魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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ギブアンドテイク

 期末考査も終わって数日後。悠元と達也、深雪は九重寺に来ていた。

 とはいっても、今日は達也のトレーニングではなく深雪のトレーニングのため。厳密に言えば、九校戦で深雪が担当することになるミラージ・バットの練習のためだ。原作とは違って軽やかな動きを見せる深雪に、達也は妹の成長を複雑な心境で見ていた。

 

 遡ること2か月前。生徒会の仕事にも慣れてきて、体を動かそうと悠元が学校の武道場に通い始めたのを聞いて、深雪があるお願いをしてきた。

 

『その、私に……新陰流を教えてください!』

 

 純然な魔法師である深雪からすれば、同じタイプでありながらも剣術や体術を修めている悠元に頼むのがいいと判断したらしい。

 深雪の意見を尊重させてやりたいと思いつつ、悠元は達也と八雲の二人に確認を取った。

 すると、達也は深雪のお願いならと止めるのを諦め(深雪の泣き落としに完全敗北した)、八雲からは嬉しそうな口調で『寧ろ達也君を超えるぐらいに鍛えてくれるのを楽しみにしてる』と返ってきた。後者は絶対確信犯だろう。ボディーガードより強い魔法師って意味解らねえよ。

 現状は師範代なので次に剛三の確認を取ったところ、弟子の一人ぐらい見てくれないと困るということで快諾。深雪の母である深夜には剛三から話をつけるとのことだった。

 深夜からは(アドレスを教えていないのに届いた)メールで『不束者の娘のこと、宜しくね』と書かれていた……間に絶対何かが入っていそうな文面に、思わず頭を抱えたくなった。

 武道場の使用許可は十文字会頭がすんなり出してくれた。面倒事にならないようにと一応『軽運動部』という体となっていた。

 

 深雪の魔法特性を考えるなら体術一本に絞った方がいいと考え、基礎的な柔軟や体捌きから教える。新陰流は体術一つとっても柔術・合気道・空手に留まらず、数多の中国拳法やムエタイ、カポエイラなどといった世界各国の武術も融合してその体を成している。

 どこかの創作物で聞き覚えのある感じだが、「得るもの全てを糧とし、其を己の武とし、己の護りと成す」―――それが新陰流剣武術の教えである。

 

 意外だったのは、基本が出来ていたお蔭でかなり呑み込みが早いことだ。それにしても、道着姿の深雪は……うん、刺激が強いというのは否定しない。手合いで油断してるとこっちが意識持ってかれるので気は抜けないのだが。

 なお、道着は九重寺での鍛錬の時に貰ったらしい……深い意味はないが、あのエロ坊主を一度本山に送った方がよくないか? と思わなくもなかった。

 

 鍛錬自体見世物でないはずなのに、他のクラブ連中まで覗きに来る始末。

 桐原が来たときは紗耶香に連絡して強制連行してもらった……その後で深雪から紗耶香のプライベートナンバーを知っている件について物凄い笑顔で尋ねられたが、今回のことを想定してのことと説明すると何とか納得してくれた。

 

 この前非魔法系競技である空手部の連中が深雪を連れて行こうとしたので、その連中全員に奥義の一つである『青龍嵐脚(せいりゅうらんきゃく)』をお見舞いした上で、それを引き取りに来たほかの連中に少し殺気込の視線で睨み付けた。

 相手が先輩だろうと、無理やり女の子を連れて行こうとした時点で有罪(ギルティ)だ。奥義はやりすぎだって? 魔法は使ってないし、連れて行こうとした連中全員気絶させただけなのでセーフ。

 

 風紀委員の仕事を作ってしまったような気がしたが、対応に来た森崎から『お前、魔法なしでも強いんだな……』と感心された。同じく対応に来た沢木からは『今度マーシャル・マジック・アーツ部に来てくれ。歓迎するから』と言われた。男に好かれても嬉しくねえ…。

 何故か深雪の好感度がやたら上がった気がした。ついでに風紀委員の巡回で偶に来る達也からも『お前は不思議だが頼りになる』と肩に手を置かれて言われた。一言余計だよ、達也。

 

 すると、その噂を聞いたレオと燈也、エリカも顔を出しに来るようになった。深雪のように体術は教えないが、柔道で体を動かすぐらいのレベルの運動をするようになった。加えて他の生徒会の面々も『軽運動部』の範囲で書類仕事で鈍った体を動かしていた。

 前に深雪がエリカと手合わせをして、エリカを投げたときにちょっとビビったのはここだけの話だ……もしかして、兄や姉たちのようなパワーアップが起きてるのか?

