週明けの水曜日。本来ならば帰国の途に就く筈だったSSAのディアッカ・ブレスティーロ大統領から『急遽会談したい』という申し出を受け、悠元は学校を抜け出してSSA大使館に出向いた。向こうも悠元の素性は把握している為、簡単なボディチェックを受けて大統領がいる応接室に入る。
「すまないね、神楽坂殿。急に呼び出してしまって申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。帰国直前の忙しい時にとなると、喫緊のこととお見受けいたします」
「ああ。実は、うちの戦略級魔法師であるハンス・エルンスト准将が妙なメールを入手してね」
“傍受”ではなく“入手”というところに、恐らく偶発的なものと見受けられた。恐らくはハンスに憑依している“何か”の仕業なのだろうが、西果新島で会った時に感じたものからして、多分『ハンス=ウルリッヒ・ルーデル』ではないかと思われる。
つまるところ、チート的存在に憑依されて強制的に実力を引き上げられたとみるべきなのだろう……そこに数日とはいえ剛三の教導を受けたことで完成されてしまった。年齢はまだ20歳らしいのだが、3倍以上の年齢分の気苦労を一身に背負っているように見えてしまったのは……気のせいということにしておこうと思う。
そして、ディアッカはプリントアウトしたと思しき一枚の紙をテーブルの上に置いた。
「拝見しても宜しいですか?」
「ああ。少なくともこの内容通りに日本の魔法界が関与しているとは思わないがね」
悠元が紙を手に取って内容を読み進める。それを見終えて静かに紙をテーブルの上に戻すと、頭を抱えたくなるような気分を抱いた。
「少なくとも、十師族が国外工作でUSNAの研究者を唆してマイクロブラックホール実験を行わせたという事実はありません。完全に悪魔の証明ですよ、これは。寧ろ、自分の祖父である上泉剛三がUSNAの大統領にマイクロブラックホール実験の危険性を諭しています」
「……そこまで危険というのかね?」
「はい。この国で陰陽師として名を馳せた安倍晴明ですら、『次元を歪ませる事象は現世に妖を呼び込む危険な儀式に等しき行為』と警鐘を発していました」
これについては嘘をつく理由がない。しかも、このメールの中に書かれている“フォーマルハウト”というのは、恐らくパラサイト化して処刑されたスターズ第三隊のアルフレッド・フォーマルハウト中尉で間違いないだろう。
「恐らく、このメールはフォーマルハウトのコードネームを持っていた魔法師の関係者に送られたとみて間違いないでしょう」
「星のコードネーム……まさか、USNAのスターズ?」
「ええ。そして、マイクロブラックホール実験によって再びパラサイトを呼び込み、今度はスターズの一線級の魔法師をパラサイト化する腹積もりなのでしょう」
正直、スターズを手駒にするという悪辣な手段を取っている時点で、第三者から見れば外部の仕業だと見做すだろう。だが、最も可能性が高いのは同じUSNAの人間。それも、軍のセキュリティをあっさりと掻い潜れるだけのハッキング技術を自在に制御できる者。
「ブレスティーロ大統領閣下。我が国は昨年、USNA軍からの脱走者―――パラサイト化した魔法師と交戦しました。その際に得られた詳細データを貴国にお渡しします。可能性は低いですが、万が一のことがあってはなりませんから」
「―――感謝いたします。ハンス・エルンスト准将は現在USNAにいるが、任務を帯びる形で日本に滞在させます。もしもの時は遠慮せずに使っていただきたい」
「協力の申し出に感謝いたします。かの[
スターズのパラサイト化阻止をUSNA政府に根回しをするとしても、USNA軍もといスターズがどこまで自制できるのかも不透明。ディオーネー計画を第一にして行動しているだろうが、こちらの妨害や暗殺も目論んでいるとみていいだろう。
その意味で、戦力となる味方がいるのは感謝しかない。
「事に道筋がつけば、約定通り[恒星炉]の技術輸出に関する手続きに入らせていただきます」
「いやはや、恐れ入る。大国の連中は剛三殿の爪の垢でも煎じて飲めばいいと思うばかりだ」
「別の意味で人間を辞めてしまいそうな未来が見えそうですが」
「……否定は出来ませんな」
剛三の爪の垢を煎じて飲んだところで、今度は『人間を辞めるぞぉっ!!』とか言い出しそうで正直不安しかない。言葉のあやというものだが、単独で万夫不当の偉業を成した人間が大本だと、正直起こり得ないという保証が皆無だった。
そうして1時間ほど会談した後、悠元は学校に戻ったのだった。
◇ ◇ ◇
