魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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理想にしがみ付く者、現実を見据える者

 レイモンドはよろよろと立ち上がり、雫に「もう帰るよ」とだけ呟いて部屋を後にしていった。流石に悠元だけであの様ならば、達也への問答など死体蹴りにしかならないと踏んでのものだろう。悠元と達也に対して『まだ諦めない』と言いたげな視線は感じたが、悠元から厳しい視線を向けられて逃げるように出ていった。

 レイモンドの存在が屋敷の外に出たことを確認すると、悠元は気配の抑制をして一息ついた。

 

「ふう、流石に肩が凝りそうだったわ。雫、お茶を一杯貰えるか?」

「そうだね。悠元や達也さんたちの分をお願い」

 

 雫は使用人に声を掛けると、それを聞いた使用人が静かに出ていくついでに今まで開けていた扉を閉めていった。ようやく落ち着いたところで達也が声を発する。

 

「結局、俺への問答はせずに行ってしまったな。あの様子だと諦めていないようだが」

「みたいだな。折角だから何か見るか」

 

 悠元が手元にあったリモコンを操作すると、モニターに映ったのは番組に出ているエドワード・クラークの姿だった。先程のことで悠元が機嫌を損ねるのではないかと達也や深雪は思ったが、当の本人は逆に呆れるような素振りを見せていた。

 

『―――ですから、魔法を本当の意味で人々に役立てるのならば、宇宙開発で活用すべきなのです』

 

 テレビの中にいるエドワードは英語で喋っており、字幕が彼の台詞を同時翻訳している。

 

『魔法核融合炉は素晴らしい発明だと思います。しかし、それは燃料の補給が困難で太陽光の供給が不安定な、例えば木星の衛星上で用いられるべきです。核融合発電なら、衛星が公転によって木星の陰に入る時期でも安定的に電力を供給できます』

「魔法師でない人間が知ったふうな口を利くな、と言ってやりたいな」

 

 エドワード・クラークが述べているのは、STEP計画をディオーネー計画の下に見ているという優劣の差別が含んだもの。大体、電力を確保したとしても長期間滞在するための食料や水、それに居住環境に目途が立たなければ人が生活する上で意味がない。

 規模のスケールで言えばディオーネー計画に軍配が上がるのは確かだが、そもそも魔法師に対する扱いでいえば、不透明過ぎるディオーネー計画に対して透明性が極めて高いSTEP計画。夢やロマンという理想を除けば、真っ当な魔法師ならどちらを選択するかなど自明の理だろう。

 

『海洋開発は、他の技術でも十分代用できます。海上太陽光発電や地熱発電を使えばプラントに必要な導力は確保できる筈です。魔法という稀少な才能は、もっと有意義な用途に使われるべきなのです』

「……レイが言っていたことと被って聞こえるね」

 

 雫が率直な意見を口にした。悠元たちが来たときにはそこまで具体的な言葉を発しなかったので、恐らく二人で話していた時にレイモンドが述べていたことだろうと思われる。

 魔法の才能は個々の資質に依存するため、有意義な用途に使われる前に軍事の分野で用いられてしまっている。それを防いで社会的な貢献を積み上げるための手段が[恒星炉]だというのに、モニターに映る人物は建前を力説して魔法の平和的な利用は宇宙開発しかない、とでも言いたげな持論を展開している。

 まるで、『魔法師が自ら望む将来を選んではいけない』とでも宣うかのように。

 

「それで、悠元。今後USNAからの妨害は想定されるが、それ以外にも気を付けた方がいい部分はあるか?」

「新ソ連とイギリスの動き次第だな。特に前者はベゾブラゾフが計画に賛同しているような素振りを見せている以上、連中の工作が停滞すれば仕掛けてくるだろう」

 

 これは原作知識に限った話ではなく、この世界では悠元と達也によって[トゥマーン・ボンバ]の発動を阻害されている。大体、佐渡に関する事や宗谷海峡でやらかしておいて、達也を物理的に排除しようと目論まないということにはならない。相手の国家が“ソビエト”の名を使う限り、その野心と気質が簡単に変わっていないことの証左とも言えよう。

 悠元は『これ以上見る価値もない』と判断して別の番組に切り替えると、ディアッカ・ブレスティーロ大統領とヴィクター・セナード大統領、クルト・シュミット首相が揃って首相官邸の一室を借りる形で記者会見を行っていた。

