僕の名前は
十師族(後に師補十八家へと降格した)・九島家の三男として生を受けた。九島烈の孫世代である僕を含めた兄弟姉妹の中で秀でた魔法資質を有しているという事実は決して過信ではなく、祖父や従姉の響子姉さんからも認めてくれている。
だが、その優れた魔法資質と引き換えにする形で僕を苦しめたのは不安定な体調という肉体的な現実。一年の半分以上をベッドで過ごさなければならないという状況を打破することも出来ず、更には自分の家が十師族から降格したことに対して、より一層自分を恨むようになった。
今にして思えば、僕が自分の状況に納得しようとすれば、相応の人生は送れていたかも知れない。けれども、桜井さんを助けたくて吸収した周公瑾の知識に導かれた。厳密には、それに縋って信じ切るしかなかった―――というのが一番正しいのかもしれない。
そうして、僕は僕の在り方を保とうとしてパラサイトになった。
けれども、代償として失ったものは僕にとって大きすぎた。別に生きている世界で居場所が無くなるのはまだ耐えられた。だが、僕にとっての最大の理解者とも言えたお祖父様を……僕が殺した。
その後、同じくパラサイト化したレイモンド・クラークなる人物やUSNA軍の兵士と協力したが、僕からすれば桜井さんを救えればそれで良かった。だが、僕のせいで桜井さんを苦しめた。
いくら魔法に秀でていても、感情を律せていなかったと反省することは多い。でも、既に起こってしまったことを無かったことになど出来はしない。そうして僕は、日本に戻って達也さんと戦い、パラサイトになることを受け入れてくれた桜井さんと共に、深い眠りに就いた。
そう、そこまでは間違いなかった……だが、こうして考えられるということは、もしかしてコールドスリープが解けてしまったのだろうか。僕は重い瞼を開けると、そこは最後にいた場所ではなく見覚えのある部屋―――生駒にある九島家の自室だった。
「……夢でも、見ているのか?」
九島光宣(以降は九島と表記)は思わず頬を軽く抓るが、感じる痛みからして現実なのは間違いない。自分の服装も、九島家で過ごしていた私服の姿だった。そして、近くにあった端末で現在の時刻を確認した九島は驚きを隠せなかった。
「2097年6月9日……確か、この日は」
伊豆高原の別荘に滞在している達也たちが魔法による攻撃を受け、桜井水波が負傷する日。そして、時刻は午前5時すぎだとすると、九島の記憶にある感覚では、既に攻撃を受けた後だとされる。
ここから飛んでいったとしても間に合う確率は低い。そもそも、自分が何故ここに居るのかも分からない。判断材料が余りにも少ないため、九島は少し考えた後、魔法を行使することを決めた。それは、この屋敷にいる人間に対しての精神干渉系魔法。
(まずは、僕が置かれた状況を知らなければいけない。申し訳ないとは思うけど……)
自責の念を呑み込んで九島は精神干渉系魔法を発動し、九島家の屋敷全体に自分の認識を偽らせる魔法を行使した。その判断が九島にとって良かったと知るのは、後々のことであった。
まず、九島は屋敷で祖父の仕事を手伝っていた経験を基に端末を操作して情報を探る。すると、明らかに九島が知らない事象がいくつもあった。
一昨年秋の事象が『灼熱のハロウィン』ではなく『灼熱と極光のハロウィン』となっていること。
今まで悩みの種だった『伝統派』が解散していること。
そして、師族会議体制に見知らぬ家がいることもそうだが、十師族体制も大きく変わっていること。
これらの出来事からするに、九島は自分の知る世界の過去に来たのではなく、もしかすると並行世界の過去に来たのではないかと訝しんだ。
桜井水波が負傷して入院している病院は、周公瑾の知識から得た占術で何とか突き止めることは出来たが、国立魔法医療大学付属高崎病院という名称も九島からすれば初耳だった。専門の病院ということなのだろうが、魔法に関する高等教育機関など国立魔法大学しか聞いたことのない九島からしたら、驚くことばかりだった。
