魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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トリックスターのお茶目

 横浜・中華街の一角で対面している悠元と九島。互いに現状の打破をする為の芝居をすることで一致を見た。ここで気になって九島に九島家の要望を尋ねると、九島は一つ深い溜息を吐いた。

 

「そのことですか……今の僕は既に実家に対して何の思いも抱いていません。そこから再起したとしても、それはもう僕の与り知らないことですから」

「俺が知る光宣もそうだが、やはり家の居心地が悪かったのか?」

「そうですね。それに、この世界ではどうだか分かりませんが、僕がお祖父様の仕事を手伝っていても、兄や姉たちは率先してお祖父様の負担を軽くするようなことをしていませんでしたので」

 

 九島の言葉には、もうじき90歳の大台を迎えても、魔法師としての働きをしていた烈に対する負担を軽くすべきという愚痴も含まれていた。いくら魔法師といっても人間であることに変わりはなく、その一端が烈だけでなく剛三や千姫も働いていることだろう。

 

「その、神楽坂さんも三矢の家を出たのは、やはり家の居心地だったりします?」

「俺の場合、十師族の柵が面倒だったし、能力の関係で長兄が爪弾きになりかねなかったからな。その意味で爺さんには感謝しているが」

「め、面倒ですか……肩書きに興味が無いと?」

「そんなのがあったところで、結局要らぬ面倒事が舞い込んでくるだけだ。それは達也がいい例だろう」

 

 四葉家直系の人間にして戦略級魔法師、更には研究者や魔工技師としての側面も併せ持つ司波達也(なろうけいのきわみ)を国内外の人間が放置できるわけがない。とりわけ世界の秩序を脅かしかねない力の担い手ともなれば、現在の実質的な世界秩序を担う[十三使徒]が達也を放置できない理由も分からなくはない。

 だが、平穏な生活を望んでいる達也からすれば『迷惑極まりない』と吐き捨てたくなるだろう。無秩序に戦略級魔法を放つ気が無くても勝手に怖がられた挙句、殺してくるような真似までする相手が達也のみを狙うならばまだしも、達也の大切な人間―――原作だと深雪、この世界だとリーナが筆頭になるが―――にまで危害を及ぼせば、最早排除も辞さなくなる。

 その意味で、“不器用な優しさ”が達也の根底に存在するのだと思う。

 

「三矢の家にいた時はそんなことを考えた時もあったが、あくまでも体裁を整えるための方便にしかすぎないものに拘っても、それが魔法力の向上に繋がるわけでもない。プライドでブーストが懸かるなら、世界中の人間がとうにそうなってるだろう」

「そこまでドライに考えられる人に出会ったのは、達也さんに続いて二人ですよ」

「一応誉め言葉だと思っておく。それで九島。仮に事がスムーズに進んだとしても、周公瑾の隠れ家に籠ってもどうせ暇だろうから、向こうが動くまで仕事を手伝ってくれないか?」

「仕事ですか?」

 

 仮にパラサイト化したスターズの兵士が来るにせよ、まだ時間はある。なので、九島には一つ仕事を頼もうと考えていた。それは、光宣にとっても決してマイナスにならないことだった。

 

「ああ。今、九島閣下は伊豆高原の別荘に滞在していてな。流石に魔法界を引退した人間を殺すような真似はしないと思われるが、念には念を入れて九島に護衛を頼みたいと思っている」

「この世界のお祖父様の……それぐらいでしたら、お引き受けしますけど。どういう意図があるのですか?」

「簡単に言えば、九島の身分証明を九島閣下に頼むということ。この世界に居る間の身元保証人になってもらうということだ。その対価として護衛を引き受けてほしい」

 

 それに、烈がいる別荘にはシルヴィア・マーキュリーもいる。彼女を攫って人質にする可能性もある以上、九島に護りを任せることで悠元や達也の行動を狭めないという意図がある。

 九島と桜井の身分証明の事由については、『九島烈の隠し子とその付き人』ということで決着した。この辺については烈と以前会談した際に光宣の治療条件の一つとして、“こちらからの要請に対して異論なく受け入れる”ことを約束させている。

 その期間自体は長くて3か月程度なので、特に問題は無いと判断した。

 