 

 ちなみに、こういったことに対して真っ先に来そうな達也が参加しないのは、八雲から『僕から一本取れたら悠元君に話をつけてあげよう』という条件があると達也本人から聞いた……絶対楽しんでるな、あのエロ坊主。

 まあ、風紀委員の巡回がてら様子を見に来ることはあったりするが。

 

 閑話休題。

 

 九重寺には以前のように魔法を駆使した走りではなく、電動二輪車で向かうことになった。今回は競技の練習なので無理もない。なお、悠元が免許と電動二輪車を持っていたことに達也と深雪は驚いていた。

 バイクはわかりやすいように達也が黒、悠元が銀とカラーリングを分けている。銀は目立つのでは? という疑問もあったが、いざとなれば忍術でも使って認識阻害すると答えた悠元に二人は揃って苦笑するしかなかった。

 その意味で九島家に行った意味はあったというものだ……現当主に嫁云々言われた時は本気で殺気を向けたくなったが。

 

 別に一人乗りでもよかったわけだが、深雪は悠元の後ろに乗った。密着されるとその感触がスーツ越しに伝わるが、事故を起こしては本末転倒と割り切った。

 そんな様子を達也が少しにやけるような雰囲気で見ていた。誰か、感情が乏しいこいつをドギマギさせるような女性が出てこい、と心の中で祈ったのは内緒である。

 

 九重寺に入ろうとしたところで、八雲から荒っぽい歓迎をされる。通例とはいえ、それに驚いた深雪が悠元の背後にしがみつき、『み、見ないでください』と小声で言われた悠元は視線を向けるわけにもいかず、どうにも言えないような表情を浮かべる。

 深雪の様子を達也はそれとなく察し、八雲は意味深な笑みを悠元に向けていた。

 

 ミラージ・バットの練習と言っても本番のようなものではなく、八雲の古式魔法の一つである幻影魔法『鬼火』を深雪が手に持つ短い杖で両断していく。

 深雪のCAD自体は既に九校戦用規格を見据えてオーバーホールしたものを使用しているため、ほぼ実際の挙動状態で練習が可能になる。これで他の人も合わせて対戦形式にできればいいが、練習できているだけでもありがたいのに文句は言えない。

 両断した玉の数が50を超えたあたりで達也は深雪に小休止の合図を送ったのだった。そして、達也は飲み物を八雲に差し出した。本来は深雪の役目なのだが、今日は彼女の練習なのでその役目を買って出ていた。

 

「ありがとうございます、師匠。場所を貸していただくだけでなく、修行の相手までしていただいて」

「なに、深雪君も僕のかわいい教え子だよ。尤も、最近は気になる彼に弟子入りして、体力もしっかりついてきたみたいだね。その意味じゃあ僕も顔負けという他ないよ」

「ええ……悠元も深雪のことを考えて鍛錬を積ませているようですから」

 

 二人が話しながら見ている先では―――悠元が飲み物を差し出して、それを深雪が受け取って口にした。

 新陰流に弟子入りとはずいぶん思い切ったことを……と達也は思ったが、九重寺でのハードな乱取りよりも悠元にマンツーマンで指導してもらった方が兄として安心できる……そんな一面があったのは否定しない。

 

「彼の修めた武術は特殊だからね。その意味で深雪君にもすんなり合ったのかもしれない」

「師匠の教えがあったからこそ、と言っていましたけど……その悠元が古式魔法を使えるのは、正直驚きました」

 

 達也がそう言っている視線の先で、今度は悠元が印契を結んで古式魔法を発動。人払いの結界の展開と『鬼火』を空中に浮かび上がらせて、深雪が再び飛び上がって両断していく。

 悠元は当初古式魔法を使う予定などなかった。だが、八雲が『彼もこれぐらいできるよ』と言い放ち、深雪から「是非お願いします」と言われたので『やってやろうじゃねえか!』と内心で叫びつつ古式魔法を使う羽目になっていた。

 彼自身、忍術の部分は秘術故に口外できないと言っているが、その理由も魔法使いの事情所以であると達也は察していた。なので必要以上に尋ねることはしなかった。

 

「新陰流の忍術は、僕の使える系統の忍術も取り込んでいたりする。無論、人払いの結界や『鬼火』ぐらいは簡単に出来るけど……あの若さで会得しているのは、間違いなく彼の才能だよ。折角だから、僕の『鬼火』でも追いかけてみるかい?」

「いえ、今日は深雪の練習ですし、遠慮して―――誰だ」

 

 八雲の提案に対して絶対弄ぶ様な動きにすると読んだ上で断ろうとしたその時、何かを感じて発動した達也の『眼』に存在が引っ掛かり、それが気配へと変化した。警戒する達也に対し、八雲はその人物を受け入れるように声を掛けた。

 

「おや、遥クン」

「―――先生はともかく、司波君に気付かれるとは思いもしませんでしたけど」

「彼の目を誤魔化したかったら、気配を消すんじゃなく、気配を偽らないと。悠元君なら簡単に出来てしまうだろうね」

「成程。勉強になります」

 

 八雲の呼びかけに答える形で姿を見せたのは第一高校のカウンセラーである小野遥であった。

 その存在に気付いた深雪が悠元に視線を送りつつ地面に降り立ったところで、悠元は結界と『鬼火』を解除した。流石に突然の来客である遥がいては練習にならないと判断してのことだ。

 

