エドワード・クラークはUSNA政府を通して日本政府へ妨害を掛けようと工作を始めた。それに気付いたジョーリッジ・D・トランプ大統領はすぐさま国防総省のリアム・スペンサー国防長官を呼び出し、事の次第の聴取を始めたのだった。
ジョーリッジ自身、スペンサーの意思ではないにせよ、政府内に[恒星炉]の出現を快く思わない輩が出ることは想定の内だった。
USNA政府からすれば日本に対してかなりの失点と借りを有している為、これ以上日本の機嫌を損ねるような真似は慎めと強く釘を刺していただけに、ジョーリッジの怒りはただで収まらない状態だった。
「―――それで長官。こんなバカな真似をした連中は如何程になる?」
「どうやら、先日のジード・ヘイグの件で割を食った一派が協力しているようです」
「与党の窓際に追いやられた連中か……野党に付け入る隙でも与えて嬉しいのかね?」
「我々はそういう立場の生き物ですからな」
スペンサーの調べによれば、ジード・ヘイグ(顧傑)の件で旧型兵器の手引きをしたとして水面下で処罰された一派が妨害要請を主導しているとのことで、その中にはFBI(連邦捜査局)やCIA(中央情報局)の一部も加担している、という結果が出た。
ジョーリッジの愚痴にも近い言葉に対し、スペンサーは窘めるように呟いた。
「それで、その連中を焚き付けた輩がいるはずだが、足取りは掴めたか?」
「いえ、見つかった暗号メールは全て宛先が追跡できないように細工されていました」
「……それが出来る者は限られるが、下手に法を振り翳すことも難しいな」
水面下で処罰することも可能だが、エドワード・クラークだけを捕まえるのではなく、その息子であるレイモンド・クラークも何らかの形で政府の監視下に置かなければならない。だが、公の罪とするにも状況証拠が足りず、しかもディオーネー計画の中心にいるがために干渉するのも難しい。
このメールの件を根拠にして法的な拘束を行うにしても、[エシェロンⅢ]でこちらの動向を把握した上、更には悪用して何処かに行方を晦ませる可能性もある。つまり、クラーク親子は[フリズスキャルヴ]もとい[エシェロンⅢ]そのものを人質としてUSNAへの圧力を掛けているに等しい状況となっている。
一番手っ取り早いのは[エシェロンⅢ]を停止させることだが、ディオーネー計画が仮に頓挫すれば新ソ連が動き出すことは容易に想像がつく。その時に有用な情報収集ツールを失った状態で新ソ連に対抗するのは大きなリスクを支払うことになる。
「ディオーネー計画が頓挫すれば、新ソ連は間違いなく動く。狙いは第一に日本だろうが、それが起きた時に……」
「大統領?」
「スペンサー長官。新ソ連が軍事行動に相当する行為を行った際、我が国は『同盟国としての責務』を果たしたい。私と長官で“アンジー・シリウス少佐”に任務を与えることは可能かね?」
「え、ええ。大統領だけでも十分可能かと存じますが……懸念がおありで?」
スペンサーが訝しんだのは、USNA軍全体の最高司令官という立ち位置にいるジョーリッジが国防長官の許可まで求めたという点だ。その疑問に対して、ジョーリッジは静かに話し始める。
「最近の軍部は、どうにも日本の戦略級魔法を無力化することに拘り過ぎている気がする。いや、どちらかと言えば“四葉”という悪名に対してなのだろうな」
「……かの国が我が国を脅かすのではないか、という意見は耳にしておりますが」
「そこで大国の力を使って日本を脅すとなれば、
「いえ、大統領が怒るのもご尤もかと思われます」
数十人で一国の中枢を潰した四葉の一族。それだけならばまだしも、大漢軍の殆どを壊滅に追いやった上泉剛三。その二人の血筋は司波達也と神楽坂悠元にそれぞれ継がれた。彼らの実力は不透明だが、少なくとも悠元は昨年の時点で“アンジー・シリウス”はおろか“セリア・ポラリス”すら完封した。
この時点で、日本に勝てる
