防衛省庁舎内の国防陸軍最高司令部。その司令官室には蘇我大将ともう一人の士官がいた。本来ならば、国防陸軍でもあまり触れたくない実績を持つ人物のうちの一人。
彼の名前は
蘇我は長話になることを想定して、応接用のソファーに向かい合う形で座る。無論、先に座るのは蘇我であり、風間は蘇我の呼びかけに応じる形で静かに座る。
本来、今日呼ばれていたのは佐伯だけだったが、蘇我が独自のルートで風間の同期に当たる兵士経由で風間を呼び出していた。佐伯に対しては『昨今の情勢を鑑み、魔法師部隊の指揮を執る風間中佐に魔法師部隊の実態調査をしたく、直接聞き取りを行うこととした』と断る形を取っていた。
「さて、風間中佐。まずは貴官のような忠実な兵士に対して労ってやれなかったことを謝罪する」
「いえ、大将閣下がお気になさる事ではありません。寧ろ、軍法会議で処罰を受けても仕方が無かった身ですので」
「そうか。何れにせよ、貴官に対しての功績に報いることはする。それで本題だが……貴官は先日、新ソ連の戦略級魔法師であるイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフによるものと思われる魔法攻撃があった日、貴官は現場にいたと聞いている」
蘇我の風間を評価するような言葉を掛け、それに対して風間が『気にしていない』という意思を伝えると、蘇我は早々に本題として風間の行動について問い質した。これには流石の風間も表情を引き締めた。
「今回の聞き取りは国防陸軍最高司令官としての問いかけである。無論、虚偽は認めない。この聞き取りに際し、事前に現場で対処した上条大将から大方の事情と推測の見識を伺っている。それで、貴官の回答は?」
「……確かに、第101旅団の佐伯少将の命令により、部下数人と共にイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフの戦略級魔法[トゥマーン・ボンバ]のデータを観測せよ、との命を受けたことは事実です。その際、上条大将より警告と早々に現場から立ち去るようにとの勧告を受け、撤退いたしました」
蘇我の厳しい目つきに加え、事前に悠元から事情を聞いているのでは誤魔化しなど出来ない。そう判断した風間は正直に受けた命令についてと悠元との相対についても触れた。
「その命令の理由は伺っているか?」
「いえ、それについては問い質しておりません。ですが、小官の意見を述べさせてもらうのであれば、恐らく達也とベゾブラゾフの両方を攻略する方法を探ろうとしたものと思われます」
「……成程」
風間は命令に際して意図を尋ねなかった。いや、逆に佐伯の意図が読めてしまったからこそ、風間は深く問い質すことをしなかった。その結果、達也の近くに居ながらも達也を助けるようなことなど何一つできなかった。
風間の回答を聞いた蘇我は少し考えた後、より一層険しい表情を風間に向けた。
「風間中佐。今回のことに際して上条大将は憤慨していた。いや、あれは最早『第101旅団が信を置ける状態に無い』と公言しているに等しい様子だった。君に責任が全く無いとは言わないが、最近の佐伯の行動はどうも軍人の領分を超えつつある」
「……小官にも責任の一端があることは、上条大将閣下や大黒特尉との関わりで痛感しております」
ベゾブラゾフによる魔法攻撃の後、蘇我は悠元から戦闘詳報の報告を受けた。ただでさえ、一昨年の動員命令やその後の国防軍絡みの案件を処理してくれただけでなく、今年の春には悠元を動員しようとした件を聞いた蘇我が防衛大臣に相談し、悠元を異例の特務大将にまで昇進させた。
これで佐伯がまだごねるようならば、中央から最前線に飛ばして彼女の手腕を発揮させる方が有益と考えるようになっていた矢先に、今度はベゾブラゾフの件が追加された。
