魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

461 / 551
過去からの来訪者

 桜井は旧群馬県にある国立魔法医療大学付属病院に入院することとなった。彼女の護衛には神楽坂家から連絡を受けた上泉家が非魔法師の女性の門下生を派遣している。普通ならば魔法師を派遣するだろうが、こういったケース自体は古式の術者からすれば既に知っている現象であり、彼女の自然治癒の妨げにならないような配慮の結果だった。

 魔法に関する知識に強い医者がいるのならば、無理に付き添う必要も無いと判断して町田のマンションに戻ったのが午前10時。達也らもマンションに戻ることとし、四葉本家から人員を派遣するらしいと達也から聞くこととなった。

 

「悠元さん。彼女は大丈夫でしょうか?」

「……どうとも言えんな。最悪の場合は俺が治療することになるが」

 

 仮に治療したとして、今度は水波をどうやって元の世界に送り返すかが重要となる。一番早いのは[夢想天成]によって次元の壁にワームホールを開通し、水波を送り出すという方法。だが、単独で送り返すには多大なリスクを負う危険性があるだけでなく、もう一つの問題もある。

 

 それは、[夢想天成]発動による次元の壁への干渉は、()()()()半年の期間を置いてから発動せねばならないという点。このことは天神魔法の創始者である賀茂茂明と安倍晴明が警告していた事項の一つとして語られている。

 短期間にホイホイ連発なんかすれば、重力の壁が揺らいで実体世界と精神世界の境界が曖昧となり、実体世界に[パラサイト]が蔓延するということにも繋がる。悠元が[夢想天成]を使用したのは今年の2月下旬。なので、修復のサイクルを考えると使用できるのは最短でも8月下旬の話になってしまう。

 あれこれ考えても仕方が無いと溜息を吐き、悠元はテーブルの上に[時空の道標(エターナルポース)]を置く。

 

「これは確か、一昨年の時に使ったものですよね?」

「ああ。どうやらこいつが彼女を呼び寄せたようだが……コイツの対になるものがどこかにあるはずなんだ」

 

 [エターナルポース]は単体でも2点間の遠く離れた場所を繋ぐ力を有するが、次元を繋ぐとなると、当然桜井の世界にも[エターナルポース]が存在しているということになる。だが、彼女は戦略級魔法を放つには魔法演算領域の出力が足りない。

 そうなると、似たような状況が桜井のいた世界でも生じたということになる。

 

「この世界にですか?」

「いや、彼女の世界にあると思しきものだ。なので、彼女がコイツの所在を知らなかったとしても不思議ではないんだが」

 

 水波と瓜二つの恰好で飛ばされたことを考慮すると、“西暦2097年6月9日前後の並行世界(正確には彼女が衰弱するほどの攻撃を受けた時点の世界)”と考えるのが一番可能性の高い線となる。戦略級魔法クラスの事象干渉力という点で言えば、ベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]クラスを防御しきった反動で倒れたとみるべきだ。

 彼女の記憶を魔法で読み取っても良かったのだが、目を覚ました彼女が混乱してしまう状況を考えると、そこまで性急な判断は出来なかった。

 

「このレリックがここまでのものだとすると、正直[シャンバラ]の存在も強ち伝説と呼べなくなってしまうが……その話はまた今度だろうな」

 

 悠元は徐に立ち上がり、出掛ける準備を始めたことに深雪は首を傾げた。

 

「どちらに出掛けるのですか?」

「……ああは言ったが、もしかしたら目を覚ますかもしれないからな。それに、元継兄さんと今後のことを詰めておかないといけない」

 

 ディオーネー計画の工作が頓挫したと見做してのベゾブラゾフの攻撃。そして、修正力が働いたかのようにこの世界へ飛ばされたもう一人の桜井水波。繋がる形で発生した二つの事象は上泉家も既に把握していることだろうと思うが、直に会って話をするのが妥当と判断した。

 

「深雪はどうする? 人員次第ではエレカーになってしまうが」

「ご一緒しても宜しいですか? 水波ちゃんにも声を掛けてきますね」

 