 

『よって、我が南米連邦は真なる魔法の―――いえ、それを行使する魔法資質保有者の人権を守るという意味で、トライローズ・エレクトロニクスが進める魔法核融合炉事業に対する支援の意思を日本政府にお伝えしました。両側にいらっしゃる東西EUの中核を成すフランス共和国、ドイツ連邦共和国の国家元首の方々も我が国の方針に賛同いただけました』

「さて、世界はどう動くのやら……」

 

 [恒星炉]が齎す影響は並大抵のものではない。これまでのエネルギー産業システムに大きな変革をもたらすこととなる。SSAがいち早く支持を表明することで[恒星炉]技術供与のレースに先んじる形となった。

 そして、東西EUの主要国がSSAを後押しする構図が完成したことで、欧州諸国をはじめとした世界各国がどういった対応を取るのか。

 

 なお、事前に水素ガス輸出・水素発電技術の絡みでスペイン、イタリア、ギリシャ、トルコに打診したところ、好意的な反応が返ってきた。それとは別に、海岸線を有するポルトガル、オランダ、ベルギー、アイルランド、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ポーランドから水素ガスと発電技術輸出の打診を受けたが、ジブラルタル基地を有するUSNAからの通行許可が難しいとして回答を保留にしている。

 

 仮に国家間で融通するとしても、まずは旧EU諸国内で水素ガスに関する共同管理条約が必要となる。その為に、足掛かりとしてフランスとドイツで共同条約を結ぶことにより、ジブラルタルを通過せずともドイツで水素発電が出来るモデルケースを作る。そうすれば、ガスもしくは電力供給の融通を旧EU諸国間で出来るようになる。

 更には、イギリスもそれに加わるとなるとフランスとドイツの同意を得なければならず、更には海路での輸送となれば、大洋南部海上連携協定に関与している日本とSSA、インド・ペルシア連邦やアラブ同盟、東南アジア同盟の了解まで取らなければならない。仮にドーヴァートンネルを介するとしてもフランスが了解しなければ無理な話となる。

 仮に欧州方面でパイプラインを形成するとなれば、それだけで国家規模の公共事業として成立するため、イギリスの存在を無視してでも打診をしたのは自国に対する利益を最優先した結果とも言える。

 

「仕掛けるって、軍隊を派遣するってこと?」

「それもあるかもしれんが、それよりも確実な手がある。ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]による遠距離攻撃だ」

 

 原作と異なるのは、日本国内にいた新ソ連のスパイと思しき工作員は全員国外追放している。親ソ派または親米派の人間を通じて情報を入手する可能性は捨てきれないが、仮にベゾブラゾフが攻撃した場合は新ソ連に対して厳しい態度で臨むように日本政府へ要請する。

 

「ベゾブラゾフの情報は逐一探っておくから、達也は安心して自分のことに専念してくれ」

「……そうだな。そうさせてもらうことにしよう」

 

 その後は親しい友人のお茶会ということで、他愛ない話をした。折角だからということで夕食にも同席することとなり、北山家の送迎で町田のマンションに帰ったのは夜のことだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 テレビ出演をした後、日本魔法協会にはお座なりな謝礼の言葉を掛けて、エドワード・クラークは息子と共に帰国した。ロサンゼルス国際空港に到着したのが、現地時間の午前6時。一休みしてエドワードが自分のオフィスに赴いたのは午後2時のことだった。

 国家科学局のロサンゼルス支局には、エドワードの上司はいない。支局長も、エドワードが何をしているのかを全く把握していない。

 彼には完全な個室と、完全な自由裁量権を与えられている。元々は全世界傍受システム[エシェロンⅢ]を同僚に漏らさないための措置であるが、現在は日本の()()()()()()()()対策の為のものに切り替わっていた。

 

「向こうは朝の7時か……待つべきか? いや……」

 

 エドワードは少し思慮した後、通信機に向かった。見た目は普通のヴィジホンだが、[エシェロンⅢ]を利用した盗聴防止のシステムが組み込まれている、通話先を限定した通信機であった。

 連絡先は新ソ連。ウラジオストクにある新ソビエト科学アカデミー極東支部。相手は言うまでもなく、イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ。

