魔法科高校の『触れ得ざる者』   作:那珂之川

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指し手の数の暴力で戦いを進める

 真一から述べられた“彼が知る世界の歴史”。

 パラサイト化を逃れるためにベンジャミン・カノープスを含めた三人の魔法師がミッドウェー刑務所に送還されることや、窮地に追い込まれたエドワード・クラークやイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの動き、そして平然と裏切ったウィリアム・マクロードの動向。

 無論、国外に限らず国内もパラサイト化したスターズの兵士が暴れるという構図に、流石の達也も呆れるような様子を見せていた。

 

「……悠元がこれまでUSNAに対して愚痴を零した意味も何となく理解できるな。これはいくら俺でも困るものだ」

「流石に達也さんでもそう思いますか?」

「そうだな。自分の力が―――[マテリアル・バースト]が人の手に余るものなのは確かだ。だが、それの権限を他の誰かに委ねる気はない……悠元を除いての話だが」

「やめて。俺の胃のライフがマッハで削れるから」

 

 達也に対して協力や支援はしても、達也の行動に対して一々許可を求められるのは正直困る。管理責任は負うとしても、どう行動するかは達也の自由裁量に委ねている以上、それに対する許可自体を口にすることはあっても、選択肢は達也自身が決めることでしかない。

 

「それで、達也と深雪、光宣にも話しておくが、桜井さんもとい愛波さんを真一の手によって一度国外に連れ出してもらう。その意図は言わずとも分かるだろうが」

「安全の確保、というわけでは無さそうですが……もしかして、USNAが関与してくるのでしょうか?」

「ああ。さっきも触れたスターズのパラサイト化現象に関する話になる。勿論、こちらが懸念される予測が外れてくれれば御の字だが」

 

 もし、ベンジャミン・カノープスらのパラサイト化の影響を受けなかったスターズ隊員がUSNA本土の刑務所に収監されるのならば話が変わってくるが、セリアから聞いたベンジャミン・カノープスの為人を考慮するならば、パラサイトの影響を避けるという意味でミッドウェー刑務所への収監を希望する可能性はゼロではない。

 

「なので、連れ出すにしても状況が整理次第となる。愛波さんには俺から話を付けるし、念のために治療はしておく。真一もそれで構わないか?」

「ええ。正直、悠元さんみたいな魔法師がいれば、僕もここまで悩まずに済んだのですけれど」

 

 魔法技術による治療という部分では、原作では達也の[再成]に匹敵する治療となるとパラサイトの自己治癒能力ぐらいしかない。真一がそう零したとしても無理は無い位に、原作時点での魔法医療技術ではどうしても限界は生じる。

 

「だが、マイクロブラックホール実験を日本のせいにするとなると、誰かが唆した……まさか悠元、これはレイモンド・クラークの仕業か?」

「十中八九そう見ている。俺は別にアイツの夢を否定はしていないんだがな。画一的な夢なんて、それこそ最早人間ではなく機械的思考になる」

 

 何かに縋りたいという欲望。面倒事から逃げ出したい欲求。そして、恐怖に対する反動。それをレイモンドが唆した結果、パラサイトの再来が起ころうとしている。パラサイトを[パラサイドール]以外の手段で人間の力として使うことは出来るが、下手すれば軍事バランスの崩壊につながりかねない技術の為、これを外に漏らすことは出来ない。

 ただ、[守護霊(サーヴァント)]の霊力を感じて何か聞きたそうにしている真一に対して、悠元が声を発する。

 

「そうそう、真一。俺や達也、深雪は[パラサイト]を使役する形で力を行使している。だからこそ、パラサイト化しているお前を受け入れることも出来ている。ただ、その技術は流石に教えられないが」

「成程。流石に僕でもそこまで厚かましい真似は出来ませんよ。兄や姉たちが聞いたら、教えてほしいと強請りそうですが」

 

 パラサイトを自らの中に取り込むのではなく、相互関係を保つことで秩序ある力の均衡を保つだけでなく、パラサイトに対する脅威から身を守るという意味で[守護霊(サーヴァント)]を定義化している。

 なお、リーナとセリアには帰国の直前に新型の思考操作型CADを渡している。従来はメダル型だが、二人に渡したのは宝石の付いたネックレスタイプ。理由は彼女たちに[守護霊(サーヴァント)]との資質があったためだ。

