魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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次元の壁を超える可能性

 ピクシーによる水波の映像説明(しゅうちプレイ)はともかくとして、一先ず床に倒れたままの桜井水波(以後は桜井と呼称)をソファーに寝かせる。達也は四葉本家に対して説明するために端末を操作する間、悠元は周囲の気配を探る。

 すると、本来近寄れない筈の結界の中に入り込んでいる装甲車が一台存在していることに気付く。元々認識阻害の為の結界なので、ファンタジーのような“魔除けの結界”ではないために入った相手を無条件で排除するようにはできていない。

 

「……誰かが夕歌さんの張った結界の中にいる。それも、読み取れる情報からして国防陸軍の装甲車? だとすると……」

 

 悠元謹製の結界魔法を欺ける人間はそうそう居ない。そして、その数少ない人間が装甲車に乗っているとすると、選択肢はほぼ一人しかいない。桜井のことは達也に任せつつ、深雪に視線を向けた。

 

「深雪、どうやら国防陸軍の“知り合い”がいるようだ。俺が対処するから、達也にはそう伝えておいてくれ」

「分かりました」

「水波、万が一のこともあるので、暫くは直ぐに魔法を展開できるようにしておいてくれ」

「畏まりました」

 

 深雪と水波にそう伝えて悠元はベランダに出て靴を履くと、そのまま魔法も使わずに飛んで中庭へ着地して走り出す。悠元が気配を見つけた先には一台の装甲車がいて、感じられる魔法の波長から術者の見当をつける。

 そして、躊躇うことなく悠元は装甲車の上に飛びあがって降り立ち、[ラグナロク]を装甲車に向けた上で魔法を併用する形で装甲車の中に呼びかける。

 

「さて、こんな真似をした以上は説明して頂こうか、第101旅団独立魔装大隊・大隊長、風間玄信中佐?」

 

 明らかに“怒り”を込めたような口調を発した悠元に対し、装甲車から降りたのは風間一人だけ。他の部下もいると思われるが、中から感じられる気配に敵意や害意は一切認められなかった。

 風間も悠元の怒りを感じ取ってしまったため、部下に対して抵抗の意思を見せるような真似は慎めと言明した上で、一人で悠元の前に相対した。だが、悠元は[ラグナロク]を下ろすような真似は見せていない。もし、ここで風間が敵意を見せれば、その瞬間に装甲車が“消滅する”ことも覚悟せねばならない……ということは、無論風間も理解している。

 

「ロクに支援も寄越さず、必要とあらば達也の力を当てにして、終いには達也を囮にでも使うような真似をした。そんなのは軍人の範疇ではなく工作員の領分だ。いつから独立魔装大隊は魔法師の工作部隊へと堕ちたのですか?」

「そのようなことは……」

「無いと? じゃあ、何をしていたのか当ててみせましょうか? 恐らく、ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]の観測でしょう?」

 

 悠元の問いかけに対して風間は何も答えない。いや、何も“答えられない”。何せ、悠元は気配の抑制を切った上で風間と相対しているが、殺意は一切見せていない。気配だけで相手を完全に黙らせるという所業を受けたのは、風間からすれば“二人目”だった。

 

「敵の戦力分析という意味では、達也を“取り返しが利くコラテラルダメージ”と位置付けてベゾブラゾフの戦略級魔法を解析する……達也でなかったら破綻している行動ですし、そもそも未来ある若者を平気で犠牲にしかねない行為を国防陸軍がやったという自覚をご存じなのですか?」

 

 正直、原作の達也が今回のことで国防軍に見切りをつけていたとしても、何ら不思議ではない。原作の展開では、水波が居なければ深雪を喪っていたかもしれないという最悪のケースを考えた場合、達也が深雪や水波のことすらも“国防を預かる軍人の救う対象として見なかった”ことに内心で憤っていても、それは当然の帰結と言える。

 

「言っておきますが、俺は別に貴方の謝罪を望みません。ですが、貴方の上司の命で立ちはだかった場合は、この国を護る使命を帯びたものとして本気で叩き潰します。今回の件は不問にするので、とっととお帰り下さい」

 