「……要らぬお節介かもしれないけど、同じ過ちは繰り返してほしくない」
何故、自分がここにきてしまったのかという疑問はある。だが、こうして夢ではなく現実を見せられた以上は自分にも何かできることはある筈だ……九島は自身にそう言い聞かせると、
駅に着くと、そのまま病院へ足を運ぶことにした。
「驚かせてしまってすまない。こちらも悪気があった訳じゃないことは事実だよ」
「いえ、こちらこそ慌ててしまって」
流石にいきなり面会を申し出て大丈夫なのかと思い、最悪魔法でどうにかしようと考えつつも受付の人に相談した。水波さんの知り合いということで名前を伝え、病室に入った僕の姿を見て水波さんはとても驚いていた。
幾つか質問をしたが、僕が経験した時よりも状態は遥かによく、暫く魔法の行使を控えれば回復の目途も立つという結論に至った。それは、僕の中にある周公瑾の知識もそう判断していた。
それにしても、ここまで魔法演算領域に修復の目途を付けられるとなれば、やはり僕が生きてきた世界とは違うと改めて実感していた。
「……一つ、お願いをしていいかな?」
「は、はい。私に出来る事であれば」
僕は、ここに来る途中で住所と日時を記載したメモを作った。
それは、もし桜井さんが僕の知る状態如何に関わらず、今度は感情ではなく話し合いで解決できる方法を探りたい。
僕が犯した過ちを、他の誰にも味わってほしくないという思いを込めて水波さんに渡した。
「そのメモを君が信頼できるであろう人に渡してほしい。そこに書かれた場所と日時に僕が―――九島光宣が会いたいということも伝えてほしいんだ」
「……分かりました。確かにお預かりします」
違う世界といえども、水波さんがいるとなれば達也さんや深雪さんもいるはずだ。とはいえ、ここまで過去の事象が違うとなれば、達也さんや深雪さんだけではなく、“この世界の僕”がいてもおかしくはない。
だが、九島家に目立った痕跡はなく、もしかすると既に亡くなっているのかもしれない。そんなことを思いながら、見舞いを終えて周公瑾の隠れ家の一つに身を寄せることにしたのだった。
◇ ◇ ◇
6月11日、火曜日。昨日は達也が見舞いに訪れているが、別荘を引き払うための準備の為、悠元が見舞いに訪れた。
桜井の様子は元気で、特に身体的な支障はみられない。魔法演算領域のほうも回復の兆候に転じている。とはいえ、[トゥマーン・ボンバ]を直に防御したため、特に手を加えなければ半年以上は掛かってしまうのが悠元の見立てだった。
すると、桜井が思い出したように近くの棚にあったメモ紙を悠元に手渡した。
「悠元さん、こちらを」
「これは、メモ紙? 誰からだ?」
「は、はい。九島光宣さまが渡してほしい、と預かりました」
桜井の言葉に対し、疑念が確証に変わったことで悠元から疑う余地はなかった。だが、原作からすればかなり理知的な行動にも見える。そうなると、この世界に迷い込んだ九島光宣は水波と同じ時間で飛ばされた可能性が低いのかもしれない。
メモ紙に書かれた場所は横浜・中華街の一角。そして、日時は今日の夕方。
「ありがとう、確かに預かった」
「あ、あの! どうか、光宣さまを責めるようなことはなさらないでください」
「いや、いきなり喧嘩腰になる必要は無いと思っているが……もしかして、好きなの?」
悠元の問いかけに桜井が顔を赤らめている為、間違いなく脈があると思っていいのだろう。
それに、九島光宣と名乗るということは、間違いなくこの世界の光宣ではないことは確定。昨晩の光宣本人から聞いた話からすれば、特に疑う余地もない。
「青春をするのはいいことだと思うよ。まあ、まずはゆっくり体を休めて。起き上がれるようになったら、体を動かすようにした方がいい」
「あ、はい。その、何から何までありがとうございます」