「私やヴァージニア・バランス大佐でも十分可能だが、USNA政府としての正当性を確保する意味で、スターズを管轄するペンタゴンの長である長官にも協力してほしい。頼めるな?」
「今回の組織の失態を取り返す意味で、私に選択肢などありません。それで、名目は如何いたしましょう?」
「そうだな……ならば、欧州各国にいる反魔法主義組織の検挙協力並びに新ソ連の軍事行動の抑止という形で派遣する。向こうもこちらの虎の子とも言える[十三使徒]の派遣ならば首を横には振らんだろう」
現在、USNAにはSSA(ハンス・エルンスト)、イギリス(アニエス・ヴィンセント)の関係者もいるため、事が起これば彼らも無事に国外へ送り出さなければならない。その為には、彼―――ジェラルド・メイトリクス大佐にも出張ってもらうことになるだろう、と踏んでいた。
◇ ◇ ◇
日本政府―――より正確に言えば、外務省の親米派の役人―――による妨害工作は、USNA政府―――こちらも顧傑の件で割を食った一派―――からの要請に基づくものだった。これを知った総理大臣は外務大臣に対して魔法協会への圧力を直ちに止めるよう要請した。
原作の時点では貿易面と外交面で不利益が生じないようにUSNA政府の要請を受けていたが、既に株式会社として成立しているトライローズ・エレクトロニクスの株主の素性を知っているだけに、総理大臣はUSNAからの妨害を食い止めることに腐心した。
多忙を極める状況にあった政界を知ってか知らずか、経済界のほうはかなり順調な流れが形成されていた。
「
北方という名は北山潮のビジネスネームであり、非公式の昼食会でもビジネスネームがある場合はそちらで呼ぶのが一種のマナーとなっている。とはいえ、政府や地方自治体の公式行事の場合は本名しか名乗れないことの方が多い。
「流石は
潮が言葉を返した相手―――「室町」という名も勿論ビジネスネームである。グループの規模こそホクザングループに劣るが、遥かに伝統がある旧財閥系企業群の実質的オーナーで、潮の兄貴分的存在だ。
「もう出資が決まっているとも耳にしました。一体どのようなご縁なのですか?」
「そこまでご存知だとは。
「そこはそれ。いろいろな方面からですよ」
そうやって話しかけてきたのは、潮にとって敵対的なライバルグループの総帥。つい先日も海外の大口案件を奪い合ったわけだが、そこに神坂グループが介在して互いに利のある形で決着を見た過去がある。
とはいえ、そんな事情を顔には出さず、互いに会話を通じて破顔していた。
「別に隠すことではありません。神楽坂君と司波君は娘と同じ第一高校の生徒でしてな。とりわけ神楽坂君は娘と同じクラスメイトでもありますので」
「それは良縁とも言えますな。親しくされていらっしゃるんですか?」
潮に尋ねてきたのはまた別の同席している者だが、こうまで噂が流れるのが早いとなると、大方『四大老』が大きく関与しているのだろう、と潮は内心で感じていた。東道青波も無論だが、先程名を出した彼も少なからず関わっているのかもしれない、と。
いきなり新事業に金を出すという行為は正直博打でしかない。だが、既に大口の出資者がいれば少なからず『出してみるのもいいかもしれない』と思わせることにも繋がる。
それに、経済界でも“神楽坂”の名を知らぬ者はいないに等しい。神坂グループの経営母体と噂され、政界や魔法界にも強い影響力を有する大家。類を見ない経営手腕で、この国でも最大級の企業群を束ねる財閥が関与しているとなれば、お近づきになりたいという欲が出ても何ら不思議ではない。
「北方さん、神楽坂君と司波君を紹介していただけませんか」
一人がそう申し出れば、こぞって潮に申し出が殺到するのは自明の理。この辺は悠元からも財界の取りまとめを任されているだけに、『彼は人の心を掴むのが上手いな』と感心しつつも「皆さんのご要望はお二人にお伝えします」と答えたのだった。
◇ ◇ ◇