「……どうして小野先生がここに?」

「警戒しなくても大丈夫だよ、達也君。遥クンは僕の教え子だ」

「お邪魔してごめんなさい。ミラージ・バットの練習中だったみたいだけど……司波さん、九校戦に出るの?」

「正解。深雪君はアイス・ピラーズ・ブレイクとミラージ・バット、隣にいる悠元君はアイス・ピラーズ・ブレイクとモノリス・コードに出場する」

「二人とも、2種目に出場するなんてすごいわねー!」

 

 ……明らかに白々しい二人の言葉の応酬に達也の不機嫌さは増していく。なので、悠元は八雲に声を掛けた。

 

「先生、達也が不満を爆発させる前に事情を説明したほうが宜しいかと」

「それもそうだね。遥クン、いいかな?」

「どうせいないところで喋るんでしょ?」

 

 上手く会話誘導できたことに内心ホッとしたが、達也に驚くような表情を向けられた。その真意を深雪に視線で尋ねると、深雪は苦笑っぽい表情を浮かべていた。表情で語る前に言葉を発しろ。いや、フィーリングで視線を向けた自分にも言えることだが。

 

「じゃあ本人の了解が取れたということで。遥クンは公安の秘密捜査官だよ」

「正確には第一高校のカウンセラーとなってから公安の秘密捜査官になった、というのが正しいかな。それに、九重先生の指導を受けていたのは2年前から1年間だけだから、達也君の方が兄弟子になるわね。その後は上泉先生の教えを受けているから、三矢君も兄弟子になるってところかしら」

 

 たった1年の教えであれだけの隠形ならかなりのレベルだろう。尤も、古式魔法を発動させているときにも遥の存在は気付いていたが、あえて言う必要もないので黙ることにする。

 

 意外なのは剛三が遥を直接教えているということだ。ああ見えて剛三は一途なので、単純に遥の特性を見て面白いと感じ、指導しているのは確かである。

 剛三の教えを受けた総本山の上段者クラスは、内情や公安の秘密捜査官になっているものも多いので、その伝手もあるだろう。本来秘密なのに知っているのは、これも上泉家の成せる技というべきかもしれない。

 

「それにしては、見事な隠形でしたが」

「私の魔法特性だもの」

「成程―――BS(Born Specialized)魔法師でしたか」

「その肩書は好きじゃない」

 

 まるで同年代の少女のような拗ね方に、達也は失笑を漏らしてしまう。

 BS魔法。先天的特異魔法とも呼ばれ、生まれながらに強力な『超能力』に匹敵する能力を有する魔法を指す。

 何かに秀でた、特化した能力は多種多様化した現代魔法から見れば一段下に見られがちだが、その能力を生かせる職業であれば「何でもできる」魔法師よりも秀でた存在に化けることもある。

 

「司波君に三矢君。本来、公安の秘密捜査官は極秘だからオフレコで頼むわね」

「分かりました」

「自分も他言はしません。その代わり、ブランシュみたいな連中が現れた際は早めに情報をお願いします」

「……分かったわ。ギブアンドテイクで行きましょ」

 

 まあ、公安が動かない場合は最悪『八咫鏡』で全部情報引っこ抜いてシンジケートを潰すだけなんですけどね。そうなると彼女も可哀想なので、適当に“臨時収入のバイト”で動いてもらうけど。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 魔法大学付属高校にとって夏の九校戦、秋の論文コンペティションは一大イベントとも言える。

 そして、この両方でトップに立った人間が過去に一人だけいる。

 九校戦では女子スピード・シューティングと女子アイス・ピラーズ・ブレイクで新人戦・本戦2種目三連覇を果たし、一高の総合優勝奪還を果たす。

 論文コンペでは、その人物が3年の時に『加重系統マイナスコード』という基本(カーディナル)コードの一つを発見するという論文発表を行い、九校の生徒の度肝を抜いて優勝した。

 

 いつものように弁当を手に持った真由美は摩利と一緒に生徒会室に入る。すると、真由美が自分の座る席につかず立ち止まったことに摩利は首を傾げた。

 

「真由美? どうした、顔が真っ青だぞ?」

「あ、ああ……」

「?」

 

 まるでこの世の終わりでも見たかのような恐怖を抱いている真由美に、摩利は一体何が……と振り返ると、そこには夏らしくも露出が控えめな私服を着た糸目の女性が立っていた。

 長い髪を前に垂らす形で結び、にこやかな表情を浮かべている人物に摩利は目をパチクリさせていた。

 

「摩利、お久しぶり。今日はちょっと……現会長に用事があったから、ね」

「か、佳奈さん? お、お久しぶりです!」

「うん、久しぶり。早速だけど摩利……そこの腹黒狐(アホ)を捕えろ」

「ハッ! 神妙に縛につけ!」

「摩利の裏切者ぉ!!」

 

 ―――三矢(みつや)佳奈(かな)。三矢元の次女で現在国立魔法大学の2年生。

 先々代の生徒会長にして一高の九校戦総合優勝奪還のチームリーダーを務めた人。

 3年の時に論文コンペで加重系統マイナスコードを発表して優勝した人物。

 そして、現3年の最強世代()()に勝った唯一の人間。

 

 力関係により逆らえない彼女の指示により、摩利は真由美を拘束したのだった。

 


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