 そう言って部屋を出ていく深雪を見送ると、悠元は徐に[エターナルポース]を手に取った。もし、この存在が数多の世界を繋ぐものだとすれば、この世界の修正力に呼応する形であらゆる人間が飛ばされてくる可能性がある。

 

「……まさかとは思うが、死んだ人間すら次元を超えるなんてことにならないよな? 仮にそんなことになれば、いよいよ収拾がつかなくなるぞ」

 

 ぼやき気味に述べた悠元だが、そのつぶやきに呼応する形で[エターナルポース]が光り輝く。流石に手放すとマズいと判断したのか、悠元は事象干渉力を使って[エターナルポース]の発動を抑え込もうとするが、レリックは更に輝きを増す。

 光り輝いたのは数秒。流石に某大佐のような目潰しを食らうことは回避したが、悠元が閉じていた瞼を開いた先には、一人の男性がそこに立っていた。金髪碧眼の若い男性なのは間違いないが、少なくとも悠元が知る人間ではなかった。

 

「……どちら様ですか?」

「ここは……君は、日本人かい?」

「ええ。正直に言うと日本ですが」

 

 男性が英語で話しかけてきたので、悠元も英語で答える。すると、男性は土足だったのですぐさま靴を脱いでいた。ともあれ、自室にいたのでは話にならないと判断してリビングに移動した上で男性と話すこととなった。

 

「それで、貴方は……えっと」

「アルフレッド・フォーm……いえ、すみません。アルフレッド・ストライフといいます」

「……(今、フォーマルハウトと名乗ろうとして訂正したように聞こえたな)」

 

 悠元は近くにあった端末でスターズの情報を読み出す。そして、アルフレッド・フォーマルハウト中尉の情報にあった顔写真と目の前にいる人物の容姿が見事に一致した。その様子を緊張した面持ちで見ているフォーマルハウトに対し、悠元は尋ねる。

 

「ストライフさんとお呼びしますが、まずはこちらからの質問にお答えして頂けますか? そうすれば、貴方の知りたい情報を提示することが出来ます」

「……分かりました。お答えしましょう」

 

 そうして始まったフォーマルハウトとの質疑応答。

 まず、彼が最後に認識していた日付が2095年10月31日―――『灼熱と極光のハロウィン』があったという報告を受けた日までの記憶しかない。つまり、彼がダラス国立加速器研究所の実験に護衛として参加し、[パラサイト]に寄生されてリーナに処断されるまでの記憶はない。

 この時点で、フォーマルハウトは過去から飛ばされた人間ということで間違いない。しかも、悠元が起こした事象の一端を把握しているとなると、ほぼ同一の世界線上から飛ばされたとみて間違いないと思われる。

 

「えー……まずはストライフさん。結論から言いますと、貴方がいた世界の未来となり、更に貴方は死んでいます。国家に叛逆したという罪で処断されたのです」

「そんな……スターズの人間でもある私が……」

 

 ショックのあまり、フォーマルハウトは自分がスターズの人間であることを取り繕える余裕を無くしていた。無理もない。『そんなことをするはずがない』と思い込んでいた人間ほど、未来の自分の顛末を聞かされたらショックを隠せないものだと思う。

 

「―――USNA軍魔法師部隊・スターズ第三隊隊員、アルフレッド・フォーマルハウト中尉。それが貴方の肩書きですね?」

「……ええ。その通りです。だが、何故君が?」

「自己紹介がまだでしたね。護人・神楽坂家当主、神楽坂悠元。貴方方が血眼になって探している日本の戦略級魔法[シャイニング・バスター]―――正式名称[星天極光鳳(スターライトブレイカー)]の術者です」

「っ!? 君が…新ソ連の部隊を倒してウラジオストク軍港を消滅させた……」

 

 フォーマルハウトは悠元の正体を知り、臨戦態勢を取ろうとするが全く動けないことに気付く。魔法による事象干渉ではなく、彼が放つ気配で自身の無力さを体感する羽目となったことに、フォーマルハウトはただ悠元を見つめる事しか出来ない。