本来、国家の利を守る筈の国防軍が四葉家を守らなかった―――この事実だけで十分国防軍と四葉家の契約を破棄するには十分すぎる理由とも言える。しかも、今の達也は四葉本家直系の血筋を引く次期当主。
そんな彼を捨て石にするようなことなど、悠元が一番許さない事など蘇我は当然理解していた。そして、そのことは蘇我の視線の先にいる風間も、その上司である佐伯も理解している筈なのだ。
十師族ひいては師族会議を民間人だと見做さない人間も国防軍にはいる訳だが、その杓子定規は決して許されない。魔法という力を有しているが故に、彼らを“兵器”だと見下す者もいる。
だが、それは今年の十師族選定会議までの話。護人の二家が十師族に名を連ねることにより、師族会議そのものが政府や国防軍から完全に独立。実質的に皇族直属の治安維持組織として生まれ変わった。時代の変わりを示すかのように、九島家が師補十八家に降格し、十山家は師族会議内での行動が問題視されて“
とはいえ、表向き民間人であるのならば国防軍が守るべき対象なのも事実。本来、流すべき情報の伝達を怠っただけでなく、都合のいい時だけ利用しようとする。最早、そんな行為自体許されないものだと知るべき時に来ている。
「本日、佐伯少将が防衛省に出向いている。詳しくは聞いていないが、会議には書記官だけでなく外務省北米局の課長も同席していると聞いている。外務省の連中は大方司波達也君を説得しろという命令を受けたのだろうが、そんなことをしてどうなる? 連中の頭の中はアメリカ贔屓の思考しかないのか?」
国防を十師族に頼らないという反十師族の急先鋒である佐伯だが、実際には十師族の人間である達也や悠元を頼ろうとしている。いや、“手元に置こう”とするような行動が見られる。更には、風間の副官である響子も九島家の血筋を引いている。肝心な部分を十師族に依存している時点で矛盾を来している状況を打破しようとしている佐伯に、蘇我は『陸軍将校としての領分』を口にした。
「防衛大臣は今回の一件で相当御冠だ。下手すれば、防衛省と外務省人事に嵐が起きても不思議ではなくなった……愚痴を零したな、済まぬ」
「いえ、閣下の心情をお察しいたします」
陸軍将校という意味では悠元も当て嵌まるが、彼は様々な立場の肩書きを以て事に当たる為、その意味では佐伯よりも遥かに正当性がある。しかも、反十師族の立場を掲げている佐伯からすれば、悠元はその十師族のトップに立つ存在で、かの九島烈から直々に指名を受けて師族会議議長という肩書を認められた。
「まだいいのだがな……“彼”の名が一言も出ないのが唯一の救いだ。仮に一文字でも発しようものなら、その瞬間に千姫殿が飛んできてここら一帯が更地になりかねん」
「それは……冗談、ではありませんよね?」
「無論だ。私は特別に千姫殿の魔法を見せてもらったことがあったが、あれは最早戦略級魔法という枠組みに収めてよいものではなかった」
いわば“日本国における世界最強クラスの魔法師”といっても過言ではなくなった悠元だが、自ら最強だと公言することはない。そんなことをしたところで利が無い、と彼なら言ってのけてしまうだろう。
彼だけでも問題なのに、その養母である千姫も戦略級魔法師といっても差し支えない実力を有している。それだけ神楽坂という名がこの国における魔法師の頂点を指し示す証明に成り得ているのは確かだ、と蘇我は率直に感じていた。
「我々は軍人として国を、国に住まう民を守らなければならない。そして、それは幾ら師族会議の人間相手とて同じこと。風間中佐、貴官の上司は四葉家のみならず、神楽坂家や上泉家まで巻き込んで彼らによる
「……はい?」
厳しい言葉の後に言い放たれた昇進の内示。これには流石の風間も気が抜けたような言葉を発してしまった。一体何の意図があっての昇進なのかと訝しんでいる風間に対し、蘇我がそのまま説明を始める。