「で、九島の都合が良ければ明日にでも伊豆の別荘に向かおうと思うが、どうだ?」

「……下手に身分偽装で捕まるよりはマシでしょうし、宜しくお願いします」

「決まりだな。閣下にはこちらから連絡しておく」

「分かりました」

 

 九島からすれば、今後自由に移動できるメリットを考慮すると、悠元の申し出を受けることでこの世界に居る正当性を得られることになる。流石に九島家や藤林家、通っていた第二高校へ行くことは出来ないが、それでも周囲の視線を気にすることなく歩けるのは九島にとって都合が良かった。

 無論、パラサイトに協力する際の身分証明などは周公瑾絡みの部分が残っている為、其方を活用させてもらうこととした。この辺は九島も周公瑾の知識を持っているからこそ通じることだった。

 

 翌日、伊豆高原の別荘に出向いた悠元と九島を出迎えたのはシルヴィアで、リビングには烈が既に座った状態で待っていた。魔法界を引退したとはいえ、立ち振る舞いが一切衰えていないあたりは流石の“老師”とも言える存在。

 そして、九島の姿を見て驚くが、彼の内包しているものにも気付きつつ挨拶を交わす。

 

「悠元君。それに話は聞いていたが……さぞや、君の知る私も苦悩したのだろうな」

「いえ……僕は」

「何も言わなくて良い。君は悪くないのだ……」

 

 九島が何を言いたいのか察したようで、烈は九島の発言を宥めながらも自責の念を捻り出すように呟いた。「わかりました」とだけ答えた九島を見た後、悠元と九島に着席を勧め、二人も座る。その上で悠元を見つめる。

 

「メールには目を通させてもらった。以前の約定通り、彼と桜井君の身元保証人となろう」

「申し訳ありません、閣下」

「君に閣下と呼ばれるだけでもこそばゆい感じだし、この先いつまで生きられるか分からぬ身に面子など最早不要の産物よ。それで、『あの方々』のほうは?」

「それはご心配なく。『四大老』の一角として余計な声は控えさせますし、一連の事件に片が付けば、ご老人共に“安心して過ごせる老後”をお送りするつもりですので」

 

 九島を匿うことで口煩く宣う連中については、自ら排除する力がないのにピーチクパーチク鳴いて喚くこと自体が最早“害悪”でしかない。そもそも、『伝統派』の件で古式魔法師を説得して妥協点を探らなかった時点で、日本の国益に適うことよりも自らの基盤を支えるための忠実な部下欲しさの行動としか思えない。

 東道青波は四大老の一角を担う家に生まれたがために、術士としての力を磨くのではなく古式魔法師を統括する権威と権力を欲した。原作ならばまだしも、この世界の四大老を担う神楽坂と上泉は言うなれば“実力主義”に基づいて当主を選んでいる。そんな彼らからすれば、衰退といっても過言ではない老人たちに幻滅したとしても不思議ではない。

 

「彼らと比べれば、悩みながらも最近まで日本魔法界や九島家の為に奮闘なさっていた閣下の方が百億倍マシです。それはきっと、母上や爺さんも同じ意見を述べると思います」

「……いやはや、参ったよ。“光宣”も覚えておくといい。こういう人間が一番敵に回してはいけない人間だという見本だ」

「あ、え、ええ……僕も嫌というほど肌で感じてしまいました」

 

 烈の忠告にも近い台詞に対し、九島は名前を呼ばれたことに動揺しつつも同意した。なお、それを聞いた悠元はジト目をして烈を見ていたが。

 その後、九島はこの世界で“宮藤(くどう)真一(しんいち)”(以後は真一と記載)、桜井のほうは“桜庭(さくらば)愛波(まなみ)”(以後は愛波と記載)という名と戸籍を得て、数ヶ月の短い期間だが、この世界で生きる形となった。

 

 余談だが、九島もとい真一の偽名は烈が、桜井もとい愛波の偽名は真夜が考えた。例えパラサイトでも九島家の魔法全てを会得したことから、“真なる一番の魔法師”の意味を込めたらしい。ただ、この世界に存在する漫画の登場人物とフリガナが同一で、しかも九島は自宅療養中に電子書籍でそのタイトルの漫画を読んでいたためか、ジト目を烈に対して向けたのは言うまでも無かった。

