魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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物理的に耐えきった椅子

 校長室での話を終えて退出すると、悠元はそのまま生徒会室に向かう。達也も伊豆に帰ろうかと思案したが、そこまで急ぐものでもないと判断して悠元についていく形となった。他の生徒に見られないように、遠回りする形で4階の一番端の部屋に入った。

 

「そういえば、俺がいない間は悠元がいたんだったな。感謝する」

「生徒会の仕事は基本的にノータッチだけどな」

「いや、それが普通だと思うんだが」

 

 悠元がいたのはあくまでも深雪の機嫌取りの側面が強く、達也の[精霊の眼]から見ても深雪の様子はかなり安定していた。時折……いや、最近はかなりの頻度で深雪から激しい愛情を感じ取って意図的にシャットダウンすることが多くなった。

 性欲がない訳ではない達也にとって、妹(実際は従妹だが)の欲深さに溜息を吐くのと同時に、これがもし自分に向いた場合を想定した時……悠元に感謝せざるを得ない、というのが達也の素直な感想だった。

 

「達也、お昼はどうする? この分だと、食堂でもさっきの会見の録画が流れそうな気がするんだが」

「そうだな……とはいえ、お昼を抜くと深雪が怒りそうだな」

「ああ、それは分かるわ」

 

 幸か不幸か、生徒会室にはダイニングサーバがあるので、どこかで適当に昼食を済ませればいいかと結論付けたところで各々端末に座って時間を潰すことにした。そして、昼休みの時間となって駆け込んでくるように入ってきたのは深雪だった。

 手には複数人分の量と思しきお重を風呂敷に包んで持参しており、それを静かにテーブルに置いた上で悠元に抱き着いていた。

 

「お疲れ様です、悠元さん。勿論、お兄様も」

「ああ、ありがとう。見るからに達也の分も入っているようだが」

「はい。放っておくと食事すら平気で抜くお兄様を無視はできませんから」

「……まあ、有難くいただくことにしよう」

 

 流石の達也も長いこと一緒に暮らしてきた深雪に言われては苦笑しか出てこず、観念したような言葉を零した。すると、ほのかや生徒会役員でない雫、学年が違う泉美や香澄に理璃、水波まで姿を見せた。

 普段なら放課後の活動でしか使わない(九校戦や論文コンペなどの行事前を除く)生徒会室に何か用事があるのだとすると、その推測を悠元が口に出した。

 

「ここまで集まったとなると、FLTでの会見の録画をみんなで見ようってところか……覚悟を決めろ、達也」

「とうに諦めたことだがな」

 

 互いに溜息を吐きつつ呟いた言葉に、女子たちが笑みを零したり苦笑を浮かべたりと様々だった。結局、深雪が持参した弁当を食べつつ、モニターに流れた自分たちの会見の録画を見るという羞恥プレイに近い有様となった。

 

「そういえば、悠元。授業免除の件はどうなったの?」

「その件は継続というか、魔法大学から高校卒業と大学推薦を確約するように言われたそうだ。俺だけじゃなく達也も同様だが」

「それにしても、悠元兄も[トーラス・シルバー]だったなんて驚いたよ……言えなかった理由も察せるけど」

 

 雫からの問いかけに対して、事実をありのままに答える悠元。それを聞いた香澄が率直な感想を述べる。なお、泉美は完全に映像を見てトリップしている為、誰も率先して触れようとしなかった。

 

「私も吃驚したよ。雫は知ってたの?」

「まあ、当事者側に近い立場だし、一昨年のアレを見せられたら逆に納得出来たから」

 

 雫はここにいる面々の中でも悠元の魔法の実力と魔法技術の高さを目の当たりにしている。だからこそ、[トーラス・シルバー]の事実を聞かされても特段驚くような素振りは見せなかった。

 

「……雫さんの中で俺は一体どんな存在になってるんだ?」

「人類のカテゴリに収めちゃいけないジゴロ」

「別の人種扱いかよ」

 

 小学生の時から一般的な同年代の男子と隔絶した生活を送ってきたことは否定しないが、ジゴロの単語をまるで人の固有名詞のように扱うのはジゴロに対して失礼なのではないか、と思いたくなってくる。

 