学校に戻っても特にやることもなく、強いて言えば魔法競技交流会の準備位しかない。とはいえ、学生の領分というか部活連会頭が学校に不在なのはマズいと思った悠元がそのまま生徒会室に向かうと、其処には生徒会長の机を挟む形で相対している深雪と十三束鋼の姿があった。
雰囲気を見る限り一触即発の状況なのは言うに及ばず、深雪も魔法を暴走させないように感情を抑えている。すると、深雪と十三束を除く人間の視線が悠元へ向けられることになる。
「……これはどういう状況だ? とても友好的な雰囲気とは思えんぞ。詩奈、説明を頼む」
「あ、はい。実は……」
この状況だと、当事者以外で一番冷静に状況を説明できる詩奈に説明を求め、話を振られた詩奈が簡潔に説明をする。
十三束が生徒会室を訪れた理由は、達也の予定もしくは居場所を教えてほしいというもの。それならば、達也が登校するまで待てばいいというのに、我慢できなかった理由は母親の十三束翡翠がストレスによる急性の胃潰瘍で倒れたとのこと。
十三束自身、ディオーネー計画に参加することが正しいと思っている節があり、悠元と達也が提唱した『STEP』計画を“我儘”と評した。
詩奈の説明をすべて聞き終えた上で、悠元は珍しく冷徹な口調で十三束に話しかけた。これによって深雪も漸く悠元の姿を認識して、怒りを抑えていた。
「十三束、話は詩奈から聞かせてもらった。随分と勝手なことを言ってくれるじゃないか。人様の夢を我儘だと? お前に一体何が分かるというんだ?」
「か、神楽坂会頭?」
「以前、部活連の会合で話したことをもう忘れているとなれば……司波生徒会長、俺と十三束で決闘をする。今回ばかりは譲る気など無い。これは部活連内の問題でもあるからな」
「……分かりました」
明らかに、十三束は身内が倒れたことで冷静な判断力を欠いている。そのことを指摘したとしても、『自分は正しい事をしている』と思い込んでしまう。ならば、本気で痛い目を見せなければ話にならない。
「十三束。お前が勝てば達也の居場所を教える。だが、俺が勝った場合は金輪際俺と達也のやることに口を出すな。俺が介入しなければ、四葉家と十三束家の“戦争”に発展していたのだからな……異存はないか?」
「……それで構わない。司波君の居場所を教えてもらえるというのであれば」
実力で言えば、明らかに差が開き過ぎている。普通ならば、決闘を許可してもらうことも難しい。だからこそ、悠元には“とある方法”を取ることで風紀委員長の許可を得る腹積もりであった。
「―――白兵戦形式? しかも、悠元は素手でやるって? これでもハンデになるのか微妙なんだけれど」
「吉田委員長もそう思われますか」
「そりゃあね……悠元の規格外さは幾度となく味わっている立場だし」
ルールは十三束の希望に沿う形で白兵戦形式のルールを採用。十三束は模擬ナイフを使用するが、悠元は武器を一切持たずに戦うというもの。これでも彼我の実力差を埋めるには至らないため、更なる追加ルールがある。
それは、悠元が十三束側のフィールドに侵入してはいけないというもの。フィールド全体を使用できる十三束に対し、行動範囲を半分に制限される形となるため、自ら近付けば反則負けとなってしまう。
だが、相手に近付かなければ十全に戦えない十三束からすれば、ハンデにも成り得ていないというのが幹比古と泉美の共通見解であった。
部活のユニフォームに着替えた十三束に対し、ブーツこそ試合形式を想定して履き替えているが、ロングブレザーを脱いだ状態の制服で悠元は相対している。
「神楽坂会頭、いいのですか?」
「別に構わない。そもそも、喧嘩を吹っかけた側にどうこう言われる筋合いはない」
「(……珍しく怒っているね)双方とも、ルールは理解しているね? 寸止めありのルールだ。そして、審判の判定には従ってもらう」
幹比古の問いかけに悠元と十三束が頷く。正直、昨年の悠元と琢磨の試合の比では済まないだろう、と幹比古は心配しつつも、試合開始の合図を出す。
「では、はじめ!」
その掛け声とともに、双方は魔法を発動させた。だが、その直後に十三束の身体が後方に吹き飛んだ。対物理フィールドに跳ね返る形で床に叩きつけられる十三束は、今何が起きたのかを理解できなかった。
(何だ、今のは……まるで、想子の津波に吹き飛ばされたような……)
考えていても埒が明かないと判断し、十三束は[セルフ・マリオネット]で急接近して悠元の懐に潜る。そこからアッパーを繰り出したが、悠元はそのアッパーを食らった―――いや、正確には顎の下に防御術式を張ることで、その力を使う形で上に飛んだ。
天井を視界に捉えると魔法で姿勢を反転させ、天井を蹴り飛ばした瞬間に悠元の姿が消えた。
(防御―――いや、ダメだ!!)
