及ばない」

 

 百山の口調を見るに、サイトに掲示されたデータに一応目は通したものの、どこまでの信憑性を有しているのかが読み取れなかったのだろう。確かに、昨春の段階では検証レベルのものでしかなかっただけに、そう思われても仕方がないと踏んでいた。

 彼は悠元の言葉を聞き、嘘や誇張ではないと判断したかのように、両手で体を支えるような形で座ったまま頭を下げた。

 

「……今回の件は、私が全面的に悪かった。実は先程、国立魔法大学の学長より厳しく叱責を受けていた。『百山校長は魔法界の未来を切り開く可能性を危うく摘み取る愚を犯すところだった』とな。そして、学長より君たちの授業免除の継続と魔法科高校卒業単位の保証、国立魔法大学への推薦を取り計らうように通達を受けた」

 

 まさかの国立魔法大学の方からの援護射撃に、これには達也や悠元も若干困惑していた。百山との以前の面会では魔法大学の名を出したが、特に大学側へ働きかけをしたつもりなどないため、恐らく総理大臣から文部科学大臣を経由して国立魔法大学の学長に働きかけをした線が濃厚だろう。

 

「私は、ディオーネー計画を魔法師にとって大変名誉あるものだと思っていた。だが、叱責を受けて改めて精査した……私は、教え子たちを地球から追い出す様な計画を信じ切っていたのだと思うと、魔法学の教育者として失格と言うべきなのだろう」

 

 第一高校の学長、それも魔法学の権威とも呼ばれる人間が自らの非を認めて謝罪だけでなく頭を下げた。別にそこまで求めるつもりもなく、ただ理解してくれればそれでよかった側からすれば、これはこれで困る反応とも言えた。

 なので、場を収めるという意味で悠元が口を開いた。

 

「こちらの事情を理解して頂けただけでも十分ですが、そう仰られる以上は甘んじて受け取ろうと思います。その“名誉挽回”になるかは分かりませんが……百山校長、今年中止になった九校戦の代替案となる魔法科高校交流競技会の呼びかけを魔法医療大学の付属校も含めた九校にお願いできますか?」

「……分かった。いや、畏まりました、神楽坂殿」

 

 流石に魔法医療大学の付属校にはまだ1年生しかいないため、いきなり本戦クラスに出すのは経験のアドバンテージが大きいので新人戦のみの出場となるが、それでも番狂わせが起きないとも限らない。何せ、悠元が自ら編纂した魔法教育理論に基づいて教育を受けている為、下手をすれば実戦主義の三高1年組はおろか一高1年組すら凌駕する可能性もある。

 

 今後、一高が総合優勝が取れなくなったとしても別に構わない。それぐらい歯ごたえがあればあるほど、競争心をより掻き立てることにも繋がる。それこそ、剛三が言っていた『最後に勝つ者は誰よりも諦めなかった者』に繋がるのだから。

 




 キグナス4巻を買いそびれていたので、買って読みましたが……東道青波がまだマシに見えるレベルで酷かったです。

 何が? 元老院が。

 魔法科高校の世界の平均寿命は分かりませんが、少なく見積もっても20年ないし30年しか生きないであろう老人が若者の人生を決める権利を奪っている様なものとしか思えませんでした。揃って大人しく老後の余生でも過ごせと言うのは暴論かも知れませんが。

 そして、“とある人物”の発言で十師族直系の人間も元老院の存在を知っている疑惑が浮上してきました。まあ、達也と深雪の場合は一時期四葉本家を距離を置いていたので、知らなくても無理はない話でしたが。

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