リーナは一時期日本にいた頃、魔法や体術の訓練を欠かさずに受けていた。正直スターズでは学ぶことのない分野を学んだことによって、帰国したリーナからすれば、今まで辛いと思っていた訓練も涼しい顔で受けられるまでに成長していた。筋肉がついて引き締まった分、その分の体重増加で体重計と睨めっこすることも増えていたが。
そんな個人的事情はさておき、訓練を終えたリーナに呼び出しがかかった。
訓練の終了後に呼び出すというのは今に始まった事ではないが、先日エドワード・クラークの護衛という形で出向いた際、知りたくもないUSNA軍の暗部を知ってしまった。
『今回の会議に際して、貴方の上司に報告する必要はありません』
会議終了後、エドワード・クラークに脅迫を仄めかす様な言葉を掛けられた。事前に大統領である祖父から『報告の必要はない』という言葉が無ければ反論していただけに、内心で感謝の念を禁じえなかった。また、悠元の説教に比べると“優しい”と思ってしまったため、その時は正直に『了解しました』と簡潔に述べておいた。
流石の相手も若干面を食らったような素振りを見せたが、直ぐに取り繕うようにしつつエンタープライズのことについても報告はしないように釘を刺してきたため、そのことについても簡潔に返事を返していた。
もし、あの時エドワード・クラークが達也の名を出そうものならば、反射的に拳が出ていただろう。それで問題となったとしても、堂々と日本に帰れる口実を作れたかもしれない……と、リーナが少しばかり後悔したのはここだけの話。
そんな過ぎたことはともかくとして、司令室の前までもうすぐというところで、リーナにとって見知った顔が目に入った。
「ベン!? 貴方も呼ばれたのですか?」
「そう仰るということは、総隊長殿もですか」
リーナとカノープスが揃って呼ばれること自体珍しいことではないし、カノープスが同席するとなれば安心できる材料もある。だが、最近の時勢からして絶対にロクでもないことが待っているとしか思えなかった。
「アンジェリーナ・シリウス少佐、参りました」
「ベンジャミン・カノープス少佐、参りました」
「入れ」
指令室の扉の前で声を発すると、扉の向こうから返ってきたのは女性の声。それもリーナにとっては聞き馴染みのある声に驚きつつも、カノープスを制する形で扉を開けるリーナ。すると、司令室の椅子にはヴァージニア・バランス大佐が二人を待ち構えていた。
カノープスも中に入って扉が閉まったところで、二人はバランスに対して敬礼をした。それを見た上でバランスも答礼をする。
「楽にしてくれ。まずは私がここにいる理由だが、
「ホワイトハウスの……失礼ですが、大統領閣下の命令ということでしょうか?」
「その認識で構わない、カノープス少佐」
この時期に大統領府の命を帯びてバランスが出向くこと自体、異例と言えば異例である。更には、スターズを監督するウォーカーにも聞かせたくない内容のようで、バランスがカノープスに目配せをすると、その意図を察したカノープスが遮音フィールドを部屋に展開する。
その一連の動作を終えたのを確認してから、バランスが口を開く。
「まず前提の話だが、司波達也が『灼熱と極光のハロウィン』を引き起こした戦略級魔法師という事実は両名とも承知の話だと思う。実は、新ソ連に対して使用された戦略級魔法の術者に私は直に会ったことがある」
「それは何時の話でしょうか?」
「我が軍の脱走者が日本へ逃げた時のことだ……その様子だと、シリウス少佐は知っていたようだな?」
「ハッ。当人より妹の誼で詳細を聞かされております」
この場の会話が漏れる可能性は極めて低いため、バランスの問いかけに対してリーナは正直に情報を開示した。それを聞きつつ、バランスは説明を続ける。
「カノープス少佐。その片割れの名は神楽坂悠元。上泉剛三の孫にして、神楽坂千姫の養子となり、かの[トリックスター]と呼ばれた九島烈に認められた次代の日本魔法界を担う少年」
「彼が……成程、ラルフがあっさりと敗北させられたのにも頷けます。この事実を参謀本部は?」