 愛波の方は特に混乱などなかったが、寧ろ真夜の方から『全てが終わったら遊びにいらっしゃい』と悠元に対して投げかけ、それを聞いていた深雪が連絡を終えた直後に悠元を部屋に連れ込んで押し倒した。その後、何があったのかは割愛する。

 その時の行動を、偶々連絡役で訪れていた亜夜子が熱心にメモしている横で、悠元に対する同情と姉に対する呆れが入り混じった表情を浮かべる女装した文弥がいたのはここだけの話。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 事情はどうあれ、真一を味方に引き入れることに成功した悠元は、真一と一緒に町田のマンションに[鏡の扉(ミラーゲート)]で移動した。真一が直ぐに理解したあたり、達也クラスの[精霊の眼(エレメンタル・サイト)]に覚醒したわけだが、当人から『こんな演算力なんて僕でも引き出せません。本当に人間ですか?』と言われた。

 真っ当な人間と言われると疑問だが、それを真一には言われたくないと思いつつ、そのままリビングに招き入れた。すると、そこには達也と深雪、更には“この世界の九島光宣”である光宣もその場にいた。

 

「待たせてしまったか?」

「いや、俺と光宣が早かっただけだ。にしても……驚きだな」

「達也さん、それは僕が一番驚いていることですから」

「あはは……」

 

 何せ、双子と言われても違和感が無い位に瓜二つの人間がいるのだ。それも、本来邂逅することが無かった筈の未来の並行世界の人間ならば猶更だろう。改めて、互いに自己紹介する形となった。

 

「初めまして、この世界では宮藤真一という名を頂いた九島光宣です。皆さんは勘付いているかもしれませんが―――僕はパラサイトです」

「君がパラサイト……にしては、そこまで本能的な行動をしているようには見えないですけど」

 

 真一の自己紹介と告白に対し、真っ先に反応したのは光宣。彼の知っているパラサイトの性質からすれば、真一が自我を保っていること自体が奇跡としか思えなかった。

 

「紆余曲折ありまして。ただ、その過程で取り返しのつかないことをたくさん経験しましたし、僕の知る達也さんや深雪さん、それに水波さんにも迷惑を掛けてしまいました」

「成程。それで、真一と呼ばせてもらうが……お前は何を望む?」

「悠元さんにはお伝えしましたが、僕は可能であれば桜井さんを元気な状態へ戻していただきたい。それ以上は高望みが過ぎるというものです。その対価の一つとして僕の知る歴史をお話します。これがその通りになるとは思いませんが、一つの判断材料として聞いていただければ幸いです」

 

 真一を達也らに引き合わせたのは、真一が知る2097年6月から8月にかけて発生した出来事を話してもらうため。その全てがその通りに進むとは思っていないが、幸か不幸か、これまでの出来事は原作に沿う形で展開が流れている。

 その意味で、国外にいる連中が採る未来の選択肢の“判断材料”には成り得ると判断しての結果だった。

 

「感じられる魔法力からしても、それ以上を望んでも罰は当たらないだろうが……生きる場所がなかったのだろう?」

「やはり、達也さんは凄いですね」

「止めてくれ。俺なんかより凄い奴はいる。そこにいる悠元がいい例だ」

「それは分かりますね」

 

 真一の褒めに対する達也、そして光宣の畳み掛けにも近い言葉の暴力に泣きたくなったが、それを堪えた上で真一に話しかける。

 

「それはさておくとして、真一。話してもらえるか?」

「はい」

 

 そうして真一が話し始めた彼の経験と、彼が知る司波達也が真一に話した出来事の知識。真一が述べたことは概ねセリアが以前話していた原作世界に極めて近い流れとなっている。そう表現したのは、いくら主要人物が原作と同じ流れをなぞっていたとしても、それ以外の人物が全く同じ流れを辿っているとは断言できないためだ。

 

「一番近い出来事ですと、USNAのダラスでまたマイクロブラックホール実験が行われ、今度はスターズの隊長クラスがパラサイト化する出来事ですね」

「その兆候は確認した。更に言えば、SSAのブレスティーロ大統領からUSNA軍人に宛てたとみられるメールの存在も確認している。その内容だと、実験を使嗾したのは十師族ということになってるようだが、悪魔の証明だな」

 

 USNA政府が止めようとしても、実際に研究者がそれを遵守するかどうかは別の問題。南盾島の件で極秘裏に戦略級魔法の研究をしていた件からすれば、この辺は“魔法の空間に対する影響の研究”という名目で誤魔化すことは目に見えている。