「私は悠元お兄様が人でなくとも、愛しておりますので」

「……ものすごく反応に困る語弊はやめなよ、泉美」

「あ、あはは……」

 

 すると、我に返ったように放たれた泉美の言葉に対して冷静にツッコミを入れる香澄、それを聞いて苦笑を漏らす理璃。テーブルに突っ伏したくなる気持ちを抑えようとしたところで、右腕に柔らかい感触を覚える。その感触を齎した主はというと、言うまでもなく深雪であった。

 

「深雪さんや。慰めてくれるのは嬉しいが、人目があるから自重しなさい」

「私はただ癒したいだけですから」

「……好きにしてくれ」

 

 その後、その行為を見た雫と泉美に囲まれて身動きが取れなくなり、終いには深雪が水波まで巻き込んで四人相手に何とか理性を保った悠元。その時ほど、昼休みの終わりを知らせる予鈴の音に感謝したことはなかった。

 寧ろ『よく耐えきった』と座っていた椅子に対して褒めてやりたい気分になったのは言うまでもない……物に対して感謝するということがおかしいと言われてしまうと否定できない事実でもあるが。

 なお、女性陣が去った後に達也から「すまない」と労われたのは言うまでもない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 昼食は針の筵状態となりつつも過ごし、午後は演習場の一角で魔法の訓練をこなしていると放課後の時間となり、真っ先に姿を見せたのはレオとエリカだった。天刃霊装での手合わせの後、休憩を入れることとした。

 いつもならば行きつけの喫茶店に行くところだが、今日は悠元が車を運転しているために校内で完結する形を取ることとした。そして、差し入れのコーヒーとフルーツサンドは何とエリカが頑張って用意したらしく、その主な要因を察した上で悠元が言葉を発する。

 

「頂けるのはありがたいが、大方俺と達也による味見役も兼ねてか?」

「あはは、やっぱバレちゃうわね。で、お味はどう?」

 

 エリカからすれば、幼馴染に料理全般で負けてるような格好となる為、悠元に食べさせようと思ったのは贔屓の無い意見がもらえると思ってのことだったようで、悠元が食べる様子を見ていたのに気づきつつも、呑み込んだ上で声を発する。

 

「エリカが心配するようなことはないし、寧ろ美味しい……どうした?」

「ホント? 別に辛辣な意見でもいいのよ」

「武術や魔法なら厳しいことは言うが、他人の作った料理を無意味に貶す趣味はねえよ」

 

 某料理漫画のように『この料理を作ったやつは誰だぁっ!?』とか言い放ってクレーム紛いの文句をぶちまける料理人ではないのだから、味の良し悪しは判断すれど、そこまでハイレベルのものを求めるつもりはない。

 

「だって、前にウチの絡みで上泉家に行ったとき、詩鶴さんだけじゃなくて元継さんも料理が上手だったし。味もうるさそうに思ったから」

「いや、漫画やアニメの世界でしか存在しないような厳しい料理評論家になった覚えはないんだが?」

 

 確かに、身近(婚約者限定)で言えば深雪がずば抜けており、次点では夕歌とセリア、アリサに姫梨や真由美、その次位に沓子や雫が入ってくる。なお、ここで名を挙げなかったからと言って料理が下手というわけではないことは一応述べておく。

 

「万が一不味かったとしても、レオの前で言うのは流石に憚られるしな」

「そこまで気を遣われると逆に恥ずかしく感じるんだが……そういや、午前中の映像は見たぜ」

「ある程度締めだしてはいたんでしょうけど、バカを手玉に取るだなんて流石は悠元ね」

「エリカ……」

 

 流石に恥ずかしかったのか、レオは話題を悠元と達也の記者会見の録画映像に切り替えた。それに乗っかる形で放たれたエリカのオブラートが微塵も感じられない言葉に達也が思わず呆れるような素振りを見せた。

 すると、更に来訪者として幹比古と美月、佐那が姿を見せた。

 

「四人とも、ここにいたんだね」

「あら、三人でイチャイチャしててもいいのに」

「エリカちゃんに言われたくないんですけどね?」

「……美月がどんどん逞しくなっていきますね」

 