 

「そっちの世界でも九島家はそんな感じか……九島閣下が真一や光宣を可愛がっていた理由が分からなくもないな」

「そっちでも……もう一人の僕もそうなのかい?」

「ええ、まあ。尤も、僕の方は兄や姉たちがお祖父様の仕事に関与しないせいで変に苦労を背負っていたかもしれませんけど」

 

 まさか、こんな形で互いの愚痴を零せる相手が出来るとは真一も思わず、光宣の答えに対して苦笑を滲ませていた。なまじ九島烈が後天的ながらも力を持ってしまったがために、子孫たちが苦労する羽目になった。

 話が脱線してしまったので、愛波を国外に連れ出す算段の話を続ける。

 

「話を戻すが、恐らくUSNAからベンジャミン・カノープス少佐の救出に協力してほしいと内密に要請が来るだろう。それが来た段階で、俺と達也で少佐を救い出し、ついでにパラサイト化した兵士全員を叩き伏せる。戦力を分散させるという愚を犯させるために、真一には大変な役割を負わせることになるが」

「それぐらいは別に構いません。この世界のお祖父様を生かす為なら、僕は喜んで道化に甘んじましょう。何なら、[トリックスター]の名を受け継ぐに相応しい演技を見せつけてやります」

 

 誰かが魔法師のことを『優れた情報の詐欺師』と謳ったことがあるらしいが、真一は祖父である烈の[トリックスター]になぞる形で相手を騙し切ろうと画策している。魔法に関しては一線級の実力を有するだけに心配していないが、問題は他のパラサイトからの精神汚染ぐらいだろう。その辺は悠元が術式提供をする際に対応することも決めている。

 

「ただ、どうやって信頼を勝ち得るかという疑問は出てきます。同じパラサイトとはいえ、いきなり僕が接触しては向こうも訝しむでしょうし」

「つまり、愛波を一時的に外国へ出すにしても、連中を納得させられるだけの判断材料か……悠元、どうする気だ?」

「いくつか思いつく手段はあるが……真一、九島家に掛けた精神系魔法は生きているか?」

「ええ。数か月は解けないかと思いますが、何か策でも思いついたのですか?」

 

 どうせ落ちるところまで落ちた。向こう60年は這い上がってこれない……“数字落ち(エクストラ)”の決定打まで既に持っているから、今の九島家には退場して貰って“別の九島家”を立てるために、真一に一働きしてもらうことにする。

 

「九島家を動かして、連中の隠れ家でも提供してくれ。もうどうせ現行の九島家は師族会議の除名処分不可避のレベルにまで踏み込んだのだから」

「え? 一体何をしたのですか?」

「その様子だと、光宣はおろか真一も知らないのか。達也なら分かると思うが、昨年の九校戦で用いられた[パラサイドール]―――それの製造が九島家傘下にある大阪の研究所で製造が続けられている。それも、資金の出所に国防軍の一部が関与している事実も判明している」

 

 流石に懲りればよかったものの、一度魅せられてしまっては簡単に捨て去ることも出来ず、九島家が魔法研究所の跡地に新たな研究所を建てて、[パラサイドール]の製造を続けている。しかも、その場所というのが大阪湾近くにあり、見た目は民間の大型倉庫にしか見えない。

 

「嘘……ではないんですよね」

「嘘をつくんだったら、光宣や真一にもう少し利のある嘘をつくわ。更に、国防軍の一部が問題といえば問題でな」

「……まさかと思うが悠元、その一部というのは」

「大方達也の予想通りだと思うぞ」

 

 [パラサイドール]関連の出来事は国防軍で限定すると、詳しい事情を知るのは独立魔装大隊では風間と響子の二人だけ。その直属の上司である佐伯は烈を始めとした『九』の数字(ナンバー)を冠する家の先代当主たちと交渉しているため、当然[パラサイドール]の事情も知り得ている。

 当時は剛三と千姫に後事を任せたので、周公瑾の処分に関与している四葉本家と黒羽家は知り得ている。だが、パラサイト事件で素体を持ち帰った四葉家の方は上泉家と神楽坂家の了承を得る形で保持を許され、魔法研究の素体として使用されている。

 

