魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

455 / 551
5000兆パーセント無理な難題

 リーナの発言に対し、バランスは個人の感情ではなくUSNA軍人としての発言だと察しつつも、カノープスに視線を向けた。

 

「カノープス少佐、貴官はどう考える?」

「暗殺の是非以前に、エネルギープラントの破壊工作も止めるべきであると具申いたします。小官はジード・ヘイグ追跡の件で日本の力をまざまざと見せつけられました。最早、かの国は国土の大小にかかわらず、世界における主導権を握れる立場に立ったとみるのが妥当です」

 

 ジード・ヘイグの件では、かの英雄である上泉剛三に完敗を喫した。南盾島では、その孫である悠元に対して有効な攻撃手段を見いだせなかった。そして、隣にいるリーナはおろか、“ポラリス”相手ですら歯が立たなかった相手を一体どうやって暗殺するというのか、という根本的な疑問にぶち当たる。

 カノープスとて決して弱い訳ではない。だが、スターズの一等星級(スター・ファースト)クラスが敗北を喫する相手など、決して敵に回すべきではないと痛感した。

 

「軍と経済界が持ちつ持たれつの関係にあるとはいえ、経済界の不利益を排除するために軍を派遣するということを許せば、最悪はUSNA軍のみならず、我々スターズが国内外を所狭しと飛び回ることになってしまいます。これでは第二次大戦後の状態に逆戻りとなり、国外派兵に対する負担増加は免れません」

「……そうだな。両名の意見は確かに尤もなものだ」

 

 仮に破壊工作を行ったとしても、仮に痕跡を残さなかったとしても、相手は状況証拠を全て掴んだ上で報復を行う。その経験をした側として、バランスも参謀本部の意見には反対の意向を示していた。

 それでも、バランスの表情が晴れないことにリーナが訝しんで尋ねる。

 

「大佐殿、如何されたのですか?」

「……シリウス少佐。この後、時間はあるか?」

「はっ、本日の訓練は既に終えております」

「なら、少し付き合ってほしい。カノープス少佐もご苦労だった」

「いえ、お気になさらず」

 

 そうして、カノープスが遮音フィールドを解除した上で、三人は揃って司令室を出た。カノープスは別行動となったが、バランスは別室を借りてリーナをその部屋に案内した。ここは自分がやるべきだろう、と遮音フィールドを張った。

 

「さて、リーナ。未だ帰国させてやれないことに関してすまないと思っている」

「そんな! 大佐殿が頭を下げるべきことではありません!」

「そう言ってくれると肩の荷が下りたような気分だ。さて、カノープス少佐に聞かせられない話があってな」

 

 “アンジェリーナ・シリウス少佐”ではなく、“リーナ”と呼称したバランスの謝罪にリーナはバランスの責任ではないと窘め、それに対して感謝の言葉を述べた上で真剣な表情を浮かべたので、リーナも背筋を正した。

 

「ベンに聞かせられない話、ですか?」

「正確には、カノープス少佐も与り知らない話と言うべきだろう。国防総省(ペンタゴン)に関する話は先程もしたと思うが、妙な噂もあってな」

「妙な噂、ですか?」

「ああ。詳細は不明だが、どうやら軍の内部に司波達也や神楽坂悠元を暗殺、もしくはエネルギープラントへの妨害によって戦略級魔法を無力化しようと目論んでいる連中がいるのは確かだ。それも、()()()()()()に」

 

 スターズの統制は一枚岩と言えない。その大きな要因は総隊長にリーナが置かれている為であり、それに引き摺られる形で階級の塩漬け状態が蔓延してしまっている。いくら隊長クラスがリーナの実力を認めていたとしても、リーナより年上の人間が多い軍において『たかが小娘の分際で』と陰口を叩く者は少なくない。

 

「これまではセリアがそのガス抜きと抑止を担ってきていたが、昨春に除隊してからはその噂が段々増えていく兆候が見られた」

「……まさかとは思いますが、セリアに『軍に戻れ』などと仰るのですか?」

「そんなことなど出来ない。彼女の不興を買えば、スターズの基地が更地になるのは不可避だ」

「あ、あはは……」

 

 セリアが軍に入る段階ですら揉めに揉めたというのに、これで軍に再入隊なんて話になれば、彼女がどんな条件を突き付けてくるのかも分からない。下手をすれば『リーナに頼り切らないとやっていけない部隊なんて解散してしまえばいい』と言いかねない……と言いたげなバランスの心情を察し、リーナは苦笑を漏らした。