 エリカの為人を理解しているからこその美月の返しに対し、佐那が感心するような素振りを見せる。とはいえ、不意打ちでからかわれると慌てふためくのは言うまでもないが。

 そんな話はさておき、話題は再び悠元と達也の記者会見に移った。

 

「[恒星炉]を使ったエネルギープラントか。もっと分かりやすい名はあるのか?」

「公式の名はSTEP計画。Stellar-generator system Totalize magical technology Economic and energy line Projectの略称だ」

「成程、元々のプロジェクト名を略したというよりはステップに合わせて組み上げた感じかな?」

「ご名答だ、幹比古」

 

 レオの問いかけに達也が答え、それを聞いた幹比古が疑問を述べると、悠元が答える。ここには当事者二人がいるのだから、当然こうなってしまうのは言うに及ばず。すると、ここでレオが問いかけてきた。

 

「何に対しての第一歩なんだ?」

「魔法師の普遍的かつ基本的人権の確立、軍事一辺倒の魔法技術からの脱却、そしてこの国が抱えてきた数多の呪縛からの解放。それらを含めての『STEP』というわけだ」

「それはまたでけえな……」

 

 この中でレオの出自を事細かく知っているのは悠元とエリカだけであり、その彼が言い放った言葉にはあらゆる方面からの“脱却(エスケイプ)”を含んでいることに気付き、レオが率直な感想を述べた。

 話は演習林から校内のカフェテリアでも続くこととなり、そこからは生徒会(深雪、ほのか、水波、泉美、理璃)や風紀委員会メンバー(香澄、雫)も合流してきた。そこで改めてレオに答えた内容を述べる。

 

「そうなると、お二人とも学校はどうするのですか?」

「俺は普通に通うよ。そろそろ本格的に九校戦の代替に関する話を進めないといけないけど」

「俺の場合はもう少し落ち着いたら通うつもりだ」

「そうなんですか。よかったです」

 

 美月からすれば、とりわけ達也が同じクラスメイトかつ友人関係にあるため、このまま学校を辞めてしまうのではないかという不安が少しあったのかもしれない。すると、雫が何かに気付いて端末を操作していた。その動作に一区切りがついたところで悠元と達也に話しかけた。

 

「悠元に達也さん。父が会いたいって」

 

 悠元ならば雫絡みだと邪推する輩がいても不思議ではないが、達也まで絡むとなると『STEP』関連だと直ぐに察することが出来る。そもそも、雫も悠元の婚約者の立場だということは公然の秘密になっている為、特段問題はない訳だが。

 

「俺は問題ない。元々週末の予定は空けてるからな」

「俺も大丈夫だ。何時伺えばいい?」

「それなんだけど……悠元の都合に合わせるって」

「えー……」

 

 想定外の潮からの都合に対し、悠元は怪訝そうな表情と声を見せていて、これには周囲からも笑みが漏れるような雰囲気だった。とはいえ、時間を決めないことにはどうにもならないと判断した上で、雫に伝える。

 

「なら、日曜の昼過ぎに北山邸へ伺うと返信しておいてくれ」

「分かった」

 

 事前に達也からエドワード・クラークとの会談の時間は聞いているし、異なる日であれば特段問題はないだろう。懸念事項があるとすればレイモンド・クラークの存在だろうが、公人ですらない彼に一体何が出来るというのか。

 クラーク父子の情報による包囲網は既に想定している為、ならばこちらは実体経済による包囲網で締め上げていくだけだ。その意味でも[恒星炉]のスキームの一部を事業化したのは都合が良かったと言うべきだろう。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 エドワード・クラークの来日―――彼自身の目論見としては、多くの報道陣に注目して貰うことでUSNA政府の陰をちらつかせるとともに、達也への間接的なプレッシャーを掛けるためのものであった。だが、想定に反して報道陣の数がやや少ない様にも見られた。

 彼がその原因を知ったのは訪日の直前で、SSAのディアッカ・ブレスティーロ大統領、フランスのヴィクター・セナード大統領、そしてドイツのクルト・シュミット首相の三名がその前日に各々の政府専用機で来日する運びとなり、メディアの関心はそちらに向けられていた。

 

 ディオーネー計画への参加態度を示していない南アメリカ大陸国家の国家元首だけでなく、イギリスと同じ西EUの構成国であるフランス、そして東EUの中核を担うドイツのトップが来日するとなれば、彼らの狙いは[恒星炉]にあると読んでいた。