「実は、上泉家より魔法師の戦力提供の話を受けることとなった。だが、規模が規模故にまとまった人数を受け入れられる余力のある魔法師部隊が現時点で独立魔装大隊しかいないのだ」
「人数の規模は如何程ですか?」
「ざっと1000人規模となる。なので、編制自体は大隊から連隊に変更されることとなるわけだが、受け入れ準備を8月初めまでに整える様、先程第101旅団に要請した」
蘇我から提示された内容―――第101旅団に対し、戦力補充の関係で魔法師部隊の再編制に対する受け入れ態勢を約1か月半で整えろという厳しい命令。風間が驚いたのは、独立魔装大隊でもそれなりのレベルになる魔法師が揃っている形だが、いくら上泉家からの申し出とはいえ、それに見合うレベルの実力者を一度に四桁単位も確保できるとは信じられなかったからだ。
「せ、1000人規模の魔法師ですか? それも、我が大隊クラスの実力を有する魔法師など、一体何処から……まさか」
「そのまさかだよ、風間大佐」
そう、そんな大規模の人数を調達できたのは、この国にいた強化調整体を全員真っ当な魔法師に更生する作業が終わったからだ。その作業が終わったからこそ剛三は嬉々として奏姫と一緒に海外旅行へ出向いたわけだが、事情を知らない側からすれば、まさに寝耳に水と言うべきことであった。
「新ソ連だけでなく、大亜連合が講和状態の沈黙を破る可能性もあれば、昨年のUSNA軍による“内輪揉め”のこともある。この状況下で他国に頼ることもできない以上、せめて国土を守れる体制を作らねばならん。風間大佐には苦労を掛けることになるが、しっかりと頼むぞ」
「(これは断れんな……)了解いたしました」
大隊の再編制となれば、当然大隊長の風間も負担を強いられる。今までの塩漬け分を含めつつ、再編制の迷惑料を込めての大佐への昇進。心の中で整理した上で、風間は立ち上がって敬礼をしつつも蘇我の意図に気付いた。
(まさか、これは悠元が佐伯少将に仕掛けた策の一つなのか?)
一度に1000人規模の受け入れとなれば、当然独立魔装大隊全体が受け入れ準備に追われる形となる。更には、大隊を連隊編制にするという蘇我の言葉からして、確実に第101旅団も編制変更の対応に追われる。そうなると、佐伯が下手に策を弄する時間を確保することも容易に出来なくなる。
風間は蘇我から提示された要請に悠元の意思が介在していると読んだ。だが、そうされてもおかしくはないことをしてきた自覚はあるし、責任の一端は間違いなくあると風間は認識している。
(戦力の増強は、軍人としてはありがたい話だ。ただ、彼らを怒らせているという事実を知れば知るほど、佐伯少将には自制してほしいのだが……)
その後、基地に帰った風間を待っていたのは、不機嫌の様子を隠さない佐伯から“外務省が大黒特尉の引き渡しを求めてきた”という愚痴にも近い問いかけを聞かされ、その結論は“何もしない”ということで話を流したのだった。
◇ ◇ ◇
伊豆高原の別荘に対する攻撃失敗後、エドワード・クラークは度々ベゾブラゾフに電話を掛けているが、一向に捉まらなかった。
『やはり、ベゾブラゾフ博士には繋がりませんか』
「ええ、サー・ウィリアム」
エドワードが話している相手はイギリスの[十三使徒]ウィリアム・マクロード。エドワード・クラークがいるロサンゼルスは真夜中、マクロードがいるケンブリッジは早朝の時間だが、ベゾブラゾフがモスクワにいるのかウラジオストクに留まっているのかも掴めないため、時間帯に関する体裁を取り繕っている余裕などなかった。
「残念ながら、ベゾブラゾフ博士はこちらとのコンタクトを拒むようです」
『仕方がありませんね……。博士は我々と敵対する東側の人間だ。彼と私たちは同床異夢。独自の行動を取ると決めたベゾブラゾフ博士をコントロールするなど、最初から無理だったのでしょう』
「では、ベゾブラゾフは再攻撃を諦めていないと?」