 政府もとい政界が魔法という実効性のある影響力を有しないが故に、魔法を有する勢力に対する干渉が極めて難しい。この辺は権力と魔法の関係性に基づくものが大きい。

 

「悠元さんは手を打たれないのですか?」

「それも考えたんだが、あんなメールの信憑性を高める方がもっと危険だと判断した。まあ、セリアがいる以上はスターズに勝利という二文字が皆無に近いが。真一、セリアというのはエクセリア・クドウ・シールズといって、アンジェリーナ・クドウ・シールズの双子の妹にあたる」

「そんな人が……」

 

 そして、スターズの叛乱でリーナもとい“アンジー・シリウス”に冤罪を吹っかけた挙句、日本に脱出したリーナを追いかけるような形でパラサイト化したスターズの兵士が日本に来る。悠元が真一に共闘を持ち掛けたのは、十師族をスターズにぶつけるのが狙いだった。

 真一に対して術式提供はするが、彼はあくまでもUSNA軍にとって“協力者”であって“共犯者”となることは極力避ける。

 

「というか、国家の抑止力の要となる[十三使徒]に冤罪を被せて殺そうとするとか、正直まともじゃないわ」

「確かにそうですよね。僕もリーナさんと直接話す機会を得た際に色々聞きまして」

 

 原作だと全十二部隊のうち三分の一にあたる四部隊の隊長・副隊長クラスがパラサイト化するわけだが、この世界の場合は何処まで波及するか分からないし、セリアの勘気に触れてどこまでズタボロになるかも未知数。

 しかも真一の情報を勘案した場合、リーナが襲撃される日に剛三がニューメキシコ州にいる弟子の退役軍人を訪ねる予定だと聞いていて、下手するとパラサイトの気配に気付いてロズウェル基地に道場破りの如く侵入するかもしれない。

 

「それで、リーナの件もそうだが、新ソ連がねえ……達也。[チェイン・キャスト]の基礎術式データは手元にあるが、いっそのこと派手に魔改造してもいいか?」

「魔改造と言ったが、具体的には?」

「大型CADなんて使わなくても済むように術式の効率化をするのと、組み合わせた魔法の威力向上。ド派手な魔法でベゾブラゾフの面子を木っ端微塵に破壊してやるつもりだ」

 

 悠元はそう説明したが、実際には既に完成している[天澪環海(ゼロ・オーシャン・ブラスト)]から相転移昇華魔法の記述を消した状態の[リンケージ・キャスト]の基礎記述データを一条家当主宛に送る。

 原作だと真紅郎に送ったことから達也の術式提供が明るみになった訳だが、今回はその対策として師族会議を通す形で一条家に術式提供を行う形を取る。その際、達也を国家非公認戦略級魔法師という事実も併せて公表することで、戦略級魔法師に対する責任を平等に負ってもらう。

 『灼熱と極光のハロウィン』に関する事も聞かれるだろうが、既に七草家当主が知り得ていることを彼に独占させて余計な勘繰りを回避するためにも必要なことだ。

 

「それでも殺すことを諦めないようなら、今度は直接出向いてでも殺す。ついでに新ソ連の国家元首をUSNAにでも送りつけてやることも辞さない」

「えっと……その、達也さんに深雪さん。悠元さんはそういうことが出来るのですか?」

「出来ないことを探すのが難しいな」

「何でも出来てしまうのには困ってしまいます」

「お前らなあ……」

 

 いくら何でもそれを司波兄妹(おまえたち)が言うな、と苦言を呈したかったのは言うまでもない。

 




 九島もとい真一と桜井もとい愛波の続きと、真一の知る世界の歴史。無論、その通りに進むわけではありませんが、国内事情はともかくとして、国外事情は原作に準える形になっています。
 愛波のほうは出来るだけ名前を生かしました。真一のほうは原作で達也が光宣に述べていた「九島家のナンバー・ワンだ」という意趣を含めての物だったりします。原作の漫画は1994年連載開始のようなので、例え世界が分岐しても問題は無いと判断しました。
 何でこんなことをしたのかと言えば、誰が喋っているのか分かりやすい方がいいかなと思っての“身分証明”という名の方便ですが。

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