 

「では、一体どうされるのですか? 将来的には私も“アンジー・シリウス”としての籍を抜けます。その後のスターズの統制については一切口を出さないつもりですが」

「貴官の意思は既に分かっている。となれば、心当たりは身内にいるが……彼もそう簡単に承諾はしないだろう」

「身内? 大佐殿の親族に魔法師がいらっしゃるのですか?」

 

 リーナとバランスの付き合いが長いとはいえ、リーナはバランスの親族関係についてあまり知らなかった。そもそも、上司の家族関係を聞かされたところで『そうなのですか』としか答えられないのも事実だが。

 

「リーナも一度は会っている筈だ。表向き“ジェラルド・メイトリクス大佐”と名乗っている彼が私の甥にあたる。しかも、彼の母親は君の前任者―――ウィリアム・シリウスその人だ」

「前任の“シリウス”の息子……彼が魔法師なのですか?」

「ああ。実力をひた隠しにしているが、本気を出せばスターズの隊長クラスすら歯牙に掛けないほどだ。何せ、彼を鍛えたのはかつて『鬼神』とも謳われた“バルクホルン・カノープス”なのだから」

「……」

 

 リーナですら知らなかったUSNAでも屈指の実力を有する魔法師。大統領府で出会った時はそこまでの魔法力を感じなかったが、バランスの述べていることに嘘や偽りは全く感じなかった。しかも、8年前に亡くなった“シリウス”の血を継ぎ、“カノープス”の前任者の教えを受けた実力者。

 

「何故彼が“シリウス”にならなかったのか疑問だろう? 私と夫が根回しをして彼を魔法師にしないように働きかけた。だが、軍がそれでも諦めなかったため、安全保障局に根回しをしてエージェントという形で在籍することで決着をみた。8年前のベーリング海で母親を亡くした直後に軍へ行かせれば、彼の心が間違いなく壊れていた」

 

 仮にそんなことになれば、彼の母親が黄泉返りをしてでも叱責することが目に見えていた。彼を救うために、あまり魔法に触れさせないようにしつつも、魔法を自衛の力として身につけさせるために軍を辞めた前任の“カノープス”に頼み込んだ。

 

「リーナとセリアがその割を食う形となってしまったのは、私の落ち度とも言える。だからこそ、二人には己の望む生き方をして欲しいと思っている」

「大佐殿……」

「私如きに出来ることは少ないが、二人の不利益となるような行為を慎むように働きかけはする。叶うのならば、リーナが子どもを連れて私の許に遊びに来ること願っているよ」

「いや、何年後の話になると思ってるんですか……私はまだ学生と呼ばれてもおかしくない年齢ですよ」

「確かに、貴官の言う通りだな」

 

 まるで実家の母親のような台詞を述べたバランスに対し、これには思わずジト目をしつつ率直な事実を口にしたリーナであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 そんな会話がリーナとバランスで交わされていた頃、司令室に戻ったウォーカーがスターズ第三隊のアークトゥルス隊長と、第四隊のベガ隊長を呼び出した。

 

「アレクサンダー・アークトゥルス大尉、参りました」

「シャルロット・ベガ大尉、参りました」

「入れ」

 

 ウォーカーが二人の声を聞いた上で部屋に招き入れる。

 総隊長の階級を考えれば、二人の隊長の階級が下という事実も納得出来る。逆を言えば、リーナが総隊長に置かれているせいで、各隊の隊長以下の階級が年齢にそぐわない状況が放置されている。

 

 事実、リーナの十歳以上年上のベガは、リーナより階級で劣っていることに不満を抱いている。尤も、セリアに対しては以前議員がらみのトラブルを代わりに解決してくれたことから、リーナほどの感情は有していない。リーナに敵視はしても、セリアに対しては中立的な態度であった。

 アークトゥルス大尉は、リーナに対して反攻的ではない。だが、同じ隊の部下であったフォーマルハウト中尉の件で弁明も与えずに処刑したことについて快く思っていない。彼がパラサイトに寄生されたという事実は公然の秘密として理解しているが、納得できていなかった。

 ウォーカーが二人の隊長を選出したのは、リーナとカノープスから心理的距離を置いているという理由であった。

 

「これから話す任務は、一切他言無用だ。総隊長のシリウス少佐にも伝えてはならない」

「了解しました、サー」

 