「いや、知らない。USNA政府でも大統領閣下を含むごく一部にしか開示されていない情報だ。なので、国家重要機密に準じる秘匿と心得てくれ」
「了解いたしました」
バランスがカノープスに悠元の素性を明かしたのは、彼も悠元の実力を肌で感じ取っていたからこそであり、スターズにおいても指折りの常識人という為人からくるものだった。カノープスも事の重大さを把握した上で了解の意思を示すと、バランスは机の上で両手を組む様な仕草を見せた。
「話を戻そう。その両名が
「存じ上げております」
バランスの問いかけに答えたのはカノープス。リーナは『達也がディオーネー計画の参加を蹴ったらしい』ということは知り得ていたが、その詳細については分からなかった。
「重力制御魔法式熱核融合炉を用いたエネルギープラント建設を含む日本の次世代エネルギーラインプロジェクト。幸いにして、これによる資源産業へのダメージはまだ想定の範疇に収まるだろう、と政府は見ている」
燃料エネルギーが化石燃料から太陽光、風力、地熱、バイオ燃料などと言った分野にシフトしたことにより、石炭・石油、天然ガス、原子力の関連企業は甚大なダメージを被った。だが、日本が提唱する次世代エネルギーは既存のものを生かしつつ、工場などの計画停止に相当する時間帯の電力供給によって、災害に強いライフラインの構築という形を取っている。
広大な国土を有するUSNAにとっても、大型のハリケーンや竜巻、大雪などといった自然災害に直面する頻度は高い。その状況下でも安定した電力供給は課題とも言えた。
なお、原子力に対する人々の忌避感は低下している。それでも、現在使用されているのは低日照地域向けの小型原子炉が関の山であり、主な要因はウラン資源の高騰と放射能抑止の為に雇わなければならない魔法師の人件費であった。核兵器は封印され、プルトニウムも民生用に放出されないように厳重な管理を徹底している。
「問題はここからだ。参謀本部の中に両者が関与するエネルギープラントに破壊工作を仕掛けてはどうかという意見が出ている。その大本は戦略級魔法を無力化出来ないことに対する我が国の不都合を解消するため、というのが彼らの言い分だ」
「……大佐殿、率直に申し上げます。仮にそんなことをすれば、USNAが世界的な損害を真っ先に被ることとなります。いつからスターズはマフィア紛いの殺し屋集団となったのでしょうか?」
『最悪』などという言葉で片付けられれば、どれだけ良かったことだろう……と思いながら、リーナは自分自身の立場からではなく、これまで見知った情報から弾き出した事実を口に出した。
「昨春の[セブンス・プレイグ]でも、我が国は多大な賠償を強いられてしまいました。いくら同盟国が相手とは言え、そのような行為は立派な内政干渉に相当します。何より、[恒星炉]に関する会社のトップである神楽坂悠元は敵意を向けた相手に一切容赦しません。魔法のみならず、あらゆる手段を講じてUSNAの面子を底抜けにしたとしても何ら不思議ではありません」
達也だけでも脅威なのに、悠元まで敵に回す気になど到底ならない。更に、彼が敵に回るとなれば深雪や
「それに、実力で言えば小官よりも上の彼女―――エクセリア・シールズが彼の味方に付くことが想定されます。未だ軍籍を持つ身で大変失礼なことかもしれませんが、小官としては負けることが分かっている相手と対峙して、部下に『死んで来い』と無責任な命令など下せません」
その四者を敵にしたとなれば、USNAが相手であっても無事に済む保証などない。この国の軍上層部は馬鹿なのか? と内心で愚痴りたくなる反面、リーナの口から出た言葉は冷静さを保っていた。
メイジアン5巻が出たので、今日は連続投稿。ネタバレを極力伏せると、達也を暗殺するって正気か? あいつら死んだわ(他人事) という感想でした。魔法で魔法を返すことは出来ても、カードゲームのようにチェーン(連鎖)させることは出来ないという“世界の法則”というのにも興味が湧きましたが。