 これ以上何も言わない風間に言い放ったところで何も返ってこないと判断した悠元は、[ラグナロク]を懐に仕舞って姿を消した。そうして悠元の気配が消えたことを確認した風間は、その開放感からか思わず片膝をつくような格好となった。

 額からは汗が噴き出しており、悠元との相対は風間にとってかなり精神を消耗した形となった。

 

「……剛三殿のように、殺意を出さずにあそこまで圧倒されてしまうとはな」

 

 そう呟いた風間だが、早くここから出なければ四葉家の関係者に何を問われてもおかしくは無いと考え、自らを奮い立たせるように立ち上がると装甲車に乗り込み、ここから急いで去るように指示したのだった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 悠元は伊豆の別荘ではなく、そのまま箱根の神楽坂本家に飛翔した。本家の使用人がいきなり姿を見せた現当主の姿に驚かない様子を見せていたため、先程の[トゥマーン・ボンバ]の兆候を察知して周知した可能性が高い。

 そのまま屋敷の離れに案内された悠元が目にしたのは、寝起き気味で寝間着姿の千姫(ははおや)だった。

 

「母上、叩き起こしてしまったようで申し訳ありません」

「別にいいのよー。寧ろ“汚い魔法”で叩き起こされたようなものだし……あ、勿論達也君や深雪ちゃん、悠君の魔法じゃないよ」

 

 古式の術者からすれば現代魔法師を快く思っていない節があったりするが、ベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]を“汚い”と表現するのは、後にも先にもこの人か剛三ぐらいしかいないだろう。

 ともかく、伊豆の別荘で起きた一連の流れを説明すると、千姫は使用人が持ってきた濃いめのほうじ茶を啜りながら思案していた。そして、一息吐いた後に悠元へ視線を向ける。

 

「他の世界から来た経験をしている悠君からして、もう一人の桜井さんはどう見えたのかな?」

「本人に仔細を聞かないことにはどうにも言えませんが、恐らく他の世界から“飛ばされた”とみるのが一番妥当でしょう」

 

 少なくとも、原作世界に“三矢悠元”と呼ばれていた存在は確認出来ていない。そうでなくとも、三矢家に達也や深雪と同学年の人間がいたことも無い。彼女が飛ばされた元々の世界がどうなっているのかも不明なため、まずは日常生活を送る分には支障のない程度に回復はさせた。

 

「防御による反動を受けていない筈の水波とそっくりの人間が魔法演算領域のオーバーヒートと思しき症状で倒れていたのを見るに、想定される状況では自分のような干渉をしなかったが故に発生した、と推察しました」

「成程ね。とりあえず、その子は魔法医療大学付属病院で入院させることにしましょう。にしても、深夜ちゃんだけじゃなくて真夜ちゃんまで女にしちゃうなんて、流石悠君ね」

「その片棒を担いだ側がそれを言いますか」

 

 四葉家と言うか、達也と敵対しないために友好的な関係を築こうとしただけで、結果的に四葉家の関係者だけで五人(深雪、夕歌、水波、深夜、真夜)と関係を持ってしまった形となる。

 別に自らハーレムを望んだ訳ではないし、一夫一妻となったら間違いなく深雪を選んでいただろう。それが、『悠元の性欲を深雪一人で処理するには重すぎる』という理由も含めて愛人込みで17人の女性を囲う形となった。

 最初は『そんな訳ねえよ……』と否定したが、関係を深めるにつれて収まることのない欲の深さに対して、思わず溜息が漏れたのは言うまでもない。

 

「ちなみにだけど、真夜ちゃんは『たっくんが独り立ちしたら家督を譲って、姉さんと同じように悠元君の愛人として転がり込んでもいいですか?』って。どこぞの馬鹿の仕業とはいえ、あんな辛いことを経験したのだから、悠君が責任を持って囲ってあげてね」

「……もうこれ以上増やさないでください」

 

 真夜は深夜のように魔法治療を施していないが、万が一の保険を使った副作用として悠元の魔法の影響が真夜にも及び、見た目は20歳ぐらいに若返っていた。これで四捨五入して50歳と言われても信じようがない有様だった。そのせいで深夜にも更にせがまれたのは言うまでも無かった。

 真夜の女性としての辛い経験を持ち出されては、流石に断ることも難しくなる。せめて、もうこれ以上は勘弁してほしいという言葉を漏らすことしかできなかった悠元だった。話が逸れてしまったので、桜井水波に関する話に戻す。