伊豆高原で起きた魔法戦闘のデータはエドワードも[フリズスキャルヴ]を通して観測したが、ベゾブラゾフが使用した戦略級魔法と思しき魔法兆候に対し、日本で観測できた魔法行使の兆候は、現代魔法で言えば基礎単一系の系統魔法を行使した時と同規模のものでしかなかった。
『そうでしょうね。彼はあくまでも実力で質量エネルギー変換魔法を葬るつもりなのでしょう』
「もう少し待ってくれれば良いものを……」
この時点で、相手が戦略級魔法を使わずしてベゾブラゾフの[トゥマーン・ボンバ]を無力化したという脅威を認識したが、その詳細に関しては何も掴めなかった。ここまで調べても何も出ないという結果に、エドワードの内心では焦りも見え始めていた。
まさか、ベゾブラゾフが自棄を起こすというのは到底考えづらいことだが、彼の[十三使徒]としての矜持がそれに納得できるかと言われると、『それは極めて難しい』というのがマクロードの出した結論だった。
その結論に対し、エドワードは乱暴に自分の髪を掻き回した。
「サー・ウィリアム。ベゾブラゾフが再攻撃を実施するとして、成功の見込みはどれほどあるとお考えですか?」
『良くて五分五分、でしょう』
「では、悪い方は?」
『……ゼロ、とお答えするほかありません』
マクロードが楽観視するような答えを一切吐かなかったことに、エドワードは目を見開いた。それよりも、成功確率が半分以下という博打など失敗するに等しい。エドワードは、その根拠をマクロードに対して尋ねる。
「サー・ウィリアム、その根拠をお聞かせ願えますか?」
『一番の問題は、「灼熱と極光のハロウィン」で未だに判明していない[シャイニング・バスター]とそちらの国で呼称した戦略級魔法の正体と術者が未だに掴めぬことです。どうやら、先日クレムリン宮殿を半壊させたのはその魔法のようですが、日本の中にその術者がいるのかも分からない状態で、司波達也だけに照準を絞ったとしても勝てる見込みが無い。それが根拠です』
どちらも判明させて、同時に排除しなければ日本の戦略級魔法を無力化することが出来ない。マクロードの根拠は、それを暗に示しているも同然だった。別にエドワードを侮辱するつもりなどない訳だが、得られない情報など無いと自信を持っていたエドワードのプライドは大きく傷つけられた。
「上泉剛三が[シャイニング・バスター]の術者の可能性もある、とサー・ウィリアムはお考えなのですか?」
『あくまでも可能性の一つに過ぎませんよ、クラーク博士。いずれにせよ、今我々が出来るのはベゾブラゾフ博士の再攻撃が成功することを祈るだけです』
「そうですな。サー・ウィリアム、朝早くに失礼いたしました」
『いえ、こちらは既に起きていた時間ですので。クラーク博士、良い夢を』
そうして切れるマクロードとの電話。
マクロードは定型句として『良い夢を』と使ったが、明らかにSTEP計画へ傾いている世界情勢を鑑みると、ゆっくり眠れるような状況ではないとエドワードは察していた。
前半は国防軍というか独立魔装大隊についてのお話。後半はディオーネー計画の連中のお話。
悠元は原作知識を用いる形で、イギリスとの伝手を作らないためにオーストラリア軍人を即日帰国させ、更には風間の地位を向上させることで佐伯の手綱で制御できないような状態を蘇我経由で作り出すことにしました。
しかも、上泉家で鍛え上げられた魔法師が1000人規模……国内で魔法を職業としている魔法師と、魔法を学んでいる大学・高校生の合計は、3万人とされていますので、比率で言えば約3パーセント少々。魔法の人体実験でどれだけの人間がいるかは分かりませんが、魔法資質保有者も含めれば1000人は決して多くは無いと判断してのものです。
この時点で風間は気付いていませんが、上泉家で鍛え上げられたということはつまり……あとは言わなくても分かると思うので言及は避けておきます。