カウンターか[接触型
悠元の攻撃は演習室への被害をゼロにしていたが、今の攻撃を食らえば骨折は免れなかった。あれほどの超高速移動をこの短距離で可能にするなど、魔法師でも数えられるぐらいしかいない。
時間切れでは引き分け。そして、悠元は自分のフィールドにいながらでも十三束を攻撃する手段を持ち得ている。接触状態に持ち込まないと魔法を発動できない十三束からすれば、悠元に課せられたハンデなど最早意味を成していないことに気付いている。
十三束は移動魔法を発動させ、再び切迫する。今度は[セルフ・マリオネット]で死角からの攻撃を試みる。
[接触型
魔法と魔法式がセットになっているからこそ、[
答えは、こうだ。
「―――遅い」
「ぐっ!?」
悠元の振るった拳は、十三束の腹を直撃した。前屈みになった状態を見逃すことなく、悠元は容赦なく蹴りを食らわせて再び吹き飛ばした。
悠元は確かに魔法を使用している。だが、十三束の[接触型術式解体]では対処できていない。それもそのはず、悠元が使う魔法の魔法式は対象の“上空”に存在しているのだから。
相手が意識しなければ、魔法師は必ず相手へ視線を向ける。現代魔法の性質上、視覚で認識できなければ離れた相手へ正確に魔法を行使することが出来ない。
悠元の事象改変能力は固有魔法[
見るからに息を荒くしている十三束に対して、悠元は涼しい顔をして無防備を装うように立っている。だが、その恰好が無防備とも思えない十三束は、今までにないぐらいに意識を集中させて[セルフ・マリオネット]を発動させる。
(せめて、一矢は報いさせてもらう!)
これまでにない程の速力を以て突撃する十三束。だが、音速クラスの物体すら捉えてしまう悠元の眼は、十三束の姿を確かに捉えていた。そして、悠元は左手を十三束が向かってくるであろう方向に向けて翳した。
「―――[
本来、塊として飛ばすだけの[グラム・デモリッション]に振動の概念を持ち込むことで、一種の
この魔法の最大の特徴は、[
悠元がこの魔法を作るに至ったのは、自身が克服した異常聴覚の現象を利用して、相手に対して意図的に想子の異常感知を引き起こさせることで、冷静な判断力と魔法発動に必要な精神力を奪うことができないかと思案した結果として誕生したもの。
そして、幾度も第三研で軍人魔法師との手合わせを行い、完成させた悠元だけが使える対抗魔法。その効力は、直撃した十三束が意識を手放して床に倒れ込んだほどであった。
「―――そこまで!」
そして、試合続行は不可能だと判断した幹比古の合図により、模擬戦という名の茶番は終わりを告げたのであった。結果は無論、悠元の勝利で幕を閉じた。
◇ ◇ ◇
十三束は保健室に運ばれたが、軽い脳震盪程度のもので魔法はおろか命に直結するようなことではなかった。十三束が目を覚ましたところで、悠元は十三束を屋上に連れ出した。説教をするのかと思った十三束だったが、悠元が魔法を使った瞬間に周囲の景色が一気に変わり、見たこともない場所に立っていたことに驚く。
「え、え? ここは、どこ?」
「―――病院だよ。京都のな」
「どうして……あっ」
悠元の説明に目を見開く十三束。すると、屋上に待ち構えていたような形で一人の女性医師が二人の到着を見て頭を下げた。
「神楽坂様、お早い御着きですね。そして、そちらは十三束さんの息子さんでいらっしゃいますね?」
「あ、はい」
「初めまして。十三束さんの担当をしております
ここは神坂グループ系列の総合病院で、魔法師の患者を優先的に引き受けている数少ない病院。翡翠が倒れてどこの病院に運ばれたのかを調べたところ、偶々この病院だったので悠元が問い合わせをして、可能であれば面会を申し出た。
奏の案内で二人が通されたのは個室タイプの病室。そして、点滴で安静にしているが、十三束翡翠その人なのは間違いなかった。翡翠は悠元もそうだが、息子がまさか京都へ見舞いに来るとは思っても見なかったようで、思わず目を見開いていた。
「鋼!? それに、神楽坂殿まで……もしかして、見舞いに来て下さったのですか?」
「まあ、そんなところです。こちらへは自分の魔法で来ましたのでお気になさらず。今の状態では食べ物を差し入れるのも失礼でしょうし、お花の手配だけにしました」