 

「それにしても、国防軍のねえ……情報部の件といい、そんなに悠君や達也君を支配したいのかしら。魔法を縛るのは法ではなく、本人たちをどれだけ納得させられるかの交渉材料を提示することでしょうに」

 

 例えば、国防軍で使う銃器などの兵器類は国防軍法という軍規(ルール)に課せられた範疇で使用している。民間レベルで言えば、銃刀法というルールを用いて無用な殺生を固く禁じている。感情という衝動的なものを法規という形で律するのが法治主義の在り方であり、人間は各々の国に課せられたルールで暮らしている。

 だが、魔法は縛る為の明確な規則が存在しない。緊急時を除く魔法行使には厳しい制限が課せられているものの、それが法律としての体を成しているとは言い難い。とりわけ、戦略級魔法クラスとなれば逆に国家でも重要な戦力として成立するため、術者個人を止めるというのは極めて膨大な負担を強いられることもある。

 

「自分の場合、名誉や栄光に拘らなければ常識の範疇で別に構わないですがね。だからこそ、[トーラス・シルバー]のことも一切明るみにしてきませんでしたので」

「悠君のように考えられる戦略級魔法師なんて、それこそ義兄(あに)ぐらいでしょう。後は達也君ぐらいかしらね」

 

 個人で強大な力を持っているがために国家では抑えきれない。下手に国内へ刃を向けられるぐらいならば、国外に矛先を向けてもらうことで最終的に国家の利へと変換する。ベゾブラゾフが政府を気にすることなくあれこれ行動出来ていたのは、彼個人を止めるための選択肢が新ソ連政府に“あまり存在しない”という側面が大きいのだろう。

 

「それで、今回ベゾブラゾフは殺さなかったみたいだけど、国家元首の方は? 悠君がクレムリン宮殿を半分綺麗に吹き飛ばしたんでしょう?」

「まあ、命がある様に撃ち込みましたよ……あれだけの威力を叩き出しておいて魔法兆候がほぼ関知されなかったのは、当人としては正直複雑ですが」

 

 神楽坂本家へ来る前に[天神の眼(オシリス・サイト)]で確認したところ、新ソ連の首相は泡を吹いて気絶していた。護衛に運び出される形で宮殿の外に出たが、これでも懲りないならば、今度は新ソ連の軍事施設を片っ端から[トゥマーン・ボンバ]で永久凍土層を溶かして地盤沈下させてやろうと目論んでいる。

 魔法自体の行使は確認できるが、なまじ基礎単一系程度の感知しかされないという事実は一昨年の『灼熱と極光のハロウィン』で確認済みだが、今回改めて国防軍が観測したデータを確認したところ、主に目立ったのはベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]のデータだけで、達也や深雪、水波と同じ規模での魔法感知しかされなかった。

 相手に実力を隠すという意味では理に適っているが、それでも常識の範疇であってほしかった……という思いを込めてぼやいた悠元に対し、千姫は口元に手を添えつつも笑みを漏らしていた。

 

「そんな所業は、この家の初代様以来のことです。もしかしたら、悠君が初代様の“先祖返り”なのかもしれませんね」

「過去の偉人のぶっ飛び具合に勝てる気が全くしないのですが……」

「悠君? どうしたの?」

「ふと思ったのですが、この世界に迷い込んだのが彼女だけと結論付けていいのか、と思いまして……母上には話します。突拍子もないことかもしれませんが」

 

 そして、悠元はこの世界―――『魔法科高校の劣等生』という世界のことを創作物という認識で知っているということ。そして、桜井水波は物語上重要なキーパーソンの一人ということも付け加えた上で。

 それを聞いた千姫は少し思案した後、悠元に対して話し始める。

 

「成程。それで水波ちゃんを治療したのね。そうなると、同じような立場の人間がまだいるのね?」

「はい。名は九島光宣。この世界では壬生家の養子になりましたが……もし、桜井水波が世界の修正力に干渉する形で迷い込んだとするならば、彼も何らかの形でこの世界に迷い込んだと想定されます」

 

