魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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『ドラキュラ』を継いだ少女

 ジェラルド・バランスはエンタープライズでの任を終え、国防総省のいつものオフィスで書類を片付けていた。安全保障局のエージェントといっても、他の対外機関を専門としているエージェントに比べれば専門の仕事は少なく、四六時中国内外を飛び回るわけではない。普段はしがない政府機関の役人としての職務をこなしていた。

 ディオーネー計画による殺人的な忙しさは鳴りを潜めたものの、航空宇宙局や北米魔法協会方面がらみの書類を見るたび、ディオーネー計画を諦めていない節が見られる。

 

(こんな計画が実行されたら、USNAでも爪弾きになりがちな俺が真っ先に飛ばされることになる。そんなことに巻き込むなら、最悪亡命も辞さないぞ)

 

 ただでさえディオーネー計画の被害者だというのに、更に被害を求めるほどジェラルドはマゾな気質など持ち合わせてない。書類仕事を引き受けていたのだって、大方は自分がそう望んだ訳ではなくどこかの政府役人や政府機関の人間による“嫌がらせ”が大半だった。

 尤も、明らかに国益に害をなす人間はジェラルド本人が出張って()()したこともあったが……すると、ジェラルドは一枚の書類を見て首を傾げた。その書類というのは、ボストンの国立研究所の実験に伴うスターズの派遣に関する書類だった。

 

 本来、参謀本部を通さなければならない案件の筈なのに、それが何故国防総省にまで来ているのか疑問でならなかった。しかも、スターズとして作戦は総隊長を通さなければならないが、その総隊長の了解が取れているとは思えない形式の書類にジェラルドは首を傾げた。

 

(何でこんなものが()()紛れてるんだ? 大体、スターズを派遣するという時点でそんな大掛かりな実験でもやるつもり……)

 

 ここで、ジェラルドは嫌な予感が脳裏に過った。

 あれは『灼熱と極光のハロウィン』があった一昨年秋のこと。ジェラルドは今見ているものとよく似た書類を処理したことがあった。その書類を見終えてそのまま通した結果、スターズの脱走とパラサイト化した魔法師の事件が発生した。

 

 もし、この書類から読み取れる可能性を考慮した際、一番最悪のケースはスターズの隊長クラスがパラサイト化するという悪夢。その実験だけに限定されるのならばまだしも、そこからウイルスのようにパラサイト化が進行した場合、スターズそのものがパラサイト化するというもの。そうなれば、最早USNAとしての国家そのものが存亡の危機に瀕することになる。

 

「……冗談じゃ済まなくなるぞ」

 

 そして、ボストンがいくらUSNAの魔法研究における中心地だとしても、USNA政府も理解した上で魔法師による警備を厳重に施している。それこそ、スターズの隊長クラスが態々出張らなくてもいいような体制になっているはずなのに、そこに敢えて派遣する意味も不明。

 となると、恐らくこの書類は“フェイク”の意味も込められていると踏んで、ジェラルドは席を立ち、国防総省内を早歩きで進んでいく。向かった先は国防総省の国防副長官室。そこには、ジェラルドの養父でありヴァージニア・バランス大佐の夫であるキャスバル・バランスがデスクに座っていた。

 伯父と甥の関係だが、家では実の家族のように仲はいい。ただ、公私の区別を付ける意味で職場では互いに立場を弁えた上で接している。キャスバルは息子同然のジェラルドが態々訪ねてきたことに疑問を抱きつつ、ノック音の跡に聞こえた彼の声を聞いた上で入室を促す。

 

「失礼します、副長官閣下。上司の許可も得ずに直接訪ねたことをお詫びいたします」

「謝罪はいい。君がそのルールを破ってまで私に直接来たということは、君の手に握られている書類が関係することだろう?」

「はい。こちらになります」

 

 ジェラルドはキャスバルにスターズ派遣に関する書類を見せる。すると、キャスバルの眉間に皴が寄り、難しい表情を浮かべる。少し思案した後、長く息を吐いた上でジェラルドを見つめた。