 アークトゥルスは命令に従う姿勢を見せつつ、直接の上司に当たるリーナにも伝えてはならない任務という性質に対して訝しむ。一方、ベガは目を輝かせている。“年甲斐にもなく”という前置きが付くのは言うまでもないが、いくら魔法師であろうとも嫉妬にそんな理屈は通用しない。

 ウォーカーもベガの個人的な感情が入り混じっていることに気付いているが、それを見なかったこととして振舞うように話を続ける。

 

「日本の戦略級魔法師、司波達也が計画しているエネルギープラントの建設を妨害せよ。なお、その手段には司波達也の暗殺も含む」

 

 アークトゥルスが驚きを露わにする。スターズが同盟国のプロジェクトを阻止しろというのだ。失敗すれば、間違いなくUSNAが莫大な損害を被ることとなる。

 

「小官とベガ大尉で、それを達成せよと?」

「プロジェクトの妨害が第一目的だ。それが達成されれば、暗殺に及ぶ必要はない」

「妨害が困難であれば、暗殺でもいいのですよね?」

 

 ウォーカーに割り込む形でベガが笑顔でそう問いかけた。これでもウォーカーは動じることなく話を続けることを選択した……咎めることで話を拗れさせたくない、という心情があるのは言うまでもないが。

 

「元々、[グレート・ボム]と仮称していた頃から、あの質量エネルギー変換魔法は、手に入れられなければ最終的な無力化も止むを得ないという方針だった。そこに変更はない。現在はディオーネー計画を通して無力化することを第一案として優先しているだけで、それが上手く行かなければ本来の計画に立ち戻るだけだ」

「……其方は理解しました。では、未だ判明していない[シャイニング・バスター]については如何されるつもりですか?」

 

 アークトゥルスは、気になる質問を投げかけた。

 仮に司波達也の戦略級魔法が無力化出来たとしても、もう一つの戦略級魔法を無力化しない限り、USNAへの報復は免れない。一つだけを追うのならばまだしも、二つの戦略級魔法を同時に無力化などという難題に発展すれば、スターズの隊長クラスが二人だけではとても対処できる領分を超えてしまう。

 

「それについてだが……軍参謀本部でもその正体が未だに判明していないため、対応に苦慮している。まずはプラントの工作妨害、もしもの場合は司波達也を暗殺せよ。もう一つの戦略級魔法についてはそれが成功してから改めて対応することとなる」

 

 アークトゥルスは気が進まない様子を見せたが、渋々命令を受諾した。だが、ベガの方はやる気に満ち溢れていた。

 ベガは女性士卒間のネットワークで、リーナが達也に好意を寄せている(正確には『婚約している』わけだが)という事実を知っている。まだ「潜在的」にではあるが、「最大の脅威」であり、「最大の敵」になるかもしれない男に心を寄せるなど、USNAの軍人としてあってはならないことだ。

 

―――自分が先輩として、司波達也の首を突きつけることで、シリウスの目を覚まさせてやろう。

 

 そんな建前で張り切っているベガだが、そんな彼女をもしリーナの双子の妹が見ていたならば、こう呟いたかもしれないだろう。 

 

「……ご愁傷様。お姉ちゃんの想い人(むてきちょうじんのおにいさま)(たお)せたら、間違いなく世界最強を名乗れると思うよ。5000兆パーセント無理な話だけど」

「セリア? 唐突に呟いて何かあったの?」

「今、私の義兄(おにいさま)(たお)そうと目論む(バカ)悪意(もうげん)が聞こえたような気がして……」

「??」

 

 やる気に満ちているベガの想いを知ってか知らずか、そう呟いたエクセリア・シールズの言葉に首を傾げるアビゲイル・ステューアットであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 ハンス・エルンストは、ワシントンの市街地を観光していた。元々表沙汰になってないとはいえ、自分の正体を掴んで接触してくる可能性も少なくないため、申し訳程度にサングラスを掛けた上で出歩いていた。

 ディオーネー計画が発表されてからというものの、情報誌にディオーネー計画についての特集記事が書かれること自体珍しくもない。ただ、大衆の興味を引くという意味では些かインパクトが弱いというのも確かであった。

 

 ただ、今後日本へ渡航することも考えると、今から荷物を増やすわけにはいかない。そう思いながらホテルの部屋に帰ると、それまで珍しく黙っていたルーデルが“声を上げた”。

 

(エルンスト、妙なメールを見つけたぞ。端末に送っておく)

『へいへい……今度はどんな怪文書を見つけたんだか……』

 