「そんな……学校もあるというのに、わざわざ見舞いに来てくださって感謝します」
ディオーネー計画の件で対立関係を生じてしまったとはいえ、悠元自身が翡翠に対して含むところなどない。周囲からの無言の圧力に耐えながらも職務を全うしていただけであり、寧ろ責められるべきは圧力を掛けた側である。
十三束はベッドの傍の椅子に座り、翡翠を心配するような表情を見せていた。
「倒れたと聞いて、父さんも心配していたんだよ」
「……ごめんなさい、鋼。心配を掛けさせてしまって。それで、神楽坂殿が態々同席して見舞いに来てくれたということは、私が倒れたことで何かご迷惑を掛けてはいないでしょうね?」
「あ、えっと……」
親子の暖かい風景だったが、翡翠が珍しく強気な言葉を発したことで十三束は言葉に詰まった。まさか、母親が倒れたことで自分が暴走して、学校の生徒会長に決闘を申し込もうとしただなんて言えるはずもなかった。
翡翠は十三束から答えを引き出せないと察したのか、悠元に視線を向けて頭を下げた。
「神楽坂殿、息子が大変ご迷惑をおかけいたしました」
「お気になさらず。一高の生徒会長に決闘を申し込もうとしたところで割込み、自分も立場故に人の夢を我儘だと宣う様な言いようを許せなくて十三束殿の息子さんを叩きのめした事実がありますので」
今回は十三束が加害者側ではあるが、同時にある意味被害者の側面も否定できない。それに、悠元が無理矢理割り込んで腹いせに十三束を叩きのめしたことは事実なので、それについては謝罪のような形で述べた。
「十三束会長、私と司波は自分の夢の為に[恒星炉]によるエネルギープラント計画を進めていきます。日本魔法協会ひいては国際魔法協会の方針に背くことにはなってしまいますが、もし何かお困りの時は師族会議議長として相談には乗りましょう。会長がまた倒れてしまっては、魔法協会の職員も胃を痛めかねませんから」
流石に病人に対して追い打ちを掛けるような真似は出来ない。だからこそ、決意表明に加えて師族会議議長としての役目として翡翠の相談に乗る意思を示した。それを聞いた翡翠は何があったのかを悟って、右手で十三束の左頬を抓った。
「い、いひゃい!? か、かあひゃん!?」
「鋼、私は会長着任の前に言いましたよね? 私が留守の間に問題を起こす様なことは許さないと。四葉殿だけでなく神楽坂殿までも怒らせて、最悪十三束家が取り潰しになっていたかもしれないんですよ! きちんと反省しなさい!」
「ご、ごめんなひゃい!!」
「……(ストレスがかなり溜まってたんだろうなあ)」
母親に叱られて涙目となっている息子の構図がそこに形成されていた。
翡翠が一応病人ということで宥めるべきなのか、療養の一環で彼女のストレスを吐き出させるべきなのか……奏が医師の判断で止めようとするまで、暫くは静観することにした悠元だった。
前半はハンスがらみの件、後半は十三束家がらみです。その関係で一人オリキャラを出しましたが、何かしら原作キャラに絡みがある形で京都・奈良方面にいるであろう人間を考慮した際、司甲(古都内乱編では母親が離婚して旧姓の鴨野を名乗っている)にゆかりのある人間がいいだろうという判断です。
そして、十三束と翡翠に対してのフォローはその後の干渉を極力防ぐ意味合いが強いです。いくら魔法協会の支部長が騒ぎ立てたとしても、会長が素直に頷かない状況を作る意味合いもあります。
余談ですが、とあるキャラの亡くなった母親の名字が気になって調べ直すと、とあるキャラに戦略級魔法を修得できる余地があることが判明しました。
誰かというとアリサです。彼女の母の本名がダリヤ・アンドレエヴナ・イヴァノヴァ(キグナス1巻参照)で、アンドレエヴナは本編中でベゾブラゾフのクローンに名づけられた名ということになっています(原作24巻)。つまり、アリサは戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]を修得できる可能性がある人間の一人、という可能性が出てきたことになります。
だからこそ、キグナスで出てくる権力者はアリサを欲したのでしょうが。