 

「おはようございます、ドクター」

『おはようございます。いえ、そちらは既に昼過ぎでしたね』

 

 画面を見る限り、ベゾブラゾフの表情に眠気は感じられなかった。

 

「朝早くから申し訳ありません」

『お気になさらず。態々こちらの時間を考慮した上で連絡を寄越したとなれば、喫緊でご相談したいということでしょう?』

「急ぎと言うほどではありませんが、ご相談したく連絡を差し上げたのは事実です」

『伺いましょう』

 

 社交性を考慮していたベゾブラゾフの表情が真剣なものに変わったことで、相手に眠気など無いと確信を得つつ、エドワードが話し始める。

 

「既にご存知かもしれませんが……日本の戦略級魔法師、司波達也はディオーネー計画への参加を拒否して、別のプランをぶつけてきました」

『把握しております。記者会見の様子は、リアルタイムで見ていました』

 

 しまった、という思いがエドワードの脳裏をよぎった。

 戦略級魔法師の前に魔法研究者でもあるベゾブラゾフが司波達也の記者会見に興味を持たない筈がない。昨日の時点でベゾブラゾフも情報を把握しているという前提で考えておかなければならない事だった。

 ベゾブラゾフは、既に独自の対抗策を考え出しているのかもしれない。いや、既に進めているのかもしれない。そうなれば、最早ディオーネー計画の体裁は崩壊してしまう。

 

『重力制御魔法式熱核融合炉―――[恒星炉]によるエネルギーラインプロジェクト。実に魅力的なプランですね。共同研究を申し出たいぐらいだ』

「ドクター、お人が悪いですよ……」

 

 ベゾブラゾフの物言いがイニシアティブを取るものだと理解しつつ、エドワードは何とか冷静を取り繕うように窘めた。それでも、エドワードの狼狽の後は隠せなかった。

 

『申し訳ない。ですが、魔法技術によるエネルギープラントが国内外を問わず魅力的に映ったことは事実でしょう。こうなると、司波達也だけでなく日本にもう一人いるであろう戦略級魔法師を木星圏に追放することが難しくなるのでは?』

 

 エドワード・クラークが息子レイモンドの『第一賢人』に関する指名手配の件を棚上げにしてでも訪日したのは、達也を利用してもう一人の戦略級魔法師を探るのが狙いだった。だが、結局手掛かりとなるものはゼロだった。

 日本政府関連の情報を探っても一切見つからず、国防軍関連でも痕跡が全く存在しない戦略級魔法師。唯一分かっているのは、達也と同時期に戦略級魔法師として非公式に登録された“上条達三”と呼ばれている人物の可能性が高いということだけ。

 

「ディオーネー計画が頓挫したとは思っておりません。日本政府にエネルギープラントを建設させないよう、我が国の政府に圧力を掛けます。建設途中のプラントに事故を起こさせても良い。なので、ドクターには引き続きディオーネー計画への協力をお願いしたいと考えております」

 

 エドワードの提案に対し、ベゾブラゾフは「フム……」と漏らしながらも思案する素振りを見せた。

 

『私はもっと、そうですな、よりダイレクトな方法で戦略級魔法[マテリアル・バースト]を無力化することを検討していたのですが』

「ドクター!」

『ミスタークラークがそう仰るのであれば、暫くは静観することにいたしましょう。まだ判明していないもう一人の戦略級魔法師のこともありますので』

「……感謝します」

 

 エドワードはベゾブラゾフが短絡的な行動に出て、失敗することを恐れていた。攻撃に成功すれば問題ない。彼が司波達也を抹殺してくれれば、USNAにとっても大きな利となる……少なくとも、エドワードはそう考えていた。

 だが、失敗するリスクに加えて、未だ判明していない戦略級魔法師の存在がベゾブラゾフを押し止めてくれた。これまでエドワードが望んで手に入らない情報など[エシェロンⅢ]の前には存在しなかっただけに、USNA軍上層部が[シャイニング・バスター]と呼称している戦略級魔法の所在もその術者も全くと言っていい程出てこなかった。

 

 唯一、息子のレイモンドが神楽坂悠元に対して戦略級魔法師の目星を付けていたが、目立った功績は佐渡侵攻を食い止めた[クリムゾン・プリンス]を魔法競技で破ったというものだけ。それ以外にも様々な功績の情報が存在したが、どれも戦略級魔法師に繋がる決定的な証拠にはなり得なかった。