 

「この情勢下で、確かにスターズをボストンに派遣する意味はないな。ジェラルド君、君が想定している最悪の可能性は何なのだ?」

「結論から述べますと、またダラスでマイクロブラックホール実験が行われ、今度はスターズの隊長クラスがパラサイト化するということ。そして、更にはそれが波及してパラサイト化がスターズすべてに蔓延するという危険性です」

「……その確率は?」

「正直、五分五分としか言えません」

 

 ジェラルドとて全ての事象を把握できる立場にいない。自分の目に見える範疇で情報を収集し、そこから推測を立てているに過ぎない。

 

「ですが、起こり得ないと断言できない理由も存在します。その一つがアルフレッド・フォーマルハウト中尉の処分に関する報告です。自然発火(パイロキネシス)による被害を抑えるために“アンジー・シリウス”が処分しましたが、厳しすぎるという意見があったのも事実です」

 

 とりわけ、フォーマルハウトはアークトゥルスに近しい実力を有していただけに、次期隊長としての評価もそれなりにあった。その人間の言い分も聞かずに殺害したのはあまりにも厳しすぎるという意見がスターズ内部にもあった。

 

「仮に隊長クラスをパラサイト化するとして、その背後にいる連中は誰だ? もしや、日本の魔法師の仕業か?」

「いえ、それは決してないでしょう」

「何故だ?」

「確かに、昨年のパラサイト事件を最終的に解決したのは日本の魔法師によるものですが、そんな彼らが報復としてスターズを唆すとしても、下手をすれば自国に被害が及ぶリスクを考えても釣り合いが取れません」

 

 『解決できる能力がある』のと『自国で解決出来るから、相手をその状況に陥らせて混乱させる』のでは、全く意味が異なってくる。それに、日本にはUSNAの国債を個人で保有している人間の存在もある。

 仮に彼へ敵意を向ければ、国債の全売却による経済混乱は免れない。そんな手段を持つ人間が、態々リスクを冒す意味もないし、その彼が[恒星炉]にも関わっているとなれば、逆にやる意味がない。

 

「だとすると、一体誰がそんな事を唆すというのだ……」

「心当たりはいます。エドワード・クラーク、そしてレイモンド・クラークの親子なら、軍のセキュリティを易々と突破してメールを送り付けても不思議ではありません。それこそ、[トーラス・シルバー]の一人こと司波達也氏に罪を擦り付ける形で」

「……目的は何だ? やはり戦略級魔法か?」

 

 キャスバルの絶句にも近い有様に、ジェラルドは何も言わなかった。何せ、魔法の平和利用を高らかに宣言した人物が国内に混乱を齎そうとしているなどといわれても、正直信じ切れる要素があまりない。

 だが、彼らならスターズを唆すことも可能だし、下手をすれば今年初めに起きた旧式兵器の紛失事件にも関与している可能性が高い。そうなると、彼らが目的としているものも自ずと絞られる。

 

「それもあると思いますが、最終的な目標は“触れてはならない者たち(アンタッチャブル)”の完全抹殺でしょう。これは表沙汰になっておりませんが、エドワード・クラークの父親が四葉の復讐劇に巻き込まれて亡くなったようで、その復讐を兼ねているのかもしれません」

「父親を殺された復讐、か……ジェラルドなら共感しそうなものだが」

「あちらから勝手に敵視された挙句、書類を積み上げさせて過労死させようとした輩と同類にしないでください」

「そ、そうか。すまなかった」

 

 ジェラルド自身、魔法師でありながらも軍人にならなかったことで嫌味を言われることは覚悟していた。だが、ちゃんと国益に適うような行動を心掛けてはいたので、明らかに国益を害するようなクラーク親子と同一に見られたくない、という愚痴にも近い言葉にキャスバルが謝罪した。

 