 魔法にすぐさま適応しただけでなく、飛び交う電子情報を観察してセキュリティすらぶち抜いた上で収集してくる。ハンスからすれば、どこまでも進化する辺りは“魔王”の名に相応しいと思いつつも、端末を操作してメールを見やった。

 差出人は不明だが、宛先はロズウェルのUSNA軍基地。その内容は、ハンスですら目を見開くものだった。

 

「はあ? マイクロブラックホール実験が日本人の工作員の仕業? どこぞの馬鹿かは知らんが、とうとう同盟国に責任転嫁でも始めたのか?」

 

 そうぼやいてしまったハンスがメールを読み進めていく。書かれていた文章は以下の内容となる。

 

●マイクロブラックホール実験は日本の民間魔法師組織が使嗾(しそう)したものだ。

●当該組織は、実験によって霊的な「何か」が呼び出されるのを知っていた。

●当該組織は日本で実施できない実験を、代わりに実行する国を探していた。

●当時、質量エネルギー変換魔法のヒントを血眼(ちまなこ)で探していたUSNA軍の科学者は、そこにつけ込まれた。

●当該組織は更なる実験データを求めている。もう一度マイクロブラックホール実験を行えば、組織のエージェントが観測にやってくるだろう。

●フォーマルハウトは不意を突かれたため、パラサイトに憑依された。意識をしっかりと持ち、目的を強く念じていれば、ハイレベルな魔法師がパラサイトに憑依されることはない。

 

 メールを読み終えたハンスの感想は『正直、怪文書の類としか思えない』という結論に帰結した。メールの中に記載されている“フォーマルハウト”という名を考えるとすれば、確かUSNA軍の魔法師部隊であるスターズが星のコードネームを有していることを思い出す。

 

 となると、このメールの宛先に挙げられるのはスターズの基地、あるいはそれに準じる軍事施設かつメールの中に書かれた人物と同僚ないし彼と仲が良かった魔法師に宛てられたもの、ということになる。

 

(エルンスト、どう見る?)

『……なあ、ルーデル。ものすごく最悪な可能性を考えたんだが』

(奇遇だな。私も恐らくエルンストと同意見だろう)

 

 パラサイト事件のことは、当時ドイツ軍にいたハンスは噂程度に聞いたに過ぎない。だが、ルーデルが情報を集めれるようになってからというものの、[パラサイト]の正体や性質、その原因に至るまで知り得てしまった。

 ある意味ルーデルの“お節介”みたいなものだが、彼のお陰で今まで知り得なかった[パラサイト]の知識を学ぶことが出来たことは正直良かったと言えるだろう。

 

『誰かが日本の仕業だとでっち上げて、マイクロブラックホール実験を再実施する。そこに居合わせたスターズの魔法師にパラサイトを憑りつかせる……最悪なんてものじゃないぞ。一種のバイオハザードじゃねえか』

 

 ディオーネー計画に日本の[トーラス・シルバー]=司波達也が参加しないことは知っている。そして、彼が四葉家の人間ということも知り得ている。このメールは、司波達也にありもしない責任を押し付けて、一種のテロを敢行しようと目論んでいるに等しい。

 更に性質が悪いのは、魔法という目に見えないもの―――精神的な要素が強い部分での“憑依”に明確な対策をUSNA単独では成し得ない可能性がある、という事実だった。

 

(どうする? これをそのまま放置するわけにもいくまい)

『……伯父にメールを転送する。信憑性の如何はともかく、この時期にこんなメールをスターズに送る時点で何もないなんて言えない』

 

 ハンスがUSNAの大統領に見せたところで、この情報の入手手段を問われることになる。ルーデルの存在にまで触れる可能性を考慮すれば、伯父であるディアッカならば適切に処理してくれるだろう。

 メールの送信をしようとしたところで、転送用のメールは自然と消えていった。ウイルスの類かと思ったが、ルーデルが“任せておけ”と呟いたことで対応を放り投げた。

 

 きっと、彼の生前の行動に振り回された後部座席の相棒たちが味わっていたのも、こんな感覚なのかもしれない……とハンスは思ったのだった。

 




 近付いても勝てない。遠く離れても勝てない。自己修復術式で即死しない限りは生き続ける。弱点があるとすれば、魔法師なのに普通の魔法を使うのにも苦労することと朴念仁。
 でも、ハニートラップの類も効かない鋼のメンタル持ちという始末……勝てる見込みが見つからない(本音)

 人間は痛い目を見ないと学びませんし、心を折られるレベルまで敗北を喫しないとダメな場合ってあると思うのですよ。その対象の想像はお任せしますが。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。