 だが、ベゾブラゾフの話はこれだけではなかった。

 

『ですが、ミスター。もし司波達也をディオーネー計画に引き込むことが不可能と判断した場合、我が国は独自の路線を進むことになります。質量エネルギー変換魔法の脅威を解消するためならば、如何なる手段でも行使します』

 

 ベゾブラゾフの述べた“手段”に戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]の使用も含まれている、ということを悟ったエドワードは喉の渇きで咳き込みそうになり、ミネラルウォーターのボトルに口を付けた。

 

「―――失礼。そうならないよう、至急手配します」

『私もそう願っています』

 

 ベゾブラゾフの顔がモニターから消える。向こうから電話を切った形だ。

 エドワード・クラークは焦燥に駆られて、別の電話機に手を伸ばした。

 

 この時点で、ベゾブラゾフにイニシアティブを握られたような形となったエドワード。だが、エドワードに対する苦難はこれが始まりに過ぎないことを、彼自身も知らない。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 所変わってUSNA首都―――ワシントンD.C.にある大統領府(ホワイトハウス)。その大統領執務室では、一人の男性が書類仕事を終えてコーヒーブレイクを満喫していた。なお、部屋の片隅にある丸太は真新しいものに交換されており、これまでに犠牲となった丸太は余すことなく別の形で再利用されている。

 

「ふぅ、ディオーネー計画などという馬鹿げるにもふざけ過ぎた計画のせいで落ち着かなかったが……」

 

 そうやってのんびりしていたジョーリッジ・D・トランプ大統領のもとに、ノックの音が響く。ジョーリッジが入室を促すと、入ってきたのは秘書官の一人であった。

 

「失礼します。大変恐縮でございますが、こちらを」

「ふむ、そこまで急ぎという感じでもないが……」

 

 ジョーリッジが秘書官の様子を見つつ、渡された端末に目を通す。それを見終えたジョーリッジは静かにコーヒーカップと端末を置き、ゆっくりと立ち上がると丸太に近付いて、見る人が見れば綺麗な正拳突きが丸太に直撃した。

 丸太には綺麗に拳の跡がつくが、丸太自体は跡以外に罅などの痕跡がなく、大統領の拳には傷や出血の痕は一切見られない。信じられないだろうが、本当に魔法師の資質がなく、己の肉体だけで成している。そして、今更それを咎める人間などホワイトハウスにはいない。

 

「か、閣下?」

「……君、今の手配は何処からの差し金だ?」

「あ、はい。発信元は……国防総省(ペンタゴン)からとなっております」

「そうか……スペンサー国防長官に『今すぐホワイトハウスへ来い』と指示を出せ」

「は、はい! 直ちに!」

 

 大統領が目にしたもの―――それは、日本政府に対して圧力を掛けるという内容。ひいては魔法核融合炉によるエネルギープラント計画への妨害要請だった。

 ジョーリッジも日本のFLTで行われた『STEP』計画の記者会見を見ていた。その中には孫娘たちの婚約者が揃って壇上に立っており、計画の中心メンバーとしてトライローズ・エレクトロニクスの理事長と名乗った神楽坂悠元は、大統領にとっても決して無視できない存在だった。

 

 その彼を怒らせることに加担しろなどと言われても、ジョーリッジにとっては到底承服しかねることだった。大使館による報告では司波達也がエドワード・クラークに対してディオーネー計画への参加を明確に拒否したと聞き及んでいる。

 現政権の長官クラス以上はおろか連邦議会が乗り気でない上、財界も先の見えない膨大な負担に怯えている。一方、北米魔法協会や航空宇宙局(NASA)は独自のプレス発表を取り止めるつもりもなく、軍部に至っては日本の戦略級魔法を無力化することを諦めていない。明らかに国内の各方面で意見の乖離が見られることに、一国の元首として深い溜息を漏らした。

 

「こうなると、メイトリクス大佐の予想も現実味を帯びて来るであろうな……せめて、リーナたちが無事に脱出できるように手配はせねばなるまい」

 

 ジョーリッジは少し思案した後、机の通信機で電話を掛けたのであった。

 


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