 

「ここで俺を殺そうものなら、返す刃で貴方を殺す。どうする? この情報を持ってUSNAに帰ったところで、死んだとされている貴方を信用されるだけの根拠などない」

「……」

 

 嘘や偽りなどは感じない。それが、悠元の雰囲気と言葉から感じ取れたフォーマルハウトの出した結論。そして、彼は辛うじて両手を挙げて降参の意思を示した。それを確認した悠元は気配を抑えると、フォーマルハウトは大きく息を吐いた。

 

「参った。どうやら、君の言っていることは真実のようだ……私をどうする?」

「別に何もしない。だが、こちらの知る貴方が既に死んでいる以上、貴方の身元を保証してくれる国家はない。もし、この世界で生きたいと思うのなら、身元を保証できるように計らうことは可能だが」

「……未来の私がどうやって死んだのか、それを教えていただけますか?」

 

 そして、フォーマルハウトは自身の辿った『灼熱と極光のハロウィン』以降の歴史を見て、彼は確かに『自分が死んだも同然』なのだと悟った。そして、USNAに戻ったところで信用してもらえるとは思えないし、既に鬼籍に入っている人間が生きていたら、今度は日本の仕業だと騒ぎ立てる輩が出ないとも限らない。もしくは彼に扮してスターズ内部を混乱に貶めようとしている、などと嫌疑を掛けられてもおかしくはない。

 そこまで理解した以上、フォーマルハウトは静かに頭を下げた。

 

「お願いがあります。どの道私が知る過去に戻っても、私はただ殺されるだけです。せめて、この世界で生きられるようにしていただきたい」

「フォーマルハウト中尉。いえ、アルフレッド・ストライフ。もしかすると、かつて貴方がいたスターズの隊員や隊長と敵対することも起こりうるかもしれない。その時、貴方は躊躇いを持つことなく引き金を引けるか?」

「……はい。私の居場所はUSNAにありません。この国を祖国だと思い、この国に骨を埋める覚悟は決めました」

「分かった。では、手配をしておこう。暫く同行してもらうが、構わないか?」

「はい。宜しくお願いします」

 

 この後、深雪と水波、そして達也にもフォーマルハウトもといアルフレッドのことを説明した。その際に達也から「お前に出来ない事なんてなさそうだな」と言われた。解せぬ。

 正直、リーナだけでなくセリアまで向こうに行っているのは、不幸中の幸いとも言うべきことなのかもしれない。そして、もう少し自分の発言に気を付けておこうと思った悠元だった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 日本の伊豆高原に対する“戦略級魔法に相当する大規模な魔法行使”。そして、ほぼ同時にウラジオストク郊外で観測された大規模魔法発動の兆候。

 今年4月初めにモスクワ郊外で起きた大規模な爆撃によって神経を尖らせていた各国の諜報機関は、これが新ソ連の[十三使徒]ことイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]ではないかと判断。

 

 日本政府は午前中の段階で内閣総理大臣による記者会見を開き、今回の一件は5年前の佐渡侵攻、一昨年秋の佐渡・北陸方面への艦隊による侵攻、そして今年4月の佐渡沖の不審船と宗谷海峡での小規模な衝突に加えた今回の一件で、『新ソ連による日本への領土侵攻を目論んでいるに等しき攻撃行為だ』と強く断定。

 

 国家公認戦略級魔法師[十三使徒]イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフに対し、宣戦布告に相当する重大な破壊行為を行ったとして新ソ連政府に説明責任を果たすよう強く迫っただけでなく、ベゾブラゾフが参加を表明しているディオーネー計画そのものについても『我が国が進めるエネルギーラインプロジェクトを害する極めて悪質な面を持つ疑念が生じた』と置いた上で、ディオーネー計画に対して明確に反対の姿勢を見せた。

 

 身柄を要求しなかったことについては、新ソ連が馬鹿正直に[十三使徒]の一人であるベゾブラゾフの身柄を差し出すとは思えないため、SEPAの全加盟国を通して新ソ連関連の貿易について“新ソ連に対する輸出入の全封鎖”という極めて重い措置の要請を実施した、と公表。