 達也も響子を通して風間や佐伯が関与している可能性に気付いたのか、悠元に問いかけた。それに対する答えは敢えて口に出さなかったが、今の答えで達也も理解できてしまったのだろう。

 

「ただ、性急すぎるやり方は変な軋轢を生むことになるからな。まずは一つずつ丁寧に片付けていく。それと光宣」

「は、はい。僕にも何か仕事があるのですか?」

「仕事というか、今回のディオーネー計画を含む一件が片付き次第、今の九島家を師族会議から除外して新たな九島家を興す。その初代当主はお前になるからな、光宣」

「え、ええっ!? 僕がいきなり当主に!?」

 

 流石に九島の家から出た光宣からすれば、完全に寝耳に水の有様だろう。だが、これにも当然理由が存在する。

 4月の時点で十山家を除外して十神家を復帰させたが、九島家に代わる家といっても現在の“数字落ち(エクストラ)”に九島家の代わりを担えるだけの家が無いのも事実。とはいえ、百家から選ぶにしても九島家の血縁者を見繕う必要が出てきてしまう。

 そこで、九島家の縁者且つ優れた魔法師という意味で光宣が新たな九島家の当主となってしまえばいいと考えた。

 

「そう驚くことも無いだろう? 俺は既に神楽坂家当主だし、達也は四葉家次期当主だ。養子に入った壬生家は先輩も光宣も両方婚約が決まっている様なものだし、壬生家の跡取りが女性ではダメという法律もないからな。それがダメなら、四葉家と六塚家に喧嘩を売ることにもなるし、神楽坂家の先代も俺の母上だからな」

「い、言われてみれば確かに……ただ、今の九島家に出戻りではダメだと?」

「そうなると、[パラサイドール]の製造責任問題を光宣が負ってしまうことになるからな。あくまでもそれの責任は先代および今代までのもので、次代へ継がせないためにここで一つの区切りをつける」

 

 それに、最悪は烈が九島の名乗りを認める形で光宣を孫から養子という立場に置き換えることも考えている。既に烈は責任を取っているし、九校戦後の[パラサイドール]製造に関与していないことは本人との会談で判明している。

 

「光宣は既に婚約者がいるんですね」

「ああ。十文字家の当主である十文字克人の従妹にあたる。ただ、魔法資質は克人をも凌ぐとみられる」

「成程……守ることを得意とする魔法師を好きになるという意味では、好みが似通ったかもしれませんね」

「ははは……」

 

 いずれにせよ、真一を味方に引き込むことで多少はマシな対応が出来るようになるだろう。とはいえ、油断が出来ないのはまだ変わりない事実だが。何せ、達也はベゾブラゾフ本人を殺すに至っていない。

 いや、正直に言えばベゾブラゾフを戦闘不能にする方法はあるが、今の時点で殺せばマズいのは達也自身も理解している。

 

 達也本人の気質上、自身に対する敵意や悪意が達也だけに向けられる分にはある程度許容する。だが、その害意が自身の大切な人間にまで波及するとなれば、最悪自分が責を負う形で危険を排除する。

 それは、達也がこれまで対峙して倒してきた相手の処遇の差を見れば明らかだ。

 

 リーナの場合は達也が気に掛けたからこそ生かされた形で、原作の『ブランシュ』や『無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)』は深雪に害を成そうとしたからこそ達也が容赦なく対処した。もし『ブランシュ』の件で克人や桐原が出張らなかった場合、跡形もなく[雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)]で灰燼に帰していただろう。

 

 原作でベゾブラゾフ本人ではなく[アルガン]を破壊することに舵を切ったのは、もしその時点でベゾブラゾフを殺した場合、新ソ連が逆上して大軍を差し向ける可能性が高い。そうなると、[マテリアル・バースト]の使用するリスクがかなり跳ね上がることになる。

 それに、原作の時点でESCAPES(エスケイプス)計画は本格的に事業スキームを構築する前段階だったため、ベゾブラゾフが攻撃することによる時間のロスを防ぎつつ、ディオーネー計画に対する明確な拒否を示すためにもESCAPES(エスケイプス)計画を着実に進行させる必要があった。

 そこに加えるとしたら、九島光宣が桜井水波を執拗に狙うような事態が重なったため、一時的な危険の排除をしてでも九島光宣の対処を行うための時間を確保する必要があった。戦略級魔法師としての縛られるリスクを回避するため、殺すという手段を講じなかった。