 達也を宇宙に追放したいエドワードからすれば、もしここで欧州がディオーネー計画からの離脱に動くとなると、間違いなくイギリスが東西EUから爪弾きに遭う公算が高くなる。こうなると、EUの存在意義だけではなく、イギリスに本部を置く国際魔法協会の意義にまで関わる話となってしまう。

 

 東京湾海上国際空港に降り立った三国の政府専用機は出迎えられたリムジンに各々乗り込み、警察省から派遣された選りすぐりの魔法師に護衛される形で都心へと入った。

 彼らの行き先はまず、首相官邸の特別応接室。そこで総理大臣と会談を行い、その後の四か国首脳による共同記者会見では、欧州で運動が激化する反魔法主義に対しての共同見解を発表。その際に先日、日本政府が[恒星炉]を含む次世代エネルギープロジェクトを発表した事に関する質問も飛んだが、今回の政府間交渉ではその分野に関する交渉は行わないと日本の総理大臣が返答した。

 

 次に向かったのは迎賓館赤坂離宮。その中で最も格式が高い“朝日の間”で三者を待っていたのは、公にトライローズ・エレクトロニクス理事長と名乗った神楽坂悠元その人であった。

 

「沖縄以来となりますが、お久しぶりですブレスティーロ大統領閣下にセナード大統領閣下。それと、昨年はそちらの国の人間がお世話になりましたね、シュミット首相閣下」

 

 ディアッカとヴィクターには英語を用い、クルトに対してはドイツ語で流暢に話しつつ挨拶をする悠元。これには三者も驚きつつ順番に握手を交わす。まさか日本人が複数の言葉をまるで母国語のように話したことから、同伴していた通訳も驚いていた。

 とはいえ、彼らの仕事を奪うのは忍びないので悠元は日本語で話す。

 

「態々お越しいただいたのですから、まずはお座りください」

「では、そうさせていただきましょう」

「そう仰るのでしたら、失礼いたします」

「……では、お言葉に甘えまして」

 

 今回、悠元が招待した三国の国家元首はいずれも直接面識を有する人物たち。ディアッカとヴィクターは言わずもがなだが、クルトの場合はバスティアン・ローゼンがまだ生きていた時に剛三を介する形で面会した。

 今頃、達也は日本魔法協会関東支部でエドワード・クラークと会談しているだろうが、補佐役として鈴音をトライローズ・エレクトロニクスの理事付秘書として同伴させている。物怖じしないという点では心強くある。

 それを思いつつも悠元から話し始める。

 

「ブレスティーロ閣下。先んじて今回の会談に関する内容をお伝えいたしましたが、こうして出向いたということは、承諾して頂けると解釈しても宜しいですか?」

「ええ、無論です。世界から見れば新参者の大統領ではあります故、判断は即決した方が良いと考えました。貴方と司波氏が参加なされる魔法核融合炉のエネルギープラント計画に南アメリカ連邦共和国の国家元首として賛同させていただきます。先んじて連邦議会も全会一致で日本政府に協力する方針で固まりました」

 

 ディオーネー計画を主導するUSNAに対し、日本との誼からSTEP計画を支持する方針に舵を切ったSSA。ディアッカはUSNAから横槍を入れさせないためにハンス・エルンストを派遣し、USNA大統領への親書を託した。

 

「USNAは何か言っておりましたか?」

「今のところは公にしておりませんし、先んじてうちの虎の子とも言える魔法師を派遣しました。仮に向こうの軍部が騒いだとしてもUSNA政府が認めないようにお願いはしております」

「分かりました。もしお力になれることがありましたら、遠慮せずにご相談ください」

「そのお言葉が聞けただけでも感謝に堪えません」

 

 かの英雄に育てられた少年。ディアッカの目の前にいる人物は、数年前に現地で襲ってきたゲリラ集団を瞬く間に鎮圧した。その腕前を誰よりも間近で見たからこそ、彼を単なる魔法師ではなくあらゆる災厄を跳ね除ける力を有する実力者として見ている。

 




タイトルが思いつかなくた結果、こんなタイトルになりました。
だが、私は(ry

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