 千姫が信じたのは、神楽坂家と上泉家で分割管理している究極魔法[夢想天成]のことが念頭にあるのだと推測した。

 にしても、伊豆の別荘に保険として送った漆黒の立方体―――悠元が名付けた名称は聖遺物(レリック)時空の道標(エターナルポース)]―――がこんな効力を有するものだとは思わなかった。桜井の面倒を達也に任せた際、そのレリックは回収した。

 そして、悠元が改めて[エターナルポース]を取り出すと、今まで魔法障壁の魔法陣しか彫られていないただの箱だったものが、刻まれた魔法陣が淡い光を放っていた。

 

「これが、悠君の言っていたレリックね。しかも、今まで死んだに等しい状態だったのに……悠君は世界に認められたのかも知れないわね」

「聞かなかったことにしていいですか?」

 

 このレリックを改めて[天神の眼(オシリス・サイト)]で確認したところ、世界各地に存在する“文明の遺跡”に瞬間移動できるような魔力の接続(パス)が確認出来た。

 つまるところ、このレリックは異なる次元を繋ぐだけでなく、その力を応用して遠く離れた二点を繋ぐ“鍵”のような役割を果たしている。ようは悠元の[鏡の扉(ミラーゲート)]に近い能力を発揮できることになる。現状、[ミラーゲート]のような使い勝手の良さはないのだが、これを解析して2点間を接続する[瞬間移動]が出来る可能性がある。

 あの勾玉の件だけでも正直腹一杯の気分なのに、厄介事がまた増えることになろうとは思いもしなかった。

 

「仮に、九島光宣君が飛ばされていたと仮定して、悠君はどうするの?」

「まずは話し合ってみようと思います」

 

 仮に水波が今のような状況に陥っていたら、即座に治した上で対抗策を考えることに注力していた。だが、オーバーヒートを起こしているのは桜井のほうで、現状では彼女を回復させた影響が水波に及ぶ可能性は極めて低い。さらに、同じ遺伝子を有している同一の存在であるはずなのに、双子のような共鳴現象も確認できていない。

 これはあくまでも水波の場合であり、光宣の場合はその限りではないかも知れないが。

 

「言い方は悪いですが、桜井さんは他人みたいなものです。相手が何を望んで行動する気なのかを確認するだけでも大分違うでしょうし」

「それもそうね」

「それに、上手く行けば彼に一芝居売ってもらうことも考えていますので」

 

 考えて見れば、原作のこの段階での日本はUSNA、新ソ連、大亜連合、イギリスと面倒事のオンパレードというか、強制的に四正面作戦を強いられているような状況になる。もし、仮に九島光宣が転移してきたとすれば、彼にUSNA方面のヘイトを一時的に請け負ってもらうことを提案する気でいる。

 

「ともかく、現状では彼女一人だけしか確認されていない以上、まずは彼女から事情を聞けるような雰囲気づくりが大事でしょう」

「そうなってしまいますね。そう言えば、義兄(あに)と姉さんから連絡が来て、イギリスの“時計塔”を沈めたそうよ」

「……」

 

 別にビッグ・ベンそのものを沈めたわけではなく、英国に古くからいる古式魔法師たちの組織を潰したそうだ。何でも、奏姫に手を出そうとしたところで剛三が殴り込んだとのこと。

 

「予定だと、この後USNAに向かうんですよね……スターズのロズウェル米軍基地が更地になるという悪夢が脳裏をよぎったのですが」

「奇遇ですね。私の脳裏にもそう見えてしまいます」

 

 基地を潰したりすることは、別に今始まった事ではない。正直、同情の念を禁じえないと思ってしまえるほどに、USNAの情勢が極まっていたのは言うに及ばずであった。

 




 レリックの元ネタは某有名な海賊漫画ですが、あちらは“特定の島を永久的に指し示す道標”なのに対し、こちらは“レリックに対して何かを引き寄せる”というものとなっています。更には移動機能付きというオマケまで発生していますが、悠元がこれを使う必要はありません。
 千姫が悠元の発言をすんなり認めるのは、究極魔法[夢想天成]の真価を神楽坂家の名を継いできた人間として把握している為です。本文中ではあまり触れていませんが、実姉の奏姫が“転生者”ということもそれとなく察していたりします。だからこそ、悠元の神楽坂家入りをあっさり認めた経緯があります。
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