 

  ◇ ◇ ◇

 

 真一との話し合いを終えた後、病院の許可を取って愛波とヴィジホンで一連の経緯について説明をした。真一がパラサイトという事実にも驚いていたが、彼の素性と希望を伝えた上で愛波の意思を確認した。

 愛波は少し考えた後、『この私がお役に立てるのでしたら、喜んで協力させていただきます。きっと、それぐらいの我儘なら達也様や深雪様もお許しになると思いますので』と協力の意思を見せた。

 とはいえ、残る懸念はUSNAでのパラサイトに関する動向となる。

 

 原作では争う姿勢を見せていなかったESCAPES(エスケイプス)計画とディオーネー計画。だが、ESCAPES(エスケイプス)計画の正式名称としてSTEP(ステップ)計画が表舞台に上がり、更には日本政府が次世代エネルギープロジェクトの中核としてSTEP(ステップ)計画への支持を表明したことにより、USNAと軍事同盟を結んでいる国々でも反応は様々であった。

 

 そこに拍車を掛けたのはベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]によるものと思しき魔法攻撃を受けたことで、日本の現政権はSTEP(ステップ)計画への支持を改めて閣議決定し、大洋南部海上連携協定(SEPA)をさらに一歩進めた経済連携協定を締結。

 

 南洋経済連携協定(Southern-Ocean Partnership Agreement:SOPA)―――悠元の前世で存在した貿易に関する経済協定を参照する形で立案され、その中核を握る[恒星炉]関連技術を始めとした魔法技術の輸出入に関する機密情報の管理を含む広域経済条約。

 6月12日、提唱国の日本が赤坂離宮にSEPA加盟国の特使を招き、条約に調印。各国政府が批准することで協定が効力を発揮する。この席には関連技術の提供を受けるフランスとドイツ、更にはトルコの政府特使も招かれ、協定にサインをしている。

 これによって、南アメリカ、アフリカ、西・南・東南アジア、そして東アジアの日本だけでなく、イギリスを除く西欧や東欧までSTEP(ステップ)計画を支持するという裏付けを得た形となる。

 

 その動きを更に加速させたのは、世界各国に存在する民間軍事会社(PSMC)もこぞってSTEP(ステップ)計画への支持を表明したことだ。第三次世界大戦中、そして戦後暫くは戦闘魔法師を国軍が囲むという状態があったが、ある時期から在野の戦闘魔法師の存在も許されるようになった。

 代表的なのはイギリスの『アンシーンアームズ』やスペインの『ソルダードミステリオ』などだが、普通ならば魔法師の民生分野への活用という点では、戦力の減衰という憂き目に遭う意味で“商売敵”と見做してもおかしくはなかった。

 だが、そうならなかったのはこうしたPSMCの会社のトップが例外もなく剛三の教導を受けていた弟子たちが興した会社だったからだ。

 

 彼らは[恒星炉]で用いられる魔法師の数よりもディオーネー計画で動員される魔法師の数が桁外れに違うという点に気付いていた。時勢を読んで自らを売り込んでいくPSMCからすれば、先が全く見通せず途方もない労力を支払うことが出来るメリットとリスクよりも目に見える損害だけで済むSTEP(ステップ)計画を支持するのは、もしかすると水素発電施設や[恒星炉]プラントの護衛という“需要”も見込めると踏んでのもの。

 自分たちの仕事場を増やせるという意味ではどちらも可能だが、より現実的な線で会社の運営に支障が出ない方を選ぶとすれば、間違いなくSTEP(ステップ)計画に軍配が上がる。

 

 別にSTEP計画自体がディオーネー計画に喧嘩を売ったわけではない。だが、STEP計画の持つ現実性という利益はディオーネー計画がそう簡単に出せるものではない。

 この戦い自体に審判などいないが、盤面を操る指し手(プレイヤー)は無数に存在する。予め指し手を決めてしまったディオーネー計画と最初から指し手を指名しなかったSTEP計画。『戦いは数によって決まる』という誰かが述べた言葉の通り、数という暴力に抗えるはずなどない。

 この状況でエドワード・クラークが取った手段は……権力という搦め手に頼るという手段であり、それが一層USNAを窮地に陥れるものだということは、情報という要素で視野を狭められた彼には理解できる筈など無かった。

 


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