「話を戻しますが、そうなれば四葉家に近しいアンジェリーナ・シリウス少佐も無関係とはいかないでしょう。パラサイト化かそれに近しい形で洗脳。それが叶わない場合は……」

「抹殺、か」

「恐らくは」

 

 だが、そうなった場合が一番最悪のシナリオを歩むことになってしまう。四葉家を怒らせて葬られた大国という前例がある以上、USNAが同様の末路を辿ることになりかねない。それを察した以上、ジェラルドも座して待つという事など出来ない。そして、それはキャスバルも同じ意見であった。

 何かを決意したかのようにキャスバルはゆっくりと立ち上がり、ジェラルドの前に立った。

 

「スペンサー長官のもとに出向く。今提示した可能性によってUSNAが滅ぶようなことは避けねばならん。ジェラルドも同行してくれるな?」

「無論です、副長官閣下」

 

 キャスバルとジェラルドは揃ってリアム・スペンサー国防長官のもとに出向き、ダラス国立加速器研究所でのマイクロブラックホール実験の可能性を説き、スペンサーも事態を重く見てすぐさま研究所に問い合わせた。

 だが、研究所からは『当該実験を行う用意はない』という返答のみ。手詰まりとなってしまった彼らが事態の把握の遅さを呪ったのは、スターズ本部のウォーカー基地司令から提出された三名の軍人に対する禁固刑の手続きを知ってからであった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 [ドラキュラ]―――ウクライナ・ベラルーシ方面で名を馳せた謎の魔法師。別に人体から血を抜き去って自らの血肉として活動している訳ではないが、本来ならば光が無いとまともに進めない地を優雅に歩き、日の出とともに見ることが出来る痕跡は足跡だけ。その神出鬼没さから『吸血鬼(ドラキュラ)』と呼称されている。

 姿も分からなければ、年齢や性別も不明。それでも新ソ連が血眼になって探しても見つからない。ここだけの話、[十三使徒]レオニード・コントラチェンコの孫娘が暮らしていた村(正確には元村と表現すべきだが)は[ドラキュラ]の潜伏地として壊滅させられた、という噂も新ソ連軍の兵士の中で噂された。

 その[ドラキュラ]と呼称されている魔法師の少女は、フランスのパリにいた。

 

「―――ここがパリね」

 

 やや眠たげに呟いたアッシュブロンドの少女。見た目は十代半ばだが、年齢もその見た目通りに14歳。彼女―――ナーディア・エルンストは、目の前に見えるパリの風景に目を輝かせていた。

 そんな彼女の名字がハンス・エルンストと同じなのは単純明快で、彼女はハンス・エルンストの実妹にあたる為だ。どういうことなのかを簡単に説明すると、彼女は[ドラキュラ]の名と技を継いだ魔法師。

 

 ドイツ人の父親、ポーランド人の母親の間に生まれたエルンスト兄妹は揃って魔法師の資質があった。だが、なまじナーディアの資質が高かったため、“劣等生の兄”と呼ばれて蔑まれるハンスの姿に心を痛めていた。

 兄を苦しめたくないと考えたナーディアは才能のあった音楽方面に進むことを決め、オーストリアのウィーンに伯父がいる伝手を頼る形で留学した。厳しいカリキュラムをこなす毎日を送っていたナーディアに転機が訪れたのは5年前の夏。

 教会にお祈りに来ていたナーディアは、何処からか聞こえる“音”に興味を持って一人墓地へ赴く。そして、彼女は墓石に背を預けるようにして座り込む男性と出会った。

 

―――君は、どうやら“僕”の音が聞こえるようだね。ならば、君に託そう。僕がこれまで[ドラキュラ]として培ってきた技術の全てを。

 

 そして、彼から継がれた技術を受け取った時、彼の姿はまるで塵となって消えていき、後に残されたのは古びた手記だけだった。それを読み取ったナーディアの取った行動は、音楽院を中退してポーランドにある魔法学校へ転校。そこで魔法の知識を学ぶと同時に、[ドラキュラ]としての活動を始めた。