「気にしなくていいよ。どうしても達也だとフォローしにくい部分もあるだろうからな」
「あ、あはは……」
別に達也が悪い訳ではない。ただ、本人の朴念仁は彼の婚約者たちに改善してもらう必要があるのも確か。何かあれば連絡するように言い含めると、そのままとんぼ返りする形で町田のマンションに戻り、支度をしてから横浜・中華街に出向くこととなった。
◇ ◇ ◇
指定された場所は中華街の一角にある中華飯店。悠元は同行者を考えたが、今回は相手が相手ということで一人で出向くこととした。
そして、扉を開けて店員にダメ元でメモを見せると、何かを察した店員が案内してくれた。案内された先は二階の個室。そして、入り口の向こう側の上座には一人の少年―――九島光宣が座っていることにもすぐに気付く。
店員がお辞儀をして下がると、九島が声を掛けた。
「ダメ元でしたが、まさか来てくれたのが達也さんでも深雪さんでもなく、僕の見知らぬ人とは……お名前をお伺いしても?」
「はじめまして、と言うべきだな九島光宣。元十師族・三矢家三男、現在は護人・神楽坂家当主の神楽坂悠元という」
「元十師族の方とは……その言いぶりからするに、この世界にも僕が存在しているのですね?」
「ああ。今は壬生家の養子になってるからな」
九島から感じられた気配からするに、間違いなくパラサイト化している。だが、今までのパラサイトのような本能的な行動はもとより、悠元が近付いても逃げ出そうとしていない。
「まずはお掛け下さい。お食事の方もご用意いたしますので」
「なら、有難くいただこう」
九島の方も、まさか四葉家の関係者ではなく元とはいえ三矢家の関係者が出張ってくるとは思いもしなかった。だが、桜井に渡したメモを託すに値する人物ということから見れば、九島も特に悠元を疑うような素振りは見せなかった。
そうして中華料理に舌鼓を打ちながら、互いに情報交換を交わす。
「―――なるほど、2097年の8月28日から飛ばされた、というわけか」
「はい……驚かれないのですか?」
「お前が会った桜井水波も同じように飛ばされてきた。ただ、向こうは6月9日の襲撃直後に飛ばされたことを確認している。そこまで聞かなかったのか?」
「流石に僕の憶測で混乱させるわけにはいきませんので……」
悠元は原作終盤の流れをほぼ知らないが、セリアから聞いた情報からすれば、間違いなくある程度の処理が済んだ段階で九島光宣と桜井水波が冬眠する形になったのだろう。
「それと、桜井さんを見ても混乱しなかったようだが」
「流石に状況が違うと集めた情報で判断しまして。九島家に飛ばされた時は夢でも見ているのかと思いましたが……すみません、特に混乱させるような事態を招きたくなくて、九島家に精神干渉系の魔法を掛けて僕の存在を誤魔化しました」
「ああ、成程ね。別にいいよ。そんな魔法に対処できない時点で今すぐ十師族に戻せないと評価できるに等しいし」
「て、手厳しいですね……」
別にこちらへ危害を加えるつもりでなければ、九島の掛けた魔法について問い質す気はなかった。流石に[パラサイドール]を持ちだしたら追及していただろうが。
食後のお茶を飲みつつ、今度は悠元から話を切り出した。
「それで、九島光宣。お前を元の世界に戻す方法はあるが、色々な都合で最短でも8月下旬まで待ってほしい。主に魔法の儀式的な面での問題と思ってくれ」
「それは構いませんが……何かお手伝いできることはありませんか?」
「ふむ……」
最初は話し合いの展開自体が不透明だったが、ここまで九島が協力的な姿勢を見せてくれるならば、こちらの描く展開に持っていった方がまだいいと考えた。少し考えた後、悠元がこう切り出した。
「なら、桜井さんを攫って、一定の期間が来たら一時的に海外へ脱出してくれるか?」
「……はい?」
何を言っているのだろうか、と疑問を呈している九島に対し、悠元が説明をする。