 

 これに続く形で、SSA、インド・ペルシア連邦(IPU)、アラブ同盟、東南アジア同盟も政府発表で新ソ連関連の貿易をストップすることを発表。もし大亜連合が新ソ連に協力する姿勢を見せた場合、大亜連合向けの輸出品に対して従来の倍以上―――最大50パーセントという高関税を掛けることも想定しての動きだった。

 

 世界が日本のSTEP計画に向けて支持・支援の方向に傾きつつある中、ディオーネー計画の一角を担うUSNAの中には、状況を打破するために中核人物となる神楽坂悠元と司波達也を暗殺すべきと唱える人間がいるのも事実。

 ただ、達也や悠元の為人を知る人間からすれば、明らかに負けると分かっている博打に掛ける時点で“時間と人材の無駄遣い”と評価できてしまう。[十三使徒]“アンジー・シリウス”の肩書きを未だに有しているリーナも当然その一人であった。

 

「なお、この攻撃のターゲットになったのは、日本の新たに判明した戦略級魔法師タツヤ・シバであるとみられる」

(……この国もこの国だけど、新ソ連もバカなのかしら? 達也や悠元に勝てるなんて幻想を抱く時点で負けたも同然じゃないの)

 

 現地時間(USNA・ニューメキシコ州)では6月8日の夕方。ブリーフィングルームで新ソ連の戦略級魔法が日本の一地方を狙ったという情報を齎したのは、ウォーカー基地司令の、魔法師でない副官だった。

 それを聞いて、まるで既にUSNAの人間でないような感想を吐き捨てたかったリーナ。何せ、[ブリオネイク]ですら耐えきった彼に殺せる人間がいるとは到底思えなかった。それはある意味、婚約者としての信頼からくるものだったのは言うまでもない。

 そして、率先する形でリーナが声を発する。その問いかけに副官はウォーカーを見て、彼が頷いたのを確認した上で答えを発する。

 

「それで、当該人物の消息は?」

「詳細は不明ですが、健在であるようです」

 

 やはりか、という思いをしつつも、リーナは出来るだけ表情に出さないように努めた。リーナの隣にいるカノープスも真剣な表情を崩さなかった。すると、同じように基地司令室に呼ばれたベガが不敵な笑みを浮かべ、アークトゥルスが落胆の色を隠せないことに疑問を持った。

 

 ベガの場合は、リーナに対して敵対心を持っていることからして、何かしら“鼻を明かしたい”という疑念がどうにも拭えなかった。一方、アークトゥルスのことは以前リーナがフォーマルハウトを処断したことに関係するものだと思いつつ、ウォーカーに視線を向けた。

 

「我が国は本件に対して、基本的に不干渉のスタンスを取ると参謀本部から通達があった。諸君が対外的に発言する機会はほぼないと思われるが、心に留めておいてくれ」

 

 USNA軍部に戦略級魔法[マテリアル・バースト]を排除したいという意見があるのは事実。だが、ここでベゾブラゾフが起こした行動に便乗すれば、間違いなくUSNAと新ソ連に対して厳しい意見が飛んでくるのは、決して想像に難くない。

 

「では、解散」

 

 ウォーカーの言葉に、USNAの頂点に立つ13人の魔法師が一斉に敬礼で応える。その際、ウォーカーはアークトゥルスだけ残るように指示を出した。

 本来、スターズとしての作戦は総隊長であるリーナを通す形となるが、彼女の頭越しに命令が各隊長へ下るケースはそう珍しくない。それはリーナも自覚している為、アークトゥルスだけ呼び止められたことに何ら疑問を抱くことはなかった。

 




 原作ではほぼチョイ役みたいな扱いをされたフォーマルハウト中尉をサルベージする形で登場させました。使っていた魔法も原作だとパラサイト化した後の[パイロキネシス]ぐらいしかなく、どうとでもなると判断してのものです。
 尤も、彼がこの世界で生きることを決めたことによって苦労性を抱えることになるのは別のお話ですが(ぇ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。