 

 普通の人間ならば突拍子もなさ過ぎて行動原理が不明すぎる、というのが普通だが、彼女自身も新ソ連を放置すれば次は故郷が火の海に晒される、という危機感を持っていたのも事実だった。

 そして、そうなれば真っ先に戦場へ駆り出されるのは兄のハンス……兄が生き延びる為に何かできることがしたいと考えた時、ナーディアが出した結論は手にした力で新ソ連を掻き乱すことだった。

 

 簡単に言ってしまえば、彼女も相当の実兄が大好きすぎる性分(ブラザーコンプレックス)を拗らせていると言えばそれまでの話だが。

 

 そして4年前、ナーディアは上泉剛三とその孫である長野佑都―――のちの神楽坂悠元と出会った。その際に彼女はウクライナ所縁の人間と名乗ったが、手記にあった情報から引用したので、嘘はついていない格好となる。

 

 閑話休題。

 

 その彼女の許に届いたのは、差出人不明の手紙と同封されたパリ行きのチケット。手紙の内容は『貴殿にお願いしたいことがある』というもの。事情はともかくとして、ナーディアに断る理由もないし、ただでパリに行けるのならば安いものだと安請け合いの恰好でキャリーケースを引っ張りつつ民間機に乗り、空港からバスに乗ってパリに到着した。

 すると、彼女を待ち受けていたかのように立派な車と一人の執事らしき人がナーディアに話しかけてくる。

 

「ナーディア・エルンスト様ですね。私は此度の迎えを仰せつかったものです」

「迎え? 一体何方にですか?」

「ここでは人目がありますので、まずは車にお乗りください」

 

 まさか、フランス人である人から“ドイツ語”で話しかけられるとは思わず、ナーディアは内心で驚きつつも何とかドイツ語で返しつつ、荷物を迎えの執事に渡して車に乗り込んだ。まさかのリムジンにナーディアは目を輝かせつつ、一体どこに連れていかれるのかと思った先が大統領府の大統領執務室ということを聞かされた時、ナーディアの表情が凍り付いたのは言うまでもない。

 そして、対面したのがフランス共和国大統領という事態に、ナーディアは緊張で冷や汗が流れていた。そんな彼女に対し、ヴィクター・セナード大統領が和ませるように声を掛けた。

 

「大丈夫かね?」

「あ、は、はひ! あう、舌噛んじゃった……」

 

 緊張のあまりに舌を噛んで悶絶するナーディア。それを見たヴィクターは笑みを零しつつ、通訳を通す形で落ち着くように宥めた。通訳の女性もナーディアを気遣ってくれたおかげで、彼女の緊張は何とか解れた。

 

「さて、あのような内容の手紙を送ったことをまずは謝罪する。とはいっても、あの手紙自体は君の素性を知る者によるものだ。長野佑都、という名に聞き覚えはあるかな?」

「はい。私に武術と魔法を教えてくれた物好きな偉丈夫の息子だと言っていましたが」

「彼は今、神楽坂悠元と名乗っている。私の見立てでは、間違いなく世界で最強の魔法師だと思っている」

「……そんなすごい人が何故私に手紙を?」

 

 ナーディアからすれば『何故?』という感情が強かった。新ソ連を手玉にとれるだけの実力は有していると自負できるが、一国の国家元首が他国の、それも東洋の島国の魔法師を“世界最強”と呼ばせるだけの実力は持ち合わせていない。

 そんな人間に目を掛けられたという意味で、ナーディアは首を傾げていた。

 




前半はUSNAの政府事情のお話。後半はまたオリキャラを登場させることで[ドラキュラ]絡みのオリジナル展開。後半の元ネタはジョジョ第一部の深仙脈疾走(ディーパスオーバードライブ)に近しいものと思ってください。吸血鬼を滅ぼす技が吸血鬼の技を受け継ぐというのは皮肉にも程がありますが。
そして、ハンスに胃薬要素がまた一つ増えることとなります。

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