「筋書はこうだ。お前が経験しているであろう部分をある程度なぞり、海の向こうからやってくるであろうパラサイト化したUSNA軍兵士と一時的な協力体制を構築する。そして、時が来たら桜井さんを連れて海外に行ってくれ」
「……つまり、USNA軍のパラサイトとしての戦力を分断するのですね? それには、僕がUSNA軍の兵士と協力しているシナリオを作る、と」
「それもあるが、もう一つの役目としてパラサイトに対して敏感な連中を炙り出してもらう。まあ、そっちはお前が動けば勝手に騒ぎ出すし、後始末はこっちで請け負うから心配しなくていい」
正直、大亜連合に対して釘差しはしたが、何かしらのちょっかいを掛けてくる可能性は残ったまま。この状況で大亜連合・イギリス・新ソ連・USNAの四正面作戦という愚かの極みなんて御免被る。そのために、フランスとドイツに対して経済的な技術支援を通してイギリスを抑え込む方向に持って行った。
新生欧州連合が出来れば新ソ連も日本にばかり労力を割いていられなくなるし、実を言うと反魔法主義が新ソ連内部の反体制派と結託して各地で暴動を起こしているのが確認された。こんな状況を無視して日本に執着するベゾブラゾフを放置し続けることは新ソ連政府としても深刻なダメージを負いかねない。
「更に、もう一つ。多分というか十中八九、USNAからパラサイト化した兵士の対処をして欲しいと依頼が来る。だが、日本を出ることにヒステリックな反応を見せる連中がいるかもしれんからな。“国外に連れ去られた日本人の救出”という表向きの理由の根拠として桜井さんを国外に出す必要がある。お前はその為の護衛とも言える」
「護衛が出来る水波さんの護衛ですか……責任重大ですね」
「桜井さんが手を出さなくてもいい様に、お前にはいくつか魔法を提供する」
目に見える対立を作るのではなく、九島にはUSNA軍兵士の手助けと連れ出した後の桜井の護衛という役割を担わせる。これによって十師族が桜井の護衛に就くような事態を避けつつ、パラサイト化したUSNA軍兵士やレイモンド・クラークの行動に制限を掛け、分断させて確実に叩き潰す。幸い、九島家には秘術の[
「まあ、これはあくまでも提案に過ぎない。お前が拒否するならば、別の案を考えるまでだが……」
「いえ、僕は既に覚悟を決めた人間です。それで桜井さんが助かるのならば、甘んじて道化に徹します。彼らも驚くような演技を見せつけてやりますよ」
「何気に楽しそうにも見えるんだが?」
「……そうかも、しれませんね」
既に過ぎてしまった過去は変えられない。でも、自分の行動で同じ目に遭う人間を減らすことが出来るかも知れない。それに、九島には一つの想いがあった。
「この世界では、まだお祖父様が生きていることも把握しています。せめて、この世界の僕が頑張って曾孫をお祖父様に見せてやって欲しいと思います。これは、我儘でしょうか?」
「我儘だな。でも、いいんじゃないのか? そういうお節介があっても、誰も咎めたりはしないだろうからな」
“転生者”の神楽坂悠元とパラサイトの九島光宣。奇しくも他の世界からやってきた
というわけで、予想している人は結構いましたが、現時点から見て“未来の九島光宣”が来訪しました。時期的には原作第32巻時点での九島光宣と思ってくださって結構です。
“現在”にほど近い桜井水波、“過去”から飛ばされたアルフレッド・フォーマルハウト、そして“未来”からやってきた九島光宣。彼らの共通点は“リーナと縁を持つ人間”で共通しています。この世界の場合だと“原作を知る悠元とセリアが知っている人間”でもあったりしますが。
私なりの解釈だと、出来ることなら穏便に解決したいという九島光宣本人の気質とパラサイトとしての本能的な気質が融合した結果、親しい人には敬意を払うものの、それ以外の人間には余程のことが無い限り興味を